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第一章 大領地の守り子
45実技はちょっと無茶しました
しおりを挟む実技の会場にわたくしが現れると、ざわりと周囲が揺らめきました。
きっとわたくしの髪の色と性別が原因でしょう。魔力がほぼないに等しい、白纏の女が現れたことにどよめいているようです。
騎士学校の筆記試験に関しては自分の学力を測るために、騎士になるつもりがなくても受けさせるご家庭もあるそうです。
そう言う方々はもう帰っている筈ですから、ここに残っているのは本当に騎士になりたいものばかりです。
そんな中にわたくしのような髪の白い女が現れたら、さぞご不満でしょう。でも、わたくしは実技試験を受けずに帰る気なんてありませんから。
堂々とまっすぐ前を見て入学希望者の列に並びます。あ、前の方に先ほど見た二人組の女の子が見えました。どうやらあの二人も学力を確認しにきたわけではなく入学希望者のようです。
全員受かることができたらお友達になれるでしょうか?
心の中で二人とも合格しますように、と女神に願いを捧げました。
「君、ここは騎士学校の入学試験の実技会場だよ。迷ってしまったのかい?」
試験官らしい、軍服姿の屈強な男が話しかけてきます。
「いいえ、間違えてはおりませんよ。わたくし、入学試験を受けにきましたから」
わたくしはいつもどおりの微笑みを男に返します。我ながら淑女らしい百点満点の微笑みを返せたと思います。
そんなわたくしをみて、試験官らしい男は訳がわからないとでも言いたげに眉を潜めています。
「これからの試験は実技だから実際に刃を振るい戦うのだぞ?」
「大丈夫です。わかっています。筆記も先ほど受けましたので、実技も同じように受けさせてください」
まだ試験官らしい男は首を傾げていましたが、何度も大丈夫と繰り返し言うわたくしに納得してくださったのか、最後は何も言わずに離れてくださいました。
……よかったです。見た目だけで判断されて試験を受けられなかったら話になりませんもの。
ふう、と安堵のため息をついたところで、別の責任者らしい試験官が試験内容を説明し始めました。
「入学希望者諸君、これから試験を開始する!」
君たちには魔獣と実際に戦ってもらう。魔獣が動かないところまで抑え込めれば、実技は合格だ」
……魔獣ですか。
農村で戦っていたようなジビリアンやサーチェスのようなものと戦うのでしょうか?
まだ全貌はわかりませんが、幸いにもわたくしの受験番号は全受験者の中で最後のようです。
このまま後ろで、どういう流れなのか確認しましょう。
会場にいる全員がホールの端に移動すると最初の入学希望者の男の子が真ん中の広い場所に出てきました。痩せ型でひょろっとした男の子なので、仮にヒョロくんとしましょう。ヒョロくんはこれから何が怒るのかと緊張した面持ちで当たりを見回しています。
受験番号が最初ってなかなか不利ですものね…‥。頑張れヒョロくん!
ヒョロくんの様子を見守っていると空中から魔獣の入った檻が魔法陣でパッと現れ、ズドンと大きな音を立てて入学希望者の前に置かれます。
なるほど、あの檻の中の魔獣と戦うのですね。
中に入っている魔獣は農場の奥の森でみたことがある種類でした。確か、デイターヌでしたっけ。毛に覆われた虎柄の魔獣で形はカバに似ています。大きいけれど、そこまで強くはありませんので、倒すのにそこまでは苦労しないでしょう。
ヒョロくんは、その魔獣をみて一瞬息を呑みましたが、覚悟を決めたように剣を抜き「やああ‼︎」と飛びかかりました。
剣筋にはまだ甘さがありますが思ったよりも振り方に速さがあるので、上手く魔獣の体力を削れているように見えます。
魔獣がくたりと動かなくなったところで、試験官が手を上げて合図をし、ヒョロくんの試験は終わりました。
やったあ! ヒョロくんは受かったみたいですね!
同じ受験生としてドキドキしながら他の受験生の様子を見ていると、何やら悪意のある鋭い視線を底かから感じます。
なんでしょう? そう思い辺りを見渡すと、おじいちゃんとおじさんの間くらいの年代の男と目が合いました。
騎士団の制服である軍服に紋章が多く付いているので、試験官の責任者かもしれません。
いよいよ全ての受験生の試験が終わり、残すところは最後のわたくし一人だけになります。すると老獪なおじいちゃん試験官がわたくしに突っかかってきます。
「お前はまだ会場に残っていたのか。もう見物は済んだだろう。さっさと出なさい」
「まあ、いやですわ! わたくし試験を受けにきたのですから!」
このやり取り何回目でしょう。さすがのわたくしも飽きてきてしまいました。早く試験を受けさせてください。
「ふんっ! 生意気な」
おじいちゃん試験官は顔を赤くして怒っています。あんまり怒ると、血圧が上がって体に悪いですよ?
「いいだろう、お望みどおり試験を受けさせてやる。おいっ! お前たち、三番倉庫にあるあれを持ってこい! 昨日捕獲した、あれだ!」
指示された他の試験官は一瞬驚いたように目を瞬かせましたが、おじいちゃんが急かすので、急いで走り出し、檻を倉庫から持ってきました。
目の前に用意された檻には黒く、鉄のような硬質な甲羅に胴体部を包まれた、亀と狼の間のような魔獣が入っています。
なんだか、獣感が強くてあまりかわいくありません。
……どうやらこれがわたくしの試験の魔獣のようですね。
「なっ! サドラフォンだと!?」
あら! サドラフォンですって! あの魔獣、資料室の図鑑に載っていました! 本物を見るのは初めてですが大きいですね! 未知の魔獣に胸のときめきが止まらず、つい興奮してしまいます。
図鑑には出現回数が少なく、まだ未知数な魔獣と描いてありましたが、中央では飼育されているのでしょうか?
「昨日、騎士が捕縛して運動をさせたいところだったんだ、この小娘の試験に使ってもいいだろう、結果はどうせ同じだ!」
「だとしても! 試験会場に持ってくるのはいかがなものでしょう!?」
目の前では農村で見た魔獣よりも一回りほど大きい魔獣が「フガアアァ!!」と地響きがする荒々しい声をあげています。
合格するにはこの魔獣を倒さなければいけないということですね。
「無能な人間を養育するほど、騎士団に人員の余裕はないからな」
なるほど、賢明な判断です。
「学部長! それは一受験者には厳しすぎるのではないでしょうか!?」
「いや、かまわん。こんなみるからに弱そうな女を受験させようなんて。
王国が誇る騎士学校も舐められてしまったようだ!
こういうことをすると、どうなるのか。知らしめてやらねばならん!」
おじいちゃん学部長だったのですね。学部長はわたくしを睨みつけています。
あら。どうやらわたくし目の仇にされてしまったようですね。
困りましたわ。穏やかに合格だけいただきたいのに、うまくいきませんね……。
でも見た目だけで弱そうだ、と言われるのはなんだか癪ですわ。
わたくしは学部長の顔を見上げて、にっこり笑います。
これはわたくしが先生から学びとった、一番とっておきの威圧方法でしょう。
とっておきの酷薄な、背筋がゾッとするような笑みをむけてやります。
「ふふふ。素敵な魔獣を試験相手にしてくださってありがとうございます。
でも、運動だけで収まればいいのですが……。
殺してしまったら申し訳ありません。
楽しませていただきますわ」
学部長と試験官はわたくしの顔をみてピタっと動きを止めました。
わたくしは魔獣に向かって歩き始めます。
「さあて。どうやって倒しますかね。とりあえず一回叩いて様子をみましょうか」
魔獣を観察していると、慌てた様子の試験官が走ってきます。
「君、武器はどうした!? まさか忘れてしまったのか?」
「いいえ、ございますわ。こちらに」
わたくしは胸元からネックレスを取り出し、ギュッと強く握って魔剣を発動させます。
すると観客からおおお! という大きな歓声が響きます。
「あれは魔剣!? しかも大きさを変えるだと!?」
もしかして武器をそのまま持ち歩かず、ネックレスに仕立てるのも、騎士としてはイレギュラーなのでしょうか?
持つのに重いと体力を余分に使ってしまいますし、小さくした方がいいと思うのですが。
外野を無視して、魔法陣を発動させて、剣をいつもの大きさに戻します。
「な、なんだあ!? あの大きさは! 少女が持つ魔剣ではないだろう!」
オーディエンスが大きな歓声を上げています。いちいち、びっくりしすぎではないでしょうか?
もう一回くらいびっくりさせましょうか。わたくしは剣を振り上げて、魔獣に叩きつけます。
「ふんっ!」
カンッ!と音を立てて剣はサドラフォンの甲羅部分に当たります。
「グギャアアア!」
衝撃を受けた魔獣は吠えますが、倒れる気配はありません。少し傷は付きましたが、思ったよりも硬いですね……。もしかしたらただの打撃では倒れにくい魔獣なのかもしれません。
何が弱点なのか分かりませんから、片っ端から試していきましょう。
対魔獣となると……スタンダードなのは聖の魔法陣ですかね。
悪しきものの浄化を促す魔法陣をポケットから取り出し、剣に素早く付随させます。
そのままサドラフォンに斬りかかりますが、あまり効果が出ている感じはありません。
聖の要素が効かないとなると……。水? でも甲羅がありますから水はなんだか弾きそうですよね。
あ、亀って寒さに弱かった気がします。一回冷やしてみましょうか。
手持ちの魔法陣に物質を冷やせるものがなかったので、仕方なくポケットから紙を出します。
ええい! 即興で描いてしまえ!
