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七十三
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「ちょうど良いので、皆に言っておくことがある」
余四郎の甲高い声は、少々広めの室内にもよく通る。落ち着いた声音が心地よかった。
周囲の視線が、正時と時行から余四郎へと移っていく。視線をしっかりと集めてから、余四郎は口を開いた。
「先ほど、叔父上が馬鹿馬鹿しいと言われた、兄上と直井行成、私と飯原伊良の婚約の話である。この婚約は、父上がお決めになった話であること、皆、重々承知しておることだろう。男同士という、尋常でない形である故、先ほどの叔父上のように、おかしいだの馬鹿馬鹿しいだのと言うておる者がいることを私は知っている。叔父上のように直接ではなくとも、耳には届くものだからな。だが、考えてもみよ。我ら四人にそれを言うたとて、どうなるというのか。子どもの我らには何もできぬことくらい、大人のそなたらなれば分かるであろう。それでも、おかしいからそれを我らに教える、というのならば、正すにはどうすれば良いのか、というところまで言え。我らにできる事があるというならば、それを言え。男同士がおかしいだの馬鹿馬鹿しいだのと言われただけでは、だからなんだ、それがどうした、としか私たちには言えぬ。それは、皆、分かろう? 大人なのだから。まあ、つまりだ。意見があらば父上へ直接言うてもらうようお願いしたい。私から申し上げても、私は子ども故、子どもは黙っておれ、と言われて終いかもしれぬしな」
少し眉を落とし、大人たちを見上げながら余四郎は周囲を見渡す。まだ子どもなのだなあ、と分かるような顔付きで紡がれた言葉に、ばつが悪そうな顔をする者が幾人かいた。
お殿様は、子どもは黙っておれ、とは言わない気がするけどな、と伊良は思った。もちろん、勝手な想像だ。お殿様に会ったことなんて一回だけなんだから、本当のことが分かるわけがない。その一回の際に、四郎さまと縁を結ばせてくれたこと、父を叱ってくれたことで、良い印象を抱いているにすぎない。
余四郎は、最後に、一人立ち上がっている正時を大きく振り仰いだ。
「おかしかろうが馬鹿馬鹿しかろうが変えられぬことなれば、その中で、我らはできることをするだけだ。いずれ、直井行成は兄上に嫁ぐし、飯原伊良は私に嫁ぐ。その者らが親族席におることの、我らの隣におることのなにがおかしい? 行成など、この度の儀で、兄上の伴侶として見事な勤めであっただろう? 八面六臂の活躍とはこういう事かと、私は感心しきりであった。対して叔父上は何をなされた? 子どもの私には、何をなさっているとも見えなかったのだが。もしや、子どもの私には分からぬ、何か重要な役目をされていたのだろうか?」
「ふ」
「ふは」
室内のあちらこちらから、堪えきれぬ息のようなものが漏れる音が聞こえた。
「……このっ。おまえ、は……」
正時の振り上げた手は、素早く立ち上がった時行に掴まれる。
「これ以上の狼藉は見逃せぬ、叔父上。兄上を悼むお気持ちがないなら、このまま退席なされよ」
「は、離せ!」
ぐ、と顔をゆがめた正時は、ぎりぎりと時行に締め上げられている腕を振り払おうと大きく腕を振り、態勢を崩して尻もちをついた。
「悼む気持ちがあるから参ったに決まっておろう! 離せ!」
悼む気持ちなど感じられない様子で言いながら、正時は膳の前に座り直す。
時行は、見たことのないほど冷たい目で正時を見下ろしながら、自身も腰を下ろした。
「なら、そのままそちらで、料理をご堪能なされよ」
「もちろん、そうさせてもらう」
また、息のような忍び笑いが幾つか漏れる。
このような後に、よくこの場に居られるものだなあ、と伊良は明後日な方向で感心して正時を見た。
余四郎の甲高い声は、少々広めの室内にもよく通る。落ち着いた声音が心地よかった。
周囲の視線が、正時と時行から余四郎へと移っていく。視線をしっかりと集めてから、余四郎は口を開いた。
「先ほど、叔父上が馬鹿馬鹿しいと言われた、兄上と直井行成、私と飯原伊良の婚約の話である。この婚約は、父上がお決めになった話であること、皆、重々承知しておることだろう。男同士という、尋常でない形である故、先ほどの叔父上のように、おかしいだの馬鹿馬鹿しいだのと言うておる者がいることを私は知っている。叔父上のように直接ではなくとも、耳には届くものだからな。だが、考えてもみよ。我ら四人にそれを言うたとて、どうなるというのか。子どもの我らには何もできぬことくらい、大人のそなたらなれば分かるであろう。それでも、おかしいからそれを我らに教える、というのならば、正すにはどうすれば良いのか、というところまで言え。我らにできる事があるというならば、それを言え。男同士がおかしいだの馬鹿馬鹿しいだのと言われただけでは、だからなんだ、それがどうした、としか私たちには言えぬ。それは、皆、分かろう? 大人なのだから。まあ、つまりだ。意見があらば父上へ直接言うてもらうようお願いしたい。私から申し上げても、私は子ども故、子どもは黙っておれ、と言われて終いかもしれぬしな」
少し眉を落とし、大人たちを見上げながら余四郎は周囲を見渡す。まだ子どもなのだなあ、と分かるような顔付きで紡がれた言葉に、ばつが悪そうな顔をする者が幾人かいた。
お殿様は、子どもは黙っておれ、とは言わない気がするけどな、と伊良は思った。もちろん、勝手な想像だ。お殿様に会ったことなんて一回だけなんだから、本当のことが分かるわけがない。その一回の際に、四郎さまと縁を結ばせてくれたこと、父を叱ってくれたことで、良い印象を抱いているにすぎない。
余四郎は、最後に、一人立ち上がっている正時を大きく振り仰いだ。
「おかしかろうが馬鹿馬鹿しかろうが変えられぬことなれば、その中で、我らはできることをするだけだ。いずれ、直井行成は兄上に嫁ぐし、飯原伊良は私に嫁ぐ。その者らが親族席におることの、我らの隣におることのなにがおかしい? 行成など、この度の儀で、兄上の伴侶として見事な勤めであっただろう? 八面六臂の活躍とはこういう事かと、私は感心しきりであった。対して叔父上は何をなされた? 子どもの私には、何をなさっているとも見えなかったのだが。もしや、子どもの私には分からぬ、何か重要な役目をされていたのだろうか?」
「ふ」
「ふは」
室内のあちらこちらから、堪えきれぬ息のようなものが漏れる音が聞こえた。
「……このっ。おまえ、は……」
正時の振り上げた手は、素早く立ち上がった時行に掴まれる。
「これ以上の狼藉は見逃せぬ、叔父上。兄上を悼むお気持ちがないなら、このまま退席なされよ」
「は、離せ!」
ぐ、と顔をゆがめた正時は、ぎりぎりと時行に締め上げられている腕を振り払おうと大きく腕を振り、態勢を崩して尻もちをついた。
「悼む気持ちがあるから参ったに決まっておろう! 離せ!」
悼む気持ちなど感じられない様子で言いながら、正時は膳の前に座り直す。
時行は、見たことのないほど冷たい目で正時を見下ろしながら、自身も腰を下ろした。
「なら、そのままそちらで、料理をご堪能なされよ」
「もちろん、そうさせてもらう」
また、息のような忍び笑いが幾つか漏れる。
このような後に、よくこの場に居られるものだなあ、と伊良は明後日な方向で感心して正時を見た。
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