上 下
61 / 96
玻璃の章

14

しおりを挟む
 頭に流れ込んでくる情報に耐えられず、椅子から落ちてしまった。術士は、解呪すると言った。しゅは解かれた。解かれたのだろう。私は、私のことを思い出した。
 目の前には、私とよく似た顔の少年。三十歳くらいの女。見覚えがある。
 真鶴まなづるが、私を助け起こそうと寄ってきた。私の頭の中の情報が、告げる。知っている。真鶴まなづるは、私と同じように、この二人のことを知っている。ずっと、探していた。

真鶴まなづる。」
「はい。」
「お前は、どこまで…?」
「え?」
「いや、後でよい。」

 そうだ。今このような場でする話では無かった。それどころでは無い。
 頭痛を堪えて、椅子に座り直す。
 楽しそうな術士の顔。この男の顔にも、見覚えがある。昔、私に時戻しの術式を金で売り付けた男だ。半信半疑で使用した術式は見事に発動した。発動してしまった。
 出会ったのは、最初の一回のみ。術式を忘れてはいなかったため、会う必要は無かったのだ。偶然に会うことも無かった。そんなに何度も使用するつもりも無かった。
 使用するつもりは無かったが興味は覚えて、自ら様々な術式を集めたりはした。禁術を使う度に痣ができることに気付いたのは、時戻しを何度か使ってからだった。
 時戻し以外に使ったのは、一つだけ。
 異界への扉は、しっかりと開いていたようだ。確かにあの時、私は言った。皇子みこは、二度と見たくない、と。あれが、しゅとなったのか。殺してしまえば良かったものを、何故私は禁術で消そうとしたのだろう。ずきずきと痛む頭で考える。
 そうだ。あれを普通に手にかけても、戻せばまた、生まれてくると思ったのだ。私によく似た、私のものではない子ども。愛しい姫が、私のものにはならない証。もう二度と、決して見たくなどなかったのに。

「このお子が、最後の皇子みこにございます。」
「なんだと。」
「何らかの理由で、隠されておられた皇子みこです。そして、隠される時に、しゅがかかった。彼とその伴侶からは、男の子どもが生まれるでしょう。生まれたなら、しゅは解けます。」

 術士は、楽しそうに告げる。あれが、皇子みこだと証明するものなど、何もない。平民のように、或いは兵士のように短い髪。見たこともない衣装。あきらかに怪しい出自の少年を、誰が言う通りに信じるのか。術士が都合のよいように呼び出したあやかしの類いかもしれぬのに。
 だが、その場の高位貴族達は声もなくその少年を見つめていた。私と、その少年を見比べて、声を失くしたようだ。
 ますます、私によく似た姿になって戻ってきた、腹立たしい…皇子みこを。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

この国に私はいらないようなので、隣国の王子のところへ嫁ぎます

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:2,598pt お気に入り:1,449

【完結】ぎゅって抱っこして

BL / 完結 24h.ポイント:610pt お気に入り:1,487

過去改変の霊薬

恋愛 / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:12

殿下、その方は運命の人ではなく、私の叔母です

恋愛 / 完結 24h.ポイント:28pt お気に入り:52

運命の番を見つけることがわかっている婚約者に尽くした結果

恋愛 / 完結 24h.ポイント:25,155pt お気に入り:281

妻が遺した三つの手紙

恋愛 / 完結 24h.ポイント:7,391pt お気に入り:49

幸福の刺繍

恋愛 / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:14

処理中です...