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第一章 大領地の守り子
1プロローグ わたくしは騎士になりたいです
しおりを挟む夢を持つのはいけないことでしょうか。
諦めないのは美しくないことでしょうか。
わたくしは決められた道を歩むなんてまっぴらです。
自分で自分の人生に必要なものを取捨選択をしたいのです。後悔をするならば誰かに決められたことでの後悔ではなく、自分の決めた選択は失敗だったとその失敗を味わうように、後悔をしたいのです。
……これは誰のものでもない、わたくしの人生なのですから。
いくらこの世界が、便利な魔術が発達していて、行きやすい世界だとしても女の子が騎士へになるなんてこの世界では一般的ではありません。隣国からも聖地扱いされている女神が宿る湖を持つわたくし達の国、ハルツエクデンは湖の女神を崇拝する一神教の国ですが、同じように湖の女神を崇拝する隣国に挟まれたような立地をしているために聖地争いが起こりやすく、貴族出身の騎士であっても戦前に出ることは決して珍しくありませんもの。
それでもわたくしは騎士を夢見ています。わたくしが確固たる騎士への憧れを持った始まりの日は、今でも忘れられません。宝物みたいわたくしの心の中で光り輝いています。
その日はまだわたくしが幼い子供だった頃、いきなり訪れたのです。
それはわたくしがまだ本当に小さい五歳の頃のことです。お父様のお仕事で、王城がある中央に家族全員で出向いた時のことでした。
お父様は騎士団を退官する大切な式典があったのです。
お父様は長年勤められた、騎士団を退官し、自領を治めることが決まっていました。
日頃わたくしはお母様や屋敷で働くものたちにお父様は、本当に尊敬されるべき方なのよ、と言いつけられて育ってきました。
だけども、わたくしにはその言葉が、あんまりピンとこないのです。
騎士というものはそんなに偉いものなのかしら。
まだ幼かったわたくしには、お父様がただただ剣の腕前がよく、とても強いということだけで人の尊敬を集めているように見えていました。
どこが偉いのか、いまいちピンとこないのに、何かしようとしても、お父様に許可をとりましょうね、と屋敷のものには言われてしまいます。
お母様もどんなに遊びに行きたくてもお父様の予定を優先させなければダメよ、と言ってきますしわたくしはお父様中心の生活が大嫌いでした。
……今思えば、なんて聞き分けのないわがままな子供なんだろう、と笑ってしまいますけどね。
そんなお父様にとって最後の晴れ舞台の日の前日、両親は式典のリハーサルのため、わたくしはお兄様たちと一緒に、貴族の子供のための社交、ガーデンパーティーに出席することになりました。
ガーデンパーティーには十二歳未満の式典に関係する貴族の子供たちが集められます。
わたくしたちと同じく伯爵家の子供達だけではなく、様々な階級の子供たちが一堂に会します。
なんとこのパーティーの主賓は第一王子と第二王子だと言うではありませんか。
そんな高貴な方々の前です。わたくしとお兄様はくれぐれも楚々がないように、と両親に言いつけられます。
「リジェット、君はまだ小さいから、会場で兄たちとはぐれやすいかもしれない。
それでも決して、一人になってはいけないよ。
王城には悪い奴がたくさんいる」
いつもはわたくしに興味がなさそうなお父様がやけに何回も言いつけるようにわたくしに言うなあとは思っていましたがこの時はあまり深くは捉えていませんでした。
大きくなって知ったことですが、この時期王都では貴族の子供達を攫い、身代金を要求する誘拐事件が頻発しておりました。犯人グループはまだつかまっておらず、パーティーの延期も視野に入れられていました。
ただ、この頃第一王子の母君である王妃様が体調を大きく崩されていて、もう長くないと噂されていました。
しかし強行的に開催に踏み切ったのは、王妃様がご健在のうちに、貴族内の子供たちに披露目をすることで正式な王位継承者である第一王子のお立場を強固にしておきたいという政治的配慮があったようです。その当時、第一王子の資質が王には向いていないのではないかと言うことが、王宮内では囁かれていて、王子達の周辺がざわついていたのです。
様々な懸念はありましたが、パーティーは決行をされることになったのです。
「まさか、王城に進入できるとは思わんが、用心は必要だろう。
リジェットは珍しい白い髪色をしているから、人目につきやすい。十分に注意するのだぞ」
お父様は心配そうに私たち兄弟の顔を見比べていました。特にわたくしの髪色を目に留めている時間が長かった気がいたします。
わたくしはそれに気がつかないふりをしました。
「はーい!」
わたくしは元気に返事をしましたが、これは口だけです。
__わたくしはこの日、王城を探検すると密かに心に決めていたのです。
ガーデンパーティーが行われる、会場のバラ園を抜けると、王家の温室があることをわたくしは事前に知っていました。王家の温室にはまだ市場に出回っていない珍しい植物がたくさん育てられています。
以前そちらを訪れたことのあるお兄様たちは、その温室の様子を事細くわたくしによく話してくださいました。
「温室には見たこともない植物がたくさんあるんだ! 鈴の音がなる神秘の聖樹、顔より大きい人喰い花、信じられないくらい不思議な植物がいっぱいあるんだ!」
「本当にすごいよな! リジェットもきっといつか行けると思うから楽しみにしているといいよ!」
「まあ! わたくしそちらにぜひ行ってみたいですわ」
伝えてくれるお兄様たちの顔は宝石のようにキラキラと輝いていました。
見たこともないもの、不思議なもの。想像するだけでワクワクしてきます。
そんな面白そうなところ、行ってみたいに決まっています!
