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本編
2-9
※side鳴海
マンションのフロントと繋がる電話が鳴って、思い浮かんだのは結城だった。私の部屋に訪れる人間など、ものの数人ほど。そして前持って連絡を寄越さないのは、結城だけだからだ。
「通して下さい」
コンシェルジュに来訪者を通すように伝える。小一時間前まであの気難しい顔を見ていたというのに、なぜわざわざ自宅にまで来るのか。部屋のインターホンが鳴ったので、ドアを開けに行く。
「何か言われる前に言っておきますが、花月さんの母親のことを調べるように言ったのは、あなたですからね」
「言われなくても分かってる」
「ならいいんです。どうぞ」
結城を中へと促す。気だるそうに靴を脱いで、リビングへと足を進める。そして、自分の部屋のようにソファにドカッと腰を下ろして、そのまま横になる結城。
「何か飲みますか?」
「いや、いらねぇ。……はあ」
溜め息。
結城が溜め息を吐くというのに違和感を覚える。
「花月さんの母親の件、そんなにショックでしたか?」
「……はっ、ショックってなんだよ」
「じゃあ、花月さんと何かありました?」
結城は少し考えている顔をする。言っていいのかどうか逡巡している様子だ。これもまた結城の行動としては違和感。
「……俺と一緒にいたいって言われた」
「よかったじゃないですか」
「どこがだ。そんなことを言われたら、本当に手放せなくなる」
「手放す気があると?」
「当たり前だ。俺の存在があいつにとって、何かプラスになるようなことあるか? 俺があいつにしてやれることは、金を使うことだけだ。借金も学費も生活費も何もかも全部俺が面倒見るって大義名分があるから、俺はあいつのそばにいられる。あいつの弱味を握った振りして、あいつを仕方なく助けてやる振りをして、無理矢理縛り付けて……あいつに嫌がられるようにしてねぇと、自分を抑える自信がない」
「でも、そばにいたいと望まれて、嬉しいんでしょう?」
「……昨日までの俺だったら、バカみてぇに喜んだだろうな。……あークソ、何がしてぇんだよ俺は。言ってることもやってることもめちゃくちゃだ」
仰向けに寝て、天井を見つめながら、ポツポツと言葉を吐き出していく。
「最初は、見守るだけのつもりだった。楽しそうに働いているあいつを、店に行って眺めるだけで満足だった。……借金くらい、もっと違うやり方で解決してやれたのに。あいつを手に入れるチャンスだと思ったら、どうしようもなかった」
自嘲するような笑みが結城の顔に浮かぶ。長い付き合いで初めて見る表情だった。
「母親が金持ちって、反則だろ。あいつにとって俺の価値は金でしかないのに。それすら奪われたら、俺なんざただの害だろ」
自信過剰。自己中心的。得手勝手。我が儘。傍若無人。エゴイスト。
結城を形容する言葉はこれらに類するものばかりだ。
「でも、手放したくない。優しくしてやりたい。好かれたいし、触れたい。笑って欲しい。でもあいつのことを思ったら、今すぐにでも追い出して、縁を切ってやるべきだ。母親のことを教えてやって、よかったなって言うべきだろ。分かってるくせに……そうできねぇとか、まじで……クソだ」
結城のことはよく知っているつもりでいた。
花月さんが現れてから、知らなかったことが次々と出てくる。
こんな結城を私は知らない。結城が税金対策だと言って遊ばせている店で花月さんをずっと雇っていたことも、そもそもあの店に置いている男のこともほとんど知らない。
知らない結城を見ることが、少し寂しいように感じるのは、どうしてだろう。
「おい」
「おい、って……何だ」
いつだって自分が正しいと、それだけで進んで来たじゃないか。その背に付いて行く人間が、どれだけいると思ってる。
「あなたがその程度の男であったと、私に失望させるおつもりですか? 鬱陶しい」
「あぁ?」
「どうせ悩んでみた所で、自分に都合の良い結論しか出さないくせに、うじうじうじうじと心底見苦しい。結城巽という人間は欲しいもののためならどんな手段でも取る男です。無理矢理にでも全部手に入れてこそ結城巽なんです。そんなこともお忘れですか? 馬鹿ですか?」
「喧嘩売ってんのかお前」
「花月さんにとってあなたが金銭を与えてくれるだけの存在なら、他の価値を付ければいいだけの話でしょう。何でしたっけ? 優しくしたいとかなんとか? すればいいいじゃないですか。あなたにできるかは別として。誰よりもあなたが花月さんに優しく接してあげればいい。花月さんの望みを何でも叶えてあげればいい。あなたにはそれができる力がありますよ。そうでしょう? あなたがヤクザであることは変えられないんですから、その害ある存在である以上の何かを与えてあげればいいでしょう?」
「…………」
結城が黙って私の話を聞いている。
……珍しい。
「ちなみに今、花月さんを一人にしてしまっているのは、あなたですよ。可哀想に……あの広い部屋に、深夜、ひとりぼっちにされて」
ガバッと上体を起こす結城。『そう言われてみればっ!』とでも言うような感じである。
「……帰る」
「タクシー呼びましょうか?」
「いらねぇ。自分で運転してきた」
「……あなたが?」
「運転くらいできる。俺を何だと思ってんだ」
「お尻から根っこが生えた出不精人間」
「帰る」
「お気を付けて」
『フン』と鼻で笑って帰って行く。心にも無いことを言うなと、伝えたいのだろう。
