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下女として扱われる次女は正当な後継者
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気づいた時には、いないもののように扱われていた。
たまに思い出したかのように、使用人のように扱われれば、そのうち使用人からも下女として扱われるようになった。
「お主、それは下女の仕事であろう?」
「そうですね」
「ならば、なぜいつもやっておるのだ」
「この家では下女の扱いだからですかねえ」
大きな洗濯盥の前を陣取って、必死に手を動かす。
冬なので寒さもそうだが、水が氷のように冷たくて骨身に染みる。
この、アナヒトス侯爵家の令嬢コレットは、本来であれば洗濯なんてしなくてもいい身分だ。
しかし、後妻がこの侯爵家を牛耳るようになると、それにならう使用人達によって今の状況が作り出された。
「それに、こうしてケアニス様が話しかけてくださるからこの時間は結構好きなんですよ。洗濯も掃除も嫌いじゃないですしね」
ケアニス様と呼ばれた声は、国の水を護る精霊、あるいは女神とされている。
コレットは、ケアニスが住む泉からひかれた水ならばケアニスと会話が出来るという不思議な力を持っていた。
最後のシーツを洗い終えたので、干場に洗濯物を運ぶ。水を吸った布は重く、少しよろめきながら歩いていく。
風にたなびく洗濯物をながら満足気に頷いて、次の作業である掃除に取り掛かることにした。
洗濯と同様、汚れていたところが綺麗になっていく様を見るのは実に気持ちがいい。
しかし、邸の中は注意を払いながらでないと歩けなかった。
「あら、みすぼらしい下女がいるわ」
わざわざ探しに来たのか、派手な身なりの女が立ちはだかる。
コレットは使用人よろしく、掃除の手をとめて頭を下げる。
「いまだに仕事を満足に出来ないなんて、使えない女ね」
当てつけのように扇で横っ面を叩かれる。
金具に当たったのか、頬が切れて血が落ちる。
「汚らしい。満足に仕事が出来ないなら、せめて汚さないようにしてちょうだい」
機嫌が悪かったらしい彼女は立ち去って行った。
「ああ、結構切れてる」
叩かれた頬に手を当てればベッタリと血がついていた。
「なにゆえ反撃せぬのだ!あの後妻だとか言う女は、この家には無関係であろう」
「後妻なんてどこで知ったんですか?」
後妻と言われた彼女は、コレットの実母が死んですぐに侯爵家へとやってきた。正確には、父親が子供2人と共に連れてきたわけだが。
「何を悠長なことを言っておるか!」
「まあまあ、ケアニス様。正直なところ、どうでもいいんですよ」
「どうでもいい?」
「ケアニス様の御加護は国や家ではなくて、私に流れる血にあるのでしょう?」
「さよう、お主の祖先であるカイラとその血を受け継ぐ子供たちに加護を与えた」
「私が誇るのは侯爵家という爵位じゃない、ケアニス様の御加護をいただいた血筋だけです。だから、侯爵夫人だといきがる彼女が何をしようと、お父様や義理の姉妹がどうしようと私には関係ないんです。痛いのは困りますけど」
コレットは血が止まったことを確認してから掃除を再開する。血が乾ききる前に綺麗にしなくては。
「嫌だ、なあにその汚い顔は!」
甲高い声が聞こえてコレットはウンザリした。
関係ないとはいったものの、絡まれるのはゴメンだ。
再び手をとめて頭を下げる。
「あら、怪我をしているじゃない。デボラ、治療をしてあげましょう」
「シンディお姉様、ダメですわ。変な病気でもうつされたらまた寝込んでしまいますよ」
「でも···」
「もう、仕方ないですね。代わりに私がやっておきますから、あちらに行きましょう」
「そう?デボラは優しいのね」
「あとで治療をしにくるから、それまで掃除でもしてなさい。グズ」
茶番の名残を残して2人は去っていった。
後妻といい、義姉妹といい、わざわざ見下すために探すなんて暇なんだろうか。少なくとも、世界が優しさで出来ていると思っている義姉は連れてこられただけだろうが。
コレットはため息をついて、なかなか進まない掃除をすることにした。
「どうせあのちびっ子は来ぬであろう?なにゆえ、あんな面倒なやり取りをする必要があるのだ」
「ケアニス様、人間は自分より格下と思う相手を見つけて優越感に浸りたい生き物なんです」
「人間とは、よう分からぬな」
「そうですねえ」
コレットは謎行動をする母子を思って同意する。
「コレット、すまぬな。その怪我を治してやれんで」
「!ケアニス様が謝るようなことなどありませんよ。それにあと1年ですから」
あと1年でコレットは18となり、成人をむかえる。
貴族子女のデビュタントは17からであるが、当然コレットには縁のないものだ。
「···そうだな、あと1年は妾も我慢をしよう」
姿は見えないけど、ケアニスが安心するようにとニコリと笑う。
すると、玄関ホールの方から騒がしい音がすることに気づいた。
「何やらうるさいですね」
今日は機嫌が悪いようだったから癇癪でも起こしているのだろうと思い、コレットは自分には関係ないとして次の掃除場所に向かおうとした時だった。
「コレット!」
急に呼びかけられて跳ね上がるほどに驚いた。危うくバケツを落とすところだった。
元凶は誰だと振り返れば
「サイラス殿下?」
この国の第3王子であるサイラス殿下だった。
相手が王族と理解して、咄嗟にバケツを置いてカーテシーをする。
「サイラス殿下にご挨拶申し上げます」
「そんなことはどうでもいい!一体これはどういう事だ!」
「これ、というのは···掃除道具のことでしょうか?掃除をしておりました」
「そうではない。何故、貴女がこのような粗末な服を着て掃除などしているのだ。ああ、頬に傷まで···」
サイラス殿下は壊れ物に触るかのようにコレットの頬に手を添える。
これは誰だ?
