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第一章 大領地の守り子
6さようならを言わなければなりません
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その朝、目が覚めると、なんだか屋敷の中の空気が騒がしく、いつもより揺れているような気がしました。
なんだろうと思いながら眠い目を擦ると、ベッドサイドに控えたラマが硬い表情でこちらを見ています。
「ヒノラージュ様がお亡くなりになりました」
その知らせにヒュッと息を飲みます。
__おばあさまが亡くなった。
先日あったばかりだったので信じられない気持ちと、そうか、という納得感と様々な気持ちが入り混じります。
あの状態だったのですもの……。そう長くはないとは思っていたけれど……。
軽くため息をつくとラマが小さく「お労しい」と呟いたのが聞こえました。
「リジェット様、今日はこちらのお召し物を……」
ラマが用意したのは曇り空を写しとったような灰色の慶弔用のドレスでした。
そのドレスは、家族に何かがあったら着なければならないので、毎年毎年サイズを調整しながら一着ずつ注文していたものでした。不幸なことが起こらずに袖を通すことがなくとも、手元にないと有事の際、困ってしまうので毎年春ごろに採寸をして新しく作り直しているのです。
毎年、成長によって着られなくなったドレスがクローゼットの奥に仕舞い込まれていくのを見て、これを今年も着ずに済んだ……と安堵を繰り返していたのですが……。
このドレスをついに着なければならない時がくるなんて……。
ラマに手伝ってもらいながら、鮮やかな色彩を持たないドレスに身を包んだとき、初めておばあさまの死を実感して悲しみに涙がポロリとこぼれました。
「本当におばあさまは亡くなってしまったのね……」
家族の中で、唯一わたくしのことを応援してくれたおばあさまがこんなに早くいなくなってしまうなんて。
やっと見つけたと思った味方が、またいなくなってしまい、わたくしはポツンと取り残されたような感覚に襲われます。
自分の欲望を許容してくれたおばあさまは、それだけわたくしにとって重要な人だったのです。
食欲のわかない朝食をなんとか終え、おばあさまの見送りの儀式に向かうため、自室で最後の身支度を整えます。
最後の仕上げにラマが持ってきたこちらの世界の目元を隠すためのレースがついたトークハットのような小さな帽子を被ります。これも儀式用に作られた装飾具です。艶のある素材で作られた薔薇のコサージュがついたそれは、とても美しいですが、同時に儀式の異質さを表しているようで、恐ろしくも見えてしまいます。
わたくしは初めてつけるそれを、ラマの手を借りて頭に乗せ、ピンで軽く固定をすると、黒いレースの位置がきれいに目にかかるようにを整えます。
軽くパフで顔色を整えるための粉を頬に叩かれ、彩度の低い、黒がかった赤の口紅をラマに塗られ、わたくしの葬儀の装いが完成します。
自室のある二階から玄関ホールへつながる大階段を降り玄関ホールへ向かうと葬儀用の重重合い色合いの灰鼠色コートに身を包んだお父様の姿が見えました。
お母様がお父様を待たせるなんてことはしないはずですから、どうやら家族の中で見送りの儀式に参列したのはわたくしとお父様だけのようです。
「ラマ? お母様がいらっしゃらないようだけれども」
そう他のものに聞こえぬよう小声で尋ねると、ラマは小さな声で体調を崩されたようなので本日はいらっしゃいません、と教えてくれました。
この感じだと体調が悪い、というのは嘘かもしれませんね。
もしかしたらそんな嘘をついてでも儀式に出たくなかったのかもしれません。
お兄様たちもいらっしゃいませんが、それぞれ、重要な任務や受けなければならないテストがあるようで、家には戻ってきていないそうです。
家長であるお父様もそれを特に気にする様子もなく許容しているように見えます。
__この世界のお葬式はなんて薄情な儀式なんでしょう。
実の祖母であるおばあさまが亡くなってもこんなに、あっさりとしているのか……となんだかため息をつきたくなってしまいます。
「リジェット、来たか」
短く言ったお父様は心なしか、目の端が赤くなているように見えるような気がいたします。