冷やす魔法陣は屋敷で飲み物を冷やすのに一度描いたことがあるので、それを思い出すだけで大丈夫ですね。
紙に描いている途中でサドラフォンが攻撃を仕掛けてきますが、身を翻して躱します。身のこなしも練習しておいて正解でした。
魔法陣を描き切ったところで剣に貼り付け発動させます。これで刃の部分が凍るほど冷たくなる筈です。
「えいっ!」
「ガアアアアアアアア‼︎」
凍った刃でサドラフォンを攻撃するとズガン! と鈍い音がしました。どうやら甲羅部分が割れたようです。
「なるほど! 冷やすと動くが鈍くなるのですね!
ではこれでいかがでしょうか!」
効果が倍になる魔法陣を上に貼り付け、二倍の冷たさで、サドラフォンに斬りかかります。
「ね、熱の属性の魔法陣!? どうしてそんなものを持っているんだ!?」
「持ってなんかいませんよ。今描いたんです」
「は? 何を!?」
試験官は意味がわからないという表情でこちらをみています。どうやら入学希望者に魔法陣が描ける人間がいるとは思っていなかったようですね。
わたくしもいつものガラスペンでは戦闘中に魔法陣を描くことなんてできません。
でもわたくしには秘策がありますから。
わたくしの手元には文明の利器、ボールペンがきらりと光っています。
「それはなんだ!? 何かの武器か?」
「ある意味武器かもしれませんね」
先生からいただいた、あのボールペン。一応持ってきてよかったです。
「ふふふ! わたくし、とっても楽しいです!」
ふふふ……! 楽しい! どこまで楽しく戦っても怒られないなんて、なんて最高なんでしょう!
嬉しくて、嬉しくて、つい多めに剣を奮ってしまいます。
多めに打撃を与えてしまったようで、すぐにサドラフォンは瀕死の状態になってしまいました。
殺しちゃうと、不味いんでしたっけ?
ここまでは順調でした。
サドラフォンは絶体絶命のピンチを感じたのが、赤黒い色に変化し震え始めました。
「まずい! おい、白纏! 試験はいいから退避しなさい!」
「敵から逃げ出すなんて、騎士として失格ではないでしょうか?」
「そんなのいい! サドラフォンは死にかけるとっ!」
……試験官がそういったところまでは声が聞こえました。
ドオオオオオオォォォンン‼︎
「きゃああ‼︎」
ホールがガラガラと鈍い音を立てて、揺れています。
何事かと思うと、瓦礫がわたくしの方に勢いよく飛んできます。
「魔獣は血に飢えているようですね。少しくらい与えて差し上げましょうか?」
「な、何をやっているんだ‼︎」
試験官は慌てて止めにかかります。
「とどめです」
「あら、のびちゃいましたね。でも死んでませんからまあ、妥協点ですかね」
そう言った瞬間、魔獣はくたりと力をなくし、さらさらと砂のように体が消えていってしまいます。あ、死んじゃいました。うっかり仕留めてしまったようです。
「貴重なサドラフォンの生体が!」
試験官の焦りは虚しく、魔鉱へと変化してしまいました。
残った魔鉱は黄金色に輝いていて、今までにみた中で一番大きいです。あれがあれば、素敵な小刀くらい作れるのではないでしょうか。ウキウキが止まりません!
