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トラック2:学校の中の自分と家の中の自分は、性格が全く違うことがある

朝一の教室

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 八時過ぎの教室、俺は一人自分の席に座っていた。
 早朝からやけに目がえていた俺は、早く身支度みじたくを終えて家を出ていた。
 その時の紗彩は、相変わらずすぅすぅと可愛い寝息をしながら、深く眠っていた。
 段々と一月も終わりに近づいていくのに、真冬の季節は終わらない。
 この寒い中、誰一人進んでベッドから早く起き上がろう、なんて思う生徒はいないはずだ。

 今日の時間割を見ながら、教科書を忘れてないか確認する。
 そんな中、教室に香奈美かなみが入室してきた。
「よっしーじゃん、おはよっ」
「お、かなっち。はよざっす」
 吹奏楽部所属の彼女は、基本的に毎日朝練をしているので登校が早い。
 俺は、香奈美に軽く手を振りながら挨拶あいさつを返した。
 見れば、セーターのそでこしに巻いている。ギャルがよくやるあの着方だ。
 寒くないのだろうか、と思わずにはいられない。
「今日早いねえ。昨日はあんな遅かったのに」
 どうしたの?と香奈美が、俺を見つめてくる。
「今日、五時頃から目が覚めてさ、そっからずっと寝付けなかったんだよ」
「へええ、良いじゃん。健康的だね」
「いやー、多分今日だけだと思うぞ。明日は休日だし、また不摂生ふせっせいな生活に戻るよ」
 と、俺は肩をすくめながら答えた。
「ダメだねえ。あたしの、このスリムな健康体型を見習いな」
 そう言って、香奈美はセーラー服のプリーツスカートから垣間見かいまえる華奢きゃしゃなウェストを指さす。
「ああ、そうだなー」
 俺は香奈美の方を見向きもせず、そう答えた。
「ちょっと、そんな全く興味なさそうに相槌打たないんでほしいんですけどお」
 香奈美が俺をじっとにらんだまま、むすっと眉間みけんしわを寄せてきた。

「そういやよっしー、最近勉強してる?」
「いいや、全く」
 そう俺はかぶりを振りながら答えた。
 期末試験がもうすぐ近づいてきている。
 県立高校は、三月が入試によって休みになるので、例年二月に入ってすぐの時期に期末試験が始まるようになっているのが多い。
 もう二月になるまで一週間をきった今日、もうそろそろ真面目に対処しないと手遅れだ。
 それに、ここ最近怒涛どとうの出来事の連続だったため、それまでたくわえてきた今学期分の知識は余裕で崩れてきているに違いない。
「全くって、本当に全くやってない?」
「ああ」
 俺は、そううなずいた。
「なーんだ。よっしーに教えてもらいたかったなあ」
 そう香奈美が、くちびるとがらせながら言った。
「俺元々勉強得意な方じゃないぞ」俺は手を横に振って答える。「それに、もっと適任の奴が近くにいるじゃないか」
 そう俺がいった矢先、
「あー朝練きっついなー」
 大きい声を出しながら、ちょうど話題に出そうとしていたいかつい野球男子が入室してきた。
「よう玲緒奈れおな
 俺は気軽にその男子の名を呼んでみると、
「うお! 誰もいないと思ってた…」
 と、大きな声を出して驚いていた。
「あ、れおにいだ。朝練お疲れ」
「何その呼び方」
 玲緒奈が呆気あっけにとられたように顔を引きつらせる。
「いつもクラスの中心にいるし、悩みとか聞いてくれそうだから?」
「だから?ってそれ、あまり考えてないのバレバレ」
「まあねえ」
 香奈美が乾いた笑いを浮かべて受け流した。

「にしても、芳人がこんな時間に教室にいるのなんて初めてじゃない?」
 玲緒奈が大きなエナメルバッグを机に置きながら、俺に聞いてきた。
 今さっき想定外のことが起きたというのに、玲緒奈は焦る様子を一切見せず、むしろ余裕の表情しか見せていない。
 優秀生は態度からして、俺ら一般人とは違うのである。
「何か早く目が覚めちゃったらしいよー」
 香奈美が、玲緒奈の方を振り向いて答えた。
「それは良いな。これを機に芳人も、俺と一緒に健康的な身体、目指そうぜ」
 と、玲緒奈は自慢の上腕二頭筋じょうわんにとうきんをこれでもかと見せてきた。
「いや結構です」
 そう俺は丁重に断った。

「あっさりいくねえ、よっしー」
「その下り、もう二回目だし。それに玲緒奈は、既に健康すぎるんだっての」
「……俺められてる?」
「ああ、褒めてるよ、べた褒めだよ」
 そう言い、俺は玲緒奈の方に歩み寄る。
「見ろよ。この肩幅かたはば
 俺は玲緒奈の両肩をつかんだ。
「確かにめっちゃ広いね」
「見ろよ。この腹筋ふっきん
 バッキバキだぞ、と俺は彼のたくましい腹にれる。
「何となく凄いことが伝わってくるよ」
「そして、この上腕筋じょうわんきんの山」
 玲緒奈が袖をわきまでまくり、鍛え上がった筋肉を見せつける。
 らくだのこぶのように大きく盛り上がったそれは、常人の領域をはるかに凌駕りょうがしている。
 おっかねえだろと言わんばかりに俺は彼の肉体美を、香奈美に見せた。
「こんなボディビルダーと一緒にやって、俺がついていけそうに見えるか?」
 最早腹筋十回目くらいでばてるオチが、俺の目にはもう見えていた。
「全然。絶対無理だと思う」
「え、そこまで言う?」
 絶対までは思っていなかったので、香奈美からの辛辣しんらつな反応に、俺は少し項垂うなだれた。
「無理に強要はしないけどさ、健康は重要だぜ」そんな風に、玲緒奈が急におっさん臭いことを言ってきた。「てか、芳人。さっきから俺のことべたべたさわりすぎだぞ」
「ああ、悪い悪い」
「そう言ってくれるなら裸になることにもできたのに…」
「そこまで要求はしてない」
「良いんだぞ、俺はお前の愛だったら何でも受け入れる」
「俺は不用意に愛情を注がない」
「お前のためなら、この身体だって売ってやる」
「頼むからそういう関係性を疑われるような発言は控えてくれないか?」
「え、まさかよっしー、そんな趣味あったの?」
 ほらやっぱりこうなった!
 香奈美は、いっつも変にノリよく突っ込んでくる。
「かなっち、変に誤解すんな。俺は小指も親指も両方立たない。ただのヘテロ人間だ」
 そう俺は、玲緒奈と香奈美二人のお調子者ジョークから出てきたあらぬ誤解を適当に訂正した。

「あ、そういえばさ」
 と、気軽に俺は二人に話題を振った。
 実際全くもって、気軽ではなかった。
 改めて二人には、話さないといけないことだったから。

「今日、二人とも部活終わってからでいいからさ……」
 秒単位で指数関数しすうかんすうのようにね上がっていく俺の鼓動こどう
「どうした芳人。いつになくぎこちないな」
「何か変なの~」
 俺の様子がおかしいことに、早くも二人は勘付いていた。
「放課後、学校近くの公園に来てくれないか?」意を決して俺は、二人を誘った。「大事な話がある」
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