__家長としておばあさまを本邸から離す決断をしたとしても、お父様はわたくしよりもよっぽど長い時間おばあさまと関わって来たわけですし、きっと思い入れがあるのでしょう。
お父様にとっておばあさまは実の母親なわけですから。
屋敷の本邸のロビーでしばらく待っていると、弔いの一族がやってきました。
三人でやって来た弔いの一族は皆揃いのフードがついたケープの下に、神父服に似たワンピース型のお着せに身を包んでいます。錫杖のような長い杖を左手に持ち、三人縦に並んで進む姿が、死者の使いのように見えて、わたくしはその姿をぼんやりと見入るように見つめます。
少し遅れて別邸方向の森からランプ持ってやってきたノアが、軽く挨拶をし参列者を別邸に案内してくれました。
「皆様、お揃いですね。では参りましょう」
一度向かったことがあるからなのか、森を進む時間は以前より短く感じられます。
気のせいかも知れませんが、重々しい瘴気も以前より軽くなっているような気がしたしました。
別邸につくとノアが扉を開き、中に参列者を案内します。
屋敷の中に入ると、あの不思議な香りは全くと言っていいほどしなくなっていました。
弔いの一族が一礼をして先におばあさまの部屋に入りました。部屋の外から様子を伺うと、おばあさまがいらっしゃる部屋に最初に入った弔いの一族の一人がおばあさまの体が損なわれないようにするためか、何かの処置のような術を展開したのが見えました。ぼうっと文字が浮かび上がって、光ったのが見えたので多分あれも魔法陣の一種でしょう。
そのまま弔いの一族の短い詠唱とともに光を帯びたおばあさまは、透明な結晶のような魔術具の中に納められて行きます。
きっとあれがこの世界の棺なのでしょう。
魔法陣をかけられたおばあさまは安らいだ表情で眠っているように見えます。
「準備が整いましたので、外に運び出します」
弔いの一族はお経を読み上げる訳でもなく、準備が整ったらすぐに出発してしまうようでした。お父様もよろしく頼む、と一言言っただけで、この短すぎる儀式に動じた様子もありません。それが作業のようで、寂しく感じられてしまいます。
この世界で亡くなる、と言うことはこう言うことなのですね。
弔いの一族の一人が、シャリンと杖をならすと、後ろの二人がおばあさまの棺を持ち上げて屋敷を出ていきます。このまま凍土に運び出すのでしょう。それについていくように私たちも動き始めます。
感傷にひたりながら、別邸から出てそのまま敷地の境界線上にある門の方まで歩いて行きます。するとなぜだか屋敷の外から騒がしい人々の声が響いてきます。
門に近づくたびに声は大きくなっていきます。
「……え。どうしたのでしょう」
「……きっと領民だな。母上は領民からの信頼が厚い領主であったからな」
屋敷の外へ出棺する準備が整い、弔いの一族が門の外へと足を踏み出します。
一歩屋敷の敷地を出た通り沿いには、数えられないくらいたくさんの領民が並んでいました
皆涙を流し、白いハンカチを振り上げたりして、おばあさまの死を嘆き悲しんでいるように見えます。
「ヒノラージュ様! ありがとうございました!」
「あなたは私たちの誇りです」
押し寄せた領民が口々に叫んでいます。収まることのない民衆の声はおばあさまの功績をそのまま表しているように見えます。わたくしが知らなくても、家族に見送られなくても、おばあさまは民衆の心を掴んだ、素晴らしい領主だったんだわ。
きっと、おばあさまは領主になってそれを得たいと思っていたのでしょう。
得たいものを得たおばあさまの人生はこんな素晴らしいパレードで締めくくられるのです。とたんにおばあさまの最後の表情の晴れやかさを思い出し、わたくしは心を揺さぶられました。
__おばあさまは、自分の人生を一生懸命に生きたのだわ。
お父様の方を見ると、お父様も泣きはしませんが小さく震えているように見えます。同じようにおばあさまの功績を思い返しているのでしょう。
「お父様、おばあさまは本当に偉大な方だったのですね」
「ああ、素晴らしい領主だった。私の誇りだ」
ああ、おばあさまは素敵な物語を持った人生を送った方だったんだわ。
わたくしとお父様は屋敷の門でおばあさまが見えなくなるまで、その様子を静か静かに、その姿を見つめていました。