仕留めた魔獣に満足したわたくしはにっこりと笑いながら試験官の方を見ました。
「あちらの魔鉱、参加賞としてお持ち帰りする事はできますか?」
「駄目に決まっているだろう‼︎」
「あらあ。そうですか。残念です」
あの魔鉱、今日連れてきてくれた先生のお土産にしたいなあと思っていたのですが……。
というか、サドラフォンが暴れたせいで、会場のホールの床がズタボロですね。天井には穴が空いていますし、柱も一本折れてしまって大惨事です。うーん、これは大変です。
「あの……。会場直していった方がいいですか?」
「は?」
ちょっとした好意のつもりだったのです。
しかし試験官たちはアングリと口を開けています。
「わたくし今日ちょうど再構築の魔法陣持っているのでご要望があれば直せますが」
「さ、再構築だと!? あれはとんでも無く高価な代物ではないか!」
そんなにびっくりするものなんですね……これ。じっと魔法陣を見つめます。
大丈夫、わたくしが描いたものなのでタダですから! 先生! そんな高いもの教えてくださってありがとうございます! 先生はなんでも教えてくださいますからこういう有事のときとっても助かってしまうのですよね。ありがたや、ありがたや。
やっぱり先生のためにあの魔鉱、持ち帰りたいです……。
でもどうせなら吹っかけてみますか。
「再構築の魔法陣、お譲りしますのでその魔鉱、お譲りいただけないでしょうか?」
「~~っ! 譲るから、再構築の魔法陣をよこせっ!」
「かしこまりました!」
やれやれ。備えあれば憂いなしですね。
わたくしは落ちていた大きな魔鉱を広い、鞄に入れます。収納の魔法陣付きの鞄で来て正解でした。
「早速使わせてもらうよ」
試験官はこちらに魔法陣を渡すように促します。
「え? わたくしが作動させますよ!? この魔法陣、対価で大量の魔力が必要ですから!」
その言葉が気に触ったのか、学部長が怒りながらわたくしから魔法陣を奪い取ります。
「貴様はここまでやって、まだ私達を馬鹿にするのか! 対価の魔力くらい自分で払えるわっ!」
え! 待ってください! わたくしこの魔法陣を製作者以外が使ったところを見たことがないのです。
「ちょっとお待ちをっ! あっ!」
わたくしの静止は虚しく、学部長は魔法陣を発動させてしまいました。
そのまま魔法陣は学部長の魔力をドンドン吸い込むように奪い取っていきます。
魔法陣はピカッと大きな白い光を放ち、光はホールを包み込むように広がっていきます。
辺り一帯は大きな光で見えなくなりましたがガラガラガラと建物を直す音は聞こえてきたので、魔法陣は正常に作動したようです。
やがて、白い光は鎮まり、完全に直ったホールが現れました。
あれ? なんでしょう……。学部長印象が随分変わって……。なんだか光を帯びていらっしゃる……。
端的にいうと学部長はすべての髪の毛を失っていました。
つるり、とハゲ上がった頭は神々しくライトに照らされています。
「……」
誰も何も言えず、しばらく黙り込んでいました。
チラリと試験官たちの顔を見ます。気の毒ですがとんでもないギャグのように思えて笑ってしまいそうでした。頑張ってこらえて、一応表情には申し訳なさを滲ませておきました。
「あ、ああ…‥。いろいろ言って悪かったな。もう帰っていいぞ」
なんだか青ざめた表情を試験官たちはしています。最初に文句をいってきた学部長に至っては口元をぶくぶくさせて泡を拭いているように見えます。そんなにショッキングでしたでしょうか?
まあ、そのうち生えてきますって!
でも……。この場に長く居たらいけない気がします。
「では! わたくし、お先に失礼いたします」
わたくしは渾身の作り笑顔でその場を去りました。パタンと会場の扉が閉まった後、吹き出すように笑ってしまったのはいうまでもありません。
ちなみに、学部長は魔力を前借りした分もあったようなので、しばらく髪の毛が生えてこなかったそうです……。お、おいたわしいような自業自得のような……。
こうしてわたくしの騎士学校の入学試験は終わりを迎えたのです。
実技試験が最後だったおかげで、予定時間よりも長く試験会場に滞在してしまったようです。会場を出るともう日が落ちて、空は赤から紫のグラデーションに色を変え始めていました。
「これ以上遅くなったら大変だわ! 急いで先生と合流しなければ……」
早足で門へ向かおうとすると、ふと見に鋭い視線を感じたような気概足ました。
なんでしょう、と思って当たりをぐるりと見渡しますが、そこには誰もいません。
__きっとわたくし、疲れているんだわ。気のせいみたい。
そう気を取り戻してわたくしは歩みを進めます。
「へえ、白纏い。いいなあ。コレクションに加えたいけど、先に教会に取れれちゃうかな?」
不穏でねっとりとした質の女とも、男とも取れないよな中性的な声質の呟きが耳に飛び込んできました。
しかし、バッと後ろを振り向くとやはり誰もいません。確かにその呟きは聞こえたはずなのに
。お、おばけとかじゃないですよね……。不意な心霊現象は本当にびっくりするからやめていただきたい! ほんと嫌です! ぞわああああああっとして背筋に埋めたい汗が流れます。、早く先生と合流しなければ! わたくしは早足で騎士団の敷地を後にしました。
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