花を愛でる獅子【本編完結】

千環

文字の大きさ
32 / 108
本編

2-9

※side鳴海

 マンションのフロントと繋がる電話が鳴って、思い浮かんだのは結城だった。私の部屋に訪れる人間など、ものの数人ほど。そして前持って連絡を寄越さないのは、結城だけだからだ。

「通して下さい」

 コンシェルジュに来訪者を通すように伝える。小一時間前まであの気難しい顔を見ていたというのに、なぜわざわざ自宅にまで来るのか。部屋のインターホンが鳴ったので、ドアを開けに行く。

「何か言われる前に言っておきますが、花月さんの母親のことを調べるように言ったのは、あなたですからね」

「言われなくても分かってる」

「ならいいんです。どうぞ」

 結城を中へと促す。気だるそうに靴を脱いで、リビングへと足を進める。そして、自分の部屋のようにソファにドカッと腰を下ろして、そのまま横になる結城。

「何か飲みますか?」

「いや、いらねぇ。……はあ」

 溜め息。
 結城が溜め息を吐くというのに違和感を覚える。

「花月さんの母親の件、そんなにショックでしたか?」

「……はっ、ショックってなんだよ」

「じゃあ、花月さんと何かありました?」

 結城は少し考えている顔をする。言っていいのかどうか逡巡している様子だ。これもまた結城の行動としては違和感。

「……俺と一緒にいたいって言われた」

「よかったじゃないですか」

「どこがだ。そんなことを言われたら、本当に手放せなくなる」

「手放す気があると?」

「当たり前だ。俺の存在があいつにとって、何かプラスになるようなことあるか? 俺があいつにしてやれることは、金を使うことだけだ。借金も学費も生活費も何もかも全部俺が面倒見るって大義名分があるから、俺はあいつのそばにいられる。あいつの弱味を握った振りして、あいつを仕方なく助けてやる振りをして、無理矢理縛り付けて……あいつに嫌がられるようにしてねぇと、自分を抑える自信がない」

「でも、そばにいたいと望まれて、嬉しいんでしょう?」

「……昨日までの俺だったら、バカみてぇに喜んだだろうな。……あークソ、何がしてぇんだよ俺は。言ってることもやってることもめちゃくちゃだ」

 仰向けに寝て、天井を見つめながら、ポツポツと言葉を吐き出していく。

「最初は、見守るだけのつもりだった。楽しそうに働いているあいつを、店に行って眺めるだけで満足だった。……借金くらい、もっと違うやり方で解決してやれたのに。あいつを手に入れるチャンスだと思ったら、どうしようもなかった」

 自嘲するような笑みが結城の顔に浮かぶ。長い付き合いで初めて見る表情だった。

「母親が金持ちって、反則だろ。あいつにとって俺の価値は金でしかないのに。それすら奪われたら、俺なんざただの害だろ」

 自信過剰。自己中心的。得手勝手。我が儘。傍若無人。エゴイスト。
 結城を形容する言葉はこれらに類するものばかりだ。

「でも、手放したくない。優しくしてやりたい。好かれたいし、触れたい。笑って欲しい。でもあいつのことを思ったら、今すぐにでも追い出して、縁を切ってやるべきだ。母親のことを教えてやって、よかったなって言うべきだろ。分かってるくせに……そうできねぇとか、まじで……クソだ」

 結城のことはよく知っているつもりでいた。

 花月さんが現れてから、知らなかったことが次々と出てくる。
 こんな結城を私は知らない。結城が税金対策だと言って遊ばせている店で花月さんをずっと雇っていたことも、そもそもあの店に置いている男のこともほとんど知らない。

 知らない結城を見ることが、少し寂しいように感じるのは、どうしてだろう。

「おい」

「おい、って……何だ」

 いつだって自分が正しいと、それだけで進んで来たじゃないか。その背に付いて行く人間が、どれだけいると思ってる。

「あなたがその程度の男であったと、私に失望させるおつもりですか? 鬱陶しい」

「あぁ?」

「どうせ悩んでみた所で、自分に都合の良い結論しか出さないくせに、うじうじうじうじと心底見苦しい。結城巽という人間は欲しいもののためならどんな手段でも取る男です。無理矢理にでも全部手に入れてこそ結城巽なんです。そんなこともお忘れですか? 馬鹿ですか?」

「喧嘩売ってんのかお前」

「花月さんにとってあなたが金銭を与えてくれるだけの存在なら、他の価値を付ければいいだけの話でしょう。何でしたっけ? 優しくしたいとかなんとか? すればいいいじゃないですか。あなたにできるかは別として。誰よりもあなたが花月さんに優しく接してあげればいい。花月さんの望みを何でも叶えてあげればいい。あなたにはそれができる力がありますよ。そうでしょう? あなたがヤクザであることは変えられないんですから、その害ある存在である以上の何かを与えてあげればいいでしょう?」

