Lost Heaven

PN.平綾真理

文字の大きさ
8 / 18

【Episode 07】 略取

 隠れ家に着く頃には、シロはすっかり眠りこけていた。
 俺は自室のベッドにシロを寝かせ、その額に浮かんでいた冷や汗を拭った。
 そして、先程の出来事を思いだしていた。
 シロが使っていたあの力には
 アレは俺の
 能力の差異はあれ、アレは紛れもなくだ。
 シロが発した光は、まさしく炎だった。俺の紫焔が全てを焼き尽くす昏い炎であるのに対し、シロのそれは、機能不全に陥れるというよりも、をする白い炎。まるで、炎の極致が二つの異なる形を取っているかのようだ。この事実が、俺の記憶の空白に新たな疑問を投げかけた。俺はなぜ、シロの力にこれほどまでの既視感を覚えるのか。そして、この紫焔は一体何なのか。答えは、この【隔離世奈落】のどこかに隠されているのだろうか。
 そんなことを思い巡らしながら、夜を明かした。

 いつの間にか眠っていたのだろう。目を覚ますと眼前で俺の顔をシロが覘いていた。
 「やっと、起きました」
 俺は昨夜のことを思い出しながらシロの顔を抓った。
 「痛いれすぅ~」

 昨日のことを覚えていないのか?

 そんなことを思いながらシロの顔を抓っていると、シロが涙目になりながら俺を突き飛ばして離れた。
 「いきなり何するんですか? 痛いじゃないですか! 私に恨みでもあるんですか!?」
 そんなシロの批判に俺は呆れながら答えた。
 「目開けて目の前にいきなりアホ面が覘いていたら、誰だってそうするわボケ」
 「誰がアホ面で!? ボケですって!?」
 ワー、ギャー吠えるシロを傍目に俺は出かける準備をする。
 朝食は適当に済ませた。パンのような硬いものを齧り、水で流し込む。シロは不満そうだったが、文句を言う前に俺は隠れ家を出た。
 この【隔離世奈落】で生きる俺たちには、呑気に朝食を味わう余裕などない。昨夜の襲撃は、シロの能力の片鱗を見せることになったが、同時に【百鬼夜行】がシロを狙っていることを明確に突きつけられた。奴らが「力ずくでは難しい」と言ったとはいえ、決して諦めるはずがない。

 「で? 今日は何処へ行くのですか?」

 隠れ家の扉を閉め、歩き出した俺に、シロが尋ねる。その顔には、先ほどの怒りはなく、いつもの好奇心が戻っていた。
  「……今日は、【多財】の他の地区を探索する。何か面白いものが見つかるかもしれないからな」
 俺はそう答えた。危険は承知の上だ。だが、シロの力の詳細を知るためにも、そして何より、この「弱肉強食」の【隔離世奈落】で生き抜くために、俺は立ち止まるわけにはいかない。
 俺たちは再び裏通りを歩き始めた。昨日とは違う道を選び、人通りの少ない裏路地を選んで進む。そんな折、シロがとある店の前で立ち止まった。
 中を見ると、雑貨屋のようだ。
 そして、シロが真剣に見ているものは赤いリボンだった。
 俺はそれを無視して先に進もうとする。
 「行くぞ」
 シロは俺の言葉を聞くや名残惜しそうにおずおずと俺の後ろに付いてくる。
 俺はそんなシロを見て溜息を吐きつつ問う。
 「いくらだ?」
 俺の意外な言葉にシロは困惑した声を出す。
 「――……え?」
 俺は自分の言動に苛々しながら問う。
 「だから、アレはいくらだ?」
 「5₩₩ダブウォン?」
 早足で引き返して店に入りソレを買った俺は自分の行動に矛盾を感じ苛立った。

 何やってんだ……俺は?

 そして、シロの待つ場所に戻りソレを渡した。
 すると、シロは困惑と歓喜の眼差しで俺とソレを交互に見て尋ねる。
 「コレ……、私に?」
 俺はどう返答するか一瞬考え、答える。
 「なんだよ? 要らないんだったら買ってこなきゃよかった」
 シロは首を横にブンブンと振り笑って言う。
 「ううん、ありがとう!」
 その笑顔と白い髪に映える赤いリボン、そして、自分の無駄な行動に胸がざわつくのを感じた。
 そんな時だった。

 「――微笑ましい光景ですね」

 聞き覚えのある声が裏路地の奥から響いてきた。
 俺は咄嗟にシロを背後に隠しつつ『紅月』に手を掛ける。
 裏路地の影から姿を現したのは、昨夜のセンジュ・マンダラだった。その顔には、相変わらず感情の読めない微笑が浮かんでいる。その隣には、昨日よりも数が増えた蜘蛛型ドローンが、今度は完全に機能している状態で控えていた。