コレットの頭の中を、その言葉が駆け巡る。
サイラスは物事を四角四面にはめるほどの生真面目で正義感が強い。王族特有のプライドの高さはあれど、弱き者にはとても優しいお方。それがコレットの認識であり、コレットに苛められていると吹聴するデボラによって、嫌われていたはず。
バサりと音がして、肩が暖かくなったことで意識を戻した。その肩にはサイラスの上着が乗っていた。
「で、殿下!お召し物が汚れてしまいます!」
「貴女が寒そうで見ていられないのだ。着ていてくれ」
そう言われてしまえば断りにくく、ありがたく暖をとらせてもらうことにした。
「アラスター卿はどこに?話をさせてもらいたい」
「え···さあ、どこでしょうか。私はここ数年顔も合わせていないものですから」
多分、サイラス殿下を怒らせるだろうと予測しつつ、正直に答えれば、更に周囲の温度が下がったように感じた。
「そうか。とりあえず、コレットを馬車へ」
サイラスが傍に控えていた従者へとコレットを預け、誰かを探すように邸の中へ行ってしまった。
「さあ、コレット嬢。行きましょう」
行っていいものかとたたらを踏んでいれば、歩くように促される。
されるがままに馬車に乗せられ、戻ってきたサイラス殿下と共に王城へと向かった。
とりあえず、下女の生活は終わりかしらね。
たまに思い出したかのように、使用人のように扱われれば、そのうち使用人からも下女として扱われるようになった。
「お主、それは下女の仕事であろう?」
「そうですね」
「ならば、なぜいつもやっておるのだ」
「この家では下女の扱いだからですかねえ」
大きな洗濯盥の前を陣取って、必死に手を動かす。
冬なので寒さもそうだが、水が氷のように冷たくて骨身に染みる。
この、アナヒトス侯爵家の令嬢コレットは、本来であれば洗濯なんてしなくてもいい身分だ。
しかし、後妻がこの侯爵家を牛耳るようになると、それにならう使用人達によって今の状況が作り出された。
「それに、こうしてケアニス様が話しかけてくださるからこの時間は結構好きなんですよ。洗濯も掃除も嫌いじゃないですしね」
ケアニス様と呼ばれた声は、国の水を護る精霊、あるいは女神とされている。
コレットは、ケアニスが住む泉からひかれた水ならばケアニスと会話が出来るという不思議な力を持っていた。
最後のシーツを洗い終えたので、干場に洗濯物を運ぶ。水を吸った布は重く、少しよろめきながら歩いていく。
風にたなびく洗濯物をながら満足気に頷いて、次の作業である掃除に取り掛かることにした。
洗濯と同様、汚れていたところが綺麗になっていく様を見るのは実に気持ちがいい。
しかし、邸の中は注意を払いながらでないと歩けなかった。
「あら、みすぼらしい下女がいるわ」
わざわざ探しに来たのか、派手な身なりの女が立ちはだかる。
コレットは使用人よろしく、掃除の手をとめて頭を下げる。
「いまだに仕事を満足に出来ないなんて、使えない女ね」
当てつけのように扇で横っ面を叩かれる。
金具に当たったのか、頬が切れて血が落ちる。
「汚らしい。満足に仕事が出来ないなら、せめて汚さないようにしてちょうだい」
機嫌が悪かったらしい彼女は立ち去って行った。
「ああ、結構切れてる」
叩かれた頬に手を当てればベッタリと血がついていた。
「なにゆえ反撃せぬのだ!あの後妻だとか言う女は、この家には無関係であろう」
「後妻なんてどこで知ったんですか?」
後妻と言われた彼女は、コレットの実母が死んですぐに侯爵家へとやってきた。正確には、父親が子供2人と共に連れてきたわけだが。
「何を悠長なことを言っておるか!」
「まあまあ、ケアニス様。正直なところ、どうでもいいんですよ」
「どうでもいい?」
「ケアニス様の御加護は国や家ではなくて、私に流れる血にあるのでしょう?」
「さよう、お主の祖先であるカイラとその血を受け継ぐ子供たちに加護を与えた」
「私が誇るのは侯爵家という爵位じゃない、ケアニス様の御加護をいただいた血筋だけです。だから、侯爵夫人だといきがる彼女が何をしようと、お父様や義理の姉妹がどうしようと私には関係ないんです。痛いのは困りますけど」
