車輪の神 ジョン・ドゥ 〜愛とロマンは地球Bを救う?〜

Peppe

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第二章 キリン探し

仁の世ってやつ ③

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地球B 15日目
PM  9時40分

 「はぁ!?」のハーモニーが夜空に響いた後、オレ達五人の間には再び沈黙の間が訪れた。
地球Bに来てからというもの、オレが発言すると度々この現象が起きている気がする。
常識が違うのだからしょうがないのかもしれないが、自分としてはそれ程変わった事を言っている訳ではないのに、超変わり者を見るような目で見られる度に、胸に巨大な疎外感が沸いてきて寂しくて仕方ない。

「……ねぇ、オレそこまで変なこと言った?」

 そう五人に問いかけると、オレを睨みつけて固まっていたテッサが、鋭い目つきをキープしたまま口を開いた。

「変で済むかバカが。……お前は襲おうとした側と襲われそうだった側が一緒に暮らせと言うのか?」
「うん。」
「……本気か?」
「もちろん! こんな状況で冗談言える根性ないって。」
「お前は……本当に……」

 『本当にバカ』とでも言いたかったのだろうが、バカと言うのも飽きたというようなウンザリした表情で閉口した。
すると今度は「はぁ!?」の形で口を開いて固まっていたミーシャさんが動き出し、テンパリ顔で詰め寄ってきた。

「むむむ、無理ですよあきらさん!」
「あらぁ? どうしてぇ?」
「どうしてって、いつこの人たちの気が変わって集落を奪われるかわからないじゃないですかぁ!」
「まぁ、そりゃそうだろうけどねぇ……ラムザさん、ミーシャさんが不安だってさ。」

 自分の置かれている状況が理解できないでいるような表情で困惑しているラムザさんに話しかけると、オタオタと慌てながら口を開いた。

「い、いや、もし集落で安全に生活することが出来るならそんなことは絶対にしない。……ただ、その……」
「その?」
「……お前の言う事が本当ならこちらにとっては願ってもない話だが……一体何の為にそんな事を? 罠に嵌めて後々制裁するつもりなんであれば、周りくどいことはせずにこの場で断罪してほしいのだ。」
「罠なんてそんなぁ! 何の為にっていうか……」

 どう説明したものかと悩んでいると、終始ニヤついた表情でやりとりを静観していたガドルさんがオレの肩をガッシリと抱えて語り出した。

「そこの旦那が信じられねぇのも無理はねぇさぁ。」
「そんなもんですか?」
「おうよぉ。襲撃に失敗した夜盗なんてのはな、その場で叩き殺されちまうか首を刎ねられちまうのが普通だぜぇ……」
「えぇえ……それは『大陸の法』というか、『掟』みたいなことなんですか?」
「掟じゃあねぇけどよぉ……悪さしようとしたヤツなんて生かしておいてもなぁ……」
「えっ、なんとなくで!? 悪い事の大小に関わらず?」
「お、おぉ。盗みだろうが女を襲おうが、見つけたらとっ捕まえて殺しちまうな。」

 ……う~む、乱世極まりないねぇ。

「それじゃあ更生しようがなくないですか?」
「更生だぁ?」
「え~と、自分が犯した罪を反省してぇ……自分を改めて正しく生きる、て感じかな?」
「……そんなヤツいんのかぁ?」

