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第一章 大領地の守り子
16初めてのお使いに行きます
しおりを挟む先生のところに魔法陣を習いに行くようになって、一月が経ちました。
最近では移動の魔法陣を使うことにも慣れてきたので、勝手に転移先を描き換えて先生の家から少し離れたところに降り立って、散歩をするのが趣味になっています。
冬が近づいたミームの街は冷たい風が吹くようになりましたが、いつもと変わらず穏やかです。
最初はこの静かさに物足りなさを感じてしまうこともありましたが、鳥の鳴き声を聞くことができたり、野花を観察する楽しさを覚えたので、それができるミームのことを大変気に入っています。
今日は先生が住んでいる家から、一本路地を外れたところに降り立ちました。ここに花屋さんがあることを先生の家のコルクボードに貼ってある地図を見て知っていたので、そこに今日は行ってみようと思ったのです。
ミームの街は街と言っても田舎の街なので、メインストリートのお店以外のお店とお店は隣接しておらず、一軒一軒が少しづつ離れています。
先生の家も奥まったところにあるので、初めて訪れた人はなかなか行くことができないでしょう。
今日の目的地の花屋さんも、先生の家から見ると、お隣のお店になるのですが、あまりにも離れているので、お隣とはいいにくいところにポツンと立っていました。
お店の前を通ると、季節の花が色とりどりに並んでいて、とても美しいです。前世の記憶にあった花もありますし、見たことのない花があるところもとっても興味深いですね。
こちらでもバラに似たエダムという花はあるのですが、赤いエダムは店頭に並んでいません。もしかしたら珍しいのかもしれません。でもその代わり、青いエダムはこれでもか‼︎ と並んでいるので、こちらでは青のほうがポピュラーなのかもしれません。
店の中を除くと、店主の方が水桶の中の水を入れ替える作業を行っているのが見えました。
「こんにちは、今よろしいですか?」
「はい~、ちょっと待ってくださいね~。え? 白い髪……?」
店主はわたくしの髪の色を見て驚いた表情を浮かべています。もしかしたら白い髪は珍しいものなのでしょうか?
驚かせてしまったら申し訳ないな、と思いつつわたくしは気になっていたことを店主の方に聞いてみます。
「こちらには赤いエダムは置いてないのですか?」
「え!? あ? 赤ですか!? 面白いことを言いますね。赤いエダムは幻の花じゃないですか。この店には置けるわけがないですよ」
店主はなんとか取り繕いながら、わたくしに声を掛けます。
「そ、そうなんですね。それは残念ですね……。お答えいただき、ありがとうございました!」
いけません。わたくしったら世間知らずで変な質問をしてしまったようですね。わたくしは不審に思われたかもしれないことに焦りつつ、足早にその場を去って行きました。
走って向かったので、あっという間に先生の家の前についてしまいました。
焦りながらいつものように、扉をあけ、魔法陣を作動させると先生のリビングにたどり着きます。
「先生、こんにちは!」
「いらっしゃいリジェット。ん? 今日はなんだかやけに息が上がってないかな?」
ぜいぜいと息を上げながら、突っ込むように部屋に入ってきてしまったので、先生に指摘されてしまいます。前世の記憶を得たわたくしは、焦ると衝動的に淑女らしからぬ行動をとってしまいます。
わたくしは先ほどの冒険を先生に伝えます。
「先生、わたくしミームの街を探検してきたのですよ!」
先生はぎょっとした顔をしました。
「その姿で誰かにあったのかい?」
「ええ……、十字路の先にあるお花屋さんのご主人に会いましたけれど」
その答えに先生は一気に険しい顔になってしまいます。あれ……。わたくし何かやらかしてしまいましたかね。
「あの店主なら今度あった時に記憶封じの魔法陣を仕掛けられるだろう。
いや、万が一のことを考えて範囲指定で広めにかけた方がいいかもしれない」
「わたくし……何かまずいことでもしてしまったのでしょうか……」
怒られる予感をその身にひしひしと感じ、身を小さくしながら先生に問いかけます。
先生はひどく落胆したような顔をしてわたくしを叱ります。
「君のような髪色を持つ人間は無闇やたらに人に見られてはいけないんだ。黒い髪の子供と、白い髪の子供は人攫いに会いやすいからね」
黒い髪の子供はわたくしでもわかります。魔力量の多い子供はそれだけで価値がありますから。
でも……白い髪の子供は特に問題ないような気がするのですが。弱そうに見える、っていうのはあるかもしれませんが。
「いいかい、リジェット。白い髪の子供はとても珍しいんだ。黒い髪の子供が生まれるより、何倍も生まれる確率は低い。
世の中にはロクでもない人間がたくさんいるんだよ? 珍しいものをそばに集めたがって白い髪色をした子供を拐うやつだっていっぱいいるんだよ? 昔僕の周りにもそう言う奴がいた」
「でも、転移陣を使うときはそんなことは言わなかったじゃないですか」
「それはこの家の周りの敷地までは、偽装の魔法陣を張っているからだよ。他者に魔法陣が使われたようには見えなくなっているから、心配はないんだ」
それは初耳でした。というかそんな魔法陣もあるのですね……。魔法陣、万能すぎませんか?