儀式が終わり本邸へ戻ると、ラマが小走りでやってきます。いつもは余裕な表情をしたラマが余裕のない表情で走ってくるのでびっくりしてしまいました。
「どうしたの? ラマ」
「ノアがこれからすぐ家を出るそうです。リジェット様はノアを気に入っていたようなので、もし別れの挨拶などあればと思い一応お知らせをと思い……」
「え? もう?」
聞くとノアはわたくしたちが門で見送りをしている間に、おばあさまの部屋と自身の居住部屋の片付けを終え、この後すぐに屋敷を出るそうです。
なんというか、情緒や感傷は感じられませんが、必殺仕事人感はとってもあります。
ノアは仕事がとても早いのですね……。
ノアが屋敷を出ないうちに、ラマと共に挨拶に向かおうと、本邸の玄関を出ると革製のトランクを抱えたノアがちょうど通りがかったところでした。
「ノア! 出ていく前に間に合ってよかったわ!」
こちらを振り向いたノアの顔には以前と同じく表情らしいものは浮かんでいません。
「ああ、リジェット様、お会いできてよかったです。
わたくしもリジェット様に一言声をかけてから、ここを出ようと思ってました。……あなたとは少し込み入った話をしましたからね」
「ノア、あなたはこれからどうするの?」
「次の家はもう決まっていますので、明日からそちらへ移ります」
「そう……」
何か最後に話したいのに、何を言っていいのかわかりません。
何か、話さなければ……。わたくしのことを応援してくれた(面白がっているだけかもしれないけれど)お礼も言えていませんし、ノアの話はとっても興味深いので、何かあと一つくらい何かを得たいのです。
しかし、焦ると何を話していいのかもっとわからなくなってしまうものです。あわあわとしていると、ノアの方が先に口を開きました。
「リジェット様に、一つだけアドバイスを。
リジェット様は、素敵な人生を送るための条件はあると思いますか?」
「じょ、条件?」
また、いきなりの切り口にわたくしは目をまあるくしてしまいます。
「リジェット様。わたくしは職業柄、様々な人間の生き死にを見てきました。
どの方の人生にも自分の物語があり、大変素敵でしたがその中でも素敵な物語を持っている方には共通点があります。
自分をきちんと軸にして人生を送られている方です」
「自分に軸を……」
そう呟くとノアはお決まりの仏頂面のまま、言葉を連ねます。
「わたくしの友人に、結婚式を絶対にしたいというものがいます。彼女はその日だけは自分が人生の主人公になれるのだ、と言ってその日が来るのを夢見ているそうです。
……しかし彼女はその日しか主人公に慣れないのでしょうか。わたくしはつい疑問を持ってしまったのです。
人は皆に注目され、祝福される日でないと主人公にはなれない生き物なのでしょうか?」
「いいえ。違うと思います」
「リジェット様だったらそういうと思いました。
……わたくしもその理論に意を唱えるものなのです。
人はいつだって自分という物語の主人公なのです。
それがどんな物語かは人によるでしょう。商家の見習い物語かもしれませんし、淑女が領主を盛り立て繁栄へ導くストーリーかもしれません。
人には人の人生がありますから、どんな人生を選んでもいいですよね。
ただ一つ言えるのは他人に端役を押し付けられる義理なんてどこにもないのです」
その言葉にわたくしは心を震わせました。
端役になる必要はない、という言葉をわたくしは誰かに言って欲しかったのかも知れません。
「ノアは不思議ね。少し話しただけなのに言葉がすっと心に入ってくるわ。距離が近い感じがしますの」
「あら? 気に障りましたか? でしたら申し訳ありません。何しろわたくし呪い子なもので、今の職場で切られても、他の家に行けばいいやというスタンスなのです。
……呪い子は引く手数多なので職に困らないのですよ。人によっては失礼に感じるかもしれません」
「いいえ。わたくしは気にしませんよ。どうしてもわたくしは雇い主の側ですから、侍女に一歩引いた立場でしか話してもらえませんから。ノアのような人は本当に貴重だわ。
もっともっと、お話をしたかったです。……今日で出て行ってしまうなんてあんまりよ」
わたくしがふてくされるように言ったのを見て、ノアが小さく笑った気がいたしました。