わたくしは必ず、パーティーを抜け出すのだ、と心に決めて抜け出すその隙を狙おうと目を光らせていました。
ガーデンパーティーの当日になり、わたくしは社交にふさわしいとっておきのドレスに身を包んでいました。赤を基調とした重いビロード生地のドレスには多くの雫型の金色のビーズが縫い付けられており、動くたびにシャラリと音を立てます。
いつもと少し違うそのドレスは、如何にも高貴な子女感が出ていて、わたくしは上機嫌です。
「お! リジェット。可愛いじゃないか!」
一つ年上のヨーナスお兄様もわたくしのドレスを人目見て、かわいいと褒めてくださいます。
「お兄様も素敵ですよ! とってもお似合いですわ!」
今日のヨーナスお兄様は、わたくしのドレスと色違いの青いビロード生地の子供用フロッグコートに身を包んでいました。いつもは適当に結ばれた黒い髪も今日は揃いのリボンできちんとまとめられています。
パーティーの日はいつもと違うお兄様が見られることを知ったわたくしはもっともっと上機嫌になります、
「ありがとう。今日は一緒にパーティー、頑張ろうな」
「はいっ!」
それぞれ綺麗な一張羅に身を包み子供達だけで、会場に入るとむせ返るようなバラの香りに溢れていました。
会場に等間隔に並べられたテーブルには、香り高いお茶や美味しそうなお菓子が所狭しと並んでいます。さすが、王都、と言いたくなるような、見たことのない、珍しいお菓子もたくさん並んでいて、ついつい目を奪われてしまいます。
王子たちは最初の挨拶の後、その場から下がってしまったようで、残された貴族の子供たちがそれぞれ軽く挨拶を交わしています。
お兄様たちは、最低限話しておかなければならないと言われていた、子供を見つけ出しわたくしをそちらへ引っ張っていきます。連れてこられたわたくしは堀和えず、ほほほ、と笑みを浮かべました。
いけない、いけない。ここで足止めをされてしまったらいけないのです。
まだ大人しく座っていられない子供達のことも考慮して、立食式のパーティーだったのも幸いしました。笑顔で微笑みながら、後ろへ後ろへと下がっていき人目につかないように抜け出すのは簡単なことです。
わたくしはその場を抜け出し、奥の森へ足を伸ばしたのです。
前日に家で王都の地図を確認していたので、道筋もバッチリです。
パーティー会場から続いている細い、バラの小道を抜けまっすぐいけば、温室にたどり着けるはずでした。
しかし、ここは王城。大切な王家の温室を守るのに、なんの警備もされていない訳はありません。
どれだけ歩いても、歩いても同じ道を通らされているような気がしてきました。
どうやらここには、無闇に温室に近づけぬよう、迷いの魔術が施されているようなのです。
わたくしは立ち塞がる魔術に、打ちひしがれてしまいました。
やっぱり憧れの温室見学は諦めて大人しくガーデンパーティーに戻った方がいいのかしら。
そう思った時です。
物陰から、ガサリと葉が重なり合う音がしました。
__え?なんでしょう?
そう思って後ろをゆっくりと振り変えると、植栽の影から、見慣れぬ二人組に男が現れたのです。
男たちは、見慣れぬ黒い装束に身を包んでいました。どう考えても城で働いているものの服装ではありません。
いきなり現れた怪しい男たちにヒヤリとして動けなくなった時、男の一人を目があってしまいました。
「この子供、白纏だぞ!」
目が合った男はわたくしの髪の白さを見て、そう叫びました。
白纏? わたくしの髪色のことでしょうか。
珍しいとは言われていましたが、こんな方々にまで人気のカラーだとは思っていなかったわたくしは、その場で硬直してしまいます。
「それは、高く売れそうだな……」
その会話を聞いて、わたくしはやっとお父様の言葉を思い出しました。
……人拐いだわ!
