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11章
結成
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朝食を摂り終わって、宿屋を後にすると、ハヤト達は服屋に向かう。そう、マリアの新しい服を買うためだ。
確かに、今マリアが着ているローブは上等の物であるが、左胸には、こぶし大の穴が空いている。それは、イーブス教の刺繍が入っていた場所で、イーブス教だと分からないよう、マリアが火で焼いたのである。
いくら、イーブス教だと分からなくする為だと言っても、穴の空いた服を着せたままにするには、マリアは目立ち過ぎる。実際に「これ程の美しい女性に穴の空いたローブなんて……」と言う具合に、ヒソヒソ話が聞こえたくらいだ。さすがに、このままではマズいと感じ、新しい服を新調する事にしたのだ。
人口が約5000人程のエルマの町は、それ程大きな町ではない為、服の品揃えも豊富ではないが、それでも何軒かはあるので、その内の一軒に入る。
「いらっしゃいませ~」
愛想のいい女性の声が聞こえてくる。
「あの、彼女の服を見に来たんですが」
ハヤトが、店員に伝えてマリアを前に出す。
「うわ~~綺麗な方ですね~……フフこんなに美人だとどんな服でもにあいますよ」
なぜか店員が非常に嬉しそうだ。
「ハヤト様……私にはこのローブがありますので……」
マリアは遠慮がちに申し出るが、ハヤトは小声で理由を説明する。
「穴が空いてるし、見る人が見れば、そのローブが『黒衣の執行者』の物だって分かるかも知れないだろ?」
「はあ」
マリアは気の無い返事をする。
「気にしなくてもいいから、そのローブほど上等の物は買えないけど、好きな服を見てくればいい」
マリアは店員に連れられて、店の奥へと入って行く。何やらテンションの高い店員の声が聞こえるが、気にしない。
そして、暫くしてマリアが戻って来た。その姿は、薄い水色のインナーの上に真っ白ではなく、少しクリームがかった色のフード付きローブを着ている。
「これで、よろしいでしょうか?」
マリアが、伏し目がちに聞いてくる。
「うん? ああ、マリアがそれで良いのなら…」
すると店員の女性が、残念そうにハヤトに話し掛けてくる。
「こんなにお美しいのに……勿体ないです……良い服を着れば、もっともっとその美しくさが際立つのに……」
そんな事を言い、店員は自分の事の様に残念がっている。
「お代金ですが、銀貨8枚になります」
ハヤトは、お金を払い店を後にするが、最後まで残念そうにしていた店員の事は置いておくことにする。
「ハヤト様、ありがとうございます」
「ああ、けどまだ武器を買いに行く。マリアにはまだ言ってなかったけど、オレとパーティーを組んで、冒険者をやって貰おうと思っているんだが……いいかな?」
そう言った途端、マリアの顔が明るくなり、嬉しそうに返事をする。
「もちろんです! ハヤト様とご一緒出来るのであれば何処へでも付いて参ります」
何故、マリアがこんなに嬉しそうにしているのか、ハヤトには分からなかったが、喜んでいるのだからと、ハヤトはあまり気にしなかった。
そして、ハヤトが刀を注文している武器屋へと向う。
「いらしゃいませ。ああ、お客さん、まだご注文の品は出来ていませんよ」
「いや、今日は彼女の武器を買いに来たんで」
「えーっと、どの様な武器をお探しですか?」
「マリア、どれにする?」
「私は、杖かスティックの様な物がいいです。使える魔法は回復と支援がメインで攻撃系は少ししか使えませんので……」
ハヤトはその言葉に驚いた。
「えっ! そうなのか? けど……」
ハッとなり、ハヤトはあの時は、炎と闇の攻撃魔法を使っていたのにと言う言葉は呑み込んだ。そしてマリアもハヤトの言いかかった言葉を察したのか、少し寂しそうな顔をする。
