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60 宰相のしてきた仕事
「陛下?」
沈黙のおりた室内に、聞き慣れた声が響いた。振り向くと、開いた扉の向こうに、宰相の姿が見えた。
雨のひどさに、昨日の仕事終わりが遅く、帰ることのできなかった騎士や使用人が城に泊まっていた。今日も降り続く雨に、昨日帰ることのできたほとんどの文官や騎士、使用人達は登城していない。今日は、城に人が少なかった。宰相は、帰ることができなかったのだろう。
「何があったのでしょうか?」
彼は、第一王子ミタマが王家より廃籍されてから、仕事が進まずに疲れ果てていた。ハバキは長く寝込んでいて、様々な政策に関して、いちいち説明が必要だった。せめて、引き継ぎができていれば良かったが、ハバキがミタマをすぐに追い出してしまったので、ミタマが王の代理として回していた政務が滞ったのだ。
ミタマは、一文官の扱いということになったが、登城さえしてきてくれれば、引き継ぎの名目で話を聞きに行くことや仕事を任せることもできる、と宰相は目論んでいた。給金を何とか多く盛り込んで、働いてもらえるように計らおう。ゆくゆくは自分の後を継いで宰相になってもらえば、政務に支障はないのでは、と。
しかし、王の目覚めたあの日以降、ミタマと、その乳兄弟であるユウナギの姿を見たものはなかった。二人とも律儀に休職願いを出して、いなくなってしまったのだ。
疲れ果てた宰相は、目の下に濃い隈をはき、やつれていた。今日は、人も少なく仕事の手を止める者がいなかったので、執務室に籠ってひたすらに仕事をしていた。
ふと、喉の乾きを覚えて執務室を出て、異変に気付いたのだ。
「塔が崩れた。」
「…………は?」
国王が言った。
堤防が崩れた、との聞き間違いであれば良かった。
「塔の御方とカナメヅカが来ている。お食事中だ。」
頭が回らなくて、言葉が頭の上を滑っていくようだった。話された内容が、意味のある言葉として、入ってこない。
「塔の御方……。」
塔の御方が、お食事中……。
不意に、カナメヅカの報告書を思い出す。
塔の御方の生活費が払われていない、伴侶が居なくともイズモ様の生活は保証されなければならない、と毎回訴えかけてあった。
……すべて、無視した。
長く続く天候不良で、作物の実りは悪く、国庫はいつもギリギリの状態だった。様々な無駄を切り捨てていく中で、塔の御方などという実在も疑わしいものの生活費など真っ先に切り捨てた。もう十何年も前のことだ。塔の見張りをするだけの、カナメヅカの給金もどんどん減らした。手紙や報告書は来るが、当人達がこちらへ来るわけではない。そんなことに構ってなどいられない。
カナメヅカが、早く伴侶を寄越せというのも、姫君の持参金欲しさであろう、と思っていた。天候不良の原因は、封印の神力不足だとの報告書も、毎回同じことが書いてあると、ろくろく目を通してもいなかった。
塔が崩れた。
塔の御方がお食事中。
言葉が頭の中をぐるぐる回る。
私は、何を見て、何を見ていなかったのだろう。
沈黙のおりた室内に、聞き慣れた声が響いた。振り向くと、開いた扉の向こうに、宰相の姿が見えた。
雨のひどさに、昨日の仕事終わりが遅く、帰ることのできなかった騎士や使用人が城に泊まっていた。今日も降り続く雨に、昨日帰ることのできたほとんどの文官や騎士、使用人達は登城していない。今日は、城に人が少なかった。宰相は、帰ることができなかったのだろう。
「何があったのでしょうか?」
彼は、第一王子ミタマが王家より廃籍されてから、仕事が進まずに疲れ果てていた。ハバキは長く寝込んでいて、様々な政策に関して、いちいち説明が必要だった。せめて、引き継ぎができていれば良かったが、ハバキがミタマをすぐに追い出してしまったので、ミタマが王の代理として回していた政務が滞ったのだ。
ミタマは、一文官の扱いということになったが、登城さえしてきてくれれば、引き継ぎの名目で話を聞きに行くことや仕事を任せることもできる、と宰相は目論んでいた。給金を何とか多く盛り込んで、働いてもらえるように計らおう。ゆくゆくは自分の後を継いで宰相になってもらえば、政務に支障はないのでは、と。
しかし、王の目覚めたあの日以降、ミタマと、その乳兄弟であるユウナギの姿を見たものはなかった。二人とも律儀に休職願いを出して、いなくなってしまったのだ。
疲れ果てた宰相は、目の下に濃い隈をはき、やつれていた。今日は、人も少なく仕事の手を止める者がいなかったので、執務室に籠ってひたすらに仕事をしていた。
ふと、喉の乾きを覚えて執務室を出て、異変に気付いたのだ。
「塔が崩れた。」
「…………は?」
国王が言った。
堤防が崩れた、との聞き間違いであれば良かった。
「塔の御方とカナメヅカが来ている。お食事中だ。」
頭が回らなくて、言葉が頭の上を滑っていくようだった。話された内容が、意味のある言葉として、入ってこない。
「塔の御方……。」
塔の御方が、お食事中……。
不意に、カナメヅカの報告書を思い出す。
塔の御方の生活費が払われていない、伴侶が居なくともイズモ様の生活は保証されなければならない、と毎回訴えかけてあった。
……すべて、無視した。
長く続く天候不良で、作物の実りは悪く、国庫はいつもギリギリの状態だった。様々な無駄を切り捨てていく中で、塔の御方などという実在も疑わしいものの生活費など真っ先に切り捨てた。もう十何年も前のことだ。塔の見張りをするだけの、カナメヅカの給金もどんどん減らした。手紙や報告書は来るが、当人達がこちらへ来るわけではない。そんなことに構ってなどいられない。
カナメヅカが、早く伴侶を寄越せというのも、姫君の持参金欲しさであろう、と思っていた。天候不良の原因は、封印の神力不足だとの報告書も、毎回同じことが書いてあると、ろくろく目を通してもいなかった。
塔が崩れた。
塔の御方がお食事中。
言葉が頭の中をぐるぐる回る。
私は、何を見て、何を見ていなかったのだろう。
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