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自覚する気持ち
あいつと話さなくなって一週間が経った。
その頃には俺も冷静になっていて、あれは照れ隠しだったんじゃないかとすら思えるようになっていた。
そして漸く自覚した。
俺は王子が好きだってことに。
だが一方的に怒って「もう来ない」と宣言した手前、屋上に行きづらい。それに行ったとしても、もしあいつが居なかったら俺はどうすればいい。
この関係がバレないようにあいつは俺に教室では話し掛けないし、俺も接触を避けている。連絡先だって知らない。
女子に常に囲まれている中に突撃する勇気もない。それに自覚した途端、冷めた目で見られるのが怖くなった。
熱のないぬるい目で、あいつが俺を見る。
想像するだけで心が穏やかではいられなくなってしまった。
だから俺は、女子に囲まれて笑顔を振り撒くあいつを何気ないふりをして教室の隅から見ていることしか出来なかった。やたらと話し掛ける名前も知らない女子がやけに鼻につく。
話しかけんな。笑うな。目を合わせてんじゃねえよ。触られてんのにほっとくな。答えるなよ。俺を見ろよ。
話し掛ける勇気もないくせに、みっともなく嫉妬は止まらない。あいつの気持ちを確かめるのが怖いくせに、視界に俺を映そうとしないことにイライラした。
結局、俺があいつを見ている間、目なんて微塵も合わなかった。
そうして更に二週間が経った時、下校しようと校舎を出た視界の隅に、桜の木の下で女子と話すあいつの姿があった。正面を向き合って、スカートを握りながら女子が訴えるように話している。その姿に見覚えがあると思ったら、いつも王子に纏わりついて話し掛ける同じクラスの女子だった。
いつもの光景なのに、あいつが何て答えるのかやけに気になって胸騒ぎがする。
断るのか、それとも……————
最悪の想像が脳裏を掠めて、その光景から目が離せない。
この距離では何を話しているのか聞こえない。もっと近づこうと足を踏み出したその時、俺よりも先に女子が一歩踏み出した。まるでスローモーションのように時間の流れが遅くなり鮮明に見えてしまった。あいつの身体に手を添える。踵が浮き、高く伸び上がった足が震える。
そして。
二人の影が重なった。
目の前が真っ黒に染まる。
踏み出し損ねた足が、その場で砂利を踏んだ。手に持っていた鞄がポトリと落ちる。
拒む時間はあった。反射的に手を叩き落として、後ろにのけ反るなり何なり出来た筈だ。でもあいつはそうしなかった。俺だってまだした事がないキスを、あいつはあの女子に許したんだ。
それが答えだった。
俺たちは、もう終わってたんだ。
やっと自覚したのに謝ることも出来ないまま、俺は失恋した。
途端に走馬灯のように屋上で笑い合う日々が蘇る。
俺をつぶさに観察して、体調を崩せばすぐに気がつく。寒ければ手を握って温めて、暑ければ自ら日陰になって自分も暑いのになんてことのない顔で笑った。ぽつりとアレが飲みたいと溢せば、次の日に「オレも飲みたかったから」なんて言って買ってきてくれた。
俺を揶揄ったり、意地悪もされりしたけど、あいつは優しかった。
目が合えばいつもの王子スマイルが少し緩んで嬉しそうに微笑む。愛おしい、好きだと目が訴えていた。完熟した果物みたいな甘くて熱を帯びた視線に脳が沸騰して身まで焼かれそうになる。つまづいて転びそうになった時は咄嗟に支えられて、そして怪我はないかと心配された。柔なお姫様のような扱いに男のプライドが刺激されたけど、本気で心配されていると分かってからはその気遣いがむず痒くなった。
あいつの触れる手は、いつも熱を帯びていて熱かった。
蘇った優しいあいつの顔に、視界が涙で滲む。
悔しくて、辛くて、痛いと泣き叫ぶ胸を唇を噛んで耐えた。
きっと、俺に愛想を尽かしたんだろう。何かをするのはいつもあいつからで、俺はそれを受け入れてばかりだった。
この女子のように、自分から触れようとしたこともない。いやあったかもしれないけど、それは揶揄われたお返しでふざけていたから出来たことだ。
アプローチに反応を返さない態度が一年も続けば、いくら王子でも疲れてしまうんだろう。
取り戻せない後悔が胸を締め付けて、ぐるぐると回る。
キスをされたあいつがどうするのかなんて見たくなくて、俺は落とした鞄を拾い上げてその場から離れようとした。
その時だった。
「気色悪いモン押し付けないでくれる?」
「え」
驚いたように声を発したのは俺じゃなくてあの女子で。聞き馴染みのある声が、俺の知らない怒りを滲ませた低いトーンで耳を通過した。
遠くにいる俺でも聞こえるくらい、大きな声で。
「避けられなかったオレも悪いけど、自分のエゴだけで合意なく迫る君も悪いよね?」
「な、なんでそんなことっ。ひどいっ!」
「酷い? ハッ、どっちが」
「私はただっ、王子くんが好きで、それを分かって貰いたくて……っ」
