Lost Heaven

PN.平綾真理

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【Episode 014】 再生

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 ネロは激しい苦痛に意識が明滅する中、百鬼夜行の死骸の傍らを通り過ぎ、横たわるシロに手を伸ばした。

 「ハァ……ハァ……シロ……」

 その指先が、シロの冷たい頬に触れようとした、その瞬間――……

 パン、パンと乾いた拍手が、背後の闇の中から、唐突に現れた。ネロが振り向くと、そこには白衣を纏い、理知的で無機質な笑みを浮かべた男が立っていた。
 ニコラ・Kカール・フラウロス。【堕天杯】のもう一人の首領、【真理の徒】の創設者である。

 「百鬼も、結局は『力』という旧い概念に固執した。だから君に負けた。実に嘆かわしい。しかし、君は私の研究において、予想を遥かに超える『情報データ』を提供してくれた。特に、今の『赤化ルベド』。あれは極めて興味深い」

 「――ッ、ニコラ・K・フラウロス……!?」

 ネロの意識は激しい消耗と『赤化』の反動による苦痛で明滅していたが、その名を認識した瞬間、ネロの瞳に再び殺意の光が宿った。彼は震える身体を無理やり起こそうとするが、激痛が走り、自由が利かない。

 ニコラはネロの抵抗を冷笑で見つめ、シロを足で軽く触れた。

 「コレはもう必要ない。解析データは取得済みだ。だが、君の、その『怒り』と『力』、そして『赤化』に至るプロセスは、私の『真理』へ至る重要な鍵となる」

 ニコラは淡々と告げると、メスのような細く鋭利な器具を、まるで魔法のように手の中に出現させた。

 「その感謝の証として、君の持つ『コア』を頂戴しよう」

 ニコラがメスをネロの左胸目がけて突き出した。その速度は光速にも等しい。ネロは最後の力を振り絞って『紅月』を構えるが、メスはネロの刀を容易く弾き、ネロの体勢を崩した。

「遅い、死神。君はもう、ただの『燃え尽きたちり』に過ぎない」

 ニコラはネロの反撃を完全に読み切り、ネロがシロを庇って身体を回転させようとした瞬間を狙った。
 ニコラのメスは、ネロの左胸に深々と突き刺さり、ネロの『心臓』を正確に貫通した。

「ッ、アアアアアアア……!!」

 ネロの口から、断末魔の叫びが漏れる。彼の全身から力が抜け落ち、再生能力が一瞬で停止した。ネロはシロを抱きしめたまま、その場に崩れ落ちた。意識は深海に沈むように混濁していく。

 ニコラはメスを引き抜き、その先端に収められた赤黒く光る心臓を、満足げに掲げた。

 「完璧だ。『赤化ルベド』に至った君の核は、私の研究を完成させる最後のピースとなる」

 ニコラは満足げにその場を離れ、去っていった後、ネロの腕の中で気を失っていたはずのシロが、ゆっくりと目を開けた。
 シロの瞳には、憎悪や恐怖ではなく、ただ純粋な悲しみだけが湛えられていた。
 シロは、ネロの顔を見上げ、微かに、初めての涙を流した。

 「ネロ……、あなたを、死なせない……」

 シロは震える手で、自らの左胸を深く握りしめた。すると、柔らかな白い光に包まれ始める。
 その光が強まるにつれ、シロの身体から、白く、柔らかな光を放つ心臓がゆっくりと浮き上がった。
 シロはその白い心臓を、ネロの心臓が抜き取られた空虚な左胸に、そっと押し当てた。

 「あなたは……明日あすを、生きて……」

 白い心臓がネロの身体に触れた瞬間、ネロの全身に激しい光が流れ込んだ。
 光はネロの身体の隅々まで行き渡り、ニコラによって停止させられた再生機能を、根源から再起動させる。ネロの肉体はシロの心臓を拒絶することなく、まるでそれが元からあるべき場所であるかのように、瞬時に受け入れていった。

 ネロの意識は、深海に沈むような混濁の底で、シロの温かく、どこまでも優しい光に包まれるのを感じた。激痛が消え去り、全身に満ちていく、かつてないほどの力と安らぎ。

 「ネロ……、」

 シロの微かな声が、ネロの耳元で響いた。その声は、ネロへの感謝と、そして永遠の別れを告げるものだった。
 シロは、ネロの胸に手を当てたまま、光の粒子となって崩壊し始めた。
 シロの身体は、完全に光の粒子となってネロの肉体に吸い込まれていく。
 光が完全に収束し、静寂が【百鬼の間】を再び支配した。

 数分後――

 ネロの意識が、ゆっくりと浮上してきた。彼の身体は、横たわったまま動かない。

 ネロが再び目を開けたとき、彼の視界には、血で汚れた石床と、崩れ落ちた百鬼夜行の残骸が映っていた。身体に痛みはない。それどころか、強烈な充足感が全身に満ちていた。しかし、その充足感と引き換えに、激しい喪失感が、ネロの心を深く蝕んでいた。
 ネロの右手が、何かを強く握りしめていることに気づいた。その手を広げると、そこには、赤色のリボンが握られていた。
 ネロは周囲を見渡す。シロの姿は、どこにもなかった。床には、先ほどまでシロが横たわっていた場所に、淡い光の残滓が残されているだけだった。

 「……シロ」

 ネロは絞り出すような声で、その名を呼んだ。その声は、深遠な悲しみと、そして新たな力への戸惑いに満ちていた。

 †††

 ネロが【百鬼の間】の壁を壊し通路に出ると、通路は激しい構造再構築により完全に崩壊していた。そこに、瓦礫の中からヨハンが、ひどく損傷した身体で現れた。

 「よぉ……無事だったか、ネロ」

 「ヨハン……!」

 ヨハンはシロの姿がないことから全てを察する。ヨハンは瀕死の状態ながら、最期の力を振り絞り、ネロに告げた。

 「ニコラが……【真理の門】で、何かを始めようとしている。この【鬼岩城】全体が、とんでもないエネルギーを放出し始めた……。アイツの目的は、この【隔離世奈落】の……その先だ」

 その瞬間、【鬼岩城】の地下から、凄まじい黒い光が天を突き破った。それは、ネロがニコラに奪われた黒い核の力だった。黒い光は急速に膨張し、まるで空を喰らうように赤黒い雲を巻き込み始めた。

 「聞こえるか、旧人類よ」

 巨大な黒い光の中から、ニコラの声が電波をジャックして【隔離世奈落】全域に響き渡る。

 「私はニコラ・K・フラウロス。新たな世界を創造する者だ。君たち旧人類は、未だ争いを止めず、自らの進化を拒んだ。故に、私は全ての人類を抹殺した後、その世に『新人類』を創造する。」

 ネロは天を覆う黒い光を見上げる。シロが命を賭して守ろうとした『明日』を、この男は否定しようとしている。

 「ニコラ……許さねぇ」

 そこには、シロの決意と希望が脈打っていた。ネロはヨハンに別れを告げ、ニコラを追う。
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