「…………」

 結城が黙って私の話を聞いている。
 ……珍しい。

「ちなみに今、花月さんを一人にしてしまっているのは、あなたですよ。可哀想に……あの広い部屋に、深夜、ひとりぼっちにされて」

 ガバッと上体を起こす結城。『そう言われてみればっ!』とでも言うような感じである。

「……帰る」

「タクシー呼びましょうか?」

「いらねぇ。自分で運転してきた」

「……あなたが?」

「運転くらいできる。俺を何だと思ってんだ」

「お尻から根っこが生えた出不精人間」

「帰る」

「お気を付けて」

 『フン』と鼻で笑って帰って行く。心にも無いことを言うなと、伝えたいのだろう。

 確かに。思っていない。
感想 1

あなたにおすすめの小説

人気アイドルの俺、なぜかメンバー全員に好かれてます

七瀬
BL
デビュー4年目の人気アイドルグループ「ECLIPSE(エクリプス)」に所属する芹沢 美澄(せりざわみすみ)は、昔からどこか抜けていてマイペースな性格。 歌もダンスも決して一番ではないはずなのに、なぜかファンからもメンバーからも目を離されない存在だった。 世話焼きな幼なじみ、明るく距離の近い同い年、しっかり者で面倒見のいい年上、掴みどころのない自由人、そして無言で隣にいるリーダー——。 気づけば、美澄の周りにはいつも誰かがいて、当たり前のように甘やかされていく。

後宮に咲く美しき寵后

不来方しい
BL
フィリの故郷であるルロ国では、真っ白な肌に金色の髪を持つ人間は魔女の生まれ変わりだと伝えられていた。生まれた者は民衆の前で焚刑に処し、こうして人々の安心を得る一方、犠牲を当たり前のように受け入れている国だった。 フィリもまた雪のような肌と金髪を持って生まれ、来るべきときに備え、地下の部屋で閉じ込められて生活をしていた。第四王子として生まれても、処刑への道は免れられなかった。 そんなフィリの元に、縁談の話が舞い込んでくる。 縁談の相手はファルーハ王国の第三王子であるヴァシリス。顔も名前も知らない王子との結婚の話は、同性婚に偏見があるルロ国にとって、フィリはさらに肩身の狭い思いをする。 ファルーハ王国は砂漠地帯にある王国であり、雪国であるルロ国とは真逆だ。縁談などフィリ信じず、ついにそのときが来たと諦めの境地に至った。 情報がほとんどないファルーハ王国へ向かうと、国を上げて祝福する民衆に触れ、処刑場へ向かうものだとばかり思っていたフィリは困惑する。 狼狽するフィリの元へ現れたのは、浅黒い肌と黒髪、サファイア色の瞳を持つヴァシリスだった。彼はまだ成人にはあと二年早い子供であり、未成年と婚姻の儀を行うのかと不意を突かれた。 縁談の持ち込みから婚儀までが早く、しかも相手は未成年。そこには第二王子であるジャミルの思惑が隠されていて──。

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

俺は夜、社長の猫になる

衣草 薫
BL
冤罪で職を追われた葵は、若き社長・鷹宮に拾われる。 ただし条件は――夜は“猫”として過ごすこと。 言葉を話さず、ただ撫でられるだけの奇妙な同居生活。 タワマン高層階の部屋で、葵は距離を崩さない鷹宮に少しずつ惹かれていく。 けれど葵はまだ知らない。自分が拾われた本当の理由を。

魔王の息子を育てることになった俺の話

お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。 「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」 現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません? 魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。 BL要素までとても遠いです。前半日常会多め。

愛され少年と嫌われ少年

BL
美しい容姿と高い魔力を持ち、誰からも愛される公爵令息のアシェル。アシェルは王子の不興を買ったことで、「顔を焼く」という重い刑罰を受けることになってしまった。 顔を焼かれる苦痛と恐怖に絶叫した次の瞬間、アシェルはまったく別の場所で別人になっていた。それは同じクラスの少年、顔に大きな痣がある、醜い嫌われ者のノクスだった。 元に戻る方法はわからない。戻れたとしても焼かれた顔は醜い。さらにアシェルはノクスになったことで、自分が顔しか愛されていなかった現実を知ってしまう…。 【嫌われ少年の幼馴染(騎士団所属)×愛され少年】 ※本作はムーンライトノベルズでも公開しています。

【完結】君が笑うから、俺は諦められない

Lillyx48
BL
職場の先輩と後輩の恋のお話