目覚めたくなかった

矢車まろう

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目覚めたくなかった

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 女が白い空間に立っていると、ひと昔前のポップスの鼻歌が聞こえた。それはどこからともなく流れて、ふっと消える。
「……?」
 女はしばらく言葉を発さず、じっとそこに立っていた。時折片足ずつ足首を振りながら、曖昧な響きの鼻歌に耳を傾ける。

 やがて鼻歌は、少しずつ小さくなっていく。
 白い空間は朧げな鼻歌と共に揺れ、色鮮やかな緑と青に変化し始めた。
「待って!」
 彼女は崩壊間近の白い空間を抜け出して、形の曖昧な公園へ、足早に駆け出していった。



「どこから出てるの?」
 女は時折立ち止まりながら、街路樹の中を進む。
「……あ、あれ……」
 数年前に消えたはずの遊具の脇で人影のようなものが見えた。しかし、近づいて聴こえるのは子供の笑い声ばかりで、声の主はそこにいなさそうだった。女は小さく肩を落とし、来た道を引き返した。

 街路樹の下。小さな歩幅で歩く彼女の耳に、ふと、ぼやけてはいるものの先程と同じ鼻歌が再び聴こえ始める。
 遊歩道の花畑の脇を抜けて、女はよくよく見知った広場の真ん中に辿り着いた。鼻歌の響きは風に乗りどんどん強くなり、声音も鮮明になってくる。
「……こっちから聴こえる」
 音の方向へ歩いていくと一人の少年が芝生のベンチに座っているのが見えた。その瞬間、彼女は強く拳を握った。青空を見上げる少年に、女は声をかけようと後ろから慎重に近づく。
 ベンチの後ろまでやってきた彼女は、指輪のついた手で少年の肩を叩いた。
「あ、あの……」
「――、ん? はい」
 少年が鼻歌をやめる。そして彼女に対して振り向いた。その顔は――。






 振り向いた少年の顔を最後に、ベッドの上で女は目覚めた。ベッドサイドには夢の公園で撮影された男女の写真と、傷つき小さな凹みのあるシルバーリングが一つ。
 久しぶりに夢に見た愛しい人の姿に、彼女は涙を抑えられなかった。
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