お父様に注意されていたのにもかかわらず、わたくしはそれを無視して警備の外まで出てしまっていたのです。
これは危険な状況になってしまったわと、気づいた時にはもう遅かったのです。
じりじりと人攫いの男たちはわたくしに近づいてきます。
走って逃げなくちゃ!そう思って力の限り足を動かしますが、子供の走るスピードなんてたかが知れています。
わたくしはすぐに男たちに手をつかまれてしまいました。縄で体を縛られ、体の自由を奪われたかと思うと、そのまま布袋のようなものに入れられてしまいました。
視界が奪われパニックになりながらもなんとか、脱出しようと、手足を必死に動かします。
男の手らしきものを噛んだり、足をバタバタさせて暴れてなんとか逃げようと試みますが、たやすく抱え上げられてしまいました。
逃げることはできません。
わたくしはもうダメかもしれない……。そう思った瞬間です。
「そこで何をしている!」
誰かの声が聞こえました。
誰? わたくしは耳を澄ませませました。
声は幼い子供のようです。
大人ではない、ということは助けにはならない……。この子が来てもさらわれる子供が増えるだけです。
わたくしも、この子ももう助からない!
そう思った時でした。
袋に入れられた状態でも伝わる規模の強い風が体に当たりました。
その衝撃で、人攫いの手からわたくしが入った袋が滑り落ち、わたくしは地面に叩き落とされます。
「っ!!」
鋭い衝撃に耐えながら、なんとか思考を巡らせます。せっかく人攫いの手から逃れたのだから、この隙に逃げなければ!
袋の中でもがき、ようやく外に出ると驚きの光景が目の前に広がっていました。
声の持ち主はわたくしと歳が変わらないくらいのまだ幼い少年でした。
なんと少年は剣を構え、男たちに向かって行くではありませんか。
少年は、小さいわたくしが見てもわかるくらいの上質な服装をしていました。
小さな男の子は小麦色に輝く金色の髪に、漆黒の闇のように光を通さない、黒黒とした目をしています。
「くそっ! こいつ魔法陣を使うぞ! 腕を切り落とせ!」
そういった人攫いは腰にさしていた小型の刃物で少年の腕を狙いました。
「危ない!」
少年は人攫いの男に刃物で刺されそうなところでした。間一髪のところで、体を捻りそれを避けると、反動を利用して剣を人攫いに突き刺します。
「うああああ!!」
そのままもう一人の男にも連続で刃を振るい、魔法陣を用いて素早く縄を出し、人攫いの男たちをあっという間に縛ってまとめあげてしまいました。
あっという間の出来事でした。気がついたら、人攫いの男たちは倒されていました。
わたくしがぽかんとした表情で、見つめていると少年が柔らかい口調で話しかけてきます。
「大丈夫か?」
「もしかして、この人たちを倒してしまったのですか?」
少年はわたくしの縄を解いてくれました。あまりの強さに目を瞬かせることしかできません。
「どうしてあなたはそんなに強いのですか?」
急に質問をしてしまったからでしょうか。少年も少し驚いたような顔をしていました。
そして少し考えたような表情をした後、微笑みながらわたくしの質問に答えてくれます。
「私は王家の剣に入隊して、この国を守りたいからな。
そのために日々鍛錬を続けているのだ」
王家の剣……、それを聞いてお父様がお勤めしていた、騎士団のことだと分かりました。
そうか、この男の子はお父様のように王家の剣になりたいのですね。
国を守る、その言葉を聞いた時、わたくしは初めてお父様のお仕事について、わかったような気がしました。
お父様は騎士として己の身を呈して、国民を守っていたのですね。
目を輝かせながら、夢を語る男の子は、本当にキラキラ輝いて見えます。
なんて素敵なんだろう。
……自分の力で国を守る、そのことがわたくしにもひどく魅力的に思えてしまうのはなぜでしょう。
「わたくしもなりたいです」
「え?」
「わたくしもあなたのように、王家の剣になりたいです!
あなたのことは師匠と呼ばせてください!」
「は?」
男の子は驚いた顔をしています。
「普通は私に憧れて、恋をする……とかじゃないのか?」
男の子は何やらぶつぶつ呟いていますが、あまりよく聞こえませんでした。
それよりも、わたくしは、男の子の身のこなしの技術に目が釘付けだったのです!
「わたくしにはあなたがとってもカッコよく見えました。
わたくしもあなたのように誰かを守れるだけの力を得たいのです!」
子供の戯言だと思ったのかもしれません。
男の子は少し考えた後、わたくしの目をジッと強い視線で見つめました。
目を逸らしたら負けてしまうような気がして、ジッと強い視線で見つめ返すと男の子は気が抜けたのかぷっと吹き出しました。
「なんで笑うのですか! わたくしは大真面目なのですよ!」
「ごめんごめん、あんまりにも表情が面白くってつい……ぷぷ」
しばらく笑い続けていた男の子は、落ち着いたようです。
「じゃあ、いつか王家の剣で会おうじゃないか」
わたくしはその言葉が嬉しくって目を丸くしました。
「はい!」
この出会いがわたくしが騎士を目指すあらましとなりました。
この後、騒ぎを聞きつけて合流したお父様たちにはこっ酷く叱られたのですが、わたくしはパーティーを抜け出したことをちっとも後悔していませんでした。
だって、素敵な出会いがあったのですもの!
五年が経った今でも、わたくしはあなたのことを追いかけています。
まだ見ぬあなたと共に、王家の剣になることを夢見て……。
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