【本編完結】人形と皇子

かずえ

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第八章 郷に入っては郷に従え

34 楽しみじゃないか?  広末

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「兄上。師匠に謝罪を。先ほどから、あまりにも師匠に礼を失した態度と思われます」

 ああ。気にすんな、矢渡やとさん。長幼の序ってやつを持ち出されて、あんたが後から酷い目にあっちゃ、目も当てられねえ。どっちかってえと、師匠が弟子を守るってのが筋だろう。

「師匠、師匠、とよそ者に何を言っている、矢渡やと。この一族の恥晒しが。我らが師事するは、公里くりの年長者のみ。父上があらぬ誤解を受けて動けぬ今、お前は私の指示に従え。決して逆らうことは許さぬ」
「それはできません。父上の件は誤解ではないし、受けるべくして受けた罰と心得ます。それに!私は先ほど、離宮のメニューを作成する際の責任者となりました。役職持ちです。役職の無い兄上たちより、立場が上です!」
「このっ」

 志雄しおさんの振り上げた手は、なんの躊躇もなく矢渡やとさんに振り下ろされた。ぐ、と目をつぶる矢渡やとさんの反応も早く、これが日常的に行われていることを表している。もちろん、素早く間に入り込んだが、予想していた衝撃はこなかった。
 志雄しおさんの手は、一ノ瀬の活動着を着た男の人に止められていたから。

「父親と同じ場所で、一泊するか?」

 名前は知らねえが、何度か離宮うちで見かけたことがあるお人だ。淡々とした口調と表情は、激しく詰め寄られるより恐ろしい。仕事中はこんな顔してんだなあ。うちで飯食ってる時は、ゆるっと頬が緩んでるから別人みてえだな。
 一ノ瀬の方々は、うちの飯を喜んでたくさん食べてくれるから、大層作りがいがある。なかなか一人一人の好みは把握しきれちゃいねえが、うちで飯を食えるのはご褒美だ、って言ってくれた方がいて嬉しかったね。いくらでも、食べに来て欲しいもんだ!あ、事前連絡は頼むな。足りないってなったら悲しいから。

「な、なにを……」
緋色ひいろ殿下から、うちの大切な料理長の護衛を頼まれている」

 志雄しおさんが、呆然とこちらを見た。
 分かる、分かる。大袈裟だよなー。一介の料理人に護衛だってよ。ああ見えて、うちの殿下って心配症なんかね。なる坊にだけ過保護な訳じゃなかったみてえだ。

「まあまあ。せっかくの機会なんだし、仲良く料理しましょうや。普段一緒にできない方と一緒に料理できるとか、何だかわくわくしませんか。俺は結構、楽しみなんですよ」
「私もです!」
「やっぱり、矢渡やとさんとは気が合うなあ。俺は、弟子ってのは村次むらつぐしかいねえからよ。そうやって言ってくれるのは嬉しいねえ。矢渡やとさんのこと、二番弟子って思っててもいいかい?」

 心の中で呼ぶのは自由かもしれねえが、一応、許可は取っておかねえとな。うっかり誰かに言ってしまって、矢渡やとさんに不快に思われちゃいけねえ。
 げ。矢渡やとさん、目に涙溜めてるぞ?不快だったか?しまったな。

「こ、こ、こ」
「こ?」
「光栄です!これからも一生ついて行きます!」

 そ、そうか。それなら良かった。
 あ、いや、待て。一生ついていくのは、こちらの料理長にしてやってくれねえか。弟子を名乗るのは構わねえから。
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