舞台の隅で、熱(オメガ)を噛み殺す。

そらいろ

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​3/共鳴の兆し

​ 鳴り止まない拍手と地鳴りのような歓声。
 照明が落とされたステージを降りた瞬間、アドレナリンで麻痺していた感覚が一気に逆流してきた。肺が焼けるように熱く、喉の奥が鉄の味で満たされる。

​「最高だった! マジで過去一だよ!!」

​ 舞台袖に足を踏み入れた途端、リーダーの誠那が顔を上気させて駆け寄ってきた。

​「誠那くんの足踏み、あれで完全に目が覚めたよ……!」
「湊のコーラスも、大和のリズムも完璧だった。みんな、本当に……っ」

​ 海吏と千秋が肩を組み合わせ、全員が汗だくのまま、言葉にならない興奮を分かち合っている。
 そんな中、誠那は真っ先に類の肩を強く抱き寄せた。

​「類、お前があの瞬間に歌い出してくれなかったら、俺たち今頃終わってたよ。……ありがとう。お前がluminaの誇りだ」

​ 誠那の瞳は、一点の曇りもない。彼らがβとして純粋に注いでくれる感謝と信頼。それが今の類には、どんなナイフよりも鋭く胸に突き刺さった。

​(……ごめん。僕は、君たちが思っているような『誇り』じゃないんだ)

​ 首筋の遮断パッチが汗で剥がれかかっている。内側からせり上がってくる、煮詰めたような甘い熱。
 「誇り」と呼んでくれる彼らを、一瞬で「捕食者」に変えてしまうかもしれない毒が、肌の隙間から漏れ出ようとしていた。

​「……類? 顔色が悪いぞ。大丈夫か?」

 誠那が心配そうに覗き込んでくる。その手が類の腕に触れようとした瞬間、類は弾かれたようにその手を振り払ってしまった。

​「あ、ごめん……ちょっと、熱中症かも。トイレ、行ってくる」

​ 「類!」と呼ぶ大和の声を無視して、類はふらふらとした足取りで通路を走った。背後で「大丈夫かな、今の」「無理させすぎたかも」と心配し合うメンバーの優しさが、今の類にはただただ恐ろしかった。
​ 一番近くにあった多目的トイレへと滑り込み、鍵をかける。
 震える手でポーチを探るが、あるはずの場所に、あの青いカプセルがない。

​「……嘘だろ、どこで……」

​ カバンをひっくり返すが、どこにも見当たらない。
 視界がチカチカと点滅し始める。βの仮面が剥がれ落ち、体がΩの本能に塗り替えられていく恐怖。

​(戻っても、luminaはβばかりのグループだ。……普通にしていれば、問題はない。彼らは僕を責めたりしない。……けど)

​ 何も知らない「βばかり」の彼らの平穏を壊すのは、いつだって自分のような異分子だ。彼らを汚したくない。その一心で、類は喉をかきむしった。
​ その時、個室のドアが小さくノックされた。

​「……類? 入ってるんでしょ」

​ 聞き慣れた、一ノ瀬ハルの声。
 類は息を殺したが、個室の隙間から漏れ出す匂いは隠しきれなかった。

​「……開けて。僕以外に来られたら、本当に終わりだよ」

​ ハルの声は、いつもより低く、切実だった。
 類が震える手で鍵を開けると、滑り込んできたハルが即座にドアを閉め、類に小さな包みを押し付けた。

​「これ、飲みなよ」

​ それは、類が愛用しているものよりさらに強力な、高純度の抑制剤だった。
 類がそれを飲み込み、壁に背を預けて荒い息を吐き出す。

​「……なんで、ハルがこれを持ってるんだ」

 類は震える声で問いかけた。
 ハルは自嘲気味に口角を上げると、類を壁に押し戻すように一歩踏み込み、その耳元に顔を寄せた。
 その瞬間、首筋から漂ってきたのは、類自身のものと酷似した、煮詰めたように甘美な「毒」の気配。

​「気づいてなかったの? ステージであんなに共鳴したのに……。類だけじゃないよ、隠してるのは」

​ 類は目を見開いた。目の前で少し肩を揺らしているハル。いつも隣で、共に「平凡なβ」として歩んできたはずの親友。

​(まさか、ハル……?)

​「僕もだよ、類。……君が死ぬ気で守ってきたこの『βばかりのグループ』に、僕だって救われてたんだ」

​ そう言って少し目を伏せたハルの横顔は、いつもの穏やかな彼とは別人のように、ひどく危うくて、綺麗だった。
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