コレットは血が止まったことを確認してから掃除を再開する。血が乾ききる前に綺麗にしなくては。
「嫌だ、なあにその汚い顔は!」
甲高い声が聞こえてコレットはウンザリした。
関係ないとはいったものの、絡まれるのはゴメンだ。
再び手をとめて頭を下げる。
「あら、怪我をしているじゃない。デボラ、治療をしてあげましょう」
「シンディお姉様、ダメですわ。変な病気でもうつされたらまた寝込んでしまいますよ」
「でも···」
「もう、仕方ないですね。代わりに私がやっておきますから、あちらに行きましょう」
「そう?デボラは優しいのね」
「あとで治療をしにくるから、それまで掃除でもしてなさい。グズ」
茶番の名残を残して2人は去っていった。
後妻といい、義姉妹といい、わざわざ見下すために探すなんて暇なんだろうか。少なくとも、世界が優しさで出来ていると思っている義姉は連れてこられただけだろうが。
コレットはため息をついて、なかなか進まない掃除をすることにした。
「どうせあのちびっ子は来ぬであろう?なにゆえ、あんな面倒なやり取りをする必要があるのだ」
「ケアニス様、人間は自分より格下と思う相手を見つけて優越感に浸りたい生き物なんです」
「人間とは、よう分からぬな」
「そうですねえ」
コレットは謎行動をする母子を思って同意する。
「コレット、すまぬな。その怪我を治してやれんで」
「!ケアニス様が謝るようなことなどありませんよ。それにあと1年ですから」
あと1年でコレットは18となり、成人をむかえる。
貴族子女のデビュタントは17からであるが、当然コレットには縁のないものだ。
「···そうだな、あと1年は妾も我慢をしよう」
姿は見えないけど、ケアニスが安心するようにとニコリと笑う。
すると、玄関ホールの方から騒がしい音がすることに気づいた。
「何やらうるさいですね」
今日は機嫌が悪いようだったから癇癪でも起こしているのだろうと思い、コレットは自分には関係ないとして次の掃除場所に向かおうとした時だった。
「コレット!」
急に呼びかけられて跳ね上がるほどに驚いた。危うくバケツを落とすところだった。
元凶は誰だと振り返れば
「サイラス殿下?」
この国の第3王子であるサイラス殿下だった。
相手が王族と理解して、咄嗟にバケツを置いてカーテシーをする。
「サイラス殿下にご挨拶申し上げます」
「そんなことはどうでもいい!一体これはどういう事だ!」
「これ、というのは···掃除道具のことでしょうか?掃除をしておりました」
「そうではない。何故、貴女がこのような粗末な服を着て掃除などしているのだ。ああ、頬に傷まで···」
サイラス殿下は壊れ物に触るかのようにコレットの頬に手を添える。
これは誰だ?
コレットの頭の中を、その言葉が駆け巡る。
サイラスは物事を四角四面にはめるほどの生真面目で正義感が強い。王族特有のプライドの高さはあれど、弱き者にはとても優しいお方。それがコレットの認識であり、コレットに苛められていると吹聴するデボラによって、嫌われていたはず。
バサりと音がして、肩が暖かくなったことで意識を戻した。その肩にはサイラスの上着が乗っていた。
「で、殿下!お召し物が汚れてしまいます!」
「貴女が寒そうで見ていられないのだ。着ていてくれ」
そう言われてしまえば断りにくく、ありがたく暖をとらせてもらうことにした。
「アラスター卿はどこに?話をさせてもらいたい」
「え···さあ、どこでしょうか。私はここ数年顔も合わせていないものですから」
多分、サイラス殿下を怒らせるだろうと予測しつつ、正直に答えれば、更に周囲の温度が下がったように感じた。
「そうか。とりあえず、コレットを馬車へ」
サイラスが傍に控えていた従者へとコレットを預け、誰かを探すように邸の中へ行ってしまった。
「さあ、コレット嬢。行きましょう」
行っていいものかとたたらを踏んでいれば、歩くように促される。
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