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転生

財布の中身、全部消えました。

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「.........っしゃああああああ!!!!!確定演出!!!!!!SSR来た~!!!!!!」

──この世には、運でしか手に入れられない物がある。

『お招きいただきありがとうございます。このミハイル、貴方を死ぬまで守り通します』

「ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙」

そう、SSRだ。

「はぁ...SSRミハイル皇太子、マジで顔が良い...Rですら顔がいいのにSSRなんて直視できるわけないやん...神々しい...イケボすぎてタップが止まらん...」

画面上で同じ台詞を永遠に話し続けるミハイル。
サファイアブルーの髪に蜂蜜色の瞳。『イケメン王子とラブロマンス』の看板キャラクターである彼は、私──狭山 唯(さやま ゆい)の最推しであ
る。

「あ゛~...ミハイル様しか勝たん...でもさ、君来るの遅すぎるよ...」

机の上に乱雑に置かれた財布には、もう一銭も残っていない。しかもこの女、財布の中身だけでなく長年貯金してきたお年玉までもを枯らしている。
一体何枚の諭吉が旅立っていったのか...
──このゲームのシステム上、ガチャでランダムにキャラクターの好感度が上がり、最高レベルになった時にのみカードとして入手出来る為、キャラクター一体入手するのにも大変な額がかかる。それに加えて、彼女の狙い目はSSRの看板キャラクター、ミハイル皇太子。他の人と比べればまだマシな方なのかもしれないが...彼女のこれからを思うと、口に出すことすらはばかられる程の額が消えたのは間違いないだろう。

「あ~あ、これからどうしよ...ミハイル様~、こんなに貢いだんだから私のこと養ってよ...いや、養ってるのはどっちかって言うと私か...はは──マジでこんなに引いたのに1枚しか出ないとか渋すぎ...うわ、SRこんな溜まってんじゃん」

カード一覧を眺めていると、一際目立つエフェクトのSSRの隣の列には同じ顔のキャラクターがいくつも並んでいる。

「うわ、今回のピックアップはダイヤ公爵だったのか...」

目に付いたのは、銀の髪にエメラルドグリーンの瞳のダイヤモンド公爵。

──私はこのキャラクターが苦手だ。
元々このゲームにはライバルキャラの悪役令嬢が存在するのだが、彼はその令嬢の婚約者。しかし親に無理矢理決められた婚約の為、彼は令嬢の事をよく思っていない。女キャラとの接点が殆どない他のキャラクターに比べてそもそもの設定が異質なこのキャラクターだが、この男、とにかくしつこいのだ。
悪役令嬢から離れようとするあまり主人公に無理矢理擦り寄ってくる面倒なキャラクターで、自分の顔の良さと財力が自慢。隙あらばアピールの嵐。勝手に上がっていく好感度ゲージのせいで他のキャラクターとの恋愛イベントを邪魔することから、ファンの間で『おじゃま虫』というあだ名が着く程だ。

そんな訳で私はこのキャラが生理的に受け付けない。全部ミハイル様のレベルアップに使っちゃお!

『Lv.UP!』という音と共にミハイルに吸収されていくダイヤ公爵。

「へへっ、最早あんたに酷い扱いされる悪役令嬢が可哀想ね...なんでこんなのに執着してるんだか」

作中における悪役令嬢は、ダイヤに執着するあまり、捨てられた後はダイヤが気にかけている(擦り寄っている)主人公へと敵意を向ける。主人公の邪魔をする為に1番好感度の高いキャラクターを奪おうとするので面倒ではあるのだが、彼女の妨害を避けきりハッピーエンドを迎えた先では、彼女はダイヤにも捨てられ、どのキャラクターからも見放されて悔し涙を流しながら去っていくのだ。それがこちらとしてはなんとも言い難い気持ちになるというか。ダイヤ嫌いとしてはどのキャラクターとのエンドでもダイヤが笑い悪役令嬢が泣くという展開なのが気に食わない。ダイヤの方が不快な存在なのだ。

「あ~もう、ミハイル様とのストーリーが読みたいのにあんたのせいで気分下がっちゃったじゃん。....お腹すいたし先にご飯...ってお金ないんだった~」

空になった財布を眺める。当然どんなに目を凝らしたところで小銭1枚すらない。

「仕方ない、実家帰ってご飯だけ恵んでもらおう」

こういう時だけ、実家が近くて良かったなと思う。徒歩約10分。本当はもっとこう、上京!帰省!みたいな距離が良かったんだけど...大学との距離的に実家暮らしでもいいレベルで、一人暮らしをしたくなったのも1人で趣味に没頭したかっただけなので結局この距離に収まった。

