約束の虹は8色に輝いて

鐘雪花(かねゆきはな)

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第5章 勇気

第14話 心動かす言葉

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◆◇◆◇◆ ◆◇


 クレソンは、カップを音を立てずにソーサーに戻すと、ノウェムをじっと見つめた。

「あなたは、マスカーチ公国の豪商ピケノ=オエスシィ家の方だそうですね」
「え、なんで知って……」
「あなたを城下町まで移動させた後、少し調べさせてもらいました」
「……」

 ノウェムは紅茶ごと唾を飲み込んだ。
 調べたってことは、もうオレが希望の剣に選ばれし者だってことも知ってるってことか……?
 でも、だとしたらどうして、こんなところに連れてきたんだ??
 ……わかんねぇ。
 オレ、知らなかったよ。
 わからないってことは、とんでもなく怖いことなんだな……!
 ノウェムが必死に鳥肌が立つのを堪えていると、クレソンは静かに「あなたに質問があります」と切り出した。
 な、なんだ……?
 ノウェムは身構えた。
 しかし。

「なぜこんなところにいらっしゃるのですか?」
「…………そ」

 そりゃあ、あんたに連れてこられたからだよ。
 と、答えそうになって、ノウェムは慌てて口をつぐんだ。
 あぶねー、そんなクランみたいな答え方して、何したいんだよオレ。
 こいつが聞いてんのは、もちろんそういうことじゃない。
 わかってる、わかってる。
 ノウェムは大きく深呼吸した後、一言ずつ選ぶようにして口を開いた。

「オレだって、ターメリックたちの仲間だからな。ひとり残されたオレが、みんなを助ける……めちゃくちゃカッコイイと思ってさ」

 ……オレのこと、伝説の剣に選ばれし者だって気づいてんのかな。
 少し調べたって言ってたから、もう知ってるのかもしれないけど、そうじゃない可能性だって捨てきれない。
 だからオレは、口を滑らせないように気をつけねぇと!
 ここにいる理由を、なんとなくぼかしながら答えたノウェムは、得意気に笑ってみせた。
 しかし、クレソンはノウェムの答えを聞いても得意気な顔を見ても、何の反応も示さなかった。
 ただポツリと、

「仲間……伝説の剣を持たないあなたが、伝説の剣に選ばれし者たちの仲間、ですか。申し訳ないですが、にわかには信じがたいですね」

 と、呟いただけだった。
 そんなクレソンに、ノウェムは「いやいやいや、信じるも信じないもないんだって」と声をかけそうになって、慌てて口をつぐんだ。
 ……やっぱり、知らないんだな。
 オレが伝説の剣の一振り、希望の剣に選ばれし者だってこと……
 ノウェムは安心したものの、心のどこかで寂しいと感じている自分もいた。
 そのせいだろうか、

「伝説の剣を持ってない奴が、選ばれし者の仲間になっちゃ悪いのかよ」

 そんな言葉が口をついて出た。
 こいつは「剣に選ばれし者は必ず伝説の剣を持っている」と思ってる。
 人間は思い込んじまったら、なかなかその想像を超えることはできない。
 この世のすべてが自分の都合のいいように動いているって考えから抜けられないんだな。
 ノウェムは、勢いよく紅茶を飲み干した。
 うーん、クランの淹れた紅茶のほうが、断然美味いな。
 そう思いながら、いちばん言いたかったことを口にした。

「伝説の剣は、ただ持ち主を決めるだけだ。だれとだれが仲間か決めるのは剣じゃなくて、オレ自身だ。オレにとって、ターメリックたちは今まで一緒に旅をしてきた、オレの仲間だ!」

 ……まあ、本当はオレもターメリックたちと同じ、伝説の剣に選ばれし者なんだけどな。
 だから、結局は伝説の剣に導かれて仲間になったわけだけど……
 ま、細かいことは気にしないぞ。
 これは、オレの気持ちの問題だからな!
 ノウェムが心の中で補足説明をしている間、クレソンは、

「……」

 何も言わずにノウェムを見つめていた。
 しかし、その表情はいつもの何を考えているかわからないものではなかった。
 ほんの少しだけ、目を見開いている。
 目の前の人物から想定外の言葉が飛び出し、動揺しているらしい。
 ……そんなに?
 オレ、そんなに変なこと言ったか??

