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第一章 大領地の守り子
25オリジナルブランドを立ち上げます
しおりを挟む後日、オルブライト家にリベランから料理人がやってきました。なんとその調理人は女性だったのです。
女性は名をタセと名乗りました。
濃いオレンジの髪を邪魔にならないようにお団子にしている髪型が特徴的な、赤い目をしている綺麗な女性でした。赤い目の方にはあったことはなかったので、わたくしは心の中で赤目の仲間が増えそうなことに喜びを噛み締めています。
話を聞くと、その料理人は実質リベランのスーシェフとして、メニューの開発などを行う立場でだったそうですが、女性ということだけで差別を受け、リベランではその功績に見合う地位を与えられていなかったそうです。
そればかりか、自分の作った料理のレシピを奪われて、他の人間に奪われてしまうことも日常茶飯事だったようで、リベランという組織自体に嫌気がさしていた、とのことでした。
そんな時現れたわたくしがあまりにも美味しそうに自分の考えた料理を口にしているのを目にして、衝撃を受けた、とタセは言いました。
「私は貴女様の食べっぷりに、見惚れてしまったのです。一口、口に入れるたびに頬を染め嬉しそうな表情を見せてくださる貴女様に!
ぜひオルブライト家で働かせてください!」
そんな顔をしていたでしょうか。ちょっと恥ずかしくなってしまいますが……。
どうせ料理を作るのであれば、喜んでくれる人間に直接評価されたい、との思いからタセはわたくしがお店を出た後、すぐに手持ちにあった自分の財産であるお手紙の魔法陣を使ってまでコンタクトをとってくださったそうです。
わたくしはおいしいものを作っていただければ、もちろん性別なんて問いません。
タセの瞳にもやる気が満ち溢れています。
「これからわたくし、自分のブランドのハーブティーを作ろうとも思っているのです。それについても協力してくださいますか?」
「ぜひ! お力になれることでしたらなんでもさせていただきます! リジェット様は私の女神です!」
そう目をキラキラと輝かせているタセが信教者っぽくなってきたのがいささか不安ですが、これからの頼れる助っ人になりそうなのは間違いありません。
意外に早く料理人が見つかってしまったので、お父様に何も相談していません。
事後報告だと怒られてしまうかしら、心配ながらお父様にご相談の面会を急遽取り付けると、意外なことにお父様は怒ってはいませんでした。
「別にいいぞ。ヘデリーにも専属の料理人がいたからな」
「え! そうだったんですか?」
二番目のお兄様であるヘデリーお兄様に専属の料理人がいたことは知りませんでした。
「ああ、あいつは偏食が酷くてな。栄養バランスよく飯を食べさせるのになかなか苦労したんだ。
……あいつは騎士学校に入る際に王都にも連れて行ったぞ?」
「え? そんなこと可能なんですか?」
「ああ。騎士学校に通う場合、貴族は一人だけ家のものを連れて行くことができるからな。普通は側仕えとして従者を連れて行くんだが、あいつは料理人を連れて行ったんだ」
そうだっだのですね。騎士学校の側仕えですか……。もう一年を切っているのにその辺りのことをわたくしは何も考えていませんでした。学校に通っている間も、自領での商品開発は進めていかなければならないので、タセはこちらに残って頂かねばいけませんよね。
わたくしは連れて行くとしたら一番信用がおけるラマについてきてもらいたいですが、ラマはわたくしについてきてくれるかしら……。
「料理人の雇用くらいでお前が大人しくしてくれるのなら安いものだ」
あ、わたくしが自分でタセの分の賃金を負担しようと思っていたのですが、そうするとなぜわたくしにそれだけの資金があるのか、ということを問い詰められそうで怖いですね。
あと、タセの雇用はこれから大暴れするための布石なので、全く大人しくなどなりませんが、勘違いしていてもらった方が美味しいかもしれませんね。
「あ、あともしよろしければ別邸の使用許可などもいただけると嬉しいのですが……」
「別邸? なぜそんなところを……」
「わたくし、おばあさまをお慕いしておりましたのです……。
賢く、聡明で自領を繁栄へと導いたおばあさまのあり方は学ぶところが多い理想の女性です。しかし、わたくしはおばあさまとお話できる機会も少なかったですから、おばあさまの知識の欠片をあの別邸で探したいのです。
それにあそこには使用人用の部屋もあるでしょう? わたくしの専属料理人にはそちらに住んでいただこうと思って」
要は人目につかない場所とおばあさまの贔屓の工房との繋がりが欲しいだけなんですけどね。全てをオブラートに包んでうまく言えた気がします。
「……まあ、よかろう。あの屋敷も人が入らないと痛むからな。だが一人で入るのは許すことはできない。お前は屋敷の中で誘拐されかけたからな。きちんとラマを連れて行くように」
お父様が許可をくださる前から別邸にこっそり忍び込んでは資料を漁っていたことは、秘密にしておいた方が良さそうです。
「はい! ありがとうございます!」
わたくしは含みを感じさせぬ様、ぺかーっと輝く笑顔を顔に貼り付けて返事をしました。
「よく学ぶように……。別邸にはお前しか読めない資料もあるだろう」
え? わたくしにしか読めない資料? 魔法陣でもあるのでしょうか……。毒性植物の資料とはまた別のものかしら? 資料は一式漁ったつもりだったのですがどうやら取り残しがあった様です。お母様に引き続きお祖母様も魔法陣を使うことができた……ということでしょうか?