 ガドルさんはそう言って、心底疑わし気な表情でヒゲを撫でている。

「オレの暮らしていた所では、人は改心できるものだと信じて社会が成り立っていましたよ。」
「ほぉ~、そりゃあ悪党が喜びそうな場所だなぁ。」

 そう言い放ったガドルさんは、「上手いこと言ってやったぜ」とでも言いたげに、意地の悪そうな笑みを浮かべている。

「そんな事ないですって! 悪いことをし過ぎれば死をもって償わせる時もあります。そこまで大きくない罪を犯した時は何年間か牢に入れたり、罪に見合ったお金を払わせたりしてきちんと罰しますよ。誰でもかれでも殺すってことをしないだけです。それで、オレのいた所はこの大陸よりも全然安全でしたよ。」
「本当かぁ!? 牢から出たらまた悪さするだけだろう?」
「まぁ、そういう人もいますけど……でも、ほんの小さな罪でも殺されてしまうなら、罪を犯した人は捕まらない為に必死になって誰かを殺しちゃったりとか、少しでも悪の道に入ったらどうせ殺されるんだからとことん悪い事してしまえぇ! ってなりませんか?」
「お、おぉ~? 確かにぃ、そう言われりゃあ……そういうもんかぁ?」
「まぁ、どっちが絶対に正しいなんてオレにもよくわかりませんけど……あぁでも、オレもこの大陸に来たばかりの時に、なんだか疑わしいってだけで首を刎ねられそうになってなんとか逃げ出したなぁ……」
「でぃはははは! そいつぁ災難だったなぁ……」
「笑いごとじゃないですよ!……やっぱり、疑わしきは罰するっていうのはダメなんですよ、きっと。」
「……まぁ、にいちゃんの言いてぇことはわかったよ……いや、よくわかんねぇけどよぉ……」

 急に討論が面倒くさくなってしまったのだろうか?
オレの意見に納得したような様子には見えないが、ガドルさんはポンポンと優しくオレの肩を叩いて一歩後ろに身を引いた。

「と、いうことでミーシャさん。オレはラムザさん達に更生の機会を与えてあげてもいいんじゃないかと思ってるんだけど。」
「……納得できません。」

 ……う~ん、ミーシャさんの気持ちはわからんでもないけど……
何かいい手はないもんかねぇ……

「……ミーシャさん、ラムザさん達を受け入れてあげたら、改心してもう悪さをしなくなるかもしれないよ。」
「そんなの、わからないじゃないですか!」
「そうだね。……けど、ここでラムザさん達を見捨てちゃったら、またどこか別の集落がラムザさん達が生き残るために襲われてしまうのは確実だろうね。」
「う! うぅう……だから……こ、殺してしまった方がいいんじゃないですか……」
「そういうことね。……襲撃に参加してない女の人や子どもも殺しちゃう?」
「それは!……見逃してあげますよ……」
「じゃあ男手なしで子どもと女の人だけ放り出すの? 昔、ミーシャさんも集落を追放されて苦労したんでしょ?」
「………………それを言うのはズルいです!」

 ミーシャさんは駄々をこねる子どものように、目に涙を浮かべて地団駄踏んでいる。

「あっはっはっはっは……でもミーシャさんが言ってるのはそういうことだよ。」
「そ、それはぁ……」

 痛い所を突かれたような顔で、ミーシャさんは何も言い返せずにたじろいでいる。

「……ごめん、言い方が意地悪だったね、別に追い詰めたい訳じゃないんだけど……あ、そうだ! ちゃんと罰を与えたらいいんだよ!」
「罰……ですか?」
「そうそう、確か野原の集落って、守りの兵が足りてなくて、その人手を集めるのもミーシャさんが頑張らなきゃいけないんだよね?」
「そうですよ……」
「じゃあ、それをラムザさん達に押し付けちゃおう! ちょうど武器……はテッサがぶっ壊しちゃったけど……とにかく、夜盗をやってた人達に兵として集落を守ってもらうんだよ。そんで、罰として働かせる訳だからお給料はなし! でも最低限の衣食住は提供してあげよう。」
「あ!」
「そんで女の人たちには普通に集落の一員として運営を手伝ってもらったらいいんじゃない? 当然、その人たちは夜盗に参加してないんだからお給料もあげなきゃないけど。」
「それは……」
「格安の労働力と住民が大量に増えるんだから、商人としては嬉しい話なんじゃない?」
「た、確かに!」

