白兎令嬢の取捨選択

菜っぱ

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第一章 大領地の守り子

4家族に反対されました

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「ぎゃーーー!お嬢様!なんて事を!」

 翌日の朝、まだ完全には目覚めていないわたくしの耳にラマの悲鳴が聞こえてきました。

 ラマはわたくしを起こそうとして、髪の残骸がゴミ箱に捨てられていたことに気がついたようです。

 起き上がったわたくしの髪が短くなったのを見て、目を白黒させています。

 そんなにびっくりすることかしら?いくらなんでもそんなにギャーギャー騒ぐほどのことではないと思うのだけど?
 起きたばかりのぼけぼけの思考では物事がよく判断できません。
 まあ……いきなり誰にも相談せず、夜中のハイなテンションで行動したのは申し訳なかったと思うのですが。

「ラマ、これはわたくしの意思で切ったのです。短いのも悪くないでしょう?」

 この世界では女性は妙に髪が長い人が多い気がしてはいましたが、ドレスを注文している商会の針子は髪が短かった気がします。

 だからそんなにおかしいことだとは思っていなかったのです。衝動的に動くのはあまりにも淑女らしくないというお叱りなのでしょうか。
 なんだか腑に落ちません。淑女とは面倒な生き方ですね。

 前世の記憶が戻ってからわたくしは今までの淑女教育に疑問を持つようになっていました。あまりにも決められたことが多すぎますし、少しも自由じゃないように感じてしまうのです。

 ……今までよく我慢していたと思います。

 あまり反省していないのがばれてしまったのか、わたくしの顔を見てさらにラマはプンスカ怒っています。

「髪が短くなるなんて淑女として失格ですよ!」
「ですから女の子にきちんと見えるように肩までは残しているでしょう?」

 わたくしの髪は切ったとこから内側にワンカールする便利な性質をしているので、切ったところからきれいにまとまって、ボブカットになっていました。
 自分でもなかなか可愛いかな?と思ったのですが、侍女達には不評のようでした。みな、同じように「ああ、なんてことを!」「お労しい」と口々に嘆き悔やんでいます。

 特にラナはとても怒っているように見えます。「なぜわたくしはお嬢様の部屋にハサミを置くことを許してしまったのでしょう」と呟き、そのあとは聞いたこともないくらい低い声で唸っていました。そんなにダメでしたかね?

 ……渾身のイメージチェンジなのに残念です。

「貴族の美しさの条件に、髪の美しさは一番に語られるでしょう?
 どうしてこんなことなさったんですか!」

 ラナは目の端を釣り上げて私を問いただしました。
 あれ、それは知らなかったですね。お父様もお母様も会う回数が少ないというのもあると思うのですがそんなこと言ってなかったですし、お兄様たちと兄弟のお茶会で女性の好みについて伺った時も「武芸の嗜みのある女性は好ましいな」くらいに聞いていたのでそれを間に受けていたのです。

 多分昨日のわたくしは忍の記憶に影響を強く受けていたところがあるのでしょう。忍の世界では髪なんてなんでもよかったですし、ここでもそうかな? なーんて甘い考えでいたのですが、その感覚を引きずったままは不味かったようです。




 その後も家庭教師の先生や、両親にまでしこたま怒られて、私も流石に凝りました。もう誰かに聞かずに髪は切りません。

 でも、髪が短いのってすごく楽なのです。

 髪が短いと頭が軽いし、動きやすいですね。わたくしはこの感覚をしばらく忘れていました。剣もふるいやすそうですね。病みつきになりそうです!
 できればわたくしはずっとはこのままがいいですねえ……。まあ、ダメでしょうけど。

 風呂場に連れて行かれると、ラナが髪を切るのが得意な侍女を連れてきてくれました。少しギザギザになっていた後ろ髪を綺麗に切りそろえてくれたので、見た目がよくなった気がいたします。

 そういえば、この世界に生まれてから、美容師さんのような職業の方を見たことがない気がいたします。
 というか髪を切る、という行為自体をあまり見たり感じたりすることがありません。

 もしかして、この世界では髪を長くするのが当たり前であまり髪を切らないのかもしれません。

 そう思うと、自分がすごく異端なことをしてしまったことに冷や汗が出ます。しかし時を巻き戻すことはできません。


 うーん、なんだかまずい気がいたしますが、仕方がないですね、次に生かしましょう!
 こういう時、わたくしは妙に前向きなのでした。




 自室に戻って、身支度を整えていると、ラマは考え込んだ表情をしていました。そして、何かを決心したかのように、水色の瞳でわたくしの目を強い視線で覗き込みました。

「リジェットお嬢様は髪に込められた意味を知らなかったのでしょうか」

 なんだか、ラマはいつもより神妙な顔をしています。髪には貴族らしさ以外の意味が何かあったのでしょうか。

「先ほどおっしゃっていた、貴族らしさだけではない、ということですね」
「やはり、お嬢様には隠されていましたか……」

 ラナは目をきつく閉じて、眉間にシワを寄せながらわたくしを叱ります。

「それだけではありません。髪にはもっと重要な意味があるのです。……髪には魔力が宿っています」

 魔力? この世界には魔力もあったのですね……。
 魔法陣を用いた魔術具は、前世での電化製品と同じくらい日常生活の至る所で使われているので見慣れていましたが、人間そのものに魔力が備わっているとは知りませんでした。