謎は深まるばかりですが、今度別邸を探索する必要がありそうですね。
「とりあえずお前は大人しく暮らしていってくれたらそれでいい」
「はい! かしこまりました! わたくし、大人しく令嬢らしく暮らしますわ!」
「大人しく……、という言葉が全く大人しく聞こえないのは何故だろうな」
お父様に半ば呆れられてしまいましたが、お許しはでたので、わたくしはこれからも好きにやらせていただきますよ!
わたくしの呼び出しに応じたタセは後日、自分の暮らしに必要な荷物を持ってオルブライトの別邸に参りました。
「まさか住むところまで用意してくださるとは思っていませんでした。ありがとうございます」
「わたくしの事業で働いていただくのですから、このくらいのことは当然です!」
わたくしについてきたラマに手伝ってもらいながら荷ほどきを手伝ってもらい、大体の片付けが済んだところで、これからのことをタセと相談していきます。
「これから起こす事業のお話もしたいのですが、わたくしだけだと、話があらぬ方向にいってしまう可能性があるので、先生の同席が必要なんですよね……。これからこちらにいらっしゃるのでもう少しお待ちくださいね」
リベランを訪れた帰りに誰にも相談せずにリベランから料理人を引き抜こうとした件について先生にしこたま怒られたのですよね。それで、今度から事業関係で何か始める際には先生を同席させると約束させられてしまったので、破るわけにはいきません。
「あの……。先生というのは?」
不思議そうな顔をしたタセが手を小さくあげながらわたくしに問いかけます。
「ああ、すみません。わたくしの魔術の先生で、オルブライト家の専属の魔術師なんです。
……最近わたくしが何かやろうとすると、勝手にやるなって怒るんですよ。お母さんみたいですよね」
「リジェット様は利発でいらっしゃいますが、まだお若いですからね、その方も心配なのでしょう」
タセは先生の苦労を理解した様な表情をしていました。そんなにわたくしって無謀なことをやりそうに見えてしまうのかしら。
十分ほど待つと、玄関のノッカーがコンコン、と音を立てました。玄関に向かうと入り口から先生が見えました。
「先生、ようこそいらっしゃいました」
「へえ、別邸ってこんな作りになってるんだね……。コンパクトにまとまっていいね」
わたくしと先生が話していると、後ろでひえっ! という悲鳴が上がりました。振り向くとタセが口元を押さえて、ブルブルと震えていました。
「タセ、どうしたのかしら? 大丈夫?」
様子のおかしいタセに声をかけると、下を向いてブルブルと震えています。気合を入れ直したかの様な仕草をして先生の方を向くと、吐き出す様に声を張り上げます。
「すっごい、美形ですね!」
あ、なんだ。それですか、と気が抜けてしまいます。
さっきまで深刻な顔をしていたタセは先生の方を見てなんだか楽しげにきゃあきゃあ言っています。
「先生、中へどうぞ」
盛り上がるタセを置いて、わたくしは先生を屋敷の中へ招き入れます。
別邸の中はノアが出ていく時に綺麗に片付けて行ってくれたので、少し中の様子が変わっていました。おばあさまが寝ていらっしゃった一番大きな部屋はベッドが取り払われ、ローテーブルとソファに囲まれた談話室に今はなっています。
わたくしと先生はその席の一つに腰掛けます。すぐにラマが、ティーセットを用意してくださいます。
「リジェット様はハーブティーの販売をしたいとお考えなんですね?」
「はいそうです。こちらが今、考えている範囲をまとめた資料なのですが……」
「わあ、すごいですね。ここまで詰められているのですか?」
わたくしは今の段階で決められていることが書かれた資料をタセに手渡します。
そこにはシェカの家で作られた小物箪笥を茶箪笥として引き取ること、お母様の管理しているカフェで販売ができること、シュナイザー商会に商品を下ろすことなどが書かれています。
「すごい……。リジェット様の行動力は、大人顔負けですね」
感心した表情をするタセに、そうでしょう、そうでしょう、というふうに誇らしげな表情を見せていると、横から先生の横槍が入ります。
「え? そうかな。リジェットはまだまだ子供だよ? ここだけの話、リジェットは砂糖がどうやってできているのか知らなかったんだから」
