23 / 188
二十三
しおりを挟む
結局のところ、余四郎が行きたいと本気で言っている時に、止められる者はいないのだ。
余四郎と護衛と小姓、それに伊之助と草庵の五人は、てくてくと歩いて、伊之助が元々通っていた寺子屋へと向かった。余四郎の足に合わせて歩くので、大層時間がかかった。
余四郎は、目に映る何もかもが珍しかったらしい。道端の雑草や、地面を這ったり飛んだりしている虫たちに大興奮して、あれはなんだ、これはなんだと足を止めた。
「いの。いの。うごいてる」
「その虫は、いつもたくさんで並んで歩くんですよ、四郎さま。いっぱいいますね」
「わ、わわ。とんだ。とんだぞ、いの」
「その緑の虫は飛びます」
「あはは、そうか。どこにいった? まて」
「あ、四郎さま。寺子屋はそっちじゃありません」
伊之助は、一緒になってしゃがみ込んだり、走って虫を追いかける余四郎を追いかけたりしながら、寺子屋へと進んだ。初夏の陽気は程よくて、気持ちの良い散歩となった。しばらく布団の上にいた伊之助にとっても、このくらいの歩みがちょうど良かった。
伊之助は、楽しくて仕方なかった。一人じゃないというのは、こんなに楽しいのか。これから先も、ずっとこんなに楽しいことが続くのか。弾む心に、先ほど余四郎が言った言葉が残っている。
許婚はいいな。ずっと共にいられるのだものな。
本当にそうだ、と思う。ずっと、こうして共に居られるのなら、四郎さまの許婚になれて良かった。それが自分で、本当に良かった。
二人は、存分に散歩を楽しんだ。草庵と護衛は、ただ黙ってそんな二人についてきてくれた。小姓は、眉間のしわをもう隠しもしなかったが、余四郎の決めたことに逆らうことはできなかったらしく、しぶしぶとついてきた。
そうして、もうすっかりお昼時となる頃に、ようやく寺子屋へと辿り着いた。
「こんにちは。ご無沙汰してしまってすみません」
伊之助が顔をのぞかせると、元から部屋のあちらこちらで騒いでいた子どもたちは、わああ、と更に大きな声を上げた。
「伊之助! 伊之助だ!」
「その腕どうしたんでえ」
「まーた転んだのか」
「伊之助はよく転んで怪我をするからなあ。また転んで怪我でもしたんじゃねえかってみんなで言ってたんだ」
すぐに駆け寄ってくる仲間たち。
「わ、折れてんのか、これ。本当にこんなひでえ怪我してるたあ、思わなかったよ」
「なあ? 本当に気ぃ付けろよ、伊之助」
「どんくさいにも程があるぞ」
「伊之助。痛い?」
善吉が、眉をへにょりと下げながら、伊之助の側へ寄ってくる。小さい、小さい、と思っていたが、久しぶりに会ってみると、余四郎より少し大きかった。
「善吉。今は痛くないよ。お医者様に治療してもらったんだ」
「そうか」
「うん。心配かけてごめんね」
「うん、いいよ。伊之助、手持って」
「うーん。今日は持てないんだ。ごめんな、善吉」
「明日?」
「明日も無理かなあ」
「じゃあ、明日の次?」
「それも、まだ無理かもなあ」
「じゃあ、明日の次の次?」
「う、ううーん」
「しばらくうごかしたらだめだ、とりょうあんがいっていたぞ」
ぽかん、と伊之助と皆の口が開く。
寺子屋に着いて、大騒ぎする子どもたちの声を聞いた小姓が、若様、決して中に入ってはいけません、と外にとどめていたはずの余四郎の声だ。
「し、四郎さま……」
「誰?」
「たまのがわよしろう。いののいいなじゅけだ」
余四郎と護衛と小姓、それに伊之助と草庵の五人は、てくてくと歩いて、伊之助が元々通っていた寺子屋へと向かった。余四郎の足に合わせて歩くので、大層時間がかかった。
余四郎は、目に映る何もかもが珍しかったらしい。道端の雑草や、地面を這ったり飛んだりしている虫たちに大興奮して、あれはなんだ、これはなんだと足を止めた。
「いの。いの。うごいてる」
「その虫は、いつもたくさんで並んで歩くんですよ、四郎さま。いっぱいいますね」
「わ、わわ。とんだ。とんだぞ、いの」
「その緑の虫は飛びます」
「あはは、そうか。どこにいった? まて」
