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百五十二
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行成は、ぱちりと目を瞬かせた。何かに驚き、そして考えている時の仕草だ。名の呼び方や話し方についてではないだろう。伊良が、行成やその他の家臣たちに対しても、態度や言葉遣いを改めようと努力する姿は、皆におおむね微笑ましく見守られている。
義兄さまと呼ぶのは、伊良が行成を呼び捨てにすることがどうしてもできなかったからだ。同じ年齢で、生まれ月でいえば伊良の方が早いのだからおかしなことであるのだが、関係性としては合っている。伊良の苦肉の策を、行成は、まあその辺りか、と笑って受け入れた。
「悪くはないな。だが……」
伊良は、行成の思案が終わるのを待つ。
軽微な罪の者を、労役に就かせるのはよくあることだ。それはもちろん、武家以外の身分の者の話であるのだが、武家に適用してはいけないという決まりがあるわけではない。もし、決まりがあったとして、そんな決まりは取り払ってしまえばよい。ここにいるのは、常から藩の運営に関わっている、藩主と前藩主の伴侶であった。良い思い付きを藩主に奏上すれば、他の者より簡単に採用される。
「面を上げよ」
しばし考えた行成は、取り押さえた三人の浪人に向かって声を掛けた。
一人の首元に刀を当てていた藤兵衛が、刀を引いて下がる。三人は、刀を取り上げられて地面に膝をついたまま、顔を上げた。
「聞いたか。堤や街道の修繕をするための人足としてであれば扶持を渡すことができる。各地からの請願書は常に途切れることは無い故、この後、職を失うことはないであろう。どうか?」
浪人たちは、大きく目を見開いた。一人は、かっと顔色を真っ赤にして叫ぶ。
「人足となれ、だと? 馬鹿にしおって!」
「……いっそ、切れ。何故、生き恥を晒さねばならぬ……」
一人は顔を青白くして呟いた。もう一人も、嘆息してうつむく。
「と、いうことだ、伊良」
がくり、と伊良はうなだれた。武士の矜持の、なんと高くて重たいことか。三つ子の魂百まで、というが、武士として育てられた者が刀を捨てて生きていくことは、かように難しいことであるようだった。逆に、幼い頃に武士として育てられていなかった伊良には、とんと理解できぬことである。これもまた、三つ子の魂百まで、なのであるのかもしれなかった。
しかし、武士として雇ってやりたくとも、雇える余裕が伊良たちにはない。相馬が彼らを雇うことは問題ないのやもしれぬが、その先に企んでいる何かが、藩や玉乃川家に害をもたらすものであれば見逃すことができぬ。
うまくいかないものだな……。
「もしも気が変わったら、城まで来るといい。修繕組をやりたい、と伝えれば話を通すように、門番には伝えておくから」
伊良は三人に、しょんぼりと告げるしかなかった。
義兄さまと呼ぶのは、伊良が行成を呼び捨てにすることがどうしてもできなかったからだ。同じ年齢で、生まれ月でいえば伊良の方が早いのだからおかしなことであるのだが、関係性としては合っている。伊良の苦肉の策を、行成は、まあその辺りか、と笑って受け入れた。
「悪くはないな。だが……」
伊良は、行成の思案が終わるのを待つ。
軽微な罪の者を、労役に就かせるのはよくあることだ。それはもちろん、武家以外の身分の者の話であるのだが、武家に適用してはいけないという決まりがあるわけではない。もし、決まりがあったとして、そんな決まりは取り払ってしまえばよい。ここにいるのは、常から藩の運営に関わっている、藩主と前藩主の伴侶であった。良い思い付きを藩主に奏上すれば、他の者より簡単に採用される。
「面を上げよ」
しばし考えた行成は、取り押さえた三人の浪人に向かって声を掛けた。
一人の首元に刀を当てていた藤兵衛が、刀を引いて下がる。三人は、刀を取り上げられて地面に膝をついたまま、顔を上げた。
「聞いたか。堤や街道の修繕をするための人足としてであれば扶持を渡すことができる。各地からの請願書は常に途切れることは無い故、この後、職を失うことはないであろう。どうか?」
浪人たちは、大きく目を見開いた。一人は、かっと顔色を真っ赤にして叫ぶ。
「人足となれ、だと? 馬鹿にしおって!」
「……いっそ、切れ。何故、生き恥を晒さねばならぬ……」
一人は顔を青白くして呟いた。もう一人も、嘆息してうつむく。
「と、いうことだ、伊良」
がくり、と伊良はうなだれた。武士の矜持の、なんと高くて重たいことか。三つ子の魂百まで、というが、武士として育てられた者が刀を捨てて生きていくことは、かように難しいことであるようだった。逆に、幼い頃に武士として育てられていなかった伊良には、とんと理解できぬことである。これもまた、三つ子の魂百まで、なのであるのかもしれなかった。
しかし、武士として雇ってやりたくとも、雇える余裕が伊良たちにはない。相馬が彼らを雇うことは問題ないのやもしれぬが、その先に企んでいる何かが、藩や玉乃川家に害をもたらすものであれば見逃すことができぬ。
うまくいかないものだな……。
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伊良は三人に、しょんぼりと告げるしかなかった。
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