「せ、先生⁉︎ どうしてそんなことこの場で言うのですか! 恥ずかしいじゃないですか!」
常識を知らない子供であることを突如バラされていまいました。これ以上余計なことを言われたくないのでポカポカと先生の上半身を叩きます。
「あはは、リジェット様は可愛らしい方なのですね。武の領地、オルブライトの姫様ですから、てっきりもっと怖い方なのかと思いました」
「いや、その認識はある意味間違ってないよ? 姫君の権力を使って、僕を使役してるくらいだし」
「わあ! そうだったのですか!」
「先生! 言い方になんだかトゲがありますよ! タセが誤解するでしょう⁉︎」
「ん? あとでこんな人だと思ってなかった! と言われるよりはいいでしょう? ただでさえ君は見た目と中身が釣り合っていないんだから」
わたくしと先生の言い合いを聞いてタセはニコニコと笑顔を浮かべていました。
「お二人は仲がよろしいんですね。それにしても、このお茶風味が変わっていて面白いですね……。今までに飲んだことがないです」
タセは以前、王都で修行をしていたことがある、と聞いていたので、新しいものにはわたくしよりも敏感です。そんなタセが知らないとなるとわたくしの作っていたハーブティーは全く新しいものなのかも知れません。
「タセにとっても目新しい味でしたか?」
「はい。オルブライト領はやはり海と面しているだけあって砂糖が豊富なので、甘みを際立たせた料理が多いです。それに比べて砂漠の国シハンクージャに近い領地だと、香辛料を多く用いた料理が人気なのです。もしかしたらこのお茶はそちらよりの風味を感じるものに分類されるかもしれません」
「なるほど。シハンクージャよりの領地はあまり訪れたことがないので、知らないことも多いのですが……。そちらでもこう言ったお茶は出回っていないのかしら?」
聞き返すとタセはうーん、と少し考え込む様に上を向きます。
「そうですね……。わたくしの知る限りではない……と思うのですが……。少なくともわたくしが王都にいた頃まではなかったでしょう。だた、近いものはありました。スパイスを紅茶に入れる、と言うのが一時流行しましたね」
「ああ、それなら僕も飲んだことがあるよ。……ただ、僕はあまり好きではなかったかな。変わっていて面白かったけど常飲したいと思えるほどのものじゃなかったな。どちらかと言うとあのスパイスはお酒に入れた方が美味しかったかな」
「ああ、ランフェ酒に入れるレシピですね。あれはわたくしも好きでした。
ただ、酒を飲むのは祝い事に限られるご家庭が多いので、なかなかそちらは流行りませんでしたよね。
この国の人々が常飲し、利益を多く見込みたいのであれば、お茶というより身近なものを販売した方がいいと思いますよ。
それに……。このお茶、普通のお茶と違ってなんだかほっとする気がします」
「あ! このハーブティーには心を落ち着かせる効果があるのですよ」
「ええ! そんな薬効が⁉︎」
「リジェット、それは本当かい?」
「え……。そうですけど……」
種類ごとに分けて配合を変えていたのですが、味によって気分が変わるな、とは以前から思っていたのです。
「そ、それは大変です! ただのお茶ということでなく、そんな素敵な効果まであるとは! これは……、やりようによっちゃあとんでもなく売れますよ‼︎」
ただのハーブティーだったはずのものは、なんだかとんでもないものだったようです。
このビジネスチャンス、逃さないわけにはいきません。
「ねえ、君は何をそんなに生き急いでいるの?」
タセとラマがお茶のカップを洗うために席を立って、談話室に二人きりになると、先生はわたくしに尋ねる様に聞いてきました。
「生き急いでいる様に見えます?」
「僕はさあ。最初ヨーナスに君を紹介された時は天真爛漫で世間知らずの汚れを知らないお嬢様だな、と思っていたんだけど……」
「今はそうじゃないとでも?」
「ん……。なんて言うか君って、明るく振る舞っているのにふと黙った時にそこ知れぬ暗さを感じることがあるんだよね……。ねえ、なんで?」
先生は楽しげに笑いました。その表情には探るような視線が含まれていています。何かを掴まれたような感覚が視線に含まれていて、居心地の悪さについ視線をそらしてしまいます。
「後悔を知っているからですかね」