「あ、四郎さま。寺子屋はそっちじゃありません」
伊之助は、一緒になってしゃがみ込んだり、走って虫を追いかける余四郎を追いかけたりしながら、寺子屋へと進んだ。初夏の陽気は程よくて、気持ちの良い散歩となった。しばらく布団の上にいた伊之助にとっても、このくらいの歩みがちょうど良かった。
伊之助は、楽しくて仕方なかった。一人じゃないというのは、こんなに楽しいのか。これから先も、ずっとこんなに楽しいことが続くのか。弾む心に、先ほど余四郎が言った言葉が残っている。
許婚はいいな。ずっと共にいられるのだものな。
本当にそうだ、と思う。ずっと、こうして共に居られるのなら、四郎さまの許婚になれて良かった。それが自分で、本当に良かった。
二人は、存分に散歩を楽しんだ。草庵と護衛は、ただ黙ってそんな二人についてきてくれた。小姓は、眉間のしわをもう隠しもしなかったが、余四郎の決めたことに逆らうことはできなかったらしく、しぶしぶとついてきた。
そうして、もうすっかりお昼時となる頃に、ようやく寺子屋へと辿り着いた。
「こんにちは。ご無沙汰してしまってすみません」
伊之助が顔をのぞかせると、元から部屋のあちらこちらで騒いでいた子どもたちは、わああ、と更に大きな声を上げた。
「伊之助! 伊之助だ!」
「その腕どうしたんでえ」
「まーた転んだのか」
「伊之助はよく転んで怪我をするからなあ。また転んで怪我でもしたんじゃねえかってみんなで言ってたんだ」
すぐに駆け寄ってくる仲間たち。
「わ、折れてんのか、これ。本当にこんなひでえ怪我してるたあ、思わなかったよ」
「なあ? 本当に気ぃ付けろよ、伊之助」
「どんくさいにも程があるぞ」
「伊之助。痛い?」
善吉が、眉をへにょりと下げながら、伊之助の側へ寄ってくる。小さい、小さい、と思っていたが、久しぶりに会ってみると、余四郎より少し大きかった。
「善吉。今は痛くないよ。お医者様に治療してもらったんだ」
「そうか」
「うん。心配かけてごめんね」
「うん、いいよ。伊之助、手持って」
「うーん。今日は持てないんだ。ごめんな、善吉」
「明日?」
「明日も無理かなあ」
「じゃあ、明日の次?」
「それも、まだ無理かもなあ」
「じゃあ、明日の次の次?」
「う、ううーん」
「しばらくうごかしたらだめだ、とりょうあんがいっていたぞ」
ぽかん、と伊之助と皆の口が開く。
寺子屋に着いて、大騒ぎする子どもたちの声を聞いた小姓が、若様、決して中に入ってはいけません、と外にとどめていたはずの余四郎の声だ。
「し、四郎さま……」
「誰?」
「たまのがわよしろう。いののいいなじゅけだ」
835
あなたにおすすめの小説
【完結】僕はキミ専属の魔力付与能力者
みやこ嬢
BL
【2025/01/24 完結、ファンタジーBL】
リアンはウラガヌス伯爵家の養い子。魔力がないという理由で貴族教育を受けさせてもらえないまま18の成人を迎えた。伯爵家の兄妹に良いように使われてきたリアンにとって唯一安らげる場所は月に数度訪れる孤児院だけ。その孤児院でたまに会う友人『サイ』と一緒に子どもたちと遊んでいる間は嫌なことを全て忘れられた。
ある日、リアンに魔力付与能力があることが判明する。能力を見抜いた魔法省職員ドロテアがウラガヌス伯爵家にリアンの今後について話に行くが、何故か軟禁されてしまう。ウラガヌス伯爵はリアンの能力を利用して高位貴族に娘を嫁がせようと画策していた。
そして見合いの日、リアンは初めて孤児院以外の場所で友人『サイ』に出会う。彼はレイディエーレ侯爵家の跡取り息子サイラスだったのだ。明らかな身分の違いや彼を騙す片棒を担いだ負い目からサイラスを拒絶してしまうリアン。
「君とは対等な友人だと思っていた」
素直になれない魔力付与能力者リアンと、無自覚なままリアンをそばに置こうとするサイラス。両片想い状態の二人が様々な障害を乗り越えて幸せを掴むまでの物語です。
【独占欲強め侯爵家跡取り×ワケあり魔力付与能力者】
* * *
2024/11/15 一瞬ホトラン入ってました。感謝!
