44 / 57
第一章 大領地の守り子
43王都に潜入します
しおりを挟む屋敷の外ではしとしとと、雨が降り続いています。
まるでわたくしの心の中を表したかのような天気です。
騎士学校入学試験の当日、わたくしは自室に一人、軟禁されていました。部屋の扉の前には見張りの使用人がつけられていました。しかもお父様付きの使用人で、わたくしの命は絶対に聞いてはくれない、立場の使用人でした。最近屋敷の使用人はわたくしに好意的な方が多いですから、なんとか説得して、外に出してもらおうかと企んでいましたが、それもできそうにありません。
窓から飛び降りようかとも思いましたが、窓の外にもご親切に見張りがついています。
部屋の中にはラマもいて飛びたす隙もありません。
どうしてわたくしは、試験すら受けにいけないの?
布団を頭まですっぽりかぶり、枕に顔を押し付けて泣きました。
悲壮感に心が潰れそうになります。
視界の先で布団の中が小さく光ったのです。
わたくしはぎょっとしてそちらを見ると、紙の蝶が腕にとまっているではありませんか。
この蝶は先生の手紙の魔法陣です。
布団の隙間から外をチラリと見ましたが、ラマに変わった様子はないのでこのお手紙はわたくし以外には気づかれていないようです。手紙ごと転移陣でわたくしの腕に転移させたのでしょうか?
わたくしは急いで開こうとしますが、赤く目立つ文字が外側に書いてあるのが目につきました。
”開くと同時に身代わりの魔法陣を起動させるように!”
危ない! ただ開いてはいけなかったのですね! でも身代わりの魔法陣? ここで出しても転移ができなければ意味がないと思うのですが……。それにいつもは内側にしか言葉を書き込まないのになぜ外側に?と思いながらとりあえず書かれた通りに身代わり人形の魔法陣を書き込みます。
ネックレスの中に筆記用具を仕込んであったのはやっぱり正解でしたね。
わたくしは身代わりの魔法陣を作動させました。
それと同時に、手紙を開きます。音が出ないように静かにそれを開くと体がシュンと吸い込まれるように蝶の中に引き込まれました。
「⁉︎」
あまりの早さの出来事に声も出ません。
どうやら、手紙の中に転移の魔法陣が組み込まれていたようです。
転移した先は、先生の住居でした。
「大丈夫かい?」
「先生……! もうお体の調子はよろしいのですか?」
「あれから何日経ったと思っているの? もう全快したよ。……心配かけたね」
先生の顔色はおっしゃる通り、以前あったよりも赤みがありますから、本当に体調はよろしいのでしょう。
それにしても、なぜ先生がわたくしをこちらに引き込むことができたのでしょう。わたくしは魔力量が少なすぎて他人の魔法陣を使用することができないはずです。
「どうやってわたくしをこちらに引き込んだのですか?」
「以前髪の色を変える魔法陣を作っただろう? その研究の延長で、誰かに何かをさせる魔法陣の研究を続けていたんだ。
今回は相手の意思は関係なく、使用者の求めるポイントに相手を飛ばしてしまう転移陣を作ったってわけ」
簡単そうに言い放ちましたが、どうやって要素の組込みを行ったのでしょう!? 見当もつかないことをさらっとやられてしまいました。というか、今回の実証実験は行ったのでしょうか?
まさか……。わたくしが実験台だったのでしょうか……。どちらにせよ答えは知らない方が平和かもしれません。助けていただいたことは事実ですし。
「と、とんでもないものを!」
「でも、便利だったでしょう? 今回はヨーナスから連絡をもらってね。急ぎだったから」
先生は以前、ヨーナスお兄様に連絡手段を渡していたそうです。でも、騎士学校は基本的に連絡を取ることは禁止されているはずですが、どうやって連絡を取ったのでしょう。
そういえば、勝手に出てきてしまいましたが、家の方で騒ぎは起こっていないでしょうか?
