白兎令嬢の取捨選択

菜っぱ

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第一章 大領地の守り子

37今度は先生の家に侵入者です

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「御呼びでないものが入り込んだようだね」

 毎週水の日に行われる魔法陣教室の日、先生はポツリと呟きました。

 わたくしたちは、いつも通り前半の授業を終え、お茶飲みながら休憩していたのですが、何か空気が動いたようなおかしな違和感をわたくしも感じていました。
 まるで、この空間を作る魔法陣が誰かに描き変えられたような不自然さがあたり一面に薄めたように広がっているのです。

「この屋敷の魔法陣内に何ものかが入り込んだということですか?」

 先生が居住地にしているこの屋敷は、巨大で緻密な、魔法陣の集合体で構成されています。

 その屋敷に入り込むとなると、魔法陣の一部を自分の魔力でのっとる必要があるので、入り込んできた人間は相当な魔力の持ち主でしょう。

「先生……。大丈夫でしょうか……」

 心配になり、剣のネックレスを触りながら、先生の顔を覗き込むと、先生は至っていつも通りの微笑んだ顔は崩していません。

「大丈夫だよ、この魔術の書き換え方は僕の知っている人物だ。彼はいけ好かない人間だけど僕が魔法陣で抑え込める相手だから、問題ない」
「何かあったら、わたくしが先生のことを守りますからね」

 わたくしの声かけに先生は優しく微笑みます。

「ありがとう、ただ彼は危害は加えないんじゃないかな。そんなに心配はしてないんだ。
 ただ、僕の居住空間に無断で進入されるのは嫌かな。
 部屋の情報を書き換えよう」

 先生は部屋の構造を記す魔法陣を装束のポケットから取り出すと、それに書き込みを加えました。

 すると、視界がぐにゃりと歪み、部屋は姿形を変え、シンプルな応接間のような一室が現れました。
 窓の無い無機質な様子の部屋には揃いの黒い革でできたソファと机だけが置かれています。

 部屋の家具にこだわりを持ち、一つ一つにこだわる先生が作りだす部屋にしては、あまりにも殺風景すぎます。
 まるで、自分の趣向を悟られたく無いような……そんな気さえしてしまう部屋です。

「君は隠れていた方がいいね。リジェット、今扉を作るから、そこから別室にいきなさい」
「あの……先生。動きたいのは山々なんですが、足に変なものが巻きついて動けないんです……」

 先生は視線をわたくしの足元に向けると、眉間に一瞬、皺を寄せます。

「繋縛の魔法陣……。厄介なものを使われたね。
どうやらお客様は君にも用があるみたいだ」

 __わたくしに?
 一体なんのために?

「その魔法陣は特に命には関わらないから大丈夫だよ。……おや、話しているうちにお客様がきたようだ」

 そう先生が言ったところで、部屋の空間の一部がグニャリと歪みました。先生が言うお客様が、空間を歪ませ、転移してきたのでしょう。できるだけ武装しようとネックレスに手を触れ、構えると、目の前に一人の少年が現れました。

 どんな大男が来るかと身構えていたわたくしはそのお客様を見て拍子抜けしてしまいました。現れた少年にはまだ幼さが残っていたからです。見た感じ年齢はわたくしと同じか少し年上なくらいでしょう。もしかしたらヨーナスお兄様くらいの年齢かもしれません。

 ただその少年の髪色を見てわたくしは息をするのを忘れてしまいました。

 その少年の髪は、あまりにも黒かったのです。

 オルブライト家の人間が宿す、艶がかった黒とはまた違う、異質の黒。

 光をまるで通さない、マットな質感はまるで全てを焼き尽くしてそこに残った炭を思い浮かべてしまうような黒です。

 きっと、少年はとんでも無い量の魔力を持っているに違いありません。攻撃を仕掛けられたら反撃できるように準備をしなければ……。

 わたくしは少年の目を強く見据えました。

「クゥール、久しいな。そちらの白纏は初めて見た顔だな、紹介しなさい」

 少年はまだ高さが僅かに残る声で先生に言いつけるように言います。お父様でも様をつけて呼ぶ先生を呼び捨てで呼ぶなんて……。この少年は身分が高いのかもしれません。

「この子は君に合わせたくなかったな。自室に逃しておこうと思ったのに……。それにこの子をこの場に縛り付けるなんて野蛮なことを。早く解いてあげななさい。
 それにしても君は入室の魔法陣の他に繋縛の魔法陣なんて持っていたんだね」

