こいびとごっこ

夏緒

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3話

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 それからハルさんはひとりで風呂に向かった。
 一緒にもう一度入ろうかと思ってたら嫌がられたから、俺は結局パンイチ汗だくのまま掃除機を代わってやった。そんで風呂から戻ったハルさんは、ちょっとアイス買ってくる、と言って、髪も濡れたまんまですぐにひとりで出ていってしまった。
「……なんでだよ」
 俺は仕方がないから、勝手に人んちの押し入れという押し入れを開けまくり、布団を二組引っ張り出して畳の上に放り投げた。一組でもいいかな、なんてちらっと思ったりもしたが、多分どう考えても無理がある。真っ白なシーツが一緒に畳んで置かれていて、これ使えばいいのか。でもこれ、汚したらマズイよなあ、とか、今夜から果たしてどうやって楽しめばいいのか、そんなことばかりを延々と考えていた。
「あ、布団見つけたんだ、ありがとう」
「適当に出したんだけど、これで良かった?」
「うん、いんじゃない」
 帰って来たハルさんはサンダルを脱ぎ捨てるようにして家に入り、はい、と小さな白いビニール袋を俺に差し出した。
 スーパーカップ。超バニラがふたつ。
「チョコチップがよかった」
「アイスはバニラに決まってんだろ」
「決まってねえよ」
 畳の部屋は三室あった。ひとつを居間、ひとつは寝室にして、ひとつは多分使わない。なんか仏壇あったし。
 縁側全開にしてると、本当にわりと良い風が入ってくる。海の近くだからか? エアコン要らず。この家エアコン見当たらないけど。暑いっちゃ暑いけど、耐えられないほどではない。ハルさんがどこからか扇風機を出してきてくれた。
 古いテレビの置いてある部屋を居間にして、四人掛けのローテーブルがあったから、そこでアイスを開けた。ぺりっと内蓋を剥がすと、縁のほうがもう溶け始めている。
「ありゃー、溶けてる。外暑すぎなんだよな」
「どこまで買いに行ったの」
 そういやハルさんの髪、乾いてる。
「すぐそこだよ。さっき通ってきた道あるだろ、あれをもうちょい進んだらちっちゃい商店あるんだ」
「へえ。そういや夜飯とかどうすんの」
 アイス、溶けててもちゃんと冷たい。小さな木製のスプーンで溶けたアイスを掬うハルさんは、どことなくエロい。
 バニラが甘い。きっと今ハルさんの舌の上も同じ味がするはず。あの舌の先、吸いたい。
「あー、どうする? 全然考えてなかった」
「はあ?」
「さっきの店、肉とか野菜とかなら売ってたけど、俺はなんにも作れないよ」
「俺だって作れねえよ」
「あーあ……どうすっかな」
「どうすんの……このへん民家がちらほらしかなさそうじゃん」
「取り敢えず、これ食べたらその辺散歩してみっか」
 こういうとこ適当なんだよなあ、この人。飯がないって普通に死活問題だぞ。

 夕方になって外をふたりで歩いてみたら、なんのことはない、すぐ近くに比較的新しく出来たらしいコンビニが存在していた。
 ……21時には閉店するらしいが。
「昼間なら海の客とかいるんだろうな」
「ここ泳げる?」
「んー、もうちょい別のとこだったと思うけど、まあ車で来てたら寄るんじゃん?」
 よく冷えたコンビニで弁当買って、ついでに酒買って、朝用の菓子パンとジュースと水買って、菓子買って。夕涼み気分で荷物ぶら下げながら帰路につく。あんま涼しくはないけど。
 ハルさんは案の定軽いものしか持たない。まあ、慣れたな。
 ハルさんのさらさらの明るい髪から見え隠れするうなじに触りたい。
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