【完結】抱っこからはじまる恋
* ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。
ふたりの動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵もあがります。
YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。
プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら!
完結しました!
おまけのお話を時々更新しています。
BLoveさまのコンテストに応募しているお話を倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
【完結】薄幸文官志望は嘘をつく
七咲陸
BL
サシャ=ジルヴァールは伯爵家の長男として産まれるが、紫の瞳のせいで両親に疎まれ、弟からも蔑まれる日々を送っていた。
忌々しい紫眼と言う両親に幼い頃からサシャに魔道具の眼鏡を強要する。認識阻害がかかったメガネをかけている間は、サシャの顔や瞳、髪色までまるで別人だった。
学園に入学しても、サシャはあらぬ噂をされてどこにも居場所がない毎日。そんな中でもサシャのことを好きだと言ってくれたクラークと言う茶色の瞳を持つ騎士学生に惹かれ、お付き合いをする事に。
しかし、クラークにキスをせがまれ恥ずかしくて逃げ出したサシャは、アーヴィン=イブリックという翠眼を持つ騎士学生にぶつかってしまい、メガネが外れてしまったーーー…
認識阻害魔道具メガネのせいで2人の騎士の間で別人を演じることになった文官学生の恋の話。
全17話
2/28 番外編を更新しました
推しにプロポーズしていたなんて、何かの間違いです
一ノ瀬麻紀
BL
引きこもりの僕、麻倉 渚(あさくら なぎさ)と、人気アイドルの弟、麻倉 潮(あさくら うしお)
同じ双子だというのに、なぜこんなにも違ってしまったのだろう。
時々ふとそんな事を考えてしまうけど、それでも僕は、理解のある家族に恵まれ充実した引きこもり生活をエンジョイしていた。
僕は極度の人見知りであがり症だ。いつからこんなふうになってしまったのか、よく覚えていない。
本音を言うなら、弟のように表舞台に立ってみたいと思うこともある。けれどそんなのは無理に決まっている。
だから、安全な自宅という城の中で、僕は今の生活をエンジョイするんだ。高望みは一切しない。
なのに、弟がある日突然変なことを言い出した。
「今度の月曜日、俺の代わりに学校へ行ってくれないか?」
ありえない頼み事だから断ろうとしたのに、弟は僕の弱みに付け込んできた。
僕の推しは俳優の、葛城 結斗(かつらぎ ゆうと)くんだ。
その結斗くんのスペシャルグッズとサイン、というエサを目の前にちらつかせたんだ。
悔しいけど、僕は推しのサインにつられて首を縦に振ってしまった。
え?葛城くんが目の前に!?
どうしよう、人生最大のピンチだ!!
✤✤
「推し」「高校生BL」をテーマに書いたお話です。
全年齢向けの作品となっています。
一度短編として完結した作品ですが、既存部分の改稿と、新規エピソードを追加しました。
✤✤
【完結】我が兄は生徒会長である!
tomoe97
BL
冷徹•無表情•無愛想だけど眉目秀麗、成績優秀、運動神経まで抜群(噂)の学園一の美男子こと生徒会長・葉山凌。
名門私立、全寮制男子校の生徒会長というだけあって色んな意味で生徒から一目も二目も置かれる存在。
そんな彼には「推し」がいる。
それは風紀委員長の神城修哉。彼は誰にでも人当たりがよく、仕事も早い。喧嘩の現場を抑えることもあるので腕っぷしもつよい。
実は生徒会長・葉山凌はコミュ症でビジュアルと家柄、風格だけでここまで上り詰めた、エセカリスマ。実際はメソメソ泣いてばかりなので、本物のカリスマに憧れている。
終始彼の弟である生徒会補佐の観察記録調で語る、推し活と片思いの間で揺れる青春恋模様。
本編完結。番外編(after story)でその後の話や過去話などを描いてます。
(番外編、after storyで生徒会補佐✖️転校生有。可愛い美少年✖️高身長爽やか男子の話です)
【蒼き月の輪舞】 モブにいきなりモテ期がきました。そもそもコレ、BLゲームじゃなかったよな?!