「すまない……」
ハヤトは、そんなマリアの表情を見て、失言だったと後悔する。
「ハヤト様、謝らないで下さいとお願いした筈ですよ」
マリアは、優しく微笑見ながらハヤトの顔を見た。そんな、2人の微妙な空気を感じ取った店員は、パンと軽く手を叩き場の雰囲気を断ち切る。
「さ! 杖ならこちらにありますよ。ゆっくり見て下さいね~」
ハヤトもマリアも、上手くあの場の雰囲気を切り替えてくれた店員の女性に感謝しつつ、武器を選ぶ。
「ハヤト様、これにします」
「ああ、すいません。この杖をお願いします」
「はーい……こちらで良いのですね?」
一瞬、店員の言葉が止まり、マリアの顔を見て確認したので、ハヤトが聞き返す。
「何かあるんですか?」
「いえ、お客さんは初心者には見えなかったので……その杖は初心者用の杖で、それで良いのかなと思いまして」
「マリア……」
「今は、これでいいのです」
「けど……」
ハヤトが何か言おうとするのを、遮ってマリアが話し出す。
「ハヤト様、今はお金がない事は知っています。せっかくパーティーを組んだのですから、これから頑張ってお金を稼ぎましょう。装備はそれからでも遅くはありませんよ」
マリアは優しく微笑む。
「そうだな。ありがとう」
「では、そちらの杖は銀貨3枚になります……が、お2人はパーティーを組んだばかりなんですね? では、結成祝いです! 大負けして銀貨2枚にしましょう!」
そんな事を言い出したので、感謝しつつ、ハヤトは銀貨2枚を支払った。
「店員さん、ありがとな。もっと稼いだら、良いもの買いに来る」
「はい! 是非お待ちしてます。それから、私の名前は『ターニャ』です。これからもご贔屓に」
人懐っこいターニャの笑顔に癒されつつハヤトとマリアは、もう一度お礼を述べて店を後にする。
「マリア、これらギルドに向かう」
マリアは心配そうな顔をするが、ハヤトは話を続ける。
「このまま黙って冒険者が出来るとは思わない。それならいっその事、オレの雇い主である、ランジさんと、この国のギルドマスターであるロムさんには話しておこうと思う。それで、今のマリアを引き渡せと言うなら、オレが必ず君を守る……どうかな?」
ハヤトの言葉にマリアは嬉しそうに頷き、一言だけ答える。
「ハヤト様に全てをお任せします」
「よし、じゃあ行こう」
そう言うと、ハヤトとマリアはエルマの町のギルドへと向かった。
ギルドの扉を開けて中に入ると、いつもの様にリエットとメリアルがカウンターに座って、書類の整理をしている。
「こんにちは。ランジさんは居ますか?」
リエットは聞き覚えのある声に、顔を見るまえに反射的に、相手の名前を呼ぶ。
「ハヤトさん? あっ、ランジ様ですね。すぐに呼んできますね。ところで、其方の方は?」
リエットがマリアを見ながら、聞いてくる。
「ああ、新しい仲間なんだ。また、後で冒険者登録を頼むかも知れない」
ハヤトがマリアを紹介すると、リエットは笑顔で答える。
「分かりました。では、少しお待ちください」
暫くしてリエットが1人で戻って来て、ハヤトに伝える。
「ハヤトさん、二階の会議室まで来て欲しいとの事です」
「分かりました。行こうか」
そう言ってマリアに目を向ける。
「はい」
マリアは少しだけ緊張している様だ。2人は扉の前に立つと、ハヤトが扉をノックする。
「ハヤトです」
「どうぞ、お入りください」
聞き覚えのある声が扉の奥から聞こえてくる。
扉を開けて中に入ると、ランジとロムが椅子に腰掛けていたが、何となく緊張している様だった。
「やはり……」
ロムがマリアを見て一言呟く。
「説明して頂けますか?」
ハヤトは事の経緯と、今のマリアは自分の下僕である事を説明した。そして、刑の執行猶予と今までの償いの為、マリアが冒険者として、人々の役に立ちたいと願っている事、その意思を汲む為に、自分がパーティーを組み、監視者として付くので、ギルドに登録して欲しいと言う事も願い出た。
「下僕ですか……ですが、そんな物は所詮は口約束でしょう……いつ、裏切るか分かりません」
ランジがそう言った時、マリアがハヤトに小声で話し掛けてきた。
「ハヤト様、少しだけ私が発言してもよろしいでしょうか?」
マリアが急に動いた為、ランジとロムは驚き、椅子から腰を浮かして身構えたので、隼人が驚いて声を上げた。
「うわっ…… どうしたんですか?」
しかし、マリアが何やら小声でハヤトに話をしているのを見て、2人はゆっくりと椅子に座り直し、ロムが答えた。
「いえ、そちらの方が急に動いたので……驚いてしまって……」
それを聞いてマリアがランジとロムに謝罪する。
「申し訳ございません」
ランジは遠慮なさげに返事をする。
「ええ……」
「ランジさん、ロムさん、マリアが自分の口で説明したいと言っているんで、聞いて下さい」
ランジとロムはお互いに顔を見合わせて、頷きロムが言葉を発する。
「分かりました。とりあえず聞ましょう」
マリアが静かに語りだす。
「ランジ様、ロム様、自己紹介が遅れて申し訳ございません。マリアと申します。私がハヤト様の下僕となった経緯は先程、ハヤト様が申し上げた通りです。そして、お2人が懸念されている私が裏切るのではないか、とのご心配ですがそれもこれを見て頂ければ、ご納得頂けるのではないかと思います」
そう言うとマリアは、ローブの胸元を裸け左胸の上にある模様を見せた。そして、その模様を見たロムは驚愕する。
「そ……それは『魂縛紋』! まさか……本物ですか?……」
「『魂縛紋』とは何ですか? 『奴隷紋』とは違うのでしょうか?」
ランジは意味が分からず、ロムに質問する。
「『奴隷紋』は言わば奴隷に言う事を聞かすために掛ける魔法ですが、『魂縛紋』とは、字の通りで術者が、対象者の魂をも縛ると言う物です……分かりやすく言いますが、対象者は術者の「死ね」と言う命令に背けば、耐える事のできない激痛が死ぬまで身体を襲うと言われています。ですので、命令には逆らえず、今のところ解呪も出来ない代物となっています」
ランジは驚きを隠せない。あの黒衣の執行者と言う人外にまで上り詰めた人間が、下僕にまで成り下がり、更に命まで捧げたのだから。
そして、マリアが言葉を続ける。
「いくら、精神支配を受けていたからと言っても、この様な事で私の罪が消えるとは思っていません。ですが、私は今まで罪の無い人を傷付け殺めた償いをしたいと本気で思っています。ハヤト様のお側で冒険者として、少しでも困っている人の助けになりたいのです。」
黒衣の執行者として、残虐の限りを尽くして来たであろう『闇の魔女リリス』ロムはその時、本当にリリスは死んだのだと悟った。おそらく、彼女の言葉に嘘偽りは無い。それに、ギルドとしては非常に利益になると。
一人一人の力がフレアライトランクの冒険者パーティーと同等か、それ以上の力を持つと言われている『黒衣の執行者』と、その執行者2人をたった1人で退けたハヤトと言うブロンズランクの冒険者……この2人に恩を売ることが出来るのだ。
ここは、自分が感じた様に「リリスは死んだ」と言う事にして、マリアを冒険者として認める。そして、ギルドで何か起きた場合は最大限に協力してもらうと言う事で話しを纏めた方がいいに決まっている。
下手に敵対すれば、フレアライト級の冒険者を持ってしても捉える事は難しい。しかも、どこかの国のお抱えになれば、国同士のパワーバランスが崩れてしまう…この2人にはそれ程の力がある。そんな事を考えれば、答えは1つしか無いのである。
「分かりました。マリアさん貴女をファルハン支部で冒険者として迎えましょう。その代わり、黒衣の執行者であった過去は絶対に口外しないで下さい。そして、先程言ったようにハヤトさんがマリアさんの監視者となり、パーティーとして冒険者登録をして頂きます。宜しいですか?」