「リジェット様ご存知ですか? 呪い子は瘴気の影響を全く受けませんので、普通の人間より五十年は長生きするそうですよ」
驚きの新事実にわたくしは目を瞠ります。
「そんなに長く生きるのですか?」
「ええ。だからもしかしたらわたくしはリジェット様を見送る立場になるかもしれないのです」
ノアは見たところ二十代前半に見えるので、わたくしと十歳ほどしか離れていません。そこまで長生きするのであれば十分にあり得る話です。
「まあ! そうですよね! わたくし自分が凍土に向かう際には、できればノアに見送ってほしいわ」
「わたくしもリジェット様を見送りたいです。
……ぜひ素敵なエピローグを聞かせてくださいね」
「はい! たくさん面白いお話を話せるように、準備しておきますから!」
輝く目でノアを見ると、見間違いかもしれませんが優しい表情をしているように見えました。
「そうそう、リジェット様。別邸にはおもしろい資料がたくさんありますから、ぜひご活用くださいね。セラージュ様には必要なくとも、あなたには必要なものがきっと見つかるでしょう」
最後にそうわたくしに言い残したノアは、オルブライト家での多謝をわたくしに伝えると、軽やかに屋敷を出て行きました。
屋敷に戻ると、いつも通り使用人たちは働いていて、日常が戻っていました。別邸の方にしかノアはいなかったので当たり前かもしれませんが、まるでノアなんて最初からいなかったみたいに回る日常にわたくしはなんだか眩暈を感じてしまいます。
……なんだか本当に幻のような不思議な人だったわ。
わたくしはすぐに運動のできる服装に着替えます。
……なんだかいてもたってもいられない気分なのです。
「ラマ、ちょっと走り込みに行ってくるわ」
「リジェット様⁉︎ 今日くらいはお休みになったらいかがですか? お疲れでしょう」
「いいえ。一日でも休んでしまうと体力が戻るのには時間がかかってしますわ。基礎体力向上は騎士にとって一番重要な要素だもの」
わたくしが望む人生を得られるように。騎士になるために。
……わたくしが死ぬときはノアにわたくしの騎士物語を聴いてもらわねければいけませんもの。
わたくしは走り出した足を止めることはしませんでした。
なんだろうと思いながら眠い目を擦ると、ベッドサイドに控えたラマが硬い表情でこちらを見ています。
「ヒノラージュ様がお亡くなりになりました」
その知らせにヒュッと息を飲みます。
__おばあさまが亡くなった。
先日あったばかりだったので信じられない気持ちと、そうか、という納得感と様々な気持ちが入り混じります。
あの状態だったのですもの……。そう長くはないとは思っていたけれど……。
軽くため息をつくとラマが小さく「お労しい」と呟いたのが聞こえました。
「リジェット様、今日はこちらのお召し物を……」
ラマが用意したのは曇り空を写しとったような灰色の慶弔用のドレスでした。
そのドレスは、家族に何かがあったら着なければならないので、毎年毎年サイズを調整しながら一着ずつ注文していたものでした。不幸なことが起こらずに袖を通すことがなくとも、手元にないと有事の際、困ってしまうので毎年春ごろに採寸をして新しく作り直しているのです。
毎年、成長によって着られなくなったドレスがクローゼットの奥に仕舞い込まれていくのを見て、これを今年も着ずに済んだ……と安堵を繰り返していたのですが……。
このドレスをついに着なければならない時がくるなんて……。
ラマに手伝ってもらいながら、鮮やかな色彩を持たないドレスに身を包んだとき、初めておばあさまの死を実感して悲しみに涙がポロリとこぼれました。
「本当におばあさまは亡くなってしまったのね……」
家族の中で、唯一わたくしのことを応援してくれたおばあさまがこんなに早くいなくなってしまうなんて。
やっと見つけたと思った味方が、またいなくなってしまい、わたくしはポツンと取り残されたような感覚に襲われます。
自分の欲望を許容してくれたおばあさまは、それだけわたくしにとって重要な人だったのです。
食欲のわかない朝食をなんとか終え、おばあさまの見送りの儀式に向かうため、自室で最後の身支度を整えます。