「……」

 しばらくの間、沈黙が続いた。
 クレソンの表情は、先ほどのものと違うものになっていた。
 なんと、ノウェムに穏やかな視線を向けているのである。
 自分にとっての眩しいものを見るような、羨ましくてたまらないような、何か大事なことに気づいたような、そんな表情だった。
 なんだよ、お前……
 そんな顔もできるのかよ。
 ノウェムは、初めてクレソンのことを血の通った人間だと思った。

 もしかして……
 こいつ、上司か何かの指示に従って動いてるだけで、こいつ自身はそんなに悪い奴じゃないんじゃないのか……?
 ノウェムは一瞬そんなことを思ったが、すぐにその考えを打ち消した。
 いやいや、そんなわけねぇ。
 こいつは悪い奴だ。
 現にターメリックたちを捕まえて地下牢に閉じ込めてるのだって、こいつじゃねぇか。
 騙されない……
 オレは、騙されないぞ!

 ノウェムが決意も新たにクレソンを睨みつけていると……
 休憩所の外、城内の廊下がザワザワと騒がしくなってきた。
 大声での会話、廊下を駆け抜けていく足音……
 ふと見てみれば、休憩所の外は右往左往するリーヴル城の兵士たちでいっぱいだった。
 な、なんだ……?
 ノウェムは兵士たちの会話に耳を傾けてみたが、大きな声が廊下で反響して、内容が思うように聞き取れなかった。
 しかし、クレソンはこの騒動に心当たりがあるようで、

「やれやれ……これから、忙しくなりそうですね」

 そう呟いて億劫そうに立ち上がると、ぽかんとしたままのノウェムの前に何か差し出した。
 ん? なんだ??
 ノウェムが目を凝らした先で、その何かがキラリと輝いた。
 ……鍵である。

「あなたの仲間がいる、地下牢の鍵です。どうぞ使ってください」
「……えっ」

 なんで、どうして……
 そう思う間もなかった。
 気づけばノウェムは鍵を握らされていた。
 顔を上げた先で、クレソンがこちらを見ている。
 残念ながら、いつもの無表情な顔に戻ってしまっていた。
 クレソンは、言葉の出ないノウェムに淡々と告げた。

「これから、この国は戦場となります。あなた方も巻き込まれるかもしれないので、早く逃げてください。伝説の剣が選んだ方々に死なれては、こちらとしてもいろいろと厄介ですので」
「……助けてくれる、のか?」

 ノウェムの絞り出すような質問に、クレソンは「助ける?」と眉間にシワを寄せた。

「馬鹿なことを言わないでください。ここにいては助からない可能性がありますから、ひとまず逃げてもらうだけです。せいぜい死なないように頑張って生き残ってください……私が必ず捕らえますから」

 そんな言葉を言い残して、クレソンは休憩所を出ていった。

「……」

 ノウェムは、ただ黙ったまま、その寂しげな背中を見送った。
 ……顔を見なくてもわかる。
 あいつ、さっきと同じ顔してるんだ。
 もう、騙されない。
 あいつは……
 クレソンは、本当は良い奴なんだ。

「……」

 いつの間にか、休憩所の付近は水を打ったように静まり返っていた。
 もうクレソンの靴音も聞こえない。
 ノウェムの手の中で、1本の鍵がキラリと瞬いた。

『あなたの仲間がいる、地下牢の鍵です』

 クレソンの言葉を思い出し、ノウェムは「ああ」と嘆息した。
 あいつ、オレのことも『仲間』だって、認めてくれたんだな。

「……よし」

 ノウェムは気合いを入れるように鍵を握りしめると、胸元に隠していた羅針盤を取り出した。
 手をかざすと、赤色・黄色・水色・紫色の4色の光が、揃って同じ方向を指し始めた。
 待ってろよ、ターメリック、みんな……!
 オレが……
 仲間のオレが、今からみんなのこと助けに行くからなっ!
 ノウェムは休憩所を出ると、人気もなく静まり返った廊下を音もなく駆け抜けていった。


つづく
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