 あれ?そんな基本的なこと、伯爵家令嬢のわたくしが知らないなんておかしくないでしょうか。私には家庭教師が何人もついていたのに何故わたくしは知らなかったのでしょう。

「基本的に貴族の女性には嫁ぐ直前まで魔力に関することは教えられませんからね。貴族の女性が魔力の量があまりにも多すぎるとお嫁入りに差し支えがありますし。貴族で魔力について学ぶのは男性のみです。それに……リジェットお嬢様は……。いえ、なんでもございません」

 ……出ました。この世界特有の男尊女卑の制度。どうして女の子ばっかり情報を隠されるのでしょうか?
 まあ、駒として動かしたい人物が、余計な情報を知っているのはやりにくいでしょうから。
 ラマは魔力について、結構詳しく知っている様子です。

「ラマはどうして魔力のこと知ってるのですか?」
「庶民である私たちは魔力があるかないかで選ぶことのできる職種も変わりますし、就職前に魔力について学び、測定することが多いのですよ」
「ラマは魔力多いのですか?」
「まあまあ……多いかもしれません。私の髪は庶民にしては黒に近い色をしていますから」

 そういうラマの髪は、黒に近い美しい灰色をしています。きれいな色だな、とは思っていましたが、黒に近いことがなんの意味を表すのでしょうか。
 私の疑問を読み取ったように、ラマが答えてくれます。

「髪の色が黒に近ければ近いほど、魔力量が多くなります。だからわたくしは護衛の意味も兼ねて、お嬢様の専属にされているのです」
「魔力は多ければ多いほどいいのかしら」

「魔力の多さで一度に起動できる魔法陣の大きさや数が変わります。生活するのにも、もちろん魔力は必要ですが、お嬢様がなりたいとおっしゃっている、騎士は戦いの際に多くの魔法陣を使用しますから、多くの魔力が必要となります」

 あら? 黒に近ければ近いほど、魔力を有すると言うことは……、わたくしの白い髪は……。どう言う扱いになるのでしょう。
 嫌な予感しかしませんが、聞くしかないでしょう。恐る恐る口を開きます。

「ラマ聞いてもいいかしら。わたくしの白い髪はその原理から考えるとどう言った立ち位置になるのでしょうか」

 ラマは苦いものを口に入れてしまった時のような、とても気まずそうな顔をしています。
 目を瞑って、一つため息を吐き、決意するように口を開きました。

「リジェット様の髪は……。とても、とても珍しい髪色です。
 白い髪を持つ方のことを通称『白纏しろまといの子』とわたくしたちは呼びます」

 白纏しろまといの子。

 なんだか仰々しい言葉ですが、それはどう言った意味を持つのでしょう。ラマの表情は相変わらず曇っているのできっと、ろくな意味は持たないのだと推測ができます。

「残念ながら白纏の子はほとんど魔力を有していません。リジェットお嬢様は白纏の子なので少しでも髪を長くしておかないと、生活に必要な些細な魔法陣も使うことができません」

 わたくしはその言葉を聞いて、なんの声も発することができませんでした。

 なんの魔法陣も使うことができない?
 それはこの世界で生きていくものとして、大変な欠陥ではないですか!

 この世界の魔法陣は前世での電化製品のような位置づけですから、電気を付ける、調理をするなど生活の至るところに魔法陣が用いられています。

 そういえば、わたくしは魔法陣が必要になりそうな場面というものに接したことがありません。
 なぜなら、わたくしの周りにはいつもまとわりつくように誰かしらの侍女がついており、電気をつけたいなと思うと、先に付けてくれますし、椅子をもうちょっと引きたいなあと思うと椅子を引いてくれるのです。

 うちの館で働くものは、ずいぶんわたくしに過保護だな、とは思っていましたがまさかそんな意味があったなんて知りませんでした。

 確かに今のわたくしのように誰がいつ何時も面倒を見てくれるような環境であれば、不便ではないでしょう。

 その庇護下から外れた時、わたくしは生きることさえ許されないのです。

 そんなの……。辛すぎます。

「白纏の子が生まれることはとても珍しいことです。ただ、オルブライト家では何代かおきに、生まれることがあるそうです。
 きっと黒い髪のものを多く輩出することへの反動なのではないかなどと議論されることがある、とセラージュ様からわたくしどもは伺っております」

 __セラージュ、お父様からですか。

「私たち使用人がリジェット様に少し過保護なくらいに構うのは、魔力が少ないリジェット様に少しでも魔法陣を使わせないため、と言う理由もあるのですよ」

 やはり……そのような理由でしたか……。髪切らなければ良かったです……。時間よ! 昨日の夜に戻れ‼︎ と念じても時間を戻すことはできません。

 はあ。なんてことでしょう。
 急に思い出した前世の知識がわたくしの足を引っ張ってしまうなんて思っても見ませんでした。
 ああ、神様はいけずな方ですね。わたくしに試練ばかりを与えるなんて……。

