白兎令嬢の取捨選択

菜っぱ

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第一章 大領地の守り子

12魔術師の住まいは素敵でした

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 魔術師さんの住処は先ほど魔術師さんと合流した地点から、十分ほど歩いたところにありました。
 街並から外れ、西の森との境の土地に建つレンガと土壁でできたその建物は大領地オルブライト家の御用達の魔術師が住んでいるとは思えないほど素朴な見た目をしています。

 民家と言うよりも、そこはどう見ても商店のように見え、初見では住まいだということがわかりにくい建物です。

 道沿いの壁にはショーウインドウが設けられていていますし、中の商品が見えるようになっています。
 店の入り口にも「閉店中」の札がかけられていました。

 魔術師さんは何かお店でも開いているのでしょうか?
 魔法陣屋さんでしょうか。あったら便利かもしれませんが、魔法陣はどれも高額で、平民は気軽に買うことができる値段ではないはずです。
 そもそもこんな小さな街で魔法陣の需要はあるのでしょうか? お店もそんなに大きくは見えませんが……。

 たくさんの疑問符を抱えながら、わたくしはチラリと魔術師の顔を見上げるように覗きこみます。……うーん何度見ても、魔術師さんは身長が高いです。それに比べて、案内された民家はあまりにも小さくこじんまりとしています。まるで我が家の武器倉庫のようなサイズ感です。
 やっぱりどう見ても魔術師の身長の高さに建物が見合ってないような気がいたします。

 なんだか疑うような気分になってしまいましたが魔術師さんが足を止め、ヨーナスお兄様が見慣れたような顔をしていたので、ここが魔術師の住処で間違いないようです。

 魔術師さんが扉の前に立ち手の平を当てるような仕草を見せると、カチャリと音がしました。鍵が空いたようです。
 もしかしてこんなところにも解錠の魔法陣を組み込んでいるのでしょうか? 解錠の魔法陣は家にあった本に書いてなかった気がします。どういう仕組みなのでしょう? 魔術師さんの挙動の一つ一つが興味深くて、わたくしはついつい観察をしてしまいます。

「どうぞ、こちらへ」

 扉をあけた魔術師さんに促され、わたくしとヨーナスお兄様は扉の奥に足を踏み入れ中へ足を踏み入れました。するとそこは何もない真っ暗な空間が広がっていました。
 ……おかしいです。外のショーウインドウから見ると、ここには商品棚が配置されたお店があったはずでしょう? なのに入ったここには何もないなんて。

 摩訶不思議な展開にまたまた頭に疑問符を大量に浮かべながら戸惑っていると、魔術師がニッコリと微笑みながら見てて、と一言言って両手をパンと叩きました。
 音が耳に届いた瞬間、グニャリと視界が歪みます。何事かと瞬きを繰り返すと、暗い空間が広がっていたはずの目の前の空間に人の暮らしている様子がわかる、木を基調とした暖かい雰囲気のリビングルームが現れました。

「え? え? ……えっ!?」

 あまりにも一瞬のことだったのでわたくしは感情が追いつきません。
 わたくしは貴族らしからぬ表情をしていたと思います。驚きで目が裂けてしまいそうなくらい目を見開きました。

「我が家へようこそ」

 魔術師さんは悪戯が成功した時のような、楽しそうな笑顔で笑っていました。





「それにしても……。とても素敵なお部屋ですね」

 魔術師さんの家の中を見渡します。部屋にあるインテリアはわたくしから見てもとても趣味がいいなと感心してしまう雰囲気でまとめられています。

 部屋にある家具は、見た目よりも機能美を意識して作られているようですが、質がよさような硬い木で作られているのがわかります。そのほとんどには揃いの華美ではないが愛らしい、花の彫り模様が施されており細部までこだわられているのが伺えました。
 ソファもまた同じように美しく、油絵を思わせるような落ち着いた色を重ねたような模様の厚い布地綺麗に貼られています。

 なんとなく勝手なイメージで魔術師という生き物は研究三昧の自堕落な生活を送っているものかと思っていました。研究のためなら衣食住を疎かにしても構わない! と言う特殊な人間像を頭の中で思い浮かべていたのです。それは偏見でした。この方が特殊なのかもしれませんが、この部屋は隅々までよく手入れされているのが伺えます。

 わたくしが住むオルブライト家の屋敷の厳格な雰囲気とはまた違った部屋ですが、あったかみと生活感があってとても好きなテイストです。
 わたくしはふと、この家に住んでみたいと憧れを持ってしまいました。

「僕は家にはお気に入りのものしか置かないから嬉しいね。ありがとう」

 部屋をほめられて嬉しかったのか魔術師さんは少し照れたような表情を見せました。

「改めて自己紹介をしようか。
 僕はクゥール。オルブライト家に面倒を見てもらってる、暇人の魔術師だよ」

 クゥール?
 どうして彼は数字の2の意味を持つ、クゥールを名として持っているのでしょう。

 この国の数字は、1(サイン)・2(クゥール)・3(ジェナ)・4(キリム)・5(ノート)・6(アッキム)・7(サザ)・8(アネリ)・9(セーレ)・10(ミオ)と続いていきます。

 数字を名前につけるタイプのセンスを持っている人と出会ったことがないので、ちょっとびっくりしてしまいましたが、この国ではよくあるネーミングなのでしょうか。

 忍の記憶の中でもナナさんとかジロウさんとかはいましたから、数を名を持つ方もいるのかもしれません。
 ただ、この方は、花が綻ぶようにうつくしい見目をしていますから、数字という無機質な要素を名とするにはあまりにももったいないような気がしました。
 多分私は、この方に名を授けた方と気が合わない気がいたします。

「君の名前を聞いてもいいかな?」

 は!いけない、いけない!人の話を聞いている途中で考え事してしまいました!

「わたくしはリジェットです。今日はこちらで魔剣を作ることができると伺ってまいりました。よろしくお願いします」
「ああ、よろしくね」

 魔術師は話をあまり聞いていなかったことには気づいていないようで、わたくしはほっとしてしまいます。考え事してぼーっとしてはいけませんね。

「ヨーナスの手紙に書いてあったけれど、リジェットは魔法陣が描けるんだって? すごいじゃないか、見せてくれないかな?」
「あ……、はい。まだまだ真似をして描いた落書き程度の代物なので、本職の方に見せるのはとってもお恥ずかしいのですが……」

 クゥール様に促されて、わたくしは腕に巻いていた包帯をほどき、手渡しました。

「なるほど。本当に描けている。包帯に魔法陣を描いたんだね」

 クゥールは感心したように、包帯を見て、文字をひとつづつ確認するように指で撫でています。

「はい。本当は刺青にしたほうが耐久性が上がるかな? と思ってのですが、生憎道具がなくて」
「そんなこと考えてたのか⁉︎ やめなさい‼︎」

 わたくしの発言にヨーナスお兄様が声をあげて怒っています。包帯を撒く手間が省けて合理的ですし、いい考えだと思っていましたが、お兄様には受け入れられない考えでしたか。
 がっかりしたように項垂れると、クゥール様も慌てたように口を開きます。

「そうだよ、刺青だとあとで修正がしにくい。もっと精密な魔法陣がかけるようになってからでないと、皮膚の面積がもったいないよ」
「そこじゃないでしょう!?」

 ヨーナスが慌ててツッコミを入れました。

 あ、この方。まるで実践したような口ぶりです。……絶対に皮膚に刺青で魔法陣描いてますね?

 ヨーナスお兄様はあたふたしてますが、わたくしのように弱い人間は手段を選ぶことはできません。
 わたくしと同じように目的のためならば手段を選ばないらしいクゥール様とは気が合いそうです。





 そう言えばこの部屋の至るところには魔法陣が描かれています。玄関マット、机、フライパンに至るまで様々な部分に魔法陣が組み込まれています。
 目立つように描かれているものもあれば、装飾品の中に紛れて仕込んである魔法陣もありますからかなりの量が描かれているのではないでしょか。
 部屋中、文字通り魔法陣だらけです。

 さては、この魔術師さんは生活のほとんどを魔法陣に依存していますね。

 しかし、そのひとつひとつが芸術品のように美しく、まるで芸術品のように見えます。
 あ、あの魔法陣花の模様が描き込まれています。
 基本的魔法陣は数列と円と古語で構成されて、小さな図の中にたくさんの要素を組み込まなければならないので、どう簡潔に組み込むかで魔術師の技量が問われます。花や植物の紋様を入れるのは相当な余裕がないとできない技術です。

 わたくしが読んだ、本には魔術師の中でも高位の人間しか取り入れることのできない、憧れの技術と記載がありました。
 この方の魔法陣には難なく、美しく魔法陣の中に様々な模様を組み込まれています。描かれた意匠の無理のない美しさを見ると、この方が優れた魔術師であるということがよくわかります。

 わたくしが魔法陣を観察しながら、部屋中を見渡していると、クゥールは先ほど道で転がしていた、ランフェの様子が気になるようで手で転がしながら、しきりに表面を確認していました。
 ちなみにランフェは桃とリンゴの間のような食感と味がする果物です。オルブライト家の屋敷ではジャムにして料理人が肉の煮込みに添えることが多い、この世界ではポピュラーな果物です。

「あーやっぱり、さっき落とした時に傷ができてる。早いうちに食べないと傷むなあ。……傷んじゃうともったいないから今から砂糖煮にしてもいい?」

 客人のいる前で、料理を始めるクゥール様の自由さに少し呆れてしまいましたが、きっとこの人はこういう人なんだと思って深く考えることをやめました。

 クゥール様は慣れた手つきで、台所に立ち料理を進めています。次々と手際よく剥かれたランフェは鍋に入れられていきます。
 ひとつ違和感があるとすると、魔法陣がたくさん光っていることでしょう。
 クゥール様がその手に持っているナイフの柄と歯には両方に魔法陣が描かれていました。よく見ると時の要素の記号が隠れています。

「この魔法陣は時間短縮の魔法陣ですか?」
「その意味もあるけれど、細かく言うと違うね。刃の方は繰り返しの魔法陣、柄の方は重さをなくすための魔法陣だよ」

 クゥール様によるとこれを使うことで包丁をただ握っているだけで、食べ物を素早く細かく切ることが可能になるそうです。でも繰り返しの魔法陣はわかりますが、重さをなくす魔法陣なんて、たかがナイフに必要でしょうか。見たところ様々な要素が組み込まれていて、たかがナイフに描き込まれるにはもったいない代物のように見受けられます。
 正直ナイフなんかよりもわたくしの剣に描きたい魔法陣ですね。

 じいっと観察していたわたくしの微かな表情の変化から、疑問を読み取ったクゥール様は淡々と疑問に答えてくれました。

「僕は力がなくて、あまり重いものが持てないからね。
 身体強化もしてるけれどすぐ疲れてしまうから、日常生活に必要なものにはほとんど重さをなくす魔法陣をかけているんだ」

 __力がない? そんなに力がないのでしょうか。疑問が深まったわたくしは、チラリとクゥール様の腕に目をやります。凝視したことで初めて気がついたのですが、クゥールの腕は服の上からも分かるほど不可解に細く、棒きれのように見えました。 クゥール様はそこまでお年にも見えないのになぜそこまで腕が細く、力がないのでしょうか? 

 そういえばクゥール様は至るところに身体強化の魔法陣を含ませた装飾具をたくさんつけています。ブレスレットやアンクレットはもちろんですが、一番量が多くて目立つのはピアスでしょう。ジャラリと連なるピアスはいくつついているのか数えきれません。それはもう、歩けば音がするくらいに大量についています。

 クゥール様を観察するといろんなことが気になってしまいます。疑問はたくさん浮かび上がってしまいますが、初対面の方の事情を探ってしまうのはよくないことでしょう。
 ……この方にはこの方の事情があるかもしれませんし。

 クゥール様はその後も魔法陣を多用し、ながらまるで手品のようなスピードで砂糖煮を作っていきます。

 完成した砂糖煮はコンポートのような代物でした。
 江戸切子のような細やかな細工模様がある青色の硝子の器に盛り付けられた砂糖煮に、クゥール様はさらにミントのような植物を飾りつけられています。

 どこからそんなものが出てきたんだと、キッチンの方をのぞき見ると、どうやらキッチンの出窓でハーブの類を育てているようです。
 まあ、なんてマメなのでしょう。
 素で丁寧な暮らし、という表現が似合いそうな暮らしをしているクゥール様の暮らしぶりに関心してしまいました。

「さあ、召し上がれ」
「え?食べてもいいんですか?」
「お客様のおもてなしのために作ったんだから、食べて貰わなくちゃ困っちゃうよ。ささ、美味しいうちに召し上がれ」

 こんな美味しいものが食べられるなんて!!
 わたくしは目を輝かせて、目の前の素敵食べ物達を見つめました。
 ヨーナスお兄様は、クゥール様のもてなしに慣れているのか驚いた様子はありません。こんな素敵なもてなしを今まで受けていたなんて……。ヨーナスお兄様、ずるいです!

「あ、クゥール様。リジェットが作ったお茶の葉を土産に持ってきたので良かったら飲みませんか?」

 そう言って手土産として持ち込んだお茶を渡すとクゥール様は目をまあるくしていました。

「あれ、ありがとう。へえ、このお茶なに? 見たことないや」
「リジェットが独自に屋敷の敷地で育てているお茶なんです。ハーブティーと言うものなのですが、なかなか美味しいですよ」
「へえ……。ハーブティーねえ。なかなか興味深い。味わうのが楽しみだ。早速飲んでみたいからカップを持ってくるね。あ、お湯はそこのジャーの中にあるからそれを使ってね」

 クゥール様はキッチンの戸棚からこれまた可愛らしい、赤い小花の紋様が描かれた素敵なカップとソーサーを持ってきてくれました。目の前には素敵なお茶会セットが整います。

「い、いただきます!」

 わたくしは目の前の美味しそうなスイーツをはむっと口に入れました。

「これ‼︎ すっごく美味しいです」

 なんでしょう、この美味しさは‼︎  あまりの美味しさに、目が輝いてしまいます。
 そもそもこの世界の料理は悪くはないのですが、忍の記憶の中の料理に比べると味が平坦なものが多かったのです。素材自体はまだ運通が発達していないせいか地産地消が当たり前のようなので忍いた世界より、新鮮で美味しいものが多い気がいたします。ただ味付けにバリエーションが少ないのです。

 甘ければ、甘い。しょっぱければしょっぱい、そんな単調な味付けのものが多いので、私は食事の時間があまり好きではありません。家族と共に楽しく食卓を囲む文化もこちらにはありませんので、ただの栄養補給のように仕方なしに食べていたところもあると思います。

 それに比べて、クゥールの作るコンポートは複雑な味がして美味しく感じられます。多分、何かスパイスのようなものを使っているのでしょう。甘さの端々から、少しピリリとした辛さを感じます。香りもとてもよく、普段あまり食が進まない私もぺろり、と食べ切ることができました。

「よかったら、サダンミルクの氷菓子も添えるかい? より罪深い味わいが楽しめるよ」
「さ、サダンミルクの氷菓子‼︎」

 以前の世界での牛にあたる生き物であるサダンのミルクはこの国では国の西方の領地でしか育てらていないので、東方のオルブライト領ではなかなか味わうことができない代物です。
 それを贅沢に氷菓子にするなんて……。実質ミルクアイスクリームのようなものではないですか! そんな素敵なものとランフェのコンポートを合わせるなんて、絶対においしすぎます!

 瞳を輝かせてクゥール様の方を見ると、クゥール様は目を細めて笑っています。

「あはは、じゃあ持ってこよう」

 そうして器に盛られたサダンミルクの氷菓子も、もう夢のように美味しくて、わたくしは夢中になってもぐもぐ食べ進めます。あっという間にお皿は空になってしまいました。

 目を輝かせて最後の咀嚼をもぐもぐしていると不意にクゥールと目が合います。
 クゥールは顎の下に手を組んで、やさしい瞳で私を見ていました。

「わあ、これすごく楽しいなあ」

 クゥールの言葉に激しく同意するようにぶんぶん首を縦に振りながら、ヨーナスお兄様が賛同します。

「餌付けされてるリジェットって本当に可愛いよな」

 え、わたくしは餌付けされていたのですか……。

 餌付けと言われるのはなんだか気になりますが、クゥール様の作るコンポートはとても美味しいです。
 味ももちろんですが、誰かと食卓を囲むのも食事を美味しくした要因でしょう。こんなふうにいつものご飯も食べられたら幸せなのになあ……とつい考えてしまいます。

 これを作れるクゥール様の料理の腕前にもびっくりしてしまいましたが、そこで使われる魔法陣の量にもびっくりしてしまいました。
 見たところ、クゥール様は髪色も白金と薄いお色ですし、そこまで魔力量が多くはなさそうなのに、多量の魔法陣を起動していました。

「クゥール様は一体いくつ魔法陣を同時に起動できるのですか?」

 突然の質問にクゥール様は目をパチパチとさせました。その後、少し考えるような仕草を見せたあと、質問に答えます。

「うーん、すごくいっぱい……かな?」

 すごくいっぱいって……。なんとも間の抜けた答えでしたが、それは紛れもない事実なのでしょう。現に今だってクゥール様は皿洗いの魔法陣を起動させながら、机の上を拭き取る魔法陣を使っています。
 多分使おうとすればいろんな魔法陣をもっとたくさん一度に使うことができるのでしょう。

 それにしても羨ましい……。ずるすぎます! わたくしなんて包帯に描いた魔法陣以外一つも使えないのに!

 包帯の魔法陣を描き、作動することを確認した後、なーんだ! わたくしも魔法陣使えるのではないですか! と調子に乗って屋敷にある様々な魔法陣を使ってみようと試みたのですが、どの魔法陣も反応が全くなく、使うことができなかったのです。そのことにわたくしは落ち込み、ラマには何をやっているのだと言う顔をされてしまいました。

 こんなとんでもなくたくさんの魔法陣をいくら使っても魔力を消耗しないなんて、とんだチートです。

「ずるいです~! わたくしもそんなふうにたくさんの魔法陣を同時に使ってみたいのに~!」

 その一言に憎しみがにじんでしまいます。

「リジェットは白纏の子だから仕方がないな」

 そうヨーナスお兄様は慰めるように言ってくれましたが、魔力量の多い人に言われても慰めになりません。ヨーナスお兄様だって黒髪なので魔法陣をたくさん使うことができるのでしょう。

「わたくし包帯に描いた魔法陣は使えたのですが、他の魔法陣は全然使えなかったのです。
己の魔力量の少なさが憎くて仕方ありません。
 わたくしは魔法陣を使うことができないのでしょうか?」

 淑女らしからぬ涙目になりながら、ショボショボと呟くと、ふふふ、とクゥールが笑っていました。
 わたくしの不幸を見て笑っているのかと警戒しましたが、そうではないようです。

「そんなことないよ。何事にも抜け道はある」

 クゥールは楽しそうに言いました。

 __抜け道?
 思いもよらぬ、発言に胸が高鳴ります。     

「君はその包帯に描かれた魔法陣は使うことができるのはなぜだと思う?」

 そうでした、わたくしは包帯に描いた魔法陣もどきは使うことができました。……なぜなのかは自分でもわかりませんが。

「簡単なことだよ。魔力量にかかわらず、自分で描いた魔法陣は自分で使えるんだ。ものによっては対価は必要なこともあるけどね。
 僕だって、オルブライト家のみなさんみたいに黒持ちじゃないから、実際の魔力量は大したことがないんだ。
 だけどここにある魔法陣の製作者は僕だから僕はここにある全ての魔法陣を使うことができるってことさ」

 クゥールは偉ぶる様子もなく、軽やかに種を明かすように言い放ちました。

 え? なんですって⁉︎

 突然の抜け穴の指摘にわたくしは目を見開きます。隣にいたヨーナスお兄様も驚いたようで、ガタリと身を揺らしました。

「そ、それは広く知られたことなのでしょうか⁉︎」
「さあ、どうだろう……。僕は自分で魔法陣を描いて使う中で自然に気がついたことだから、魔術師の中では暗黙の了解とされていることだとは思うけど……。
 魔術師はあまり情報を口にしたがらないから、広くは知られていないのかもしれないね」
「それで、私は知らなかったのか……」

 魔法陣の製作者は魔力を使わずに魔法陣を使うことができる。その事実を知ったヨーナスお兄様は頭を抱えるようにしていました。
 ……なぜそんなに頭を抱えるのだろうと思っていたらクゥール様が言葉を続けます。

「リジェット、君だって魔法陣を描けるようになればいくらでも魔法陣を使うことができるんだよ。……なんだったらお望みの魔剣も自分で作ればいい」

 その言葉に私は目が覚めるような思いでした。
 できないことがあれば、学べばいいのです!

「いくら努力家のリジェットだって、魔法陣を自由に描けるようになるには時間がかかるんじゃないのか」

 ヨーナスお兄様は焦ったような、この流れをとめたいような顔をしてこちらを見ています。わたくしがちょっとのことでは諦めないことに気がついているからでしょう。

 ヨーナスお兄様はやめておけ、と強く言いますが、わたくしの場合は魔力量が元からゼロに近い状態なので、魔法陣が描けないと騎士学校に入っても実技などがこなせないのではないでしょうか。
 ヨーナスお兄様も騎士学校で使う魔法陣をクゥール様に依頼しているって言ってましたし!
 自分で使うものは自分で用意しなければなりません。騎士になる夢を叶えるにはやるしかないのです。

「わたくし、やりたいです!
 絶対に魔法陣かけるようになりたいです!」

 やる気がメラメラと出きます。やると決めたら一直線です。
 絶対魔法陣をかけるようになりますから‼︎


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