「でも家には……」
「そっちには身代わり人形があるはずでしょう。
きっと君のベッドの中には君にそっくりな女の子がいるはずだよ。あれはきちんと瞬きをするし大丈夫でしょう」
そうでした! いきなり吸い込まれたので、混乱していました! わたくしは今、騎士学校の試験を受けさせてもらえず、ショックを受けている状態にあるわけですし、食べ物を食べなくても、返事をしなくても、きっと落ち込んでいると解釈してもらえるでしょう。
見た目はいつものわたくしよりなんだかお嬢様っぽく見えますし、ここに来るまでワンワン泣いてましたから、疲れて大人しくなってしまったと思われるくらいですかね。
「ヨーナスが言ってたよ。君が嫌なことがあると布団をかぶってワンワン泣く癖があるって。それを知らなければこうやってこっちに引っ張り込めなかった」
「え? でもタイミングとかどうやってはかったんでしょうか……。あ、もしかして先生わたくしに盗聴の魔法陣仕掛けてます?」
先生は目を逸らしました。
……やっぱり。じゃあ、あんなことも、こんなことも、先生に聞かれていたのでしょうか。
「一体どこに仕掛けてあったのですか?」
「君の剣の中。小さくする魔法陣をかけた時に一緒に貼っといたんだよ。
何かあったときじゃないと使わないようにしているから、プライバシーは守られてるよ!」
あのときか……。と半ば呆れながらもこうして家を抜け出すことができているのですから、怒るにも怒れません。
素直に感謝もできませんが……。
先生はそんなわたくしの様子を見て、話を変えました。
「ヨーナスはやっぱりマメな性格をしてるよね。こういうことがあるといけないからって、ほら、これを置いてったんだ」
そこには試験に必要な筆記用具や鎧、魔法陣用の用紙など、一揃い用意がされていました。
「ヨーナスお兄様が……」
試験に足りないものは一つもなくきちんと揃えられた道具や服がヨーナスお兄様の細やかさを物語っています。そんな兄を持ったことがどれだけ幸運なことか……。わたくしは心の底から感謝しました。
「私も君のためにこれを作ったよ」
先生はチェック柄の布に包まれたランチボックスと水筒を手渡してくれました。
「お弁当!」
「美味しいものがあれば頑張れそうでしょ?」
ここに来るまでは綱渡りな計画で、慌ただしく動いていましたので、落ち着いてはいられませんでしたが先生が作るおいしいものを食べれば、少しは調子を取り戻せそうです。
「はいっ! ありがとうございます!」
大きな声でお礼を言うと、先生は少しほっとした様な表情を見せました。
「これから王都への転移陣をかいた方がいいのでしょうか? わたくし王都の地理にあまり詳しくないのでどこに着地点をおけばいいのか不安なのですが……」
これ以上先生に迷惑はかけられないので、自分で魔法陣を描こうと先生に提案すると、先生からは思わぬ回答が返ってきます。
「転移陣を描く必要はないよ。この家を出たらもう王都だから」
「え?」
言ってることの意味がわからず混乱しますが、先生は背中を押して急かしてきます。
「さあとりあえず早く会場に行こうね。時間がないから」
そう言われ、先生の家を出ます。いつもの様に黒い空間が広がり、そこから続く扉をギイと開けると、そこには見たことのない場所が広がっていました。
そこは賑やかな街でした。わたくしの目には色鮮やかな洋服に身を包む人や、かけていく大きな馬車が飛び込んできます。
ここはどこ……? ミームではありません。
ミームよりも騒がしく忙しい雰囲気を肌で感じ、辺りを見回します。馴染みのない空気感を感じたわたくしは、答えを求めて先生の方に視線を向けます。
微笑んだ先生は無言で、街の奥に見える何かを指を差しました。
刺された方向に視線を向けると遠くの方に見たことのある建物が見えた気がして、慌てて目を細めます。見覚えがある白いお城……。あれは見間違えでなかったら王城ではないでしょうか。
「え? わたくしたちはもう王都にいるってことですか!? 先生は王都にも家があるんですね?」
「いや、そうではないよ。元々僕の家自体が空間のあわいの中に建てられていて、この国のどこにも存在しないことになってるからね」
空間のあわい…‥。かつてヨーナスお兄様に初めて魔法陣に乗せてもらった時に、手を話したら落ちて戻れなくなると言われたところです。
そんな怖い空間を利用して、誰が居住地にしようなんて考えるでしょうか。
わたくしはやっぱり先生は天才で変人だ……と言う認識を強め、先生の顔を凝視しました。綺麗な顔をしてとんでもないことを考えているようですね。
先生の淡々とした説明は続きます。
「あの家はミームだったり、王都にあるのは玄関のような役割をする空間だからね。それがあればあの家はどこにでも存在させることができる」
「え! じゃあ今ここに出したいって思えばいつでも出せるんですか?」
「入口の魔法陣さえ設置できればね」
わあ……、異次元……。先生凄すぎます。家そのものを動かしたり、家の扉を他の場所につなげる魔法陣を作るのは大変な労力がかかります。魔力使用量も、ものすごく多くて非効率です。