わたくしは追及から逃れるために曖昧な表情を作り、先生に向けました。
「今、これをやっておけばよかった。あの時ああすればよかった。そう思いたくないから、今できることを命を削ってでもやりたいんですよ」
「長生きしなそうな生き方だねえ」
「ええ。長生きなんて必要ありません」
忍の記憶では忍はあの世界の人間にしてみれば、長生きをしていました。けれど、その人生の中には空白が多くて、充実と言う言葉とはかけ離れていました。
「今、わたくしができることは事業の立ち上げ、剣の鍛錬、勉強……たくさんありますから、一分一秒だって無駄にできません」
「ふうん、そうなんだ」
「なんでそんなこと聞くんですか?」
先生は何か言いたげに緑色の瞳でわたくしを射抜く様な視線を向けます。
「ん? 眩しいなあと思って」
「眩しい、ですか?」
自分に向けられた形容詞の意味が理解できなくて、即座に聞き返しました。
「うん、どんな状況に行ったって、諦めないで自分の道を切り開こうとする君は眩しいよ、僕とは違う」
「先生はどう違ったのですか?」
そう問いかけると、一瞬音が消えた様な静寂か広がりました。あ、地雷踏んだ……、と思ったわたくしの顔はきっと青白かったでしょう。
「僕は逃げたんだ。自分の役目とか、責任とか人に押し付けられるものが嫌で、自分のペースでのんびり暮らせる自由な暮らしを得たくていろんなものを放棄したんだ」
先生は目線を下げて、申し訳なさそうな雰囲気を出しながら呟きます。
「あら? それの何がいけないんですか?」
その一言を聞いた先生は、え? と不思議そうな顔をしました。
「逃げだって、一つの選択肢ですよ。それに先生はきちんと自分の幸せを見極めて行動しているじゃないですか。たまたまわたくしの欲望の方向性が、皆様のためになるものだっただけで、もしわたくしの欲望がずっと家にこもっていたいとかだったら、わたくし自分の持てる全てを使って家に引きこもると思いますよ?」
「や、やりそう……」
先生はそれをリアルに想像してしまったのが、引きつった表情を見せました。
「先生は傍若無人の様に見えて、人からどう思われているかを気にしたり、自分というものがどうあるべきか、考えていますよね……。人より能力がありますから」
先生はわたくしの言葉に驚いた様で目を見開いています。そんな先生をもうひと押し勇気づける様に言葉を続けました。
「だからこそ、先生は自分のやりたいことを自分で選んで、いいんです。
無理を言ってくる王族を滅ぼしたっていいし、才能を生かすことなくミームでのんびり暮らしたっていい。
それは先生の持っている権利ですもの」
「王族を滅ぼしかけたのを肯定されたのは初めてだなあ……」
「だって先生、優しいから相当なことをやらないと報復しないじゃないですか。手を下されたってことは相応のことをしたんでしょう?」
先生は以前、王族に魔法陣を取られたから、王族は好かない、と言っていましたが、先生と過ごしているうちにそのくらいでは怒らない人だという確信を持ってしまいました。それ以上に何かとんでもないことを王族は先生に求めたのでしょう。
そうかもね、と小さく呟いた先生の言葉を追求する様なことをわたくしはしませんでした。
「先生の今の一番のやりたいことはなんですか?」
そう問いかけると、先生は少し考える様な仕草をして、答えを導き出しました。
「僕のやりたいこと……。リジェットのゆく先を見守りたいかな」
思っても見なかった答えにちょっと驚いてしまいます。てっきりいつか王族を完全に滅ぼす、とかいう物騒な方向だと思っていました。
「え? そんなことでいいんですか?」
「うん、だって君は僕の一番お気に入りだもの。壊れるまで遊びたいよね」
その美貌が滲んだ美しい微笑みが、邪悪なものに見えてしまうのはなぜでしょう。と言うかわたくしのことよく跳ねるおもちゃか何かだと思っていません?
わたくしは、ヒクッと喉を鳴らしました。
「じゃあ精々、序盤で壊れない様に頑張ります」
「うん、出来る限り長く楽しませてね」
この日わたくしの人生のタスクには夢を叶える以外に先生を楽しませる、が追加されたのです。
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