 「昨夜の忠告を忘れたわけではないでしょうに」

 センジュの声は、静かだが、その響きには明確な敵意が込められていた。その視線は、俺の背後に隠れているシロに釘付けになっている。
 俺は警戒を怠らず、視線だけで周囲を探る。逃げ道は限られている。この裏路地は袋小路ではないが、先には人通りの多い大通りがあるが、そこで事を起こすのは得策じゃない。
 何より人が多い方が逆に戦いにくい。
 「お前らも忙しいな、こんな小娘一人に躍起になって」
 俺は低い声で挑発する。
 「目的のためには、手段は選びませんから。それに、上からの命令で邪魔するものは殺していいとのことなので、貴殿のようなは排除させていただきます」
 そう言うと、センジュは指を小さく鳴らした。
 すると、蜘蛛型ドローンが動き出し、壁や地面を滑るように這い。一丸となってこちらに向かってくる。
 ドローンが迫る。その機敏な動きは、狭い裏路地では厄介だ。俺はシロを背中に庇い、即座に『紅月』を抜き放った。
 最初のドローンが飛びかかってきた。俺はそれを紙一重でかわし、『紅月』を一閃。ドローンの胴体が真っ二つに切り裂かれ、内部の配線がスパークしながら地面に落ちた。
 続けて、ドローンが二体左右から挟み込む形で襲い掛かってくる。俺は咄嗟にシロを抱えて後ろに跳躍した。
 俺らを追うようにドローンが津波のように押し寄せる。
 「避けてばかりでは、疲れるでしょうに」
 センジュの声が、どこか楽しげに響いた。彼女は微動だにせず、ただ腕組みをして、俺たちの動きを観察している。その瞳の奥には、俺の全ての動きを読んでいるかのような冷徹さがあった。
 俺はドローンの波をいなし、『紅月』で斬りつける。一体、また一体とドローンを破壊していくが、その数は減るどころか、どこからともなく補充されているかのように感じられた。
 シロを抱えながらの戦闘は、想像以上に体力を消耗する。一歩間違えれば、昨夜のように組み付かれて動きを止められてしまう。それは俺にとって、何よりも避けるべき事態だった。
 「ごめんなさい……私がいるから……」
 シロの声が、俺の耳元で震える。コイツは、自分が足手まといになっていることを痛感しているのだろう。
 「バーカ、気にすんな! テメェはテメェの心配だけしてろ」
 俺は必死に言葉を絞り出す。だが、内心では焦りが募っていた。このままではジリ貧だ。
 俺は奥歯を噛みしめる。この窮地を脱するためには、何か策を講じなければならない。この状況を打開するには……。
 脳裏に、この【隔離世奈落】で生き抜くために培ってきた、あらゆる知識と経験が駆け巡る。そして、一つの可能性にたどり着いた。

 「しっかり、掴まってろよ!」

 俺は叫ぶと、裏路地の壁へと駆け上がった。ビルの壁の凹凸に足場を見つけ、まるで蜘蛛のように垂直に一気に屋上まで駆け上がっていく。シロは驚きに声を上げた。

 「無駄な足搔きを……」

 センジュの声が下から聞こえる。ドローンがすぐさま俺たちを追って壁を登ってくる。そして、センジュもドローンに乗って屋上へと登ってきた。

 「さて、そろそろもこの辺に致しましょうか? 死神デスサイズ……」

 「応、俺も逃げるのは厭きてきたところだ」

 俺は抱きかかえていたシロを降ろし、『紅月』を構える。

 「お前は離れてろ……」

 そうシロに告げると、シロは心配そうな顔をしながらも俺の戦いの邪魔にならないように後ろに下がる。
 俺が本気になったのを察した、センジュもまた臨戦態勢へと移った。

 「怖い、恐い、そんなに殺気を出されると、私も本気にならざる負えませんね」

 そう言うとセンジュは僧衣を脱ぎ、指を軽く鳴らす。すると、蜘蛛型ドローンたちがセンジュの背部コネクターに繋がる。
 まさに名前の通りというのがしっくりくる姿となった。

 「さぁ……、本気で遊びましょう?」

 その言葉を皮切りに俺とセンジュは互いに間合いを詰めた。
 そして、互いに選んだのは超接近戦。俺の『紅月』とセンジュが隠し持っていた無数の『金剛杵』が激しく激突しあう。
 そこからは互いの剣筋の読みあい。一刀対千腕という構図。それは、誰がどう見ても一刀のほうが圧倒的に不利だろうと思うのが世の常だろう。
 だが、多勢に無勢はこの街の常。俺自身も何度か経験がある。
 ゆえに、一対多数という戦闘には慣れてはいる。しかし、一対一でありながら多数という戦闘は俺の記憶の知る限りではない。
 そのため、この戦いは一瞬たりとも気が抜けない。そして、一時でも防戦に回れば攻めに転じるのは困難だろうと俺の経験則からくる直感が告げていた。
 だから、俺は防御を捨てて攻めにのみ集中した。

 †††

 ――ネロの考えは概ね正しいと言えるだろう。
 だが、それは、あくまでネロの想定した勝利条件が遠のくのみであって、ネロの勝利条件と敵の最終勝利条件が必ずしも一緒ではない。
 よって、ネロはこの時点で見落とし負けている。

 †††

 ――俺が防御を捨てて攻めにのみ集中したその時だった。

 「キャァアアアア!?」

 シロの悲鳴が屋上に響き渡る。
 悲鳴の方向を見ると、シロがセンジュの蜘蛛型ドローンに拘束されていた。
 シロの方に気を取られていると、センジュの金剛杵の剣先が伸び俺を串刺しにした。

 「――ッ!?」

 そして、さらにいかずちにも似た電流が流れ込み、全身を駆け巡り、俺を焼き尽くした。
 そのあまりの衝撃に俺の意識は明滅し、視界が暗転を繰り返した。

 「ネロ――ッ!!」

 俺は気力を振り絞ってシロの方へ手を伸ばすも、センジュの金剛杵の剣先が伸び止められた。
 センジュが拘束されているシロの方へ歩いていき、金剛杵をシロの腹部に押し当て電流を流す。

 「キャァアアアア……ッ!」

 苦痛の悲鳴はシロが意識を失うと同時に途切れた。
 そして、センジュはシロを抱えながらこちらに振り向き言葉を述べる。

 「もし、貴殿がこの御方を助けるために追ってくるのならば、その時は、全力で殺して差し上げます」

 そう言うと、センジュは気絶したシロを抱えて去っていた。

 「――ま……て……ッ!」

 明滅する意識の中俺は、センジュの去っていく背中を見ることしかできなかった。
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。