【本編完結】人形と皇子

かずえ

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第五章 それは日々の話

194 英雄の肩書き  緋色

緋色ひいろ殿下。ありがとうございます」

 幸せそうにアイスクリームを口に運ぶ成人なるひとばかりを見ていた。
 驚いて顔を上げると、早くもアイスクリームを食べ終えてジュースを貰っている孫を大切に抱えながら、四条がこちらを向いていた。

「…………」

 礼の意味が分からず、ただ見つめ返す。

「平和を……あなたが、くださった」
「…………」

 ああ。
 いや。もう終わりの見えかけていた戦だった。俺がたまたま、最後に行っただけだ。誰が行っても、終わっていただろう。

「殿下。負けはない、と言いながらも終わらせることができなかったのです」

 口には出していないというのに、まるで俺の胸のうちが聞こえたかのように、四条が言う。

「あなたは、全てを引き受けてくださった」

 その目は、成人なるひとへ向く。アイスクリームを味わっているその顔を、器を持てない左腕を。

「戦が終わった後の帝国での様子を、報告書で読んでおります」
「ああ。世話になっている」

 四条は、帝国の復興に私兵を派遣してくれている。もう操られることのない帝国民は、かなり協力的であると聞くが、それでも、敵地であった場所での作業は大変なことだろう。
 俺が、壊した国。
 
「諍いの終わった地でなお、怪我をして帰る者がいます。精神に不調を訴える者がいます」
「ああ」
「殿下がいらっしゃった頃は、怪我では済まなかった。不調では、済まなかったことでしょう」

 硝煙の臭い。
 様々なものが焼ける臭い。
 血の、臭い。
 一瞬たりとも気の抜けないあの場所。死は、隣にいた。
 思わず、成人なるひとを抱く右手に力が入る。

「ん?」

 振り返った成人なるひとが、スプーンを口に近付けてきた。溶けかけたアイスクリーム。反射的に口を開けて、広がる甘さに顔をしかめる。俺に食べさせて満足した成人なるひとは、自分の口にもまた一口運んで、んー、と嬉しそうに悶えている。
 成人なるひとの腹から手を離して、猪口に酒を注いだ。くっと温くなった酒を喉に流し込む。思い出した臭いと、口に広がる甘さを腹へ落とし込んでしまおう。
 
「戦から帰った殿下が屋敷へ隠遁されたのは、よほど精神に不調をきたされたのだと、誰ともなく言うており、私もまた、さもありなんという思いを強くしておりました」
「まあ、そんなようなもんだ」
「終戦のための、全てをあなたへ押し付けたようで、心苦しく、陛下も非常に気にやまれて……」
「別に」

 俺はただ、成人なるひとを救いたかっただけ。
 国民のために、戦争を終わらせる使命とか、敵国の人間の命を大量に奪う責任とか、考え抜く時間は無かった。
 目の前で失われつつあった大切なものを救う手段を、持てる限りの力で行使した、それだけだ。
 今も、行動原理はそれだけ。俺に権力が無くなれば、成人なるひとはあっさり殺されるだろう?俺が皇子である限り、誰も手出しはできない。皆が成人なるひとを俺の伴侶として大切に扱い、長生きするために手を尽くしてくれる。
 そうしたら、この可愛い笑顔を見ることができる。
 俺が皇子を、英雄をやっているのは、ただその為だけだ。
 
成人なるひとさまをお側に置くのも、殿下がどこか壊れてしまったからなのだと……心配しておりました」
「それで、構わん」
「いえ」

 四条は、ひたと俺を見る。

「私は、緋色ひいろ殿下個人に忠誠を誓いたく思います。あなたは、正しい道を歩いた」
「いらん。それは、父上と兄上に捧げてくれ」
「ええ。もちろん、四条の忠誠は皇家のもの。けれど、私個人の忠誠をどこに捧げようと私の勝手です。お心にお止め置きください」

 馬鹿だな、四条。
 俺は、英雄の肩書きを利用して、伴侶と快適に暮らそうとしてるだけの、とんでもない駄目な男だぞ?
 膝の上には、相変わらず口の中でアイスクリームを堪能する成人なるひと。俺の左手の器の中で、アイスクリームは、とろとろと溶けていく。
 四条は、優しく笑んでそれを見ていた。
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