ただその家がこの時空に存在していなければ? 先生はそう考え、あわいに家を作ったそうです。やっぱり天才の考えていることはわたくしにはちっともわかりません。
たどり着いたここは王都に設置してあった入口の魔法陣の設置場所だったようです。
「え、待ってください。そもそもあわいに家ってどうやって建てるんですか?」
「え? シュッてやってバッてやるんだよ?」
「感覚的すぎて、全く伝わってこないんですけど!」
これだから天才は! もう!
わたくしはわからないものを理解するのを早々に諦めました。
「そんなことより会場は向こうのはずだよ。時間がない。急ごう」
時刻を確認すると、もうあと一回鐘がなると試験が始まってしまう時刻でした。
わたくしは急いで試験会場に向かって、受付を終えなければなりません。ここから試験会場はそれほど遠くないそうなので、このまま歩いて会場に向かいます。
「先生はこれからどうするんですか?」
「君を一人で戻すのは無理だからこっちで時間を潰すよ」
「えっ! 待たせてしまうのはあまりにも申し訳ないのですが……」
ただでさえ、ここに来るまでに迷惑をかけっぱなしなので、申し訳なさがインフレを起こしてしまいます。
「買い出しだとか、会っておきたい人だとかはいるからこっちのことは何も心配しなくていい」
「でも……」
「こっちのことは心配しなないで! 君は目の前の試験のことだけを考えていなさい」
先生を置いて行かない程度の早歩きで歩いていくと、会場となる騎士団の本拠地が見えてきました。
「君はこの国を守る騎士になりたいんだろう? 頑張れリジェット!」
先生の応援を背にわたくしは会場の騎士団の敷地に足を踏み入れました。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
公爵家の秘密の愛娘
ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝グラント公爵家は王家に仕える名門の家柄。
過去の事情により、今だに独身の当主ダリウス。国王から懇願され、ようやく伯爵未亡人との婚姻を決める。
そんな時、グラント公爵ダリウスの元へと現れたのは1人の少女アンジェラ。
「パパ……私はあなたの娘です」
名乗り出るアンジェラ。
◇
アンジェラが現れたことにより、グラント公爵家は一変。伯爵未亡人との再婚もあやふや。しかも、アンジェラが道中に出逢った人物はまさかの王族。
この時からアンジェラの世界も一変。華やかに色付き出す。
初めはよそよそしいグラント公爵ダリウス(パパ)だが、次第に娘アンジェラを気に掛けるように……。
母娘2代のハッピーライフ&淑女達と貴公子達の恋模様💞
🔶設定などは独自の世界観でご都合主義となります。ハピエン💞
🔶稚拙ながらもHOTランキング(最高20位)に入れて頂き(2025.5.9)、ありがとうございます🙇♀️
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません
きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」
「正直なところ、不安を感じている」
久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー
激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。
アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。
第2幕、連載開始しました!
お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。
以下、1章のあらすじです。
アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。
表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。
常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。
それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。
サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。
しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。
盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。
アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?
【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる