車輪の神 ジョン・ドゥ 〜愛とロマンは地球Bを救う?〜

Peppe

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第二章 キリン探し

怪獣大戦争 ③

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地球B 26日目
PM 11時30分

 後悔すること確定の最大級にアホな決断を下したオレは、出陣の狼煙を上げるべくタバコを咥えた。
気管の不快感はまだ残ったままだが、人生最後の一本になるかもしれないのだからそんな事は気にしていられない。

 ーー カキンッ シュボ ーー

「……………………コッハァアァーーーーー…………美ん味いじゃないの……」

 たっぷり時間をかけて一吸い一吸い丁寧に味わい、フィルターが溶けるギリギリのとこまで吸い尽くすと、いよいよ出発の準備が整ってしまった。

「よーーーし! 行くぞ行くぞぉ! 行くったら行くぞぉコノヤローーーーー!」

 天高く拳を突き上げて力の限り吠えた。
別に行きたくて仕方がない訳ではないが、バカになって無理やりテンションを上げでもしなければ途端に心が折れてしまいそうだ。

 鬨の声を上げた後、フンフンと鼻息荒くショルダーに歩み寄り、乗り込もうとドアのハンドルを引こうとしたところでふと手が止まった。

「……あのさぁ……ショルダー……最後になるかもしれないからさ…………その……申し訳ないんだけども、ダービーに乗ってもいいかな?」

 そう言って、甘えた瞳でショルダーを見つめても、彼女は何も返事をしてくれない。
きっと、「私だって最後の瞬間はあきらといたい。」と思ってくれているのだろう。

 そんないじらしい愛機の態度に、罪悪感と愛らしさで胸いっぱいになったオレは、たまらなくなって思わずボンネットに頬ずりをした。
脂が着くのがイヤなので、普段はやりたくても我慢していたことなのだが、実際に冷たく固いボディを肌でたっぷりと感じるプレイは想像を超えて素晴らしいもので、生きてる内ににこの快感を味わうことが出来てよかった。

「……じゃあねショルダー、いい子でお留守番してるんだよ。」

 二台同時に運転してやることが出来ない己の体を呪いながら、ショルダーの美しいボディをしっかりと目に焼き付けて基地へと送り返すと、自然と涙がこぼれてきた。
まぁ仕方がない、今日のオレの涙腺はガバガバの大放出キャンペーンを開催中なのだ。
今更抗うのも面倒くさいので、ショルダーとの思い出を噛み締めながら堂々と泣いてやった。

 そのまま感傷に浸って、ポエムの一つでも綴ってやりたいところだったが、あまり時間をかけていられる状況でもないので、センチメンタルを振り払うかのようにガシガシと涙を拭って息を整えた。

「……よし、ダービー!」

 ーー パチィン ーー

 オレの呼び声にすかさず応えて召喚されたダービーは、「私の出番のようね。」と言わんばかりの堂々とした出で立ちで、いつも以上の美しさと頼もしさを兼ね備えて見えた。

「……ふふふ……カッコイイなぁ……やっぱり最高だよお前は…………実はなぁ、これからメチャクチャ危ない所に行かなきゃならないんだ…………だから……まぁその……よろしくな……」

 挨拶もそこそこに、早速シートに跨って尻から伝わる感触を確かめる。
二千は下らない程繰り返してきた行為だが、何回目だろうと最高に気分がいい。

 温泉に浸かったような満ち足りた気持ちを感じながら優しくタンクを撫でてやると、不思議と士気も高まってきた。

「……ありがとうダービー……勇気が湧いてきたよ…………ほんじゃあでっぱつしますかね!」

 ーー ドゥゴォン! ーー

「すぅーーーー…………これより我ら修羅に入る! いざっ! 参らん! うるぁああぁぁああぁあぁ!」

 掛け声と共にアクセルを全開にして、テッサの向かった方角へと出発した。

 ライトをハイビームにして、テッサが道標にしていた麒麟の足跡を見つけるべく地面を凝視すると、目的のものはすぐに見つかった。
なにせ、見落とすのが難しい程に以上な痕跡がハッキリと残っていたのだ。

 形状はいわゆる普通の『蹄』の跡に見えるのだが、そのサイズがイカレていた。
普通のお馬さんの足跡なら大きくても拳骨ぐらいのものなのだろうが、目の前の地面には、ドラム缶がジグザグに飛び跳ねたのではないかと疑いたくなるような、巨大な半円の窪みが出来ている。