最後の仕上げにラマが持ってきたこちらの世界の目元を隠すためのレースがついたトークハットのような小さな帽子を被ります。これも儀式用に作られた装飾具です。艶のある素材で作られた薔薇のコサージュがついたそれは、とても美しいですが、同時に儀式の異質さを表しているようで、恐ろしくも見えてしまいます。
わたくしは初めてつけるそれを、ラマの手を借りて頭に乗せ、ピンで軽く固定をすると、黒いレースの位置がきれいに目にかかるようにを整えます。
軽くパフで顔色を整えるための粉を頬に叩かれ、彩度の低い、黒がかった赤の口紅をラマに塗られ、わたくしの葬儀の装いが完成します。
自室のある二階から玄関ホールへつながる大階段を降り玄関ホールへ向かうと葬儀用の重重合い色合いの灰鼠色コートに身を包んだお父様の姿が見えました。
お母様がお父様を待たせるなんてことはしないはずですから、どうやら家族の中で見送りの儀式に参列したのはわたくしとお父様だけのようです。
「ラマ? お母様がいらっしゃらないようだけれども」
そう他のものに聞こえぬよう小声で尋ねると、ラマは小さな声で体調を崩されたようなので本日はいらっしゃいません、と教えてくれました。
この感じだと体調が悪い、というのは嘘かもしれませんね。
もしかしたらそんな嘘をついてでも儀式に出たくなかったのかもしれません。
お兄様たちもいらっしゃいませんが、それぞれ、重要な任務や受けなければならないテストがあるようで、家には戻ってきていないそうです。
家長であるお父様もそれを特に気にする様子もなく許容しているように見えます。
__この世界のお葬式はなんて薄情な儀式なんでしょう。
実の祖母であるおばあさまが亡くなってもこんなに、あっさりとしているのか……となんだかため息をつきたくなってしまいます。
「リジェット、来たか」
短く言ったお父様は心なしか、目の端が赤くなているように見えるような気がいたします。
__家長としておばあさまを本邸から離す決断をしたとしても、お父様はわたくしよりもよっぽど長い時間おばあさまと関わって来たわけですし、きっと思い入れがあるのでしょう。
お父様にとっておばあさまは実の母親なわけですから。
屋敷の本邸のロビーでしばらく待っていると、弔いの一族がやってきました。
三人でやって来た弔いの一族は皆揃いのフードがついたケープの下に、神父服に似たワンピース型のお着せに身を包んでいます。錫杖のような長い杖を左手に持ち、三人縦に並んで進む姿が、死者の使いのように見えて、わたくしはその姿をぼんやりと見入るように見つめます。
少し遅れて別邸方向の森からランプ持ってやってきたノアが、軽く挨拶をし参列者を別邸に案内してくれました。
「皆様、お揃いですね。では参りましょう」
一度向かったことがあるからなのか、森を進む時間は以前より短く感じられます。
気のせいかも知れませんが、重々しい瘴気も以前より軽くなっているような気がしたしました。
別邸につくとノアが扉を開き、中に参列者を案内します。
屋敷の中に入ると、あの不思議な香りは全くと言っていいほどしなくなっていました。
弔いの一族が一礼をして先におばあさまの部屋に入りました。部屋の外から様子を伺うと、おばあさまがいらっしゃる部屋に最初に入った弔いの一族の一人がおばあさまの体が損なわれないようにするためか、何かの処置のような術を展開したのが見えました。ぼうっと文字が浮かび上がって、光ったのが見えたので多分あれも魔法陣の一種でしょう。
そのまま弔いの一族の短い詠唱とともに光を帯びたおばあさまは、透明な結晶のような魔術具の中に納められて行きます。
きっとあれがこの世界の棺なのでしょう。
魔法陣をかけられたおばあさまは安らいだ表情で眠っているように見えます。
「準備が整いましたので、外に運び出します」
弔いの一族はお経を読み上げる訳でもなく、準備が整ったらすぐに出発してしまうようでした。お父様もよろしく頼む、と一言言っただけで、この短すぎる儀式に動じた様子もありません。それが作業のようで、寂しく感じられてしまいます。
この世界で亡くなる、と言うことはこう言うことなのですね。
弔いの一族の一人が、シャリンと杖をならすと、後ろの二人がおばあさまの棺を持ち上げて屋敷を出ていきます。このまま凍土に運び出すのでしょう。それについていくように私たちも動き始めます。