 ……なんだかここで諦めろ、と見えないけども大きい、逆らえない力に諭されているような気がします。ここで諦められる性格の持ち主であれば、この世界で生きるのは楽なのかもしれません。

 でも、諦められないのだからわたくしは相当頑固ですね。

 気を取り直して、ラマの情報をまとめます。

 わたくしが白纏の子なのは仕方のないことですね。生まれついたハンディというのは誰にでもあるものです。

 ハンディがあるときはどうすれば、いいか。
 その答えは一つです。

 ハンディを超える得意技を身につければいいのです。





 部屋に戻ると机の上にお手紙が届けられていました。綺麗に花の模様がシーリングが施されたそのお手紙の送り主を見ると、長男のお兄様と次男のお兄様です。同じ時期に来るなんて、内容は予測できますね。

 憂鬱な気分になりながらも、パラリと手紙を開きます。

「何がかいてあるのでしょう。ええっと。
……お二人とも内容は同じですね。要は騎士になるのは諦めろということがお二人とも言いたいようですね。はあ……」

 どうやらお父様からお二人に連絡が入ったようです。

 絶対に反対されることはわかっておりましたが、実際に文面にされると、辛いものがありますね……。

 わたくしは辛さを逃避したい気持ちから、窓の外の景色をぼんやりと見つめます。わたくしのどんよりとした気持ちとは裏腹に窓の外では木々が風に揺れ小鳥たちが楽しそうに囀っています。

 お兄様たちはわたくしのことをとても可愛がってくださいました。長男のユリアーンお兄様のお手紙にも次男のへデリーお兄様の手紙にも文面にもお前に怪我をして欲しくない、と繰り返し描かれています。
 二人ともわたくしの身を案じて、反対していることがよくわかりました。

 でもわたくしの幸せを本当に願ってくれるならば、騎士になる夢を否定せず、応援して欲しかったと思ってしまいます。

 今はお二人とも、長期で地方に赴任しているので、すぐにあってわたくしの思いを伝えることは難しそうです。
 お二人とわかり合う未来は遠い先になりそうですね。

 もう味方になってくれる可能性があるのは三兄弟の中の一番年下のお兄様わたくしと年子のヨーナスお兄様くらいでしょう。

 ヨーナスお兄様は騎士学校に在学中なので、お父様も連絡していないでしょう。騎士学校では強い心を養うため、家族からの連絡は基本的に禁止されているのです。

 ということはお休み期間に帰ってきた時が狙い目です。もうすぐ秋と冬の間の長期休暇が始まる期間ですから、お父様に声をかけるスピードで負けないようにしなければ。
 わたくしはひっそりと拳を握りしめ決意を固めます。




 その後も自室で大人しく勉強をしていると、お母様からお届け物がありました。届いた荷物の箱を覗き込むとそこには大量の布地が詰まっておりお手紙が上に乗っていました。恐る恐るお手紙を開いて見ると、「あなたにはもっと淑女教育が必要なようですね。刺繍の図案と布地をプレゼントしますから、剣を振るう時間があったら縫っておくように」と止めはねが美しい端正な文字で書かれてあります。

 季節の繊細な植物がびっしりと書かれた図案は念がたくさん詰まっていそうです。なんだかその書き込みと修正の量に、紙にあるはずもない重量を感じてしまうような、威圧感があります。

 まあ、なんて難しそうな図案……。お母様が好きそうな模様ですね。

 わたくし、家族の誰にも自分の夢を応援されていないようですね。家族が私と王家の剣との距離を離したい気持ちがひしひしと伝わってきます。

 悲しいですが事実なので仕方ありません。下を向いたら瞳から水分が床に落ちてしまいそうなので、上を見上げます。こんなところで泣くほどやわな人間ではないのです。
 悲しみを乗り越えて、わたくしは強くなるのです。

 課題の布をがっしりと掴み、針を持ちます。
 一つ一つ丁寧に針を刺していたわたくしの手は、次第にタッタッタッタと音をたてて素早く布地に針を突き刺していきます。
 まるで、刺繍機能がついたミシンのような素早い針捌きにラマは目を見開いていました。

 これは修行なのです。手は動かすが心を無にし、邪念を捨てる……。

 針を刺す、抜く、刺す、抜く。それを繰り返すと何も考えなくても手が動くようになっていきます。
 そんなオートモード機能を取得した私は、次から次へと布地を片付けていきます。
 窓の外の景色が夕暮れに変わる頃には、わたくしの手元に刺繍課題は残っていませんでした。

 きっとわたくしはこれから、家族に反対され、多くの淑女教育課題を突きつけられるでしょう。

 けれども、それを全部こなしたあとで剣のお稽古を自主的に行うのであれば、許されるのではないでしょうか?
 壁は高い方が乗り越えた時の喜びを大きく感じられるものです。
 わたくしはこんなところじゃ、くじけません!


 今世ではわたくしは自分の意思を貫くのです!
 

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