勘当された悪役令嬢は平民になって幸せに暮らしていたのになぜか人生をやり直しさせられる

千環

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幕間

とある公爵令息の憂鬱

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 アドリアーナ・スタングロムは、端的に言うと変な女だ。

 初めて会ったのは6歳の夏。
 ダンスレッスンを始めることになり、パートナーとして一緒に習うことになった女の子だった。スタングロム侯爵と父上は学生の頃から仲が良かったらしいし、少し前からスタングロム侯爵邸に兄上が剣術の指南に通っているという話も聞いていたから、我が家とスタングロム侯爵家は本当に仲が良いんだなぁと、それくらいの認識だった。

 そして、ダンスレッスンの初日。
 綺麗な子だと思った。レッスン中も真面目だし、話していても楽しかった。もしかしたら、自分の婚約者として紹介されるのかもしれない。そうだったら嬉しいなと思うくらいに好意を持っていた。
 しかし、母上に言われたのは、兄上の相手だということだった。勝手に期待して、勝手に裏切られた気になった。

 それから、もう普通に接することが出来なくなって、いつも態度が悪くなってしまう。だけど、そんな俺を嫌がらずに気安く接してくれる優しい子で。それが余計に悔しくて、また憎まれ口を叩いてしまうのだ。
 いつしか姉のような顔をして俺に接するようになってきて、それがまた気に入らなくて、受け入れたくないと思ってしまう。だけどどうしても好ましくて、笑った顔が見たくて。その繰り返し。



「ウィリアムは剣術なんて好きじゃないでしょう?」

 12歳になったある日、唐突にそんなことを言われた。
 図星だった。騎士家系に生まれたから剣術に取り組んでいただけ。身体を動かすことよりも、本を読んでいる時間の方が有意義だし楽しいと感じる。

「ノヴァック家に生まれたら騎士になるんだ。好きか嫌いかは関係ない」

「そんなことないわ。代々文官のスタングロム家だけれど、私の兄は騎士を目指して王国正騎士になったのだもの」

「だけど、俺は……」

「ウィリアムは騎士になるよりも、代官のような仕事をする方が向いてるんじゃない? あなたは次男だし、出仕する必要もないでしょ? いつかはお義父様が持っているどこかの爵位と領地を貰う訳だし、そこも含めて、ノヴァック公爵家が持ついくつかの領地を治める方がアレク様も助かるんじゃないかしら?」

 その言葉は、なんだかストンと腑に落ちた。
 騎士を目指していたのは、ただの意地だった。子供の頃から一度も騎士になれなどとは誰からも言われなかった。むしろ、父上は『剣など持たなくても良い』と言っていたし、兄上は『ウィリアムのことは俺が守る』と言ってくれていた。
 俺の顔が母上そっくりであまりに可愛いから、父上と兄上は怪我をして欲しくないし、させたくないのだと母上は言った。
 それが何だか悔しくて、顔が可愛いから何だと言うんだと意地になって、楽しくも何ともない、痛い思いをするだけの剣術に嫌々取り組んでいたのだった。

「俺が剣術を好きじゃないっていつから分かってた?」

「初めて見た時から。だってあなた、面白かった本の話をしている時の方が楽しそうだもの。お兄様やアレク様が剣術の話をしている時のようにキラキラした目をしてるわよ。好きなことをすればいいじゃない」

 ウィリアムになら何でもできる。だってお義父様もアレク様もウィリアムのことが可愛くて大好きで仕方がないのだから。

 そう面と向かって言われた。
 そんなことを言われてはもう意地を張っているのが馬鹿らしくなった。剣術を楽しんでやっている兄上に追い付けるはずもない。くだらない意地など捨てて、好きなことをする。その方が楽しい。
 自分に向いていることをして、兄上の役に立つ。その方がいいに決まっている。心からそう思えるようになった。

「本当か! 助かるよ、俺は経営の方はからっきしで、剣にしか能がないからな。ウィリアムはたくさん本も読んでいるし、俺より賢いから。頼りにさせてくれ」

 将来はそういう風にしたいんだけど、と伝えると兄上はとても喜んでくれた。ウィリアムがいてくれてよかったと言ってもらえた。ノヴァック家に生まれたのに剣術が好きじゃないことが後ろめたかった。本当は、痛いのも嫌だし、疲れるのも嫌だった。でもそれを隠していないといけないと思っていた。

 アドリアーナ・スタングロムは変な女だ。
 貴族とは。男とは。令嬢とは。こうあるべきなのだ。という価値観をぶち壊していく変わった女だ。

 だけど、ものすごく優しくて、前向きで、楽しくて。一緒にいると、つい調子に乗ってしまう自分。

 この思いを自覚してはならないと分かっている時点で、それが何なのか分かっているのだけれど。それに名前を付けられないまま、10年近い年月を過ごしてきた。

 これから先もずっと、知らない振りをしながら生きていく。大好きな兄と、大好きな友人の幸せを願って。
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