「王都に住んていた私でも髪の白い子供は君以外に一人しか見たことがない。
その子供だって完全に真っ白なわけではなく、他の色が混ざっている部分があった。
……君の髪色の珍しさが理解できたかな?」
先生は恐ろしく威圧的な笑顔をしていました。
わたくしはプルプルしながらはいっ! と返事をします。もう二度とそんなことは致しませんっ!
「わたくしはミームの街を歩いてはいけないのではないのですか? いろいろ行きたい場所はあったのですが……」
「何も街を歩いてはいけないと言ったわけではないよ。その髪色を周囲の人間に晒すな、と言っているだけだよ」
先生は呆れたように呟きます。うっ、先生の呆れ顔は胸にくるものがありますね。こんな表情を見たくはないので反省しなければ……。
先生の方を見ると、まだ緑の瞳には怒りが滲んでいるように見えます。反省してます!だから許してください。
はあー……、と長めにため息をついた先生はソファから立ち上がり、その後ろにある木製のキャビネットの引き出しをゴソゴソと漁っています。何を探しているのでしょうか……。もしやお仕置きか!とビクビクしていると先生は中に入っていた、魔法陣らしい髪をわたくしに手渡しました。
「この魔法陣を持ってくれるかな」
「え?でもわたくし先生の魔法陣使えませんよね?」
わたくしは魔力量が残念ですから、人の描いた魔法陣は使えないはずです。先生は忘れてしまったのでしょうか? 疑問符が頭に浮かんでいましたが、先生はその魔法陣をわたくしにグイッと押し付けてきます。
「いいから。持ってみて」
押し付けられた魔法陣を渋々受け取ると、ブワッと小さな風がわたくしの髪をわずかにf揺らして、チカリと小さな光を放ちます。
他人の魔法陣が発動したことにびっくりして目をパチクリさせていると、視界に入っている髪色が変わっているのに気がつきました。
「わわわ! 髪色が、水色に変わりました!」
少し安堵したような表情を見せた先生はわたくしの髪を一束救いとり、精査するように色合いを確かめています。
「よかった。変わったみたいだね。
これは相手の髪色を水色に変える魔法陣なんだよ」
わたくしが変わった髪の色を食い入る様に見ているのを特に気にする様子もなく先生は言葉を続けます。
「対峙した人間の髪色が黒に近い場合、相手の戦力を削ぐために利用するんだけど。君の場合は増えるみたいだね。
水色ならこの辺の住民にも多い色だから目立たないはずだよ」
原理はまだ完璧にはわかりませんが、創の要素が多く組み込まれているようです。魔法陣って本当に不思議がいっぱいですね!