 わたくしの足に巻きつけられていたものは姿を消しました。

 ほっと一安心しますが、なんだかお二人の空気感は不穏なままです。

 先生の微笑みはだんだんと深くなっていきます。笑っているはずなのに、何故か圧力を感じてとても恐ろしいです。
 ああ先生は怒ると笑顔に深みが増すタイプの方なのですね……。

「ああ。私とてお前以外の人間から魔法陣を得るルートを持っているからな。
 いつまでも自分だけが重宝されるなんて、甘い考えを持っているのでは無いか?」
「君は目上の人間への口の聞き方が相変わらずなってないね。
 愚か者の君のことだから、指導してくださる人間は排除してしまったのかな?」

 先生が……、あの温厚な先生が人に向かって毒を吐いています! これはまさしく異常事態です!
 
 わたくしは少年の方をチラリと確認します。
 先ほどは髪の色に目を奪われてしまい、それ以外が見えていなかったのですが、よく見るとずいぶん高貴な服装をされている気がするのです。

 少年が着ている紺色のコートにはこれでもかと言うくらいに敷き詰められた花と羽のような繊細な刺繍が施されています。
 あのレベルの刺繍を施そうと思えばどれだけお金があっても足りない気がします。

 コートの下に着ているウエストコートも同じ刺繍で統一されていて、なおかつ包みボタンには一つずつに宝石が縫い込まれています。
 手には銀色のこれまた高そうなステッキを携えていますが、よく見ると、あれは隠し刀の様な細工がある様です。いつ斬りかかられてもおかしくありませんね……。

 少年は先生を睨みつけ、言葉を続けます。

「まあこんなところに私は長くいたくない。さっさと連絡を済ませよう、クゥール」
「勝手に入ってきたのはあなたの方ですよ、アルフレッド」

 先生は悪い子供を諭すように言う。
 どうやらこの少年はアルフレッドさん、と言う名前らしいのですが。
 あれ? わたくし、その名前になんだか聞き覚えがあるのです。




 わたくしの気のせいでなければ、この国の第二王子の名前だった気がするのですが……。



 少年は機嫌悪そうに眉間にシワを寄せます。

「敬称をつけろ」
「家に勝手に入ってくる不審者につける敬称ってなんだろうな……。
 容疑者とかかな?
 僕には分かりかねますね」

 あの……。せ、先生?
 もし仮にこの方が第二王子の場合、不敬罪になりますよね……。あ、でも王族を滅ぼしかけた先生にとって王子は特に敬う対象ではないのでしょうか。

 わたくしの不安をよそに二人は話し合いを続けています。

「お前の魔法陣の一つが破られた」

 その一言に先生が顔色を変えます。

「そうですか……。ついに破る人物が出ましたか」

 先生はちょっとめんどくさそうな、表情は見せていますがさほど驚いてはいないようです。

「今日はその報告にきただけだからな」

 話を聞くと、この国の王族が住む王城には、先生の防衛魔法陣が敷かれているらしいのです。
 今回はそれが、壊れましたよ、と言うご報告にきてくださったのらしいのですが……。

 それにしてもこの方、先生のこと嫌いすぎてませんか?

 わざわざ先生の家に侵入しなくともいいのに……。もっと穏便にことを運ぶ方法なんていくらでもありそうですが……と心の中で思いましたが、意見はできません。
 こんなところで、高貴な方の反感は買いたくありませんから。

「お前の魔法陣が完全に城から排除される日も近いな」

 少年は余程先生のことが嫌いなのか、笑いながら言い放ちます。

「いや、奪ったのはあなたたちだけどね」

 そういえば、先生前にそんな話をしていた気がします。
 先生は被害者だって言ってましたけど。
 
 王族の方の見方はまた違うのかもしれません。

 



 これで話は終わりかな、と思われたとき、少年は妙な動きをします。ビュンと空気が動くような気配がして、身を固くします。
 少年が投げたのは細い針のような武器でした。

「なんてものをっ!」

 わたくしは剣の頭身を伸ばし、針を弾き飛ばすと、その流れを利用して、少年の首元を狙い剣を突き立てます。しかしその攻撃は少年のステッキ型の剣に受け流され、弾かれてしまいます。

「っ‼︎」

 わたくしは首に剣を突き立てるまで、瞬きをする間も与えなかったつもりだったのに、それを一瞬で受け流すなんて……。それにこの少年はいつ鞘から剣を抜いたのでしょう……。見えなかった、わたくしにはそれが見えなかったのです。そのくらい早く対処をされてしまうなんて……。この方お強いです。

