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第二章 キリン探し
カルチャーショック
しおりを挟む地球B 14日目
PM 1時30分
この三日間、キャンプを転々としながら、原っぱやら森やら山やらでキリンを探し続けた。
森や山にキリンがいる訳ねーだろと思いつつ、アイアンクローが怖いので、大人しく従っていた。
健闘虚しく、一向に見つかる気配がないので、近くの集落にいるテッサの知人のもとへ、情報を聞きに行く事になった。
「モドキ、しばらく真っ直ぐだ。」
「あいよー……なぁなぁ、結構漫画読み進めたよな? 三国志の武将だと誰が好きー?」
「なんだ急に? そういうお前は誰が好きなんだ?」
「オレ? うーん……強いて言うなら趙雲だな、一番頼りになる気がするし、忠義って感じがいいね。」
「子龍か、あいつも中々に強いが、玄徳と同じで考え方が生ぬるくてな。」
字名で呼んで、上から目線って……こいつ、案外オタク気質なのか?
「劉備はぬるいんじゃなくて『仁徳』っていうロマンの持ち主なの。じゃあ、テッサは誰が好きなんだよ。」
「……そうだな、雲長もいいが、やはり翼徳だな。」
「おー、張飛! だいぶベタだけど、いいじゃない。」
「翼徳の考え方や行動は私に通ずるものがある。」
「……張飛にシンパシー感じるヤツなんているんだー。」
腕白、乱暴、無礼……色々共通点ありますもんね……
身内を殴り殺したりするのは勘弁してくれよ……
「あの漫画のように、武に秀でた敵が大勢いたなら、私も楽しめるんだがな。」
「またカッコイイ事を言いますなー……やっぱテッサも一人で千人ぐらいと戦えるの?」
「いや、流石に無理だ、息が続かない。……せいぜい200人ぐらいじゃないか?」
「……充分ヤベェよ。」
修羅めが、息が続けば何人イケんだよ?
……でも、折角の二人旅なんだからこういう話が出来るのは嬉しいな。
「あの漫画はね、史実とは全然違うんだよ。」とか、ロマンのない事ほざいてくる心配もないし。
テッサはこのまま、立派な漫画脳に育てていこう……
ロマンの弟子と、三国志談義に花を咲かせていると、前方に目的の集落が見えてきた。
集落の手前でショルダーを転送して門まで歩き、ドキドキしながら門番に手形を見せると、「いつもご苦労だな!」と、難なく囲みの中に入れてもらえた。
囲みの中は、今まで見てきた集落に比べると、やや閑散とした雰囲気で、人混みもまばらだ。
過去に立ち寄った二つの集落は、いわゆる『都会』に相当するのだろう。
ここにいるというテッサの知り合いは、ヒマさえあれば昼夜を問わず飲み歩いているらしい。
合流するべく、二人で酒場周辺をうろつく事にした。
「……なぁ、知り合いってどんな人なんだ?」
「『ガドル』という傭兵をやってた男なんだが、今はここに身を寄せて、動物を狩ったり、用心棒を頼まれたりしながら暮らしている。」
おーう、またベタな……やっぱ武闘派の知り合いは武闘派なんだな。
「要は、荒くれ友達って事ね。」
「どうした? 死にたいのか?」
「いいえ、生きたいですよ。」
「なら口に気をつけろバカが……ふん、アイツはいつもはこの辺の酒場にいる筈なんだが……む!」
「お、見つけたー?」
「あぁ……おい、ガドル! 私だ!」
テッサが声をかけた方に目をやると、ガッチリとした体型の男が野蛮野蛮した足取りでこちらに歩いてくる。
立派な髭をたくわえ、髪は真っ黒なウェーブヘアで、腕や顔面は傷だらけだ。
『樽のジョッキでエールを飲む為に生まれました』というような見た目だが、よく見ると、腰にはレイピアのような細身の剣が装備されている。
「いぃぃぃぃぃや、オメェは斧だろぉがぁっ!」というツッコミが喉元まで出かかるが、歯を食いしばって我慢した。
「おぉうテッサぁ! 久しぶりじゃねぇかぁ。」
「あぁ、相変わらず顔が汚いな、ガドル。」
「はっはぁ! そう言うおめぇは相変わらずいい乳してやがる。」
ーー ぐわっしぃ ーー
「え!?……おっぱ?…………はぁああ?」
目の前で起きた事が信じられなかった。
ガドルさんの右腕がテッサに向かっていき、握手でもするのかと思ったら、更に腕を伸ばして、ガッチリとテッサのご立派美乳様を掴んだのだ。
「こんにちは、素敵なおっぱいさんですね。」なんて優しい触り方じゃない、「いよーう! おっぱぁぁぁい!」といったような、まさに鷲掴みだ。
このヒゲダルマさんは相当飲んでるのだろうか?
その乳の持ち主は、巨大熊を撲殺できる美人トロール様だぞ。
数秒後にバラバラにされるガドルさんが容易に想像出来てしまったオレは、すぐさま声を張り上げた。
「いけない! ガドルさん逃げて! 殺され……」
「おいガドル……痛いぞ。」
「なぁに言ってんだぁ!? この程度でおめぇが痛ぇ訳ねぇじゃねぇかぁ!……はぁあっはっはっはっはぁ!」
なん……だと……?
え!? テッサ? 何スーンとしてんの?
ガドルさんを折り畳まないの?
「……テッサさぁん、怒らないの?」
「怒る? なぜだ?」
……なーんでそんな不思議そうな顔してんのよ?
「いや、ガッツリおっぱい掴まれてたじゃん。」
「『おっぱい』とは何だ?」
無表情美人の口から聞くとシュールだな……
っていうか、翻訳機能がんばってくれよ。
オレみたいなおじさんがテッサみたいな子におっぱいの説明するなんて、軽い拷問だぞ……
「えーと……お胸、かな。」
「乳の事か? 容姿を褒められたんだから悪い気はせんぞ。お前のようにチョロチョロ見ているクセに、何も言ってこない方が気持ちが悪い。」
「げふぅうっ!」
……くっ、バレていたのか!? 『女子はそういう男子の視線は絶対気付くんだよー』ってのは本当だったのか?
だとしても、今言わんでもいいだろうが……
「……お、お前のお胸様が立派過ぎるから見てただけだ。『ん揉みてぇなぁ!』ってヤラシイ気持ちじゃなくて、純粋に『うわぁ~、すっげぇ~!』って気持ちで見てんの! あれだ、オオクワガタ見てる時と同じ感覚だから。」
「……おいテッサ、誰だか知んねぇが、このにいちゃんは葉っぱやりすぎじゃねえか?」
「いや、そいつは素面だよ。葉っぱやってそうな程バカなだけだ。」
「そりゃあヒデぇ……にいちゃん、頑張んな!」
優しく肩を掴むんじゃない!
なぜオレが非常識なように扱われなければならんのだ!?
……地球Bじゃ乳鷲掴みは常識的な挨拶なのか? こいつらは欧米のさらに先をいくのか?
「……なぁ、キスとかも挨拶でポンポンしちゃうのか?」
「『キス』とはなんだ?」
「えーっと……チュー? 口づけかな?」
「口づっ!?……度を越したバカだなモドキィ! 恥を知れ、削り殺すぞ!」
「にいちゃん……アンタ、さてはモテねぇだろ?」
「アウトの基準を教えてくれよ……」
お乳鷲掴みーズにノンデリカシー認定をされるとは一生の不覚。
腹が立ったので、蛮族二人を放置して集落の中を散策する事にした。
「おっぱいは尊いー♪丁寧に触ろー♪」
地球Bの魅力をまた一つ見つけてしまった。
おっぱいの歌を歌いながら大通りを歩いても、肝心な部分が翻訳されないのであれば誰も気にしないということだ。
ルールの隙を突いて、アウトローな遊びに興じるのはいくつになっても楽しいものだ。
リズムに乗って大通りを歩いていると、後ろの方からピーピーと甲高い声が聞こえてきた。
「すみませーん! そこの方! そこの歌っているお方ー!」
「あ、オレー?」
声のする方に振り返ると、二十歳ぐらいの小柄で可愛らしい女の子が、手を振りながらオレのもとへ駆け寄ってきた。
「んーと、どちら様ですか?」
「はぁはぁ……はじめまして、私は『ミーシャ』といいます。パンチョの商会……あ、違ったんだった、轍商会の従業員で、この『野原の集落』を任されています。あの……間違ってたらごめんなさい、あきら様ですよね?」
「あー、パンチョさんの部下の人? どうも、はじめまして、オレがあきらですよ。あ、『様』はやめてね。」
ペコっと頭を下げると、ミーシャさんもマネして頭を下げてきた。
パンチョさんの部下にしては、喋り方といい挙動といい落ち着きがない。
140センチ台に見える身長も相まって、なんだか小動物みたいな雰囲気の女の子だ。
「……ほんで、オレに何か用ですか?」
「はい! 会長から各集落の従業員へ、『あきらさんの旅に出来る限りの協力をするように!』と指令が回ってまして……」
「あー、なるほど、わざわざどうも。……そういや、なんでオレがあきらだと?」
「『妙な格好をした男がうわばみと連れ歩いている』と耳に入ったもので、もしやと思って通りを見て回ってたんです。そうしたら、えーっと……その、特徴……的な格好をした男性を見かけたので。」
すげぇ目が泳ぐじゃん……『変な服』って言いたかったんだろうよ。
君は商人なのに隠し事ができないんだな……
「なるほど、そんなに早く噂って回るんですか?」
「普通はそうでもないんですけど……今回は特殊ですよ。うちの手形を持っていて、うわばみを連れて歩ける人なんて中々いませんからね。『どんな権力者が来たんだ!?』ってみんな騒いでますよ。」
「あー、テッサもパンチョさんもそんなにスゴい感じなんだ……」
「相当な有名人ですよ。その二人を味方につけたんですから、あきらさんの名前も東部中に広がっちゃいますね!」
「へぇー、いい方向で広がってくれりゃいいけども。」
「うふふふ……」
なんか無邪気な子だな……
邪気の塊みたいなヤツとずっと二人っきりだったから、久々のこういうノリは癒されますな。
「……はっ! いけなーい! こんなお話をしに来たんじゃなかったー!」
……すっげぇな、「はっ!」って言って口に手を当てる人間なんて初めて見たぞ。
あざてぃーねぇ、その内「テヘッ」とか言って、頭コツンしはじめやしないかい?……
「あの、あきらさん、今日の宿が決まってないなら、商会の宿舎へご案内したいんですけど、どうですか?」
「お、そいつはありがたい。あー、テッサも一緒ですけど大丈夫ですか?」
「もちろんです! 早速案内しちゃいますね。」
「ありがとうございます。」
わーい、宿ゲットー! ラッキー!
商会の宿舎ならボロボロって事もないでしょ。
「あっ、あきらさん、全然関係ない話なんですけど……」
どうした、恥ずかしそうにモジモジして? トイレか?
……は! オレのファンか? サシャちゃん救出の武勇伝が伝わっているのか?
とんがり帽子の吟遊詩人でも出回ってるんだな。
まいったなぁ、サインなんぞ考えてないぞ……
ジョン・ドゥでいくべきか、あきらでいくべきか……かわいいイラストも横につけ……
「あきらさーん?」
「あぁ! ごめんごめん、どうしたんですか?」
「えーっとぉ……あまり大きな声で……その……おっぱいと言うのは……ご、誤解を招きますよ。」
うむ、チャーミング。……顔面が真っ赤じゃないか……
……………………………今、この子なんつった!?
「ん? あ? へぁ?……『おっぱい』って言葉の意味、わかるんですか?」
「わ、私だって大人の女ですよ!……ヤラシイ言葉の一つや二つ知ってます!」
「あっれーーー?……」
……どういう事だ? 翻訳はされないハズじゃないのか?
…………ちゃんと翻訳はされてたけど、テッサが戦闘民族過ぎて『おっぱい』という単語を知らなかっただけか!?
それはまずい、こんな若い子に『猥褻ソングおじさん認定』されたら生きていけんぞ!
……くそ! どうしたものか……えぇーい、誤魔化しきれ!