確かに。思っていない。
マンションのフロントと繋がる電話が鳴って、思い浮かんだのは結城だった。私の部屋に訪れる人間など、ものの数人ほど。そして前持って連絡を寄越さないのは、結城だけだからだ。
「通して下さい」
コンシェルジュに来訪者を通すように伝える。小一時間前まであの気難しい顔を見ていたというのに、なぜわざわざ自宅にまで来るのか。部屋のインターホンが鳴ったので、ドアを開けに行く。
「何か言われる前に言っておきますが、花月さんの母親のことを調べるように言ったのは、あなたですからね」
「言われなくても分かってる」
「ならいいんです。どうぞ」
結城を中へと促す。気だるそうに靴を脱いで、リビングへと足を進める。そして、自分の部屋のようにソファにドカッと腰を下ろして、そのまま横になる結城。
「何か飲みますか?」
「いや、いらねぇ。……はあ」
溜め息。
結城が溜め息を吐くというのに違和感を覚える。
「花月さんの母親の件、そんなにショックでしたか?」
「……はっ、ショックってなんだよ」
「じゃあ、花月さんと何かありました?」
結城は少し考えている顔をする。言っていいのかどうか逡巡している様子だ。これもまた結城の行動としては違和感。
「……俺と一緒にいたいって言われた」
「よかったじゃないですか」
「どこがだ。そんなことを言われたら、本当に手放せなくなる」
「手放す気があると?」
「当たり前だ。俺の存在があいつにとって、何かプラスになるようなことあるか? 俺があいつにしてやれることは、金を使うことだけだ。借金も学費も生活費も何もかも全部俺が面倒見るって大義名分があるから、俺はあいつのそばにいられる。あいつの弱味を握った振りして、あいつを仕方なく助けてやる振りをして、無理矢理縛り付けて……あいつに嫌がられるようにしてねぇと、自分を抑える自信がない」
「でも、そばにいたいと望まれて、嬉しいんでしょう?」
「……昨日までの俺だったら、バカみてぇに喜んだだろうな。……あークソ、何がしてぇんだよ俺は。言ってることもやってることもめちゃくちゃだ」
仰向けに寝て、天井を見つめながら、ポツポツと言葉を吐き出していく。
「最初は、見守るだけのつもりだった。楽しそうに働いているあいつを、店に行って眺めるだけで満足だった。……借金くらい、もっと違うやり方で解決してやれたのに。あいつを手に入れるチャンスだと思ったら、どうしようもなかった」
自嘲するような笑みが結城の顔に浮かぶ。長い付き合いで初めて見る表情だった。
「母親が金持ちって、反則だろ。あいつにとって俺の価値は金でしかないのに。それすら奪われたら、俺なんざただの害だろ」
自信過剰。自己中心的。得手勝手。我が儘。傍若無人。エゴイスト。
結城を形容する言葉はこれらに類するものばかりだ。
「でも、手放したくない。優しくしてやりたい。好かれたいし、触れたい。笑って欲しい。でもあいつのことを思ったら、今すぐにでも追い出して、縁を切ってやるべきだ。母親のことを教えてやって、よかったなって言うべきだろ。分かってるくせに……そうできねぇとか、まじで……クソだ」
結城のことはよく知っているつもりでいた。
花月さんが現れてから、知らなかったことが次々と出てくる。
こんな結城を私は知らない。結城が税金対策だと言って遊ばせている店で花月さんをずっと雇っていたことも、そもそもあの店に置いている男のこともほとんど知らない。
知らない結城を見ることが、少し寂しいように感じるのは、どうしてだろう。
「おい」
「おい、って……何だ」
いつだって自分が正しいと、それだけで進んで来たじゃないか。その背に付いて行く人間が、どれだけいると思ってる。
「あなたがその程度の男であったと、私に失望させるおつもりですか? 鬱陶しい」
「あぁ?」
「どうせ悩んでみた所で、自分に都合の良い結論しか出さないくせに、うじうじうじうじと心底見苦しい。結城巽という人間は欲しいもののためならどんな手段でも取る男です。無理矢理にでも全部手に入れてこそ結城巽なんです。そんなこともお忘れですか? 馬鹿ですか?」
「喧嘩売ってんのかお前」
「花月さんにとってあなたが金銭を与えてくれるだけの存在なら、他の価値を付ければいいだけの話でしょう。何でしたっけ? 優しくしたいとかなんとか? すればいいいじゃないですか。あなたにできるかは別として。誰よりもあなたが花月さんに優しく接してあげればいい。花月さんの望みを何でも叶えてあげればいい。あなたにはそれができる力がありますよ。そうでしょう? あなたがヤクザであることは変えられないんですから、その害ある存在である以上の何かを与えてあげればいいでしょう?」
「…………」
結城が黙って私の話を聞いている。
……珍しい。
「ちなみに今、花月さんを一人にしてしまっているのは、あなたですよ。可哀想に……あの広い部屋に、深夜、ひとりぼっちにされて」
ガバッと上体を起こす結城。『そう言われてみればっ!』とでも言うような感じである。
「……帰る」
「タクシー呼びましょうか?」
「いらねぇ。自分で運転してきた」
「……あなたが?」
「運転くらいできる。俺を何だと思ってんだ」
「お尻から根っこが生えた出不精人間」
「帰る」
「お気を付けて」
『フン』と鼻で笑って帰って行く。心にも無いことを言うなと、伝えたいのだろう。
確かに。思っていない。
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