 次の攻撃を受けないように間合いをとり、少年を睨みつけると、少年は真新しい玩具を見つけたような顔でわたくしの方を見ていました。

「ほお。いい魔剣を持っているな。大きさを変える魔法陣も仕込んでいるとは……。魔法陣もこいつ仕込みってわけか。それにしても、クゥールを師とするなんて趣味が悪い女だな」
「何も攻撃してこない人間に対して針を投げるような人に何言われたって響きませんよ?」
「……私が何者か検討がついてるくせに、口の聞き方を改めないなんて怖いもの知らずの女だ。
 だが……。悪くないな。
 城にもう一人くらい、白纏が欲しいと思っていたんだ。
 __そこのお前、城に来なさい」

 いきなり話を振られて、目を瞬かせることしかできません。
 なぜ、わたくし? 白纏の子に需要が果たしてあるのでしょうか。

 もしかして王子(仮)は変わった髪色の人間を集める趣味があるのでしょうか⁉︎ マニアックな趣味ですね!
 なんにせよ、捕まるとロクな目に合わなそうです!

「勝手に連れて行くのは駄目に決まっているだろう、彼女は私の大切な弟子だ。
 焦らなくても、彼女は王家の剣を目指している。君を守る立場にすぐなる。それまで待ちなさい」

 先生! わたくしのこと弟子だと思っていてくれていたんですね! その言葉に感動し、目をキラキラと輝かせ有頂天になったわたくしでしたが次の王子(仮)の一言で打ち消されてしまいました。

「はあ?この女が王家の剣?
 なんの冗談だ? こんなひょろっとしたやつに守られたくなんかないね。女が王家の剣に入ってもどうせ役になんかたちやしない」

 地雷。
 この方はわたくしの地雷を踏み込みました。

 でも、わたくしは怒ったり致しません。
 わたくしの尊敬する先生はクゥール様です。

 先生は怒ったとき笑顔を深めるのです。


 ……心の底から笑いましょう。

「あなたさまを守れるその日を楽しみにしておりますわ!」

 少年が黙りました。聞いたようです。
 ……ん? なんだか顔が赤くなっているのは気のせいでしょうか。怒ってしまったのですかね。

「なんだか……。めんどくさいことになった気がする……」

 先生が呟いた一言が静かな部屋の中に嫌に響きました。





 しばらくして、少年はまた魔法陣を起動して帰宅しました。

 なんだかよくわからない方でした。

「あの方……もしかして王族の方でしょうか……」
「君は知らない方がいい気がするけど……。まあ来年騎士学校に行ったら会うだろうしね。
 彼は君の想像通り第二王子だよ。
 私自身はあまり面識がないと思っていたんだけど、王族関連で私に手紙では伝えられない情報を伝える場合は彼が来ることが多いね。何故だろう」

 先生は嫌そうな顔をして首を傾げています。

「懐かれているのでは?」
「嫌な懐き方だね」

 その意見には強く同意できます。
 もし懐いているとしたら、あまりにも性格をこじらせているのではないでしょうか。

「先生があの方に強い口調で話しているのが新鮮でした」
「一応、城を嫌々ながらも守ってあげてる私に対して、あまりにも不敬だろう?
 教育の甘さが垣間見えるところが嫌なんだよね」

 う、うーん。先生はあの方が本当にお嫌いなのですね。

「それに……。リジェットは僕の玩具だろう? 横取りは許さないよ」
「わあ……。ついにわたくしのことを玩具だと明確に言い放ちましたね……」
「おもちゃじゃなかったの?」
「いや……。弟子でもおもちゃでもなんでもいいですけど……」

 優しい様で、享楽的で、狂気的。先生はいろんな一面がある方ですね。

「なんだか王子と話していると、先生も年相応に見えますね。子供の喧嘩みたいでしたよ?」
「子供の喧嘩ね……。確かにあの彼は子供だけど、僕は子供じゃないよ?」
「でも先生だって、ご年配の方から見れば子供と言っても差し支えないようなお年なのですから……」

 シュナイザー商会のクリストフには青二才扱いされていましたし……。信じられないですけど、先生まだティーンなのですよね。老成した部分があるのでもっと年上に見えますけど。

「まあ、君は騎士学校に入ったらあの子供の後輩になるわけだから、大変だね」
「もしかして、あの方も騎士学校に通っているのですか?」
「当たり。リジェットは絡まれること、間違いなしだね! 来年は頑張ってね!」

 確か第二王子はわたくしより一年学年が上だったはずです。騎士学校は二年生なので一年は在学期間が被ってしまうのですね。
 あんな方と同じ学校で過ごさなければならないなんて……。

 わたくしの騎士人生はどう転んでも前途多難なようです。

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