「い、いやーあっはっはっはっ……違いますよぉ。さっきは『うぉっぷぁい』って言ってたんですよ。オレの地元の名産品でしてね、美味しいんですよ。」
自分に出来る精一杯の『誠実爽やかスマイル』をぶちかました。
「そうだったんですか!? イヤだ! 私ったら、恥ずかしいぃ……誰にも言わないでください、ねっ!」
こやつ、『お手々モジモジ涙目上目遣い』だと!?
キャルーンって効果音が聞こえてきそうじゃないか……
ぐぅうう、すまない! 君は何も悪くないんだ。
そんな綺麗に潤んだ瞳で、卑怯なおじさんを見ないでくれ!
「……まぁ、紛らわしい名前ですしね、勘違いしても仕方ないですよ。」
「そうですかぁ?……『うぉっぷぁい』かぁ、私も食べてみたいです。」
……チョロ過ぎやしないかミーシャさんよ?
おじさん心配になっちゃうわ、悪い男に騙されんでくれよ……
その後、通りを歩く間、度々うぉっぷぁいについて質問された。
「うぉっぱいはどんな味ですか?」だの、「うぉっぱいはどれぐらいの大きさですか?」だの、「あきらさんはうぉっぱいが好きですか?」だのと、狙って言ってるとしか思えない事を大声で聞いてくるんだからたまったもんじゃない。
周りの人々の視線が気になって仕方なかったが、自分で蒔いた種だ。
甘んじて恥を受け止め、堂々と雄大に宿舎へと足を進めた。
己のカルマを呪いながら、なんとかたどり着いた宿舎の部屋は、広めのビジネスホテルぐらいの大きさで、ベッドが2つ並んだ部屋だった。
テッサと別部屋でないことをピーピーと謝られたが、毎晩狭い空間で二人で寝ているのだから、今さら相部屋はどうってことない。
「いつも一緒に寝てるから気にしないで大丈夫。」とミーシャさんを見送り、ショルダーから取り出したマットレスやらクッションやらでベッドメイクをしていると、しばらくして、明らかに不機嫌な様子のテッサが部屋に入ってきた。
「おかえりー……じゃねぇか、よう!」
テッサはリアクションもせず、突っ立ったままムスッとしている。
「なんだ? なんか問題が起きたの?」
「チィッ!」
「怖ぇーよ、どうした?」
「あの小娘……ミーシャだ。」
「ミーシャさんがなんかしたの?」
「私を呼びに来たんだがな、いきなり『うわばみさん』と話しかけてきてな。」
「うわぁー……」
「まぁ、それは注意だけして我慢したんだがな……」
「よくこらえた! 立派立派。」
「一緒にここまで歩いている時にな……ちぃっ!」
「怖えーって……どうしたのさ?」
「……お前と私が恋仲なのかとほざき出してな。」
「お、おーん?……」
今までで一番おっかねぇ顔するじゃん……
やっまったなぁミーシャさん。
……いや、原因はオレか?
……おっかねぇから黙っとこう、ごめんねミーシャさん……
「ついな、睨んでやったらミーシャが泣き出しそうになってな……はぁああ、疲れた。」
「あぁ、うん…………まぁ、おつかれ!」
「だというのに、ここで能天気に笑ってるお前を見てな、危うく窓から放り投げてしまうところだった。」
「3階だぞ! 思い止まってくれてありがとよぉ!」
「うるさいっ! 私は昼寝をするんだ。」
「やっぱりメチャクチャだよお前……」
「ふん、小物が……」
そう言って、オレがせっせと整えたベッドにうつ伏せで倒れ込み、クッションの高さをモスモスと調節し始めた。
「いやいやいや、なんでそっち使うのさ!? お前の為にベッドメイクした訳じゃないぞ!」
「本当にうるさいな……『強い者勝ち』と言うだろう?」
「ふぁー!? なら、この世はお前の物だな!」
その後、しばらく抗議を続けると、金髪暴君は全力のメンチをきってきた。
超おっかない、圧倒的な暴力の気配を醸し出している。
こっから先は本当に手が出てきそうだ。
おとなしくカチコチのベッドで、ふて昼寝をする事にしよう。
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―――――――――
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