「だからって、何をしても良いと思ってるんだ」
「お、王子くんは、そんな酷いこと言わない!」
「なに被害者ぶってるの? 被害者は無理やり唇を奪われたオレなんだけど。それにね、君たちの言う王子様は虚像。理想を求められたから偽ってあげてただけ。本当のオレは、こんなんだよ」
そう言って裾でゴシゴシと強く唇の辺りを拭った。
それを見た彼女は、膝から崩れ落ち、あり得ないと目を見開き酷いと言って涙を流す。
「君、ずっとしつこかったんだよね。オレが好きな人がいると言っても私の方がとか言って諦めないし。恋人がいるとキッパリ断ってもそんな話聞いた事ないって話を聞かないし。挙句にボディタッチはしつこいし。好きでもない人に下心を持って触られるのは誰だって嫌でしょ。これを聞いても、まだ振られた私の方が可哀想って思えるの?」
王子の大きな声に寄せられて、いつの間にか周りには人が集まっていた。その表情は同情や侮蔑を表していて、王子を庇う様な視線と、彼女を突き刺す視線が注がれていた。
さらに周りも同じ意見だったのか、王子の言葉に同調して一斉に頭が縦に振られる。悪い意味で彼女は有名だったらしい。
そんな咎める様な視線に耐えきれなくなったのか、顔を赤くした彼女がサッと立ち上がると王子を恨めしそうにキツく睨み付けて、そして早足で去っていった。
ふぅ、と王子が大きく息を吐き出す。そして気合いを入れるかのような仕草に、周りの目は釘付けになった。
「さて」
失恋したかと思えば、そうじゃないような目の前の光景に心が追いつかない。
呆然と立ち尽くすそんな俺に、近付く影があった。王子だ。何とは無しに見上げれば涙を指で拭われて、目が細まった。
「真くん、もう一度言うね。ずっと君が好きだったんだ。こんなオレだけど……結婚を前提に、末永く。ずっと、ずぅーーっと付き合ってほしい」
一年前、屋上で見たような光景が目の前に広がっている。違うのは、ここが屋上じゃなくて校庭で、しかも秘密にしたいと言った口で、自らバラすように衆人環視の中に立っていること。
それと、告白がプロポーズになっていること。
「オレを、最初で最後の男にしてくれる?」
周りは息を呑み、俺たちを静かに見守っている。
王子は本当の王子様のように砂で汚れるのに膝をついて胸に手を立てて、真剣にこっちを見つめている。その瞳の奥には見知った熱を感じて、歓喜で身が震えた。
でもその口元は微笑むように上がっていて、俺がなんて答えるのか分かっているような口ぶりにムカついたから、こうしてやる。
男同士で結婚はできねえとか、なんで誰とも付き合った経験がないってバレてんだとか、そんな野暮な言葉は要らない。俺なりの返事を受け取りやがれ。
差し出された手を無視して、両手を伸ばす。頬に手を添えて顔を傾けながら、その唇にそっと自分のを重ねた。
「……っ」
きゃーとか、うおぉぉー!と悲鳴が聞こえる。観衆から野太い声も時々混じっているが、そこに俺らを批判するような声はなかった。歓喜に満ちた、隠しきれない興奮が滲み出ていることに気が付いて、頬の筋肉が自然と緩む。
さっきの女子の記憶なんて、これで遥か遠くに投げ捨てられただろう。
だって、この王子は俺だけの王子なんだ。あんなやつに奪われて、俺だって怒っていたんだ。
だから、仕返しだ。
ちゅっ、と音を立てて離れる。
そしてニヤリと笑って見せると、ぽかりと口を半開きにしたまま動かなかった王子が意地悪く口角を片方だけ上げて、俺の頭をガシリと掴んだ。
あ、やべ。嫌な予感。
「んんっーーーー!!」
馬鹿みたいに強い力で後頭部を抑えられて、俺の絶叫が王子の口に吸われていく。衆人環視の中、お返しだとばかりに唇を塞がれる。
食むようにその感触を楽しんだかと思えば、ぺろりと唇を撫でて、その感触に驚いて口を開いたらそこから猛攻が始まった。
「んっ、んん、んぁ、ぁ……」
閉じる間もなく咥内に舌が入り込み、我が物顔で俺の口を駆け回る。後頭部を支える手が俺の髪を梳きながらうなじをすりっと擦る。同時に上顎を撫でられて、腰に知らない快感が走った。
くちゅくちゅと生々しい音が響く。舌を絡めて甘えるように擦られると、膝から力が抜け落ちた。が、身体は崩れ落ちることなく王子の腕で支えられて、立ち上がった王子に引っ張られるようにして俺も立った。だが腹立たしいことに身長差がありすぎる。
なのに唇を離してくれないものだから、踵が自然に上がってバランスが危うくなる。なんとか保とうと王子の首に腕を回した。
そんな縋りつく姿になった俺を王子が笑う気配がしたが、そんなのはどうでもよかった。
口の中がずっと気持ち良くて頭が蕩ける。触れ合った場所から溶けて一つになる。ぐずぐずに、身も心も蕩けてしまう。
もっと、もっとほしい。
まだ全然足りなくて、身体を密着させてひたすら舌を追いかけた。
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