ランジはロムの意見に、些か怪訝な表情をしているが、マリアはハヤトの顔を見て涙を流している。そして、ハヤトもその意見に文句はない様だ。
「分かりました。オレがマリアとパーティーを組んで、出来る限りギルドにも協力します」
ロムはハヤトの最後の言葉を理解し、自分の意図が読まれている事に驚きもせず、頷く。
「では、ハヤトさん。お約束通り、『モンスターの群れ討伐依頼』達成報酬と、『黒衣の執行者捕縛の依頼』達成報酬合わせて王金貨1枚と金貨5枚をお渡しします。そして、モンスターの群れ討伐依頼は、『ギルド委員会審議対象依頼』ですので、追加報酬としてある程度の武具やアイテムを受け取る事が出来ます。更にハヤトさんはブロンズランクからの昇級が有りますので、楽しみにしていて下さい」
「え……!王金貨が貰えるんですか! やった! これで少しは生活が楽になるぞ! あっ……すいません……」
予想していたよりも報酬金額が、かなり大きく思わずハヤトは口にしてしまい、ランジとロムは少々呆れ顔を見せ、涙を流していたマリアもクスッと笑ったため、場の雰囲気が少しだけ和らいだ。
ランジも今のハヤトの言葉で気が抜けたのか、一通り話を聞き終わって、マリアの涙と決意、ギルドマスターとしてのロムの真意を読み取り、これからの2人を好意的に見るようにした。
「では、マリアさんには、まずギルドへ登録して頂かなくてはなりませんね。登録は何時も通り、カウンターでお願いします」
ハヤトとマリアはランジに頭を下げる。
「では、話しはここまでです。依頼達成ありがとうございました」
ロムが場を締めくくり、ハヤトとマリアは部屋を後にして、カウンターへと向かいリエットに話しかけた。
「リエットさん、彼女の冒険者登録をお願いします」
「はい、畏まりました。それではこちらの羊皮紙に記載されている重要事項を確認し、記入して下さい。記入例はこちらにありますので、解らない時は見て下さいね」
リエットはそう言うと、以前ハヤトに言ったままの言葉を機械の様に繰り返す。
「次は、ギルドの説明がありますが、お名前は……マリア様ですね。マリア様の場合は既にパートナー、若しくはパーティーを組んでいる為、省略出来ますが、どうなさいますか? ただし、登録時間とプレート作製時間がありますので、少々お時間を頂きますが」
「ええ、大丈夫です。そこで待っていますので」
「畏まりました。あっ、それからパーティー名は決まっていますか?」
「え!……いえ、まだ決めていませんので、決めて頂けるようにお願いしておきます」
「はい、分かりました。では、暫くお待ち下さい」
必要書類の確認と記載を終え戻って来たマリアに、ハヤトは不思議そうな顔をして、疑問を口にする。
「あれ、早いな? ギルドの説明やら、ランクの説明やらは無かったのか?」
「はい、私の場合既にパートナーがいる為、省略出来るそうなので、省略して来ました。それからハヤト様、パーティー名を考えて頂きたいのですが……」
「パーティー名……そっか、そうだな……何にしようか………………」
ハヤトは、何も考えていなかった為、腕を組んで考えながら、マリアにも聞く。
「マリアは何かあるか?」
「えっ!……わっ、私は、下僕ですので……(ハヤト様のお側に置いて頂けるだけで……)ハヤト様にお任せします」
マリアは恥ずかしそうに、モジモジしながら何かを呟いたが、ハヤトに任せると言う。そして、その意図を全く察する事が出来ず、盛大に勘違いするハヤトであった。
(むむ……下僕を盾に逃げたな……マリア……)
「……しかし、すぐに決めないといけないものなのか?」
「そう言う事はないと思いますが…念のために聞いて参ります」
「ああ、頼む」
マリアはもう一度受付へ戻って行った。
「う~ん……パーティー名ね~……」
受付へ聞きに行っていたマリアが戻って来た。
「ハヤトさま。やはり、急いで决める必要はないそうですよ」
「そうか、じゃあゆっくり考えよう」
「はい」