「あ~もしもし?お母さん?今からご飯食べに行ってもいい?──ち、違うって!たまにはお母さんの手料理食べたくて...もう、だからそうじゃなくて~...あ、もう家出るからとりあえず切るよ」

母親に全て見透かされていることにヒヤヒヤしながらも、携帯だけ握って家を出る。

「暑...っ、走っていこ」
空調の効いた室内とは打って変わって、茹だるような夏の暑さが身を焦がす。もう日も落ちて来てるのに...
万年美術部ヲタクなので運動神経はないけれど、とりあえず走って行くことにする。早く涼しい場所へ...!そして勢いよく踏み出した1歩は──

「──?!っがっ、........いったぁ.....」

極々小さな小石にぶつかり、身体ごと勢いよく地面にダイブした。

バキッ

「え、嘘でしょ....」

前方から嫌な音がした。
最後にこの音を聞いたのはいつだったか...確か5年前。買いたてのスマホをコンクリートにぶつけて割った時....

「やめてやめてやめてどうか割れないでお願いお願いお願いお願い...!」

痛む体に鞭打ち背面を上に向けて落ちているスマートフォンを拾い上げる。
多分、ガチャを引く時より強く願ったと思う。割れるな、と。
──しかし、彼女の運は既に枯れていた。SSRミハイルに全てを吸収されていた。

「嘘......終わった......」

まるでハンマーで叩き割ったかのように徹底的に割れた液晶画面。真っ暗な画面に映る自分の顔が情けなかった。

「え、まって、なんで真っ黒?!」

何度ボタンを押しても光らない液晶。嘘、嘘...?!わけもわからず必死で長押しし続ける。

「っは、光った....!」

何十秒長押ししたか分からないが、辛うじて電源が入る。何故デフォルトの壁紙なのか、何故アプリが全て消えているのかも理解できなかったが、彼女にはそんなことより大事なことがある。

吸い寄せられるように何故か1つだけ残ったままの青髪のイケメンが映ったアイコンをタップすると、見覚えのあるBGMが聞こえてきて──


「──え?」

何かがおかしい。脳がだんだんと拒否していた思考を受け入れてしまう。

『初めまして、お嬢様。お名前を伺っても?』

バキバキの液晶画面に映る見覚えのある執事のキャラクター。

『名前を入力してください』

無情にも、その画面は彼女が名前を入力するまで消えてはくれない。

「お、おわった.....」

絶望し、へたりこむ。
あれだけ注ぎ込んだお金が、折角手に入れたミハイル様が、消えた。
恐らくスマホ自体が初期化されているので移行用のIDも消えている。
終わった。

点滅を繰り返すカーソルを暫く眺めた後、諦めたように名前を入力する。

「はは、地獄かよ...」

目を閉じると、走馬灯のように今までの思い出が蘇る。ミハイル様との出会い(カード入手)、ミハイル様との会話(パーソナルストーリー)、ミハイル様、ミハイル様....

『ちょっと!貴方いつまで寝ているつもりです!』

その声は、確かダイヤ...こんな時まで思い出の邪魔しないでよ。

『貴方だけですよ!こんなに寝こけているのは...』

もう、思考に入り込んでくるな!
──ん、待てよ?そもそもなんで他のアプリはなかったのに、このゲームだけ...

『聞いているんですか?!』

「うるさいな!!!!!今大事なこと考えてんだよ!!!!!おじゃま虫はどっか行ってて!!!!!────





って、あれ?ここどこ?」


「おじゃま虫...?貴方私に向かって何様のつもりですか?!私にとっては貴方が邪魔です!ああもう、こんな婚約さっさと破棄にしなければ...」

目を開くと、そこには見慣れた銀髪にエメラルドの瞳。あれ、走馬灯ガチ過ぎない???

「はぁ...貴方のような低俗な人間といると僕の名に傷が付きます。とにかく、さっさとその鳥頭を何とかして頂けますか?」

「え......──は?」

目の前の男性──ダイヤモンド公爵が差し出した鏡に映っていたのは、

彼の婚約相手、マドレーヌ公爵令嬢だった。
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