「戻す時はこちらを持つと、戻るからね。どこかに出かけるときはこれを必ず使うようにね」
もう一枚渡された魔法陣は基本的に同じ構造をしていますが、無の要素が多く組み込まれているように感じました。どうやら二枚で一組になっている魔法陣のようです。
「はい! ありがとうございます!」
新しい魔法陣を得られたことが嬉しいわたくしは、満面の笑みで先生にお礼を言えました。
「いい子だ」
そう言って先生は優しく頭を撫でてくれました。なんだかその手つきが、親戚の子供を撫でているような仕草をしていたので、先生の心の内側に入れたような気分になって心がとっても暖かくなりました。
「先生! わたくし試しにこれを使って外に出てみたいです!」
目をキラキラと輝かせて先生の方を見ると先生は仕方がないなと言う表情を見せました。
「じゃあ、おつかいを頼もうかな?」
「わあ! 何を買ってくればいいですか?」
「今日のおやつはスポンジケーキなんだけど、生クリーム以外にもフルーツが乗っていた方が美味しいかな? とちょうど思ってたところなんだよね。
リジェット、買ってこれるかな?」
「はい! 任せてください!」
わたくしは街の中を歩けることにルンルンな気分になります。だって初めてのお使いですもの!
お店で買い物をする様子を頭でイメージトレーニングをしていた時、あ、と小さな懸念を思い出しました。
「先生、心配なので通貨の種類の確認をしてもよろしいでしょうか」
「え? リジェット、お金の種類わからないの?」
あ……。先生が全力で引いています。ひどいです。
けれどもわたくしがお金に触る機会というのは本当に少ないのです。
通貨の種類についても、家庭教師から一度教えられたっきりで、それから見てもいないのです。
「仕方がないじゃないですか。わたくし、伯爵家の令嬢として、あまり外に出してもらえていないのですから!
通貨も知識としてどの種類があるかは存じていますよ! 間違えてないか確認したいだけです」
「うーん。そっか。じゃあ種類の確認だけしておこう」
ちょっと眉間にシワを寄せた先生は、キャビネットの引き出しから小銭入れを持ち出しました。小銭入れの中から紙幣とコインを取り出します。
それらを大きい順に並べてわたくしに見せてくださいます。紙幣は三枚、コインは五枚がそれぞれ並べられました。
「この紙の一と書いてあるのが一ルピ。街で買い物をする時は一番使うお金だよ。今の時期だったらランフェ一個一ルピくらいだから。
一ルピが十集まると十ルピ、それが十集まると百ルピだ。」
紙幣を凝視するように見つめます。並べられている両手に収まるサイズくらいの紙幣です。
数字とともに、一ルピにはお亡くなりになった前王妃、十ルピには王、百ルピにはこの国の信仰の対象である湖の女神がそれぞれ描かれていました。
「で、こっちのコインはおつりや端数で使うコインだね。一ルピ以下の金額はこのコインのラピであらわすんだ。
一ルピは百ラピ。
ラピは一・五・十・二十五・五十の五種類があるから覚えておいてね」
ラピの方は皆同じくらいの大きさの銀色の金属でできていましたが形はみな違います。一ラピは円の形をしていますが、五ラピは五角形、十ラピは六角形、二十五ラピは七角形、五十ラピ八角形の形をしていました。なんがかカクカクしていますね。
そうだ、思い出しました。この世界の通貨はちょっとドルに似ているんですよね。紙の紙幣のルピがドル紙幣で、ラピがセントコインだと考えればそれほど難しくないのでした!
「ということは1.25ルピのものを買いたい場合はこれとこれを出せばいいんですね」
「うん。正解」
「ちゃんと覚えていたようで安心しました」
知識として知っていても実践の場でそれがパッと出てこないことは往々にしてあるますからね。
「これで安心してお使いにいけます!」
「一応、リジェットが危ないことをするといけないから、これを持っていって欲しいな」
「ん? なんですか? これ」
先生がわたくしに手渡したのはまた魔法陣でした。
これなんの魔法陣でしょう?
「盗聴の魔法陣だよ。対象の人物に貼り付けると、こちらで内容が聴けるんだ。お守りにはぴったりでしょ?」
え……。お、お守り?
