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後編(ベイク視点)
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ベイクは近頃ツイていなかった。
仕事では細かなミスが増えたし、そのことで上司に注意される回数も増えた。
上司や先輩社員ならともかく、今日は後輩となった新入社員にまでミスを指摘されてしまった。
ミスした自分が悪いのはわかっているが、後輩に指摘されたことがベイクのプライドをいささか傷つけた。
こういうときは気晴らしに友人達と飲みに行きたい。
だが飲みに行きたくても、誰も誘いに乗ってくれなかった。
学生時代からの友人達は、半年前にベイクがクレアと別れてモモと結婚することを告げてから、徐々に会う機会が減っていった。
距離を取られているのは、ベイクも何となく気づいていた。
会社の同期とはそれほど仲が良くないし、飲みに誘ってくれる先輩も、付き合ってくれる後輩もいない。
社会人サークル等には入っていないし、オンライン上で付き合いのある友人もいない。
己の人望のなさに嫌気がさす。
かといって仕事帰りに1人で飲みに行くのは、何となく寂しかったし『そういうことじゃない』と思った。
ベイクは飲みたいのではなく、誰かに愚痴を聞いて貰いたいのだ。
「はぁ…。だからって、このまま家に帰ってもなぁ…」
家に帰っても誰もいない。
温かい風呂も食事の用意もされていない。
独身時代ならそれは当然のことだったが、ベイクは半年前に結婚している。
結婚しているのにもかかわらず、彼は自宅で1人で過ごしていた。
なぜなら新妻は、2ヶ月前に出産が近いということで実家に帰っていたからだ。
(家にいた頃も、モモが料理を作ってくれたことなんてないけどな…)
モモと正式に籍を入れて同居するようになったものの、彼女は炊事洗濯を行うことがなかった。
つわりが酷いと言われてしまえば、何も言えない。
己が撒いた種だ。彼女の体調不良はベイクのせいなのだ。
モモの体を労り、ベイクは率先して家事を行った。
そんな彼にモモは感謝するどころかケチを付けた。
食事が不味い。部屋の掃除が行き届いていない。夫婦それぞれの洋服は分けて洗濯しろ。
様々な注文を付けていった。
仕事と家事に追われ、ベイクは疲弊していた。
モモが実家に戻った日は、心の底からホッとしたものだ。
最初の内は開放感と独身気分を味わって楽しかった。
その頃は仕事も順調だったように思う。
だが一ヶ月もすぎれば、段々と寂しさが勝ってくる。
独身時代と違い、友人達と遊ぶことがなくなったからだ。
仕事以外で人と話すことなんて、飲食店での注文時くらいだった。
モモに連絡を入れても電話は出ないし、メールの返信は素っ気ない。
――寂しい。
無性に寂しかった。
「――クレアに会いたい…」
思わずそう呟いていた。
(いや、何を考えてるんだ俺は。結婚してるのに元カノに会いたいだなんて…)
最低だ。
軽く両頬を叩き、気持ちを切り替えようとする。
だがクレアの笑顔が頭から離れない。
(クレア…)
その時、電話が鳴った。
吃驚したベイクは、慌てて電話を取る。
相手はモモからだった。
「――はい…えっ、産まれた!? す、すぐ行く」
モモの実家は遠方にある。
電話で上司に有給休暇の申請を願い出ると、列車と夜行バスのチケットを予約し、すぐに家を出た。
連絡を貰った翌々日の朝、ようやく妻の実家に着いた。
産院ではなく実家を訪れたのは、妻が既に退院しているからだ。
移動中に妻から貰ったメールには、先週無事に出産を終え、今日退院した旨が書いてあったのだ。
電話を入れたのも、義実家に帰ってきてからだったようだ。
(産まれたのが先週だなんて…何でもっと早く連絡してくれなかったんだ!)
僅かに憤りを感じるが、それよりも早く我が子に会いたかった。
義母に案内されリビングに通されると、ソファには疲れた顔の妻と、彼女の腕に抱かれた赤子の姿があった。
「モモ!」
「ベイク…。男の子よ…」
「あぁ…よく、よく頑張ったね!」
ソファに駆け寄り妻を労った。
産まれたばかりの小さな命に、自然と目が潤む。
「可愛いな…こんなに小さいんだな…」
「ふふっ。抱っこしてみる?」
「え、良いのかい?」
首が据わってないから気を付けて、と注意を受けながら、恐る恐る小さな体を腕に抱く。
想像よりは重く、しっかりとした存在感があった。
ベイクは感動した。
心の底から言い表せない感情が沸き立つのを感じる。
(この子が…俺の子…)
これからもっと仕事を頑張ろう。
この子が無事に成長していけるよう、守っていかなければ。
――そう決心した矢先。
ぱちり。
赤子が目を開けると、美しいエメラルドブルーの瞳がベイクを捉えた。
「――っ!?」
ベイクは息をのんだ。
エメラルドブルーの無垢な瞳が、ベイクの黒い瞳を見ている。
モモはソファに座ったまま、キッチンに立つ母親と何か話している。
彼女達の瞳の色はオレンジだ。
赤子の瞳は、両親のどちらの色でもない。
(…誰の子だ?!)