感傷にひたりながら、別邸から出てそのまま敷地の境界線上にある門の方まで歩いて行きます。するとなぜだか屋敷の外から騒がしい人々の声が響いてきます。
門に近づくたびに声は大きくなっていきます。
「……え。どうしたのでしょう」
「……きっと領民だな。母上は領民からの信頼が厚い領主であったからな」
屋敷の外へ出棺する準備が整い、弔いの一族が門の外へと足を踏み出します。
一歩屋敷の敷地を出た通り沿いには、数えられないくらいたくさんの領民が並んでいました
皆涙を流し、白いハンカチを振り上げたりして、おばあさまの死を嘆き悲しんでいるように見えます。
「ヒノラージュ様! ありがとうございました!」
「あなたは私たちの誇りです」
押し寄せた領民が口々に叫んでいます。収まることのない民衆の声はおばあさまの功績をそのまま表しているように見えます。わたくしが知らなくても、家族に見送られなくても、おばあさまは民衆の心を掴んだ、素晴らしい領主だったんだわ。
きっと、おばあさまは領主になってそれを得たいと思っていたのでしょう。
得たいものを得たおばあさまの人生はこんな素晴らしいパレードで締めくくられるのです。とたんにおばあさまの最後の表情の晴れやかさを思い出し、わたくしは心を揺さぶられました。
__おばあさまは、自分の人生を一生懸命に生きたのだわ。
お父様の方を見ると、お父様も泣きはしませんが小さく震えているように見えます。同じようにおばあさまの功績を思い返しているのでしょう。
「お父様、おばあさまは本当に偉大な方だったのですね」
「ああ、素晴らしい領主だった。私の誇りだ」
ああ、おばあさまは素敵な物語を持った人生を送った方だったんだわ。
わたくしとお父様は屋敷の門でおばあさまが見えなくなるまで、その様子を静か静かに、その姿を見つめていました。
儀式が終わり本邸へ戻ると、ラマが小走りでやってきます。いつもは余裕な表情をしたラマが余裕のない表情で走ってくるのでびっくりしてしまいました。
「どうしたの? ラマ」
「ノアがこれからすぐ家を出るそうです。リジェット様はノアを気に入っていたようなので、もし別れの挨拶などあればと思い一応お知らせをと思い……」
「え? もう?」
聞くとノアはわたくしたちが門で見送りをしている間に、おばあさまの部屋と自身の居住部屋の片付けを終え、この後すぐに屋敷を出るそうです。
なんというか、情緒や感傷は感じられませんが、必殺仕事人感はとってもあります。
ノアは仕事がとても早いのですね……。
ノアが屋敷を出ないうちに、ラマと共に挨拶に向かおうと、本邸の玄関を出ると革製のトランクを抱えたノアがちょうど通りがかったところでした。
「ノア! 出ていく前に間に合ってよかったわ!」
こちらを振り向いたノアの顔には以前と同じく表情らしいものは浮かんでいません。
「ああ、リジェット様、お会いできてよかったです。
わたくしもリジェット様に一言声をかけてから、ここを出ようと思ってました。……あなたとは少し込み入った話をしましたからね」
「ノア、あなたはこれからどうするの?」
「次の家はもう決まっていますので、明日からそちらへ移ります」
「そう……」
何か最後に話したいのに、何を言っていいのかわかりません。
何か、話さなければ……。わたくしのことを応援してくれた(面白がっているだけかもしれないけれど)お礼も言えていませんし、ノアの話はとっても興味深いので、何かあと一つくらい何かを得たいのです。
しかし、焦ると何を話していいのかもっとわからなくなってしまうものです。あわあわとしていると、ノアの方が先に口を開きました。
「リジェット様に、一つだけアドバイスを。
リジェット様は、素敵な人生を送るための条件はあると思いますか?」
「じょ、条件?」
また、いきなりの切り口にわたくしは目をまあるくしてしまいます。
「リジェット様。わたくしは職業柄、様々な人間の生き死にを見てきました。
どの方の人生にも自分の物語があり、大変素敵でしたがその中でも素敵な物語を持っている方には共通点があります。
自分をきちんと軸にして人生を送られている方です」
「自分に軸を……」
そう呟くとノアはお決まりの仏頂面のまま、言葉を連ねます。
「わたくしの友人に、結婚式を絶対にしたいというものがいます。彼女はその日だけは自分が人生の主人公になれるのだ、と言ってその日が来るのを夢見ているそうです。