それは本当にお守りなんでしょうか。今回はわたくしの見張りとして使うのでしょうが、他の使用方法が物騒なものしか思いつきません。
以前は王都にいらっしゃったらしいので、そこで使用していたのでしょうか。
なんとなく先生の気質からして、王城内の情報とか集めていそうな気がいたします。
「……先生もしかしたら、それ。いろんなところに貼ってたりしませんか?」
「ふふ。どうだろうね」
あの顔は絶対貼ってるに違いありません。
深く聞かないことにして、わたくしはそのまま街にお使いに出かけました。
教えていただいていた青果店はわりと家からすぐのところにあったので、そちらの店先を覗き込みます。
うーん。店先には初めてみるものがとても多いですね。こちらの世界の野菜や果物は色鮮やかで美しいですが、何がどんなものなのか全くわかりません。というか、果物なのか野菜なのかの判断まで怪しいです。
いつも屋敷では出来上がった料理の状態しか見ていなかったのでこれらが何なのかが検討もつきません。うーん困ってしまいました。
忍時代の知識は使い物になるでしょうか……。
わたくしは一種懸命に記憶を掘り起こします。
お店の端にある赤い売り物は形はネギのように見えますが、果たしてネギなのでしょうか。ああ、でも前世でも葺に似たルバーブというお菓子に使うお野菜があったので、そういう路線の可能性もあります。
困りました……。お店の人に聞きたいですが、今取り込み中で忙しいみたいなんですよね。とりあえずわたくしは形をかろうじて知っている、ランフェを手にとり、それ以外は自分の感性を信じてフルーツっぽいものを手に取って購入しました。
どうか果物でありますように!
「ただいま戻りました!」
先生の家に無事に帰宅し、お使いの品を先生に手渡します。
「お! 無事に帰ってこれたみたいだね。買ってきたもの見せてくれる?」
「はい! あの……実はお恥ずかしながらわたくしどれが野菜でどれが果物なのかがわからず、とりあえず果物に見えるものを三種類ほど買ってきました……」
「ああ、そうだね。調理されたものしか見たことがないとどれが果物かとかわからないかもね。
……あ、本当だ。この一種類だけ野菜だね」
「あー! それ野菜だったのですか!? 一番果物っぽいと思っていたのに!」
キウイかな? と思ってとったそれは芋の仲間でした。こんなに産毛が生えているのに、芋……。しかも先生のいうところによると、この芋は実として空中に実るらしいです。わけがわかりません……。この世界の植物は不思議なものだらけです。
「無駄なものを買ってお金を使ってしまって、申し訳ありません……」
「今日のスープに使うからいいよ。初めてのお買い物だし、多少の失敗は仕方がないよ。それよりケーキを食べよう。待っている間にクリームを泡だてて待ってたんだ」
優しい先生に促されて、わたくしはテーブルに座ります。目の前にはすぐにお茶が用意されて、それを飲むとこんがらがった頭が少し落ち着くような気がしました。
「ありがとうございます。お茶もとってもおいしいです」
「いいえ、今日は頑張ったね」
それからわたくしは先生が作ったケーキをいただきました。わたくしの買ってきたもう一つの果物はさくらんぼのような形をしていましたが、食べてみるとイチゴのような味がして、脳が混乱するお味をしていました。
ケーキはとっても美味しかったのですが、今回のお使いでわたくしがいかに世間知らずか、ものを知らないかが浮き彫りになってしまいました。
お、お恥ずかしい!
家庭教師が教えてくれる勉強以外にも、世の中の世間一般についても勉強しなくては、と深く思った一日だったのでした。
「あ、そういえば先生。先生くらいの美貌の方だと、煩わしいこともあると思うのですが、先生も外に出るときは姿を変えたりしているのですか?」
以前初めて先生にお会いした時に、ミームの人たちの人目はあったのに、周りの人が先生に見向きもしていなかったのをなんだか不思議に思っていたのです。
「ん? ミーム全体に僕の姿の認識を歪める陣を張ってるよ?」
「……ではミームの住人は一様に先生の術にかかっているってことですか」
「うん。例外もあるけどね」
さも当然、と言う雰囲気で言い放たれた言葉に、くらりと眩暈がしてしまいました。
どうやら民衆を自分の思うがままに操ってしまうことは先生にとっては、特にそれほど躊躇することではない様です。
きっとお父様はこう言うところを恐れているんだな、と妙に納得してしまいました。
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