 ……お、顔に陽の気が集まってきましたなぁ。
やっぱり、一応商人だけあって『お得』な話が効くんだねぇ……

「でも、もしものことがあった時に、私じゃあどうすることも出来ませんよ……」
「それは……う~ん…………あ、ガドルさんを統領にしちゃおう!」
「ガドルさんですか!?」
「に、にいちゃん!? なぁに勝手に言ってんだぁ?」
「ガドルさんならめちゃくちゃ強いし、それにほら、意外と優しくて面倒見がいいじゃない?」
「そうですね、あんなに顔が恐いのに集落のみんなにも慕われてます。」
「おぉい、ミーシャぁ? なぁんでお前も納得しそうなんだよぉ……」
「悪さしそうなヤツがいたらガドルさんにぶちのめしてもらおうよ! 統領として!」
「それならよさそうですねぇ……」
「よかねぇよぉ! 勝手に決めるなって言ってるじゃねぇかぁ!」

 聞いてるこっちが飛び跳ねてしまいそうな野太い怒声を上げたかと思うと、後ろでやいやい言ってたガドルさんがオレとミーシャさんの間に割り込んできた。

「んもぅっ! もう少しでミーシャさんが納得してくれそうなんですから空気読んでくださいよ。」
「空気読むぅ? なんだそりゃあ!?……ま、まぁそんなことはどうでもいい! オレは統領なんて面倒な事ぁ絶対にしたくねぇんだよぉ!」
「まぁまぁガドルさん、細々した運営はミーシャさんに任せて、問題が起きた時にその腕っぷしで解決してくれればいいんじゃないですか?」
「でもよぉ……統領なんてなぁ、固っ苦しくて偉そうでなんかよぉ……」
「気楽にやったらいいんですよ。ぶっちゃけ、統領なんて集落の代表ってだけで偉くもなんともないでしょ。」
「そうかぁ?……けど、な~んか面倒くせぇなぁ……」
「ミーシャさん、統領って地位や名誉はともかく、収入ってどうなの?」
「基本的には集落の住民から一定の額を集めて統領に納めるという形ですかね。金額は集落によってまちまちですけど。その見返りに統領は住民を守ってあげるということになってますね。」
「要は税金みたいなもんか……一人一人の額が小さくても結構な収入になるな。ミーシャさん、納めるお金はキミが集めて、ガドルさんには生活できるだけのお金をあげたら残りはお酒を提供するとかって事も出来るの?」
「さ、酒かぁ!?」

 『酒』の一言で、苦虫を踏み潰したような顔で話を聞いていたガドルさんの目が突如輝いた。

「もちろん出来ますよ。」
「だってさガドルさん。集落をプラプラ見回っ困っている人がいたら助けてあげて、いざという時は集落を守ってくれたらいいんだよ。あとは仕事に支障をきたさない程度に好きなだけお酒飲んで暮らしてりゃいいじゃない。わぉ、素敵な生活ぅ~!」
「た、確かにそれなら悪くねぇかもなぁ……」

 そう言って、虚空を眺めながらだらしなくニヤけたツラをしている。
視線の先にはきっとイマジナリー樽ジョッキが浮かんでいるのだろう。

「はい、統領問題は解決~!」

 ーー パチパチパチパチ ーー

「で、ミーシャさんは商会の仕事しながら集落の資金運営とかを頑張って、ラムザさんが警備の隊長みたいな形でガドルさんを補佐してあげたらいいんじゃない?」
「それなら……やっていけるかもしれないです。」
「お! 本当に!?」
「夜盗たちを簡単に信じることは出来ませんけど……集落を助けてくれたあきらさんが言うのなら……試してみる価値はあるかと思います!」
「わー、素晴らしい! ありがとうミーシャさん!……ふ~、よしよし! て、いう事なんだけどラムザさん、どうかな? 罠とかそういうつもりじゃないってわかってくれた?」

 オレ達のやり取りを固唾を飲んで見守っていたラムザさんは、オレの問いかけに唇を震わせながら応えた。

「…………ありがとう……」
「ふぇ?」
「まさか、まさかこんなことになろうとは……お前は……いや、あなた様は……本当に、本当に…………ぐふぅ……ぐぅおぉおお…………」