……しかし彼女はその日しか主人公に慣れないのでしょうか。わたくしはつい疑問を持ってしまったのです。
人は皆に注目され、祝福される日でないと主人公にはなれない生き物なのでしょうか?」
「いいえ。違うと思います」
「リジェット様だったらそういうと思いました。
……わたくしもその理論に意を唱えるものなのです。
人はいつだって自分という物語の主人公なのです。
それがどんな物語かは人によるでしょう。商家の見習い物語かもしれませんし、淑女が領主を盛り立て繁栄へ導くストーリーかもしれません。
人には人の人生がありますから、どんな人生を選んでもいいですよね。
ただ一つ言えるのは他人に端役を押し付けられる義理なんてどこにもないのです」
その言葉にわたくしは心を震わせました。
端役になる必要はない、という言葉をわたくしは誰かに言って欲しかったのかも知れません。
「ノアは不思議ね。少し話しただけなのに言葉がすっと心に入ってくるわ。距離が近い感じがしますの」
「あら? 気に障りましたか? でしたら申し訳ありません。何しろわたくし呪い子なもので、今の職場で切られても、他の家に行けばいいやというスタンスなのです。
……呪い子は引く手数多なので職に困らないのですよ。人によっては失礼に感じるかもしれません」
「いいえ。わたくしは気にしませんよ。どうしてもわたくしは雇い主の側ですから、侍女に一歩引いた立場でしか話してもらえませんから。ノアのような人は本当に貴重だわ。
もっともっと、お話をしたかったです。……今日で出て行ってしまうなんてあんまりよ」
わたくしがふてくされるように言ったのを見て、ノアが小さく笑った気がいたしました。
「リジェット様ご存知ですか? 呪い子は瘴気の影響を全く受けませんので、普通の人間より五十年は長生きするそうですよ」
驚きの新事実にわたくしは目を瞠ります。
「そんなに長く生きるのですか?」
「ええ。だからもしかしたらわたくしはリジェット様を見送る立場になるかもしれないのです」
ノアは見たところ二十代前半に見えるので、わたくしと十歳ほどしか離れていません。そこまで長生きするのであれば十分にあり得る話です。
「まあ! そうですよね! わたくし自分が凍土に向かう際には、できればノアに見送ってほしいわ」
「わたくしもリジェット様を見送りたいです。
……ぜひ素敵なエピローグを聞かせてくださいね」
「はい! たくさん面白いお話を話せるように、準備しておきますから!」
輝く目でノアを見ると、見間違いかもしれませんが優しい表情をしているように見えました。
「そうそう、リジェット様。別邸にはおもしろい資料がたくさんありますから、ぜひご活用くださいね。セラージュ様には必要なくとも、あなたには必要なものがきっと見つかるでしょう」
最後にそうわたくしに言い残したノアは、オルブライト家での多謝をわたくしに伝えると、軽やかに屋敷を出て行きました。
屋敷に戻ると、いつも通り使用人たちは働いていて、日常が戻っていました。別邸の方にしかノアはいなかったので当たり前かもしれませんが、まるでノアなんて最初からいなかったみたいに回る日常にわたくしはなんだか眩暈を感じてしまいます。
……なんだか本当に幻のような不思議な人だったわ。
わたくしはすぐに運動のできる服装に着替えます。
……なんだかいてもたってもいられない気分なのです。
「ラマ、ちょっと走り込みに行ってくるわ」
「リジェット様⁉︎ 今日くらいはお休みになったらいかがですか? お疲れでしょう」
「いいえ。一日でも休んでしまうと体力が戻るのには時間がかかってしますわ。基礎体力向上は騎士にとって一番重要な要素だもの」
わたくしが望む人生を得られるように。騎士になるために。
……わたくしが死ぬときはノアにわたくしの騎士物語を聴いてもらわねければいけませんもの。
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それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
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