上 下
6 / 26
トラック1:長い間文通を交わしていない友達から突然メッセージが来る時は、かなり驚くけど同時に嬉しさもこみ上げてくる

気遣い男子とそれに気づかない天然女子

しおりを挟む
 紗彩さあやの気が落ち着くようになってからは、俺は紗彩を自宅まで連れていき、暖をとることにした。
 紗彩の家に入ることにしなかったのは、いつも一人で引きこもっている場所に行くのは、さすがに野暮やぼすぎだと思ったからであり、俺的には間違った選択はしていないはず。

 このひどく荒れたこごえ寒い日、俺も紗彩もずぶ濡れだった。
 俺に至っては、身体中に土汚れがついていた。
 後で、布巾とかで汚れを取っておくか。
「ひとまず、紗彩。先風呂入ってくれよ」
 このままだと俺も紗彩も風邪まっしぐら。一秒でも早く、冷えた身体を温めないと辛い目に合う。
「ぶえっくしょい!!」
 盛大なくしゃみを放ってしまった。その上あまりにも急だったので、手で押さえるひまもなかった。
「そんな様子だと、芳ちゃん先入った方が良いね」
「別にいいって。俺のことなんか気にする必要無いよ」
「わたしは別に平気だもん……ひくちっ!」
「どの口が言ってんだよ。早く入りな」
 俺は、乾いた笑みを紗彩に向けた。
「うん、そうだね。そうかもしれない」紗彩も、俺と同じように歯を見せて苦笑した。「お言葉に甘えさせていただきます」
「着替え後で置いとくからな」
「うん、ありがとう」
 そう言い残し、紗彩は部屋から出た。

 ぐしょぐしょに濡れた制服と、土っぽい臭い。それらは、俺の気分を悪くするのには十分だった。
「とりあえず服脱がないと」
 穿いているソックスは、足のつま先からかかとの部分まで一面に濡れていて、気持ち悪いことこの上ない。
 俺はベッドに腰掛けて身体を丸くし、ソックスを脱ぎ始めた。
「ぬ、脱げねえ」
 足にぴったりくっついていて、脱ぐのにも一苦労する。
「これだから長い靴下って嫌なんだよなー」
 くるぶしまでの短いやつなら脱ぐのも簡単なんだけど、指定のやつっていうのはすねあたりまで伸びたデザインが多数だ。
 よいしょよいしょと、踏ん張りながら両足分のソックスを脱ごうと必死になる。
 奮闘し続け、ようやく両足分のソックスが脱げた。
「ふぅ」
 そのときの解放感は、他の何にも言い表せないほど清々しいものがある。
 俺は脱いだソックスをひとまずその場に放り投げた。
「はっくしょん!」
 再び盛大なくしゃみが出た。勿論今度は、手で押さえている。
 ひとまず一刻も早く着替えないと、風邪をひいてしまう。
 俺はスラックスを脱ぎ、急いで椅子いすに掛けておいた普段着に着替えた。
 いつも着ている服に着替えたことにより、ようやく家に帰ってこれたことを実感する。
 放課後から急な展開、それはもうまるで物語の主人公のようにせわしない時の流れだった。
「やばっ。今になって急に疲れがでてきた」
 何だか全身が急に重たくなってきた。
 新幹線の乗客のように、俺は気付かぬうちに舟をぎ始め、気づかぬうちにまどろんだ。

「芳ちゃん、お風呂上がったよ」
 紗彩の声で、夢現ゆめうつつ状態から覚めた俺は、ようやく現実に戻った。
「おう、そうか」
 目をこすり、明るい部屋を見回した。
「あ、そうだった。着替え用意してなかった。ごめん」
「うん、お願いします」
「直ぐ用意するから、そこで待っててく……って紗彩お前、何で下着だけっ!? さすがに俺が用意するまでは制服着ててくれ……」
一糸まとわぬまではなかったが、それでも紗彩の白く透き通る肌は、俺を赤面させるのには十分だった。
「えー、だってまた濡れた服着るの嫌なんだもん」
「だからって、ここは高校生男子の部屋の中なんだって。何か間違いとか起きたらどうすんだよ……」
 俺は紗彩の裸姿が見えないよう、必死に顔を伏せた。
「え、間違い? 何のこと?」
「そ、それはだな」俺は軽く咳払いをしながら、何も気づいていない紗彩に答えようとしたが、
「言えない」
と、諦めることにした。
「え、何で何で? 気になっちゃうから教えてよ」
 反対に紗彩は、俺の気遣いが分からず、教えてほしいとせがんでくる。
「えっと、それは……」
 思えば紗彩は、昔からちょっと天然なところがあった。
 少しずれた回答が、逆に彼女の可愛さを際立たせ、小中ではそれなりに人気のある子だった。
 今でもその変わらない姿に、俺は少し懐かしい気持ちになった。
 回答が気になっている紗彩に、俺は彼女の耳元で、"69"という数字で例えて教えた。
 すると、紗彩の反応は予想通り、頭から湯気がいているかのように赤くなっていた。
「ほ、ほら……着替え用意するから。ますはこれでも着といてくれ」
 紗彩の狼狽ろうばいぶりが伝染したのか、俺までも何だか体温が熱くなっていた。
 箪笥たんすから適当にT-シャツを取り出して、ベッドに放り込んだ。
 そして片っ端から箪笥の中を漁り出し、中学時代のジャージ上下を紗彩に渡した。

「じゃ、俺も風呂入るから」

 そう言い残し、俺は部屋を後にした。
しおりを挟む

処理中です...