そして、しばらくして登録手続きの終わったマリアと共に、ハヤトはギルドを後にするのであった。
確かに、今マリアが着ているローブは上等の物であるが、左胸には、こぶし大の穴が空いている。それは、イーブス教の刺繍が入っていた場所で、イーブス教だと分からないよう、マリアが火で焼いたのである。
いくら、イーブス教だと分からなくする為だと言っても、穴の空いた服を着せたままにするには、マリアは目立ち過ぎる。実際に「これ程の美しい女性に穴の空いたローブなんて……」と言う具合に、ヒソヒソ話が聞こえたくらいだ。さすがに、このままではマズいと感じ、新しい服を新調する事にしたのだ。
人口が約5000人程のエルマの町は、それ程大きな町ではない為、服の品揃えも豊富ではないが、それでも何軒かはあるので、その内の一軒に入る。
「いらっしゃいませ~」
愛想のいい女性の声が聞こえてくる。
「あの、彼女の服を見に来たんですが」
ハヤトが、店員に伝えてマリアを前に出す。
「うわ~~綺麗な方ですね~……フフこんなに美人だとどんな服でもにあいますよ」
なぜか店員が非常に嬉しそうだ。
「ハヤト様……私にはこのローブがありますので……」
マリアは遠慮がちに申し出るが、ハヤトは小声で理由を説明する。
「穴が空いてるし、見る人が見れば、そのローブが『黒衣の執行者』の物だって分かるかも知れないだろ?」
「はあ」
マリアは気の無い返事をする。
「気にしなくてもいいから、そのローブほど上等の物は買えないけど、好きな服を見てくればいい」
マリアは店員に連れられて、店の奥へと入って行く。何やらテンションの高い店員の声が聞こえるが、気にしない。
そして、暫くしてマリアが戻って来た。その姿は、薄い水色のインナーの上に真っ白ではなく、少しクリームがかった色のフード付きローブを着ている。
「これで、よろしいでしょうか?」
マリアが、伏し目がちに聞いてくる。
「うん? ああ、マリアがそれで良いのなら…」
すると店員の女性が、残念そうにハヤトに話し掛けてくる。
「こんなにお美しいのに……勿体ないです……良い服を着れば、もっともっとその美しくさが際立つのに……」
そんな事を言い、店員は自分の事の様に残念がっている。
「お代金ですが、銀貨8枚になります」
ハヤトは、お金を払い店を後にするが、最後まで残念そうにしていた店員の事は置いておくことにする。
「ハヤト様、ありがとうございます」
「ああ、けどまだ武器を買いに行く。マリアにはまだ言ってなかったけど、オレとパーティーを組んで、冒険者をやって貰おうと思っているんだが……いいかな?」
そう言った途端、マリアの顔が明るくなり、嬉しそうに返事をする。
「もちろんです! ハヤト様とご一緒出来るのであれば何処へでも付いて参ります」
何故、マリアがこんなに嬉しそうにしているのか、ハヤトには分からなかったが、喜んでいるのだからと、ハヤトはあまり気にしなかった。
そして、ハヤトが刀を注文している武器屋へと向う。
「いらしゃいませ。ああ、お客さん、まだご注文の品は出来ていませんよ」
「いや、今日は彼女の武器を買いに来たんで」
「えーっと、どの様な武器をお探しですか?」
「マリア、どれにする?」
「私は、杖かスティックの様な物がいいです。使える魔法は回復と支援がメインで攻撃系は少ししか使えませんので……」
ハヤトはその言葉に驚いた。
「えっ! そうなのか? けど……」
ハッとなり、ハヤトはあの時は、炎と闇の攻撃魔法を使っていたのにと言う言葉は呑み込んだ。そしてマリアもハヤトの言いかかった言葉を察したのか、少し寂しそうな顔をする。
「すまない……」
ハヤトは、そんなマリアの表情を見て、失言だったと後悔する。
「ハヤト様、謝らないで下さいとお願いした筈ですよ」
マリアは、優しく微笑見ながらハヤトの顔を見た。そんな、2人の微妙な空気を感じ取った店員は、パンと軽く手を叩き場の雰囲気を断ち切る。