黒木 鳴
BL
「これが人生に三回訪れるモテ期とかいうものなのか……?そもそもコレ、BLゲームじゃなかったよな?!そして俺はモブっ!!」アクションゲームの世界に転生した主人公ラファエル。ゲームのキャラでもない彼は清く正しいモブ人生を謳歌していた。なのにうっかりゲームキャラのイケメン様方とお近づきになってしまい……。実は有能な無自覚系お色気包容主人公が年下イケメンに懐かれ、最強隊長には迫られ、しかも王子や戦闘部隊の面々にスカウトされます。受け、攻め、人材としても色んな意味で突然のモテ期を迎えたラファエル。生態系トップのイケメン様たちに狙われたモブの運命は……?!固定CPは主人公×年下侯爵子息。くっついてからは甘めの溺愛。
婚約破棄された公爵令嬢アンジェはスキルひきこもりで、ざまあする!BLミッションをクリアするまで出られない空間で王子と側近のBL生活が始まる!
山田 バルス
BL
婚約破棄とスキル「ひきこもり」―二人だけの世界・BLバージョン!?
春の陽光の中、ベル=ナドッテ魔術学院の卒業式は華やかに幕を開けた。だが祝福の拍手を突き破るように、第二王子アーノルド=トロンハイムの声が講堂に響く。
「アンジェ=オスロベルゲン公爵令嬢。お前との婚約を破棄する!」
ざわめく生徒たち。銀髪の令嬢アンジェが静かに問い返す。
「理由を、うかがっても?」
「お前のスキルが“ひきこもり”だからだ! 怠け者の能力など王妃にはふさわしくない!」
隣で男爵令嬢アルタが嬉しげに王子の腕に絡みつき、挑発するように笑った。
「ひきこもりなんて、みっともないスキルですわね」
その一言に、アンジェの瞳が凛と光る。
「“ひきこもり”は、かつて帝国を滅ぼした力。あなたが望むなら……体験していただきましょう」
彼女が手を掲げた瞬間、白光が弾け――王子と宰相家の青年モルデ=リレハンメルの姿が消えた。
◇ ◇ ◇
目を開けた二人の前に広がっていたのは、真っ白な円形の部屋。ベッドが一つ、机が二つ。壁のモニターには、奇妙な文字が浮かんでいた。
『スキル《ひきこもり》へようこそ。二人だけの世界――BLバージョン♡』
「……は?」「……え?」
凍りつく二人。ドアはどこにも通じず、完全な密室。やがてモニターが再び光る。
『第一ミッション:以下のセリフを言ってキスをしてください。
アーノルド「モルデ、お前を愛している」
モルデ「ボクもお慕いしています」』
「き、キス!?」「アンジェ、正気か!?」
空腹を感じ始めた二人に、さらに追い打ち。
『成功すれば豪華ディナーをプレゼント♡』
ステーキとワインの映像に喉を鳴らし、ついに王子が観念する。
「……モルデ、お前を……愛している」
「……ボクも、アーノルド王子をお慕いしています」
顔を寄せた瞬間――ピコンッ!
『ミッション達成♡ おめでとうございます!』
テーブルに豪華な料理が現れるが、二人は真っ赤になったまま沈黙。
「……なんか負けた気がする」「……同感です」
モニターの隅では、紅茶を片手に微笑むアンジェの姿が。
『スキル《ひきこもり》――強制的に二人きりの世界を生成。解除条件は全ミッション制覇♡』
王子は頭を抱えて叫ぶ。
「アンジェぇぇぇぇぇっ!!」
天井スピーカーから甘い声が響いた。
『次のミッション、準備中です♡』
こうして、トロンハイム王国史上もっとも恥ずかしい“ひきこもり事件”が幕を開けた――。
【完結】君を上手に振る方法
社菘
BL
「んー、じゃあ俺と付き合う?」
「………はいっ?」
ひょんなことから、入学して早々距離感バグな見知らぬ先輩にそう言われた。
スクールカーストの上位というより、もはや王座にいるような学園のアイドルは『告白を断る理由が面倒だから、付き合っている人がほしい』のだそう。
お互いに利害が一致していたので、付き合ってみたのだが――
「……だめだ。僕、先輩のことを本気で……」
偽物の恋人から始まった不思議な関係。
デートはしたことないのに、キスだけが上手くなる。
この関係って、一体なに?
「……宇佐美くん。俺のこと、上手に振ってね」
年下うさぎ顔純粋男子(高1)×精神的優位美人男子(高3)の甘酸っぱくじれったい、少しだけ切ない恋の話。
✧毎日2回更新中!ボーナスタイムに更新予定✧
✧お気に入り登録・各話♡・エール📣作者大歓喜します✧
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる