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第一章 大領地の守り子
間話 心配な妹
しおりを挟む私の名はヨーナス。私は現在、武の領地としてハルツエクデン国の中で二番目に大きい領地を持つ、オルブライト家の三男として生まれ、騎士になるために騎士学校へ通っている。
今までの人生は特に大きな問題もなく、自分でも順調に騎士への道を進んできたと思う。幼少の頃からの剣の稽古や基礎的な体力づくりのおかげで騎士学校の成績はよく、このまま進めば騎士団に入隊した後も要職につくことは確実だろうと教師たちも私を評価していた。
三男であるがために私が家督を継ぐことはまずないだろう。したがって騎士団の中で如何に頭角を表せるかということが今後の私の人生にとって重要になってくる。
今の先生たちの評価は私にとって何よりもありがたいものだ。
家族もそれぞれ順調に暮らしていて、何も問題など起きていないと思っていた。
兄たちも騎士として騎士団で順調に出世をしているし、父の領地経営だって祖母から引き継いだばかりの頃は引き継ぎが上手く行かずもたつく場面もあったように見えたが、ここ数年は父も領主としての職務に慣れて来たようで領地内はいざこざもなく落ち着きを見せていて、全てうまくことが運んでいるように見えた。
心配事なんてひとつもなかった。何事も計画通り。順風満帆な人生が目の前には広がっていたはずだった。
なのにいつからか、何かがおかしくなってきた。その現象は積まれた煉瓦の目を一つ間違えて上の方の柄がどんどんずれていくときのそれに似ていた。
妹がギシュタール領の領主の子息と婚約をはきしてきたのは記憶に新しい。
最初は私やユリアーン兄上のように抜け目ない真面目な優等生タイプと思っていたリジェットがどうしてそんなヘマをしでかしたんだと困惑していたが、どうやらリジェットはギシュタールとの婚姻を望んでいなかったらしい。
婚約者を脅し取って、自らこの婚約から手を引くようにと示唆したと聞いたときには、そんなまさか、悪い冗談だろうと、私は聞く耳を持とうとしなかった。
初めはそんな恐ろしい手段を、か弱いリジェットに使えるはずかないとタカを括っていたが、妹は残念ながら私が今までに考えていたような誰かに守られているようなやわな女の子ではなかった。リジェットの剣筋の鋭さ、機動力、スピードは、どれをとっても一級品だった。リジェットはあの狭い屋敷と言う世界に押し込められたことを悲観せず、自分の刃の鋭さを磨くことをやめない子供だったのだ。現にリジェットが魔法陣を用いて、私の首を取ろうとしてきた時に彼女にはそれができるだけの実力があるということを身をもって思い知らされてしまった。
__今までの妹はこんな子じゃなかったはずだ。
幼少の頃から剣のお稽古がとてつもなく好きな子だとは思っていたけれど、それはオルブライト家の子供として許容が出来る範囲のことだったと思う。
間違っても自分の意見に反することに対して剣を突き立て武力公使をするような子ではなかったはずだ……。
何かがおかしい。何かがおかしいのにどこからおかしくなったのかがわからない。妹はもうずっとこのままなのだろうか。こうして自分の未来を力づくでも獲ようとしていくのだろうか。
私は妹を取り巻く小さな綻びを、何かの間違いだと思って取り除きたかったのかもしれない。
横にそれた道筋を直したくて、そのきっかけを探していた。家のものはリジェットに散々口煩く、騎士になるなんていうのではありませんと言っていたらしいが、それでもリジェットは頑なに聞き入れようとしなかった。
家のものに説得ができないのであれば、外部のものに託そうと私は一度騎士になることを許容したフリをしてオルブライト家の専属の魔術師をしているクゥール様に会わせてみることにした。
きっとリジェットは騎士という職業しか見たことがないから騎士に憧れているだけであって、他の職業を見たら、そちらにも興味を持つのではないか。そんな甘い期待からの選択だった。
しかし、予想通りにことは進まないものだ。
カリカリとリジェットが魔法陣を描き写す音だけが部屋に響いている。
クゥール様に出していただいだお茶を飲みながら、自分の中に冷静さが戻ってくるのをじっと待つように目を瞑った。
わからない。何故こんな展開になったのだろう。
今、目の前では魔術師であるクゥール様がリジェットに魔法陣を教える、という謎の展開が繰り広げられている。
……何故だ。私の知っているクゥール様はこんなに気前のいい人じゃなかった筈だ。彼はもっと気まぐれで、残忍で、非情な人間だったはずだ。クゥール様が何を考えているかわからずに、私はチラリと表情を伺おうとする。
クゥール様はリジェットが最初に描き写した魔法陣に間違いがないか確認しているところだった。クゥール様の容姿があまりにも美しいせいで、ただ紙に描かれた魔法陣を眺めているだけなのに、宗教画のように見えてしまう。
「クゥール様、本気でリジェットに魔術を教え込むつもりですか?」
そう聞くと、憂いを帯びた視線をこちらに寄越して、クゥールは控えめににこりと笑った。
はいともいいえとも言わない様子に、首を傾げることしかできない。目の前にいる、いやに綺麗な顔をした女顔の男の考えていることが私には全くわからない。
はあ……。リジェットもクゥール様から頂いたガラスペンをありがたいご好意だ、と素直にぽいぽい受け取っているが、大丈夫だろうか。
ちらりと横目でガラスペンの入っていた木箱を見ると、王都に店を構える高級百貨店、シュナイザー百貨店の刻印が入っていてギョッとしてしまった。
以前休暇の際に王都の街を回ってみようと店の中を冷やかしで覗いたことがあるが品物はそのどれもが一流品で、目が飛び出る程高価だった。ガラスペンのコーナーは特別な祝福や守護が施されている品物ばかりで、警備員が張り付いているくらい値段が高く、買えそうなものなんか一本もなかった。
……あれ、下手したら家が買えるレベルの品物なんじゃないか?
ヒヤリと冷たいものが背中を流れた。私だったら今日会ったばかりの赤の他人にそんなものは与えない。もし与えるとしたら、その人物を騙し、何か対価となるものを巻き上げるときくらいだろう。クゥール様は一体リジェットにどんな対価を求めるつもりだろう。
私は今日、父上の紹介もあってこの家を訪ねているが、実はあまりクゥール様について詳しく知っている訳ではない。
クゥール様は四年前、お父様に連れられてオルブライト領のミームに引っ越してきた。それからのクゥール様には驚かせられっぱなしだ。
初めて見たときのこんなに綺麗な、女神のような人がこの国にいた、という意味での驚きもだが、それよりも顕著だったのは制作する魔法陣の質があまりにも高かったからだ。
クゥール様が作成する魔法陣は、使用するのに使われる魔力量は驚くほど少ないのに対して、威力は他の魔法陣の何倍もある。
その品質は驚くほど高く、今まで使っていた魔法陣と比べるとその差は歴然としている。クゥール様の魔法陣を使ってしまうと、今までも魔法陣が子供の落書きのように思えてしまう。
一応クゥール様はオルブライト家の魔術師ということになっているので、多くの魔法陣をオルブライト家に納品している。
したがって私も父上から下げ渡された魔法陣を何枚か手元に持っていて授業中にも使っているのだ。
騎士学校での実習中、相手の攻撃を魔法陣を用いながら防ぐ、と言うカリキュラムがあった。そこで他の同級生が自分の周りを円で取り囲んだ範囲の防衛しかできていなかったのに対して、クゥール様の魔法陣フィールドを覆うように、練習場全体を包んで見せたのだ。その光景をみた先生も、同級生ももちろん僕も瞠目することしかできなかった。
その威力はどう考えてもおかしい。
「さすがオルブライト家の御子息、黒持ちの方は魔力量が多いのですね」
担当教官はそう言って僕を秀才扱いして、手放しに褒めた。同級生も黒持ちはそれだけ魔力量が違うと言うことで、納得をしていたようだった。
でもそれは違う、と言うことを私だけが知っている。あれは魔法陣が桁外れの代物だっただけだ。
一般的な防衛の魔法陣であれば、使用する人間を守る、という一効果しか付与されていない。しかし、クゥール様が作った魔法陣にはそれだけではなく、攻撃を倍にして返す効果や、防衛すべきエリアを魔法陣自体が判定し、範囲を広げるという、頭がおかしい効果が更に付随されていた。
私がわかった効果がそれだけだっただけで、実際にはもっと多くの魔法陣が組み込まれていたのかもしれない。
「クゥール様、いただいた魔法陣の中で効果がおかしいものがあったのですが……」
「え? ちゃんと効果は出るように作ったよ?」
「いえ、効果が出過ぎるのです。他の人間が違和感を感じてしまうほど……」
「ああ。もしかしたら、一つの魔法陣にどれだけ効果が組み込めるのか知りたくなって描き散らかした時期があったから、その時の落書きがきみの手元に混ざっちゃったのかもしれないね。いっぱい効果が発動して面白かったでしょ? でも完成品はあれの比じゃないくらい効果上乗せできてるから、いつかヨーナスにも見せてあげるね」
「⁉︎ あれの比じゃないって……。そんな恐ろしいものを作って何をするつもりですか⁉︎」
「うーん。まだ考えてないけど、何かに使いたいよね。この国でも滅ぼす?」
気まぐれな猫のように怪しく光るクゥール様の目は笑っていなかった。まさか……、本気で……。
「やだなー、ヨーナス。冗談に決まってるでしょう? 僕面倒事に巻き込まれない限り、そんなことしないから、安心して!」
それは、面倒ごとに巻き込まれたら、やる、と言うことだろうか。
「ま、全く安心できません!」
「あれえ。ヨーナスは本当に真面目だなあ」
クゥール様はきっとどう考えても当代一の魔術師に違いない。そんな人がどうしてうちの領地の中でも、発展が乏しい片田舎のミームなんかに引っ込んでいるのか謎だ。
……訳ありだ、と言うのは前からわかり切っているけれど、その“訳“がとてつもなくきな臭いのだ。
以前王族を滅ぼしかけた、と父上がいていたがその話がもし本当だとしたらなぜここにいるのだろう。
王家自体はまだ存在しているのに、滅ぼそうとした人物を生かしておくなんて、そんな馬鹿みたいなことを健全な王家が許すだろうか?
謀反を起こすような人間がいたら、その人間を消すことくらいするだろう。王家だって慈善事業で国を作り上げているわけではないのだから。
私は作られる魔法陣にお世話になりながらも、この人物のことを深く警戒していた。
今まで教えて欲しいと言い出す人がいなかったからとクゥール様は言うがそれにしたって……。おかしいだろう。
魔法陣の製作をするには、一種の選別を通りぬけることが必要とされる。
魔法陣を最後まで濁りなく描き写せることだ。
一言で言うと簡単そうに見えるけれど、それを行うには特別な何かが必要になる。実際、私も魔法陣を描き写し自分自身で操りたいと夢見たことがある。初級魔法陣の本を開き、適当な魔法陣を書き写そうとすると、試みたのだ。
しかし途中でもやがかかったように頭の中が真っ白になってしまって、そこから魔法陣を描き写すことができなくなってしまう。魔法陣を絵として認識し、美しいと思うことはできるが、理解し解読をしようと試みると同じように頭にモヤがかかってしまうのだ。
不思議なことに何度挑戦しても魔法陣は描き写せなかった。疑問に思って上の兄たちに尋ねてみたが、兄たちも同じような現象に見舞われたと言う。
その結果からきっと、魔法陣を描くと言うことは選ばれたもののみに許される権利なのだ、と私は考えるようになった。ハルツエクデンを治める湖の女神は私たちを持つものと持たざるものに選別するのではないか。
だからリジェットが描けるようになった、と父上から聞いた時、私は素直に驚いてしまった。彼女は権利を持つものだったのだ。
自分の兄妹の中から、魔法陣を描けるものが現れるなんて……。そう言う意味ではクゥール様とリジェットは同種の人間なんだろう。問題はクゥール様が同種の人間をどう扱うかと言う点である。本人は育てると言っているが、世の中には同族嫌悪と言う言葉だってある。早いうちに芽を潰しておこうと考えられても何も不思議ではない。
ちらりと視線を向けるとリジェットは一生懸命に、クゥール様から指示された魔法陣を描き写している。必死にしていたって、うちの妹はかわいい。
こうして大人しくしているとかわいい妹だが、様子がおかしくなったのはいつからだろう。
きっかけは、やはり騎士学校を諦めるように父上に申し付けられたことだろうか。
このままでは自分の未来が決められてしまうと悟ったリジェットはとても行動的になったように感じる。
元々、武の領地であるオルブライト伯爵家の娘として、気高く生きるよう教育をされていたが、伯爵家の令嬢らしいある種の傲慢さと、行動力が合わさって、大変な生き物に進化しつつある。
今はまだ大人の力で止めることができているが、今後自分の頭で考える判断力が身についてしまったら……。この子はどこまで増長してしまうんだろう。
考えるだけで、恐ろしい。
はあ。何故クゥール様はリジェットに魔法陣を教えることに乗り気なのだろう。
二人は初対面の筈なのに何故だかウマが合うように見えるのはなぜだ。
そういえば最近、王都に住む人間で、ミームにくる以前のクゥールを知る人物に多く出会うようになった。その人たちはみんな口を揃えていうのだ。
「あの方は魔物だ」と。
この国では特定の魔力要素が強く、その力が人間離れしている人物のことを差別的かつ畏怖を込めた表現で『魔物』と呼ぶ。
果たして私と父はリジェットにクゥール様を紹介してよかったのだろうか。私たちは、魔物を二柱に増やしただけなのではないだろうか。
「どうして、リジェットに魔術を教えてくれる気になどなったのですか」
リジェットの作業の邪魔にならぬよう小声で囁くように尋ねる。幸い、リジェットは難解な魔法陣を一つも間違えることなく描き写すために集中していて、私の声は聞こえていないようだ。
クゥール様は私の目をじっと眺め、ニッと片方の口端を上げて笑う。
「端的に言えば暇だからだね」
どう言う理由なんだ!?
端正に整った笑顔で、なんともなさそうにクゥール様は言い放つ。顎のしたに人差し指を当て、私の思考を読み取るような表情をしていて、目が合うたびに酷く緊張して冷や汗が背中につうと流れてしまう。
騎士学校で優等生であるはずの私だが、気を抜けば抑え込まれてしまうだろう。クゥール様からはそんな圧倒的強者の気配が強く漂っている。
腕力とは別種の覆らない根本的な強さがクゥール様にはあるのだろう。私の感覚がそれを伝えている。
私の緊張を他所に、クゥール様は歌うように呟く。
「ふふふ。僕はとっても暇なんだ。前みたいに王家のために働く義務もないし、時間が余って仕方ない。時間が溢れるほどあるのも苦しいものだよ? 魔法陣の研究もあらかた終わってしまったしね。僕は元来楽しいことが好きな気質の持ち主なんだ。ありがとう、ヨーナス。僕に新しいコンテンツを提供してくれて。感謝するよ」
その言い方は捉え方によっては暴力的に聞こえてしまう。まるで私がリジェットを生贄に捧げたみたいじゃないか。
自分からは見えないだろうが、私の顔は血の気がひいて真っ青になっているだろう。
そんな僕を置いていくようにクゥール様は言葉を続ける。
「心配しないでよ。オルブライト家のお姫様をとって喰いやしないよ。……今のところはね。
__それに今日のことを占ったら信じられないくらい珍しくて、すっごくいいカードが出たんだ。これから訪ねてくる子供はどんな子供ですかって。
僕こんな目のカードのみたことなくてすっごくドキドキしちゃったよ」
クゥール様は私に見せるように男の手ほどの大きさの長方形のカードをチラチラと振って見せた。
カード。
それをみたのは二度目だった。そのカードはクゥール様が運勢を占う時に使う手段の一つだ。クゥール様をオルブライト家の屋敷に招き、今後ミームを居住地に定めるかどうか、オルブライトの専属になるか、決める会合を開いたのだ。その当時兄たちはもう家を出ていたのもあり、父上の他に私が立ち合いを行った。その時クゥール様はこのカードを徐に持ち出し、目の前で占いを始めたのだ。
似たような占い用のカードは世間に出回っているが、クゥール様の使うそれは一般のものとはどうみても作りが異なる。
油を貼った水のように虹色に光るそこには不気味なほどに美しい絵がそこには描き込まれているが、よく見ようとすると蜃気楼のようにぼやけて見えてしまう、世にも不思議なカードだ。そのぼやけは魔法陣を書き込もうとするときのぼやけに似ている。
私はこのカードを見ると、眩暈がしてしまう。
ただの占い、遊びの延長。そう理解はしているはずなのに、そこに現れた絵柄の揃いが抗えない強い力を持っている気がしてしまうからだ。
ペラリ、ペラリと楽しげにカードをめくる様子が、私の目にはクゥール様が運命を操っているような錯覚に陥ってしまう。
__そんな事あるはずがないのに。
そんなことができるのは神話の中の湖の女神くらいだ。
「カードにはどんな目が出ていたんですか」
そう言葉が口から出た瞬間、あ、まずいと思った。聞かなければよかったと思ってしまった。聞かなければすべて知らないフリをできたはずなのに。危うきに近づかないが座右の銘の自分がこんなに青い間違いを犯すなんて、と自分を恨んだ。
「カードの目はね。
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だったよ。不思議な目でとっても面白いよね。まるで今後の彼女を表しているみたいだ。どんな未来が訪れるんだろうね。少なくても国は荒れそうでいいじゃないか。とっても楽しいエンターテイメント、極上の暇つぶしだ」
リジェットは伯爵家の令嬢として安穏な将来が待っているはずだ。私はまだそう信じたかった。
彼女は私のかわいい、大切な妹だ。
そんなカードのような危ない人生を歩んでほしくなんかない。できるだけ安全なところへ隠しておきたかった。彼女を守るシェルターとして機能したかった。
間違ってもリジェットはこんな男の暇つぶしのために使われる駒ではない。
額に汗をかく私をみてクゥール様は酷薄な笑みを深めた。
動き始めた運命を嘲笑いながら女神のようなおっとりとした口調で私に話しかける。
「まあそれに。僕だって自分の魔法陣の知識を自分だけのものにするのは惜しいと思っているんだよ。
使いたいと思う子がいれば使っていいよというのは道理じゃないか」
優しい声が嫌に耳に残る。人の良さそうな笑顔を顔に浮かべているが、ちっとも信用ができない。私は二番目の兄のように鋭い野性的な本能は持ち合わせていないが、そんな私でも察してしまうくらいだ。
真横で、一つ魔法陣が描き上がったリジェットが「クゥール様はわかりやすく指導してくださって親切ですね」とのほほんと言っている。騙されるんじゃない‼︎ こいつは悪どい奴にきまってる!
「いやあ、ああ言う一生懸命な女の子って応援したくなっちゃうよね。
無鉄砲で次にどう動くか分からなくて見てる分にはとっても面白いね」
__そうだ。まだクゥール様は知らないのか。リジェットがどれだけ屋敷内を引っ掻き回しているのか。
それに気がついた私は再び笑みを取り戻し、顔に貼り付けた。
「今は笑ってられるかもしれないが、ここ最近の我が家はリジェットによって引っ掻き回されています。
……きっとあなたもそのうち、リジェットに振り回されるようになります」
私が表情を立て直したことに驚いたのか、一瞬だけクゥール様は目を見開いた。だがそれはすぐに元に戻ってしまう。
「たまにはそう言うのも面白いんじゃない?
どうせ僕は暇だしね」
クゥール様は悪巧みが成功した時のリジェットににた、酷薄な笑みを浮かべて笑った。
「僕、火に油注ぐの面白いなあって思っちゃうタイプ」
その微笑みは天女のように美しいのに、酷く冷ややかで、私は言葉を失ってしまった。
だめだ! リジェット! やっぱりあいつを信じちゃいけない!
そう心の底から思ったけれど、運命というものは残酷で、それを留める術を私たちは知らない。誰にもわからない彼女の将来が、落ち着いたものであるように、私ただ願うことしかできなかった。
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