【本編完結】人形と皇子

かずえ

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第十章 されど幸せな日々

87 明日の約束  成人

緋色ひいろ……。いや、そうか。分かった。誓約書は明日、離宮に届けに行く。私が直接行く。明日の昼食の予約を入れていいかな、壱臣いちおみ
「へあ? あ、あ、はい、もちろんです」

 朱実あけみ殿下の言葉に、壱臣いちおみがびくっと背筋を伸ばした。もともと伸びていた背筋をそんな風にしたら、背中がつってしまいそうだ。

「あら、ずるいわ、朱実あけみ殿下。私も食べたい。壱臣いちおみ、私の分も予約して頂戴。ね?」 

 それまで、黙って朱実あけみ殿下の横にいた赤璃あかりさまが口を開いた。壱臣いちおみは、こくこくと頷く。

「は、はい。承りました。今、言うてもろたら大丈夫です」
「わあ、嬉しい。ありがとう」
「いえ。あの、いつも通りのもんしかできませんけど……」

 朱実あけみ殿下と赤璃あかりさまがうちに来てご飯を食べたいって言う時は、うちのいつものご飯を食べに来る。予約がしてあっても、お客様用のご馳走はいらない。

「もちろんよ。いつも通りでお願い。どうする? いつも通り、私たちの昼食を持っていく?」

 赤璃あかりさまはいつも、自分の分のお城のご飯を持ってうちにやって来る。そうすると、予約無しでも広末ひろすえ村次むらつぐは断らない。赤璃あかりさまの分を差し出して、交換しましょっていうから、急に来ても足りるんだよね。他所よそのご飯を味見できる、ってのは料理人には嬉しいことみたいで、広末ひろすえ村次むらつぐはあっさり自分の分を差し出しちゃう。朱実あけみ殿下もその技を覚えたので、二人は急に来ても、離宮のご飯を食べられるんだ。お客様用のご馳走でも何でもないご飯が、たまに食べたくなるんだって言っていた。お城でそう言って、作ってもらえばいいのにね。ま、赤璃あかりさまや広末ひろすえがいいなら、それでいいんだけどさ。  
 俺たちは、結構長く離宮にいなかったから、赤璃あかりさま達には久しぶりの離宮のご飯だ。そりゃあ、朱実あけみ殿下だけで来ようとしたら、赤璃あかりさまがずるいって言うよね。

「あー。ええっと、はい。よろしくお願いします」

 壱臣いちおみはぺこりと頭を下げた。ふふっ。やっぱり壱臣いちおみ他所よそのご飯を味見したい料理人だった。源さんも、お城のご飯喜ぶかな。
 そういえば末良すえよしも、西国風の味付けのご飯を、ふんふんと頷きながら食べていた。うちの小さな料理人は、もう立派に料理人だったな。

「あ。お土産」

 朱音あかね殿下に、お土産持って帰ってきたんだった。まだ遊べないかもしれないけれど、木でできた野菜や包丁やまな板やお鍋、かき混ぜるお玉とかの一式。末良すえよし亀吉かめきちも楽しそうに遊んでいたから、朱音あかね殿下も楽しいかもしれない、と思って。

「お土産?」
「うん。朱音あかね殿下に玩具」
「まあ、嬉しい。明日、朱音あかねも一緒に連れて行ってもいい?」
「うん」

 朱音あかね殿下に会えるの、俺も嬉しい。

「泣くかもしれないけど」
「ふふっ。当たり前」

 赤ちゃんは、見慣れていない人がいると泣く。当たり前だ。そんなの、俺はとっくに知ってる。
 赤璃あかりさまは、目を細めてにっこりと笑った。

「なる、おかえり」
「ん。ただいま」

 謁見の所でも、ただいま帰りました、って父さまに言ったけれど。何だか今、ここでの赤璃あかりさまとの挨拶の方が、帰ってきたなって気になった。不思議。離宮で、源さんと村正むらまさに言った時と同じ気分。

緋色ひいろも、おかえり」
「ああ。……ただいま」

 朱実あけみ殿下にぼそってお返事した緋色ひいろも、俺と同じ気分だといい。

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