混乱しながらも、そういえばとベイクは思い出す。
ベイクがモモに手を出してすぐ、彼女は妊娠したことを。
いくら何でも早すぎないか。
絶対違うとは言えないが、本当に、ベイクの子供なのだろうか。
赤子は可愛い。
だが、それは己の子であるからこそだ。
疑いを持ったベイクには、手放しでこの子共を可愛がることが出来そうになかった。
赤子を抱く夫を見て、モモは笑って言う。
「これからよろしくね、パパ」
ベイクはまるで、死刑宣告を受けたような気持ちになった。
仕事では細かなミスが増えたし、そのことで上司に注意される回数も増えた。
上司や先輩社員ならともかく、今日は後輩となった新入社員にまでミスを指摘されてしまった。
ミスした自分が悪いのはわかっているが、後輩に指摘されたことがベイクのプライドをいささか傷つけた。
こういうときは気晴らしに友人達と飲みに行きたい。
だが飲みに行きたくても、誰も誘いに乗ってくれなかった。
学生時代からの友人達は、半年前にベイクがクレアと別れてモモと結婚することを告げてから、徐々に会う機会が減っていった。
距離を取られているのは、ベイクも何となく気づいていた。
会社の同期とはそれほど仲が良くないし、飲みに誘ってくれる先輩も、付き合ってくれる後輩もいない。
社会人サークル等には入っていないし、オンライン上で付き合いのある友人もいない。
己の人望のなさに嫌気がさす。
かといって仕事帰りに1人で飲みに行くのは、何となく寂しかったし『そういうことじゃない』と思った。
ベイクは飲みたいのではなく、誰かに愚痴を聞いて貰いたいのだ。
「はぁ…。だからって、このまま家に帰ってもなぁ…」
家に帰っても誰もいない。
温かい風呂も食事の用意もされていない。
独身時代ならそれは当然のことだったが、ベイクは半年前に結婚している。
結婚しているのにもかかわらず、彼は自宅で1人で過ごしていた。
なぜなら新妻は、2ヶ月前に出産が近いということで実家に帰っていたからだ。
(家にいた頃も、モモが料理を作ってくれたことなんてないけどな…)
モモと正式に籍を入れて同居するようになったものの、彼女は炊事洗濯を行うことがなかった。
つわりが酷いと言われてしまえば、何も言えない。
己が撒いた種だ。彼女の体調不良はベイクのせいなのだ。
モモの体を労り、ベイクは率先して家事を行った。
そんな彼にモモは感謝するどころかケチを付けた。
食事が不味い。部屋の掃除が行き届いていない。夫婦それぞれの洋服は分けて洗濯しろ。
様々な注文を付けていった。
仕事と家事に追われ、ベイクは疲弊していた。
モモが実家に戻った日は、心の底からホッとしたものだ。
最初の内は開放感と独身気分を味わって楽しかった。
その頃は仕事も順調だったように思う。
だが一ヶ月もすぎれば、段々と寂しさが勝ってくる。
独身時代と違い、友人達と遊ぶことがなくなったからだ。
仕事以外で人と話すことなんて、飲食店での注文時くらいだった。
モモに連絡を入れても電話は出ないし、メールの返信は素っ気ない。
――寂しい。
無性に寂しかった。
「――クレアに会いたい…」
思わずそう呟いていた。
(いや、何を考えてるんだ俺は。結婚してるのに元カノに会いたいだなんて…)
最低だ。
軽く両頬を叩き、気持ちを切り替えようとする。
だがクレアの笑顔が頭から離れない。
(クレア…)
その時、電話が鳴った。
吃驚したベイクは、慌てて電話を取る。
相手はモモからだった。
「――はい…えっ、産まれた!? す、すぐ行く」
モモの実家は遠方にある。
電話で上司に有給休暇の申請を願い出ると、列車と夜行バスのチケットを予約し、すぐに家を出た。
連絡を貰った翌々日の朝、ようやく妻の実家に着いた。
産院ではなく実家を訪れたのは、妻が既に退院しているからだ。
移動中に妻から貰ったメールには、先週無事に出産を終え、今日退院した旨が書いてあったのだ。
電話を入れたのも、義実家に帰ってきてからだったようだ。
(産まれたのが先週だなんて…何でもっと早く連絡してくれなかったんだ!)
僅かに憤りを感じるが、それよりも早く我が子に会いたかった。
義母に案内されリビングに通されると、ソファには疲れた顔の妻と、彼女の腕に抱かれた赤子の姿があった。
「モモ!」
「ベイク…。男の子よ…」
「あぁ…よく、よく頑張ったね!」
ソファに駆け寄り妻を労った。
産まれたばかりの小さな命に、自然と目が潤む。
「可愛いな…こんなに小さいんだな…」
「ふふっ。抱っこしてみる?」
「え、良いのかい?」
首が据わってないから気を付けて、と注意を受けながら、恐る恐る小さな体を腕に抱く。
想像よりは重く、しっかりとした存在感があった。
ベイクは感動した。
心の底から言い表せない感情が沸き立つのを感じる。
(この子が…俺の子…)
これからもっと仕事を頑張ろう。
この子が無事に成長していけるよう、守っていかなければ。
――そう決心した矢先。
ぱちり。
赤子が目を開けると、美しいエメラルドブルーの瞳がベイクを捉えた。
「――っ!?」
ベイクは息をのんだ。
エメラルドブルーの無垢な瞳が、ベイクの黒い瞳を見ている。
モモはソファに座ったまま、キッチンに立つ母親と何か話している。
彼女達の瞳の色はオレンジだ。
赤子の瞳は、両親のどちらの色でもない。
(…誰の子だ?!)
混乱しながらも、そういえばとベイクは思い出す。
ベイクがモモに手を出してすぐ、彼女は妊娠したことを。
いくら何でも早すぎないか。
絶対違うとは言えないが、本当に、ベイクの子供なのだろうか。
赤子は可愛い。
だが、それは己の子であるからこそだ。
疑いを持ったベイクには、手放しでこの子共を可愛がることが出来そうになかった。
赤子を抱く夫を見て、モモは笑って言う。
「これからよろしくね、パパ」
ベイクはまるで、死刑宣告を受けたような気持ちになった。
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