 ラムザさんはヒザから崩れ落ち、大声で嗚咽をまき散らしながら大粒の涙を流した。

「いや、『様』なんてやめてよぉ……」
「どうなることかと……もうオレ達は……おしまいなのかと半ば諦めていたんだ……それが、あなた様のおかげで…………皆が、オレの仲間や家族たちが……また一緒に生活できるなんて…………」
「あはははぁ、オレは適当に言いたいこと言っただけだよ……けどまぁ、よかったねぇ。」
「……約束しよう! このオレの命に代えても……決してあなた様への……いや、あなた様たちへの恩を裏切るような事はしない……仲間たちにもそんな事はさせないと……必ず、必ずぅう……ふぐぅうぅ……子々孫々に至るまで集落に忠誠を尽くすと…………」
「ちょっとおおげさだけど、よろしくね。……ラムザさん達がやらかしちゃったら、オレが集落のみんなにドヤされちゃうんだから。」
「はい、はいぃ……うぉおおおおおおぉぉおぉおおおお……………天はぁ……オレ達を見捨てなかったぁあぁあ……」

 よく聞く言葉ではあるが、『慟哭』というのはきっとこういう叫びを言うのだろう。
ラムザさんが発した巨大な歓喜の咆哮は、アニメで見る狼の遠吠えのように月夜の空にどこまでも響き渡った。

 ……こっちの人達って喜ぶ時のリアクション凄いなぁ……劇場型の人が多いのかねぇ……
まぁ、なんだぁ……ようやく、一件落着ってとこかなぁ……

「おいモドキ。」
「うぉうテッサぁ! いたんだね……」
「いるに決まってるだろう。……また随分とぬるいことを……」
「ぬるい、ふむ……『仁徳』と言ってくれないかねぇ。……この間も言ったろ、一つのロマンだって」
「仁徳、か……よくわからんな。……これでラムザ達が問題を起こしたらお前は責任がとれるのか?」
「当然とれませんな!……オレなんか流れに任せて都合の良い事言ってるだけなんだから、その後のことなんて深くは考えてないよ。」
「はっ、適当だな。」
「おうよ、適当上等だね! 正義がどうだのなんだのなんてのは平凡なおじさんには深く考えたってわからんのだから、少しでも気分がいいようになんとなくやってりゃあいいの。なんか問題が起きたら、オレ一人じゃなんにも出来んからね。申し訳ないけどまたみんなに手伝ってもらうさ!」
「……くっ、ははは……」
「……え? わ、笑っ!? テッサぁ! うそうそうそ……」
「あはははははははははははは!………………」

 鮮明な夢を見ているのではないかと思う程に衝撃的な光景だった。
出会ってからこれまでの間、いつだってカチカチの鉄面皮だった『絶対零度の魔王』テッサが、腹を抱えて大爆笑をしているではないか。
初めて見せてくれたその無邪気で屈託のない笑顔は、想像していたよりも遥かに美しくキラキラと輝いて見え、思わぬ不意打ちに心臓を鷲掴みにされたような衝撃を受けたオレは、いつも以上にマジマジとその顔に見惚れてしまった。

「ははははは……はー、はー…………まったく、バカもそこまでいくとたいしたものだな……」

 そう言って、笑顔でオレを見上げながらスラっとしたしなやかな指で目尻の涙を拭う仕草もまた可憐で、もし人目がなければ衝動的に抱きしめてしまっていたかもしれない。

 そうして、ポケーっとしたまま何秒見惚れていたのかわからないが、ふと我に返ったオレはテッサにこのときめきを悟られるのが無性に悔しく思えたので、気合を入れて表情と声色がいつもの調子になるよう力を込めた。

「だ、だからロマンチストだって何回も言ってるだろうが。つまり、たいしたロマンチストってことだな!」
「ロマン……くくくく……腹が痛いんだ、もう勘弁してくれ……」

 ……ぐぅううぅう!
ヤベェ、とんでもない破壊力だぞこの笑顔……
まずい……下手したらダービーより美しいかもしれん!
 
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