 改めて麒麟のバケモノっぷりを実感したオレは、再び湧いてきた恐怖と後悔を払拭するべく豪快にマフラーを鳴らして、草原で出せる限界の速度を維持しながら先へと進んだ。

 そのまましばらく走っていると、徐々に心臓の鼓動が高鳴ってきて、体中からじっとりと冷や汗が滲み出てきた。
出発したばかりの時はハイになっていたから平気だったのだろうが、夜風にさらされて段々と冷静な頭が戻ってくると、街灯はおろか、月や星の明かりすらない状況での運転がとても恐ろしいということに気付いてしまったのだ。
視認できるのは、ダービーが照らしてくれる前方100メートル程の世界のみで、それ以外は上下左右すべてが真っ暗闇なのだ。
当然、ライトの先に巨大な障害物でも現れたら、高速の世界の中で瞬時に判断して避けなければならない。

 まるで、一人で深海探検でもしてるような緊張感に襲われながら、脳内には最悪の想像ばかりが思い浮かんでくる。

 ……そういやぁ……障害物ならどうにか避ける自信はあるけども、ライトの先にいきなり麒麟が現れたらどうしよ……
……うわぁ……それおっかねぇなぁ~……実は見えてないだけで並走されてたりして…………
おぉう! いかんいかん……パニックムービーじゃねんだから……ないない……
………………そうか、進んで行った先で、テッサが倒れてたりってこともあるのかもしれないのか……
……それだけは絶対にごめんだぞ……テッサ……テッサぁ……

「うぉおおぉぉぉおおお! お前はどこにいるんだテッサぁぁあぁあぁああ!」

 どうしようもない焦燥感に駆られ、アクセルを更に開いた。
こうなると、いざとなった時にダービーを制御できなくなる恐れがあるが、バカにでもならなければ色々な感情に心が押し潰されてしまいそうなのだ。

 そうして絶叫しつつ、目尻から涙を後方に撒き散らしながらの限界走行を続けていると、それまで巨大な足跡と草花しかなかった視界に突如として変化が起きた。
ライトの先に、それはそれは美しいスラリと伸びた脚が現れたかと思うと、光線の範囲が広がるにつれ全体像が浮かび上がる。

 口から心臓が飛び出そうな衝撃に襲われながら、すかさずアクセルを緩めてフルブレーキングすると、ぶつかるすんでのところで止まることが出来た。

 急停車のショックでドゴドゴと高鳴る胸を抑えながら、大きく深呼吸して心を静めていると、ライトの先から声が聞こえる。

「おい、お前は私を轢き殺す気なのか?」

 ぶっきらぼうなセリフを、なんだか嬉しそうな声色で放つその姿は、ライトの効果も相まってか女神の如く美しく光り輝いていた。

「バカ野郎……そっちが避けりゃあいいじゃねぇかぁ…………無事だったんだな……」
「……あぁ。」

 ほんの二時間弱しか別れていなかったというのに、生き別れの兄弟にでも会えたかのような懐かしさに胸が締め付けられて声が震える。

「……お前、オレの頭がイカれたせいで見えちゃった幻とかじゃないんだよなぁ……」
「ふん、そんな訳がないだろう。」

 そう言って、握った拳を差し出してきた。
さては再開のグータッチでもしてほしいのだなと、オレも拳を差し出そうかと思った瞬間、『ゴヅン』という鈍い音と共に、目から火花が飛び出そうな衝撃が頭頂部を襲った。

「んんごぉおお…………ねぇ、なんでゲンコツぅ?……」
「ん? これで私が幻ではないことがわかっただろう?」
「確かにな……へへ……いてぇけど……よかった……よかったよぉぉ…………元気そうじゃんか……テッサぁあぁあああ!」

 絵画から飛び出してきたような美貌を持ち、再開のムードをぶち壊す傍若無人っぷりと金属のような拳の固さ、今オレの目の前にいるのが正真正銘のテッサだと確信した瞬間、オレの涙腺は本日何度目かの決壊を起こした。

「……おい、鬱陶しいから泣くなと言っただろう。」
「うぅ……違ぁう!……これはだ……おばえのゲンコツが痛ぐっで涙が出てるんだよぉ……」
「じゃあその鼻水はなんなんだ……ふふふふ……まったく……バカめ……」
「だかだぁ……ドバンディスドだっで言ってどぅだどぉ!」
「あっはっはっはははははははは…………あっ、顎まで垂れてるじゃないか……汚いぞ……はははははははははは……」
 
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