「さ! 杖ならこちらにありますよ。ゆっくり見て下さいね~」
ハヤトもマリアも、上手くあの場の雰囲気を切り替えてくれた店員の女性に感謝しつつ、武器を選ぶ。
「ハヤト様、これにします」
「ああ、すいません。この杖をお願いします」
「はーい……こちらで良いのですね?」
一瞬、店員の言葉が止まり、マリアの顔を見て確認したので、ハヤトが聞き返す。
「何かあるんですか?」
「いえ、お客さんは初心者には見えなかったので……その杖は初心者用の杖で、それで良いのかなと思いまして」
「マリア……」
「今は、これでいいのです」
「けど……」
ハヤトが何か言おうとするのを、遮ってマリアが話し出す。
「ハヤト様、今はお金がない事は知っています。せっかくパーティーを組んだのですから、これから頑張ってお金を稼ぎましょう。装備はそれからでも遅くはありませんよ」
マリアは優しく微笑む。
「そうだな。ありがとう」
「では、そちらの杖は銀貨3枚になります……が、お2人はパーティーを組んだばかりなんですね? では、結成祝いです! 大負けして銀貨2枚にしましょう!」
そんな事を言い出したので、感謝しつつ、ハヤトは銀貨2枚を支払った。
「店員さん、ありがとな。もっと稼いだら、良いもの買いに来る」
「はい! 是非お待ちしてます。それから、私の名前は『ターニャ』です。これからもご贔屓に」
人懐っこいターニャの笑顔に癒されつつハヤトとマリアは、もう一度お礼を述べて店を後にする。
「マリア、これらギルドに向かう」
マリアは心配そうな顔をするが、ハヤトは話を続ける。
「このまま黙って冒険者が出来るとは思わない。それならいっその事、オレの雇い主である、ランジさんと、この国のギルドマスターであるロムさんには話しておこうと思う。それで、今のマリアを引き渡せと言うなら、オレが必ず君を守る……どうかな?」
ハヤトの言葉にマリアは嬉しそうに頷き、一言だけ答える。
「ハヤト様に全てをお任せします」
「よし、じゃあ行こう」
そう言うと、ハヤトとマリアはエルマの町のギルドへと向かった。
ギルドの扉を開けて中に入ると、いつもの様にリエットとメリアルがカウンターに座って、書類の整理をしている。
「こんにちは。ランジさんは居ますか?」
リエットは聞き覚えのある声に、顔を見るまえに反射的に、相手の名前を呼ぶ。
「ハヤトさん? あっ、ランジ様ですね。すぐに呼んできますね。ところで、其方の方は?」
リエットがマリアを見ながら、聞いてくる。
「ああ、新しい仲間なんだ。また、後で冒険者登録を頼むかも知れない」
ハヤトがマリアを紹介すると、リエットは笑顔で答える。
「分かりました。では、少しお待ちください」
暫くしてリエットが1人で戻って来て、ハヤトに伝える。
「ハヤトさん、二階の会議室まで来て欲しいとの事です」
「分かりました。行こうか」
そう言ってマリアに目を向ける。
「はい」
マリアは少しだけ緊張している様だ。2人は扉の前に立つと、ハヤトが扉をノックする。
「ハヤトです」
「どうぞ、お入りください」
聞き覚えのある声が扉の奥から聞こえてくる。
扉を開けて中に入ると、ランジとロムが椅子に腰掛けていたが、何となく緊張している様だった。
「やはり……」
ロムがマリアを見て一言呟く。
「説明して頂けますか?」
ハヤトは事の経緯と、今のマリアは自分の下僕である事を説明した。そして、刑の執行猶予と今までの償いの為、マリアが冒険者として、人々の役に立ちたいと願っている事、その意思を汲む為に、自分がパーティーを組み、監視者として付くので、ギルドに登録して欲しいと言う事も願い出た。
「下僕ですか……ですが、そんな物は所詮は口約束でしょう……いつ、裏切るか分かりません」
ランジがそう言った時、マリアがハヤトに小声で話し掛けてきた。
「ハヤト様、少しだけ私が発言してもよろしいでしょうか?」
マリアが急に動いた為、ランジとロムは驚き、椅子から腰を浮かして身構えたので、隼人が驚いて声を上げた。
「うわっ…… どうしたんですか?」
しかし、マリアが何やら小声でハヤトに話をしているのを見て、2人はゆっくりと椅子に座り直し、ロムが答えた。
「いえ、そちらの方が急に動いたので……驚いてしまって……」
それを聞いてマリアがランジとロムに謝罪する。
「申し訳ございません」
ランジは遠慮なさげに返事をする。
「ええ……」
「ランジさん、ロムさん、マリアが自分の口で説明したいと言っているんで、聞いて下さい」
ランジとロムはお互いに顔を見合わせて、頷きロムが言葉を発する。
「分かりました。とりあえず聞ましょう」
マリアが静かに語りだす。
「ランジ様、ロム様、自己紹介が遅れて申し訳ございません。マリアと申します。私がハヤト様の下僕となった経緯は先程、ハヤト様が申し上げた通りです。そして、お2人が懸念されている私が裏切るのではないか、とのご心配ですがそれもこれを見て頂ければ、ご納得頂けるのではないかと思います」
そう言うとマリアは、ローブの胸元を裸け左胸の上にある模様を見せた。そして、その模様を見たロムは驚愕する。
「そ……それは『魂縛紋』! まさか……本物ですか?……」
「『魂縛紋』とは何ですか? 『奴隷紋』とは違うのでしょうか?」
ランジは意味が分からず、ロムに質問する。
「『奴隷紋』は言わば奴隷に言う事を聞かすために掛ける魔法ですが、『魂縛紋』とは、字の通りで術者が、対象者の魂をも縛ると言う物です……分かりやすく言いますが、対象者は術者の「死ね」と言う命令に背けば、耐える事のできない激痛が死ぬまで身体を襲うと言われています。ですので、命令には逆らえず、今のところ解呪も出来ない代物となっています」
ランジは驚きを隠せない。あの黒衣の執行者と言う人外にまで上り詰めた人間が、下僕にまで成り下がり、更に命まで捧げたのだから。
そして、マリアが言葉を続ける。
「いくら、精神支配を受けていたからと言っても、この様な事で私の罪が消えるとは思っていません。ですが、私は今まで罪の無い人を傷付け殺めた償いをしたいと本気で思っています。ハヤト様のお側で冒険者として、少しでも困っている人の助けになりたいのです。」
黒衣の執行者として、残虐の限りを尽くして来たであろう『闇の魔女リリス』ロムはその時、本当にリリスは死んだのだと悟った。おそらく、彼女の言葉に嘘偽りは無い。それに、ギルドとしては非常に利益になると。
一人一人の力がフレアライトランクの冒険者パーティーと同等か、それ以上の力を持つと言われている『黒衣の執行者』と、その執行者2人をたった1人で退けたハヤトと言うブロンズランクの冒険者……この2人に恩を売ることが出来るのだ。
ここは、自分が感じた様に「リリスは死んだ」と言う事にして、マリアを冒険者として認める。そして、ギルドで何か起きた場合は最大限に協力してもらうと言う事で話しを纏めた方がいいに決まっている。
下手に敵対すれば、フレアライト級の冒険者を持ってしても捉える事は難しい。しかも、どこかの国のお抱えになれば、国同士のパワーバランスが崩れてしまう…この2人にはそれ程の力がある。そんな事を考えれば、答えは1つしか無いのである。
「分かりました。マリアさん貴女をファルハン支部で冒険者として迎えましょう。その代わり、黒衣の執行者であった過去は絶対に口外しないで下さい。そして、先程言ったようにハヤトさんがマリアさんの監視者となり、パーティーとして冒険者登録をして頂きます。宜しいですか?」
ランジはロムの意見に、些か怪訝な表情をしているが、マリアはハヤトの顔を見て涙を流している。そして、ハヤトもその意見に文句はない様だ。
「分かりました。オレがマリアとパーティーを組んで、出来る限りギルドにも協力します」
ロムはハヤトの最後の言葉を理解し、自分の意図が読まれている事に驚きもせず、頷く。
「では、ハヤトさん。お約束通り、『モンスターの群れ討伐依頼』達成報酬と、『黒衣の執行者捕縛の依頼』達成報酬合わせて王金貨1枚と金貨5枚をお渡しします。そして、モンスターの群れ討伐依頼は、『ギルド委員会審議対象依頼』ですので、追加報酬としてある程度の武具やアイテムを受け取る事が出来ます。更にハヤトさんはブロンズランクからの昇級が有りますので、楽しみにしていて下さい」
「え……!王金貨が貰えるんですか! やった! これで少しは生活が楽になるぞ! あっ……すいません……」
予想していたよりも報酬金額が、かなり大きく思わずハヤトは口にしてしまい、ランジとロムは少々呆れ顔を見せ、涙を流していたマリアもクスッと笑ったため、場の雰囲気が少しだけ和らいだ。
ランジも今のハヤトの言葉で気が抜けたのか、一通り話を聞き終わって、マリアの涙と決意、ギルドマスターとしてのロムの真意を読み取り、これからの2人を好意的に見るようにした。
「では、マリアさんには、まずギルドへ登録して頂かなくてはなりませんね。登録は何時も通り、カウンターでお願いします」
ハヤトとマリアはランジに頭を下げる。
「では、話しはここまでです。依頼達成ありがとうございました」
ロムが場を締めくくり、ハヤトとマリアは部屋を後にして、カウンターへと向かいリエットに話しかけた。
「リエットさん、彼女の冒険者登録をお願いします」
「はい、畏まりました。それではこちらの羊皮紙に記載されている重要事項を確認し、記入して下さい。記入例はこちらにありますので、解らない時は見て下さいね」
リエットはそう言うと、以前ハヤトに言ったままの言葉を機械の様に繰り返す。
「次は、ギルドの説明がありますが、お名前は……マリア様ですね。マリア様の場合は既にパートナー、若しくはパーティーを組んでいる為、省略出来ますが、どうなさいますか? ただし、登録時間とプレート作製時間がありますので、少々お時間を頂きますが」
「ええ、大丈夫です。そこで待っていますので」
「畏まりました。あっ、それからパーティー名は決まっていますか?」
「え!……いえ、まだ決めていませんので、決めて頂けるようにお願いしておきます」
「はい、分かりました。では、暫くお待ち下さい」
必要書類の確認と記載を終え戻って来たマリアに、ハヤトは不思議そうな顔をして、疑問を口にする。
「あれ、早いな? ギルドの説明やら、ランクの説明やらは無かったのか?」
「はい、私の場合既にパートナーがいる為、省略出来るそうなので、省略して来ました。それからハヤト様、パーティー名を考えて頂きたいのですが……」
「パーティー名……そっか、そうだな……何にしようか………………」
ハヤトは、何も考えていなかった為、腕を組んで考えながら、マリアにも聞く。
「マリアは何かあるか?」
「えっ!……わっ、私は、下僕ですので……(ハヤト様のお側に置いて頂けるだけで……)ハヤト様にお任せします」
マリアは恥ずかしそうに、モジモジしながら何かを呟いたが、ハヤトに任せると言う。そして、その意図を全く察する事が出来ず、盛大に勘違いするハヤトであった。
(むむ……下僕を盾に逃げたな……マリア……)
「……しかし、すぐに決めないといけないものなのか?」
「そう言う事はないと思いますが…念のために聞いて参ります」
「ああ、頼む」
マリアはもう一度受付へ戻って行った。
「う~ん……パーティー名ね~……」
受付へ聞きに行っていたマリアが戻って来た。
「ハヤトさま。やはり、急いで决める必要はないそうですよ」
「そうか、じゃあゆっくり考えよう」
「はい」
そして、しばらくして登録手続きの終わったマリアと共に、ハヤトはギルドを後にするのであった。
応援ありがとうございます!
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