【完結】人形と皇子

かずえ

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第五章 それは日々の話

112 懺悔  成人

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 俺は、お茶を置いて、母さまの近くに歩いた。そうした方がいい気がしたから。

「戦争から帰ってきて、城ではない場所で暮らし始めたと聞いたときには、もう二度と、緋色ひいろさんに会うこともできないのじゃないかと思ったわ……」

 女の人は、母さまの長い髪に丁寧に美容液を馴染ませている。しっとりと落ち着いて光る髪は、ふわふわと優しい母さまの髪とは別のものになったかのようだった。ふわりと、少し甘い香りが広がる。

緋色ひいろさんが、自分から私に会いに来ることなんて、無いもの……」

 そんなことない。
 緋色ひいろは、俺が母さまに会いに行ったら、元気だったか?って必ず聞く。母さまのことを考えているよ。

「住んでいる場所が同じなら、偶然を装って会うこともできる。食事を共にとることもできる……。話せなくても、会える。でも、住む場所さえ違ってしまったら、私は……」

 母さまは泣いていない。泣いていないのに、話す言葉がとても悲しくて、胸がきゅうと掴まれるような気がした。
 俺は、母さまの手をぎゅっと握る。何でか分からないけど、そうしたかった。母さまは、少し笑って俺の手を握り返してくれた。笑っているのに、ちっとも楽しそうでも嬉しそうでもなかった。

「先に拒んだのは、私……。誰も彼もが、上手く出来ない私を責めているように思えて、人の目に自分が映っていることに耐えられず……」

 母さまは、病気で、ずっとお外に出られなかったんだと聞いた。少しずつ良くなって、今は俺とお店に来られるようになった。
 赤虎せきとらの結婚式にも出席できたもんね。
 元気になって、良かったなあ。ね?良かったよね?

「誰にも、私を見られたくなかった。どうしようもなかった。でも、あの子が母を求めた幼い頃に、あの子を拒んだ事実は消えない。拒んでおきながら、少し調子が良い時には、会いに来ないとあの子を責めた。母の絵として描かれた絵が、私に似ていないからと、私でない誰かを描いたと泣きわめき、破り捨てた。おやつをあげると呼びつけてアイスクリームを渡し、食べないことを責めた」
緋色ひいろは、甘いの苦手だから」

 早口で話す母さまは、俺の知らない別の人のようだった。口を挟んだ俺を見て、また笑ってる風に顔を歪める。その顔しかできない人のように。

「知らなかったの。あの子の苦手な味も、好む食べ物も」

 知らなかったら知ればいい。今はもう、知ってるよね?
 緋色ひいろさんは甘いものは食べないから、アイスクリームはいつも常陸丸ひたちまるさんにあげるのよって教えてくれたのは、雫石しずく母さまだ。

「母の絵を破り捨てた日以降、私にあの子の作品が届くことは無くなった……。当たり前ね……。緋色ひいろさんの目の前で破ったのだもの。なのに私は、朱実あけみさんや赤虎せきとらさんの絵やプレゼントが届くのに緋色ひいろさんからのものが無いと怒った。学校で描いた母の絵を無理に持ってこさせたりもした。それを見ては絶望したわ。勝手ね……。見るたびに分かったの。私が破いた最初の一枚だけが、私の顔だったことが……」

 そっか。
 
「忘れてないわ……」

 深いため息と共に吐き出される言葉。

「また、仲良しになれて良かったね」

 俺と力丸りきまるも、喧嘩してもすぐまた仲良しになるんだよ。何でかな?不思議だよね。
 母さまは、目を見開いて俺を見た。

「?」

 ぎゅっと、母さまが俺の手を握る力が強くなる。

「なるひとちゃん。うちに来てくれて、ありがとう……」
 
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