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7 白い安楽死
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寝室に連れ戻された僕は、シーツの上にそっと横たえられた。
朔さんの動作はどこまでも丁寧で、壊れ物を扱うような慈しみに満ちている。それが余計に恐ろしかった。さっき見てしまった「僕の死亡診断書」の冷徹さと、今僕の頬を撫でる指の熱さが、どうしても結びつかない。
「……どうして、あんな酷いことをしたんですか、朔さん。僕の家族まで騙して……」
僕の声は、情けないほど震えていた。
朔さんは答える代わりに、僕の耳元に唇を寄せ、熱い吐息を吹きかける。
「君を守るためだよ、澪。あんな、君の才能も心も理解しない家族のもとにいたら、君はいつか枯れてしまう。……俺が、君に新しい世界をあげたんだ」
朔さんはサイドボードから、小さなアロマオイルの瓶を取り出した。蓋を開けると、部屋中にいつものシトラスの香りが、それこそ頭が痛くなるほど濃密に広がる。
「……あ、くん……お願い、もうやめて……」
「やめないよ。君が、外の世界のことなんて一秒も思い出せなくなるまで、俺が君を愛してあげる」
朔さんの唇が、僕のまぶた、鼻先、そして唇へと、羽毛が触れるような柔らかなキスを落としていく。
痛みなんて、どこにもない。
ただ、彼の指先が僕の肌を滑るたびに、書斎で見つけた恐怖が、ドロドロとした甘い快楽に書き換えられていくのがわかった。
シャツを脱がされ、むき出しになった胸元に、彼は優しく顔を埋めた。
「痛いことはしない。……俺は、君に気持ちよくなってほしいだけなんだ」
その言葉通り、彼の手つきはどこまでも甘美だった。
僕の身体のどこが弱くて、どこを触れば声が漏れてしまうのか。彼は僕以上に僕を知り尽くしている。
じわじわと体温を上げられ、視界が白く霞んでいく。
(逃げなきゃいけないのに……)
頭の片隅で警鐘が鳴っている。けれど、彼に触れられている場所から、意志の力が溶け出して消えていく。
彼は僕の絶望を、快楽という名の麻酔で麻痺させていくのだ。
「……っ、ふ……あ、あ……っ」
「いい声だ、澪。その声も、その涙も、全部俺だけのものだ。……そうだろう?」
朔さんの瞳が、暗い水底のように僕を見つめている。
彼は僕の首筋に深く顔を寄せ、僕の匂いを吸い込んだ。まるで、僕の魂を自分の中に取り込もうとしているみたいに。
痛みがないからこそ、拒絶する理由が見つからない。
優しく抱かれれば抱かれるほど、僕は自分が「死んだ人間」であることを受け入れてしまいそうになる。
社会から消され、家族からも忘れられた僕は、もうこの腕の中でしか「生」を実感できないのではないか。
「愛してるよ、澪。……俺が、君のすべてになってあげる」
彼が僕の内に、熱を注ぎ込む。
それは、世界で一番甘くて、世界で一番残酷な「安楽死」だった。
僕は彼の肩に手を回し、自分からその体温に縋り付いた。
窓の外、雪はすべてを葬り去るように、音もなく降り続いていた。
朔さんの動作はどこまでも丁寧で、壊れ物を扱うような慈しみに満ちている。それが余計に恐ろしかった。さっき見てしまった「僕の死亡診断書」の冷徹さと、今僕の頬を撫でる指の熱さが、どうしても結びつかない。
「……どうして、あんな酷いことをしたんですか、朔さん。僕の家族まで騙して……」
僕の声は、情けないほど震えていた。
朔さんは答える代わりに、僕の耳元に唇を寄せ、熱い吐息を吹きかける。
「君を守るためだよ、澪。あんな、君の才能も心も理解しない家族のもとにいたら、君はいつか枯れてしまう。……俺が、君に新しい世界をあげたんだ」
朔さんはサイドボードから、小さなアロマオイルの瓶を取り出した。蓋を開けると、部屋中にいつものシトラスの香りが、それこそ頭が痛くなるほど濃密に広がる。
「……あ、くん……お願い、もうやめて……」
「やめないよ。君が、外の世界のことなんて一秒も思い出せなくなるまで、俺が君を愛してあげる」
朔さんの唇が、僕のまぶた、鼻先、そして唇へと、羽毛が触れるような柔らかなキスを落としていく。
痛みなんて、どこにもない。
ただ、彼の指先が僕の肌を滑るたびに、書斎で見つけた恐怖が、ドロドロとした甘い快楽に書き換えられていくのがわかった。
シャツを脱がされ、むき出しになった胸元に、彼は優しく顔を埋めた。
「痛いことはしない。……俺は、君に気持ちよくなってほしいだけなんだ」
その言葉通り、彼の手つきはどこまでも甘美だった。
僕の身体のどこが弱くて、どこを触れば声が漏れてしまうのか。彼は僕以上に僕を知り尽くしている。
じわじわと体温を上げられ、視界が白く霞んでいく。
(逃げなきゃいけないのに……)
頭の片隅で警鐘が鳴っている。けれど、彼に触れられている場所から、意志の力が溶け出して消えていく。
彼は僕の絶望を、快楽という名の麻酔で麻痺させていくのだ。
「……っ、ふ……あ、あ……っ」
「いい声だ、澪。その声も、その涙も、全部俺だけのものだ。……そうだろう?」
朔さんの瞳が、暗い水底のように僕を見つめている。
彼は僕の首筋に深く顔を寄せ、僕の匂いを吸い込んだ。まるで、僕の魂を自分の中に取り込もうとしているみたいに。
痛みがないからこそ、拒絶する理由が見つからない。
優しく抱かれれば抱かれるほど、僕は自分が「死んだ人間」であることを受け入れてしまいそうになる。
社会から消され、家族からも忘れられた僕は、もうこの腕の中でしか「生」を実感できないのではないか。
「愛してるよ、澪。……俺が、君のすべてになってあげる」
彼が僕の内に、熱を注ぎ込む。
それは、世界で一番甘くて、世界で一番残酷な「安楽死」だった。
僕は彼の肩に手を回し、自分からその体温に縋り付いた。
窓の外、雪はすべてを葬り去るように、音もなく降り続いていた。
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