悪役中間管理職は神子と勘違いされてしまったようで

iroha

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魔族攫いは突然に

「ふふん。愚かな人間どもめ!!」

 朝陽に包み込まれ始めた小高い丘に立ち、手を腰に当てて高笑いをする。今生で一度は、これをやってみたかった。なるほど、爽快な景色の中で大声を出すというのは、実に気持ちが良い。後ろからは「さすがアルバ様ー!」と配下たちが気を遣って野太い声で盛り上げてくるのが、さらに気分を持ち上げる。我々魔族は、少し昔に人間たちにうっかり負けて以降、地底の国と呼ばれる、陽の光も差さない場所に追いやられたという。
 しかし、その封印は解かれた。――正しくは、魔族一同、心を込めて地道に掘り続けた手掘りのトンネルが開通したのだが。

「この度の計画に失敗したら、陛下によってまた、朝から晩まで城の中庭のコケむしりの刑に処されてしまう! ここからは緊張感を持って行くぞ!」
 オー! と先ほどよりもだいぶ小さく、可愛らしくなった声が返ってきた。後ろを振り返ると……陽の光を久しぶりに浴びたせいなのか。ガチムチ体型のはずの魔獣たちが、色とりどりのスライム状に――いや、むしろスライムそのものになってピチピチとしている……! まともな姿を保っているのは、俺一人だけという驚愕の真実が待っていた。
 なんてことだ……なんてことだ……! 俺の参謀役であるレギオンが立っていたあたりには、一際大きな、いぶし銀色のスライムがいて、そいつを持ち上げてみると、とぅるんとしているではないか。意外と、心地よい手触りである。
「おいっ、レギオン! どうするんだ、ここから! 作戦にはお前たちがいないと困るぞ?!」
『ハイ、コマリマシタナ……トニカク、ココハムリヲセズ。イッタン、タイキャクシマショウ』
 ……言葉まで怪しくなっている。普段なら山羊の頭に獅子の体、竜の足……という、とんでもなくナイスバディであるレギオンの哀れな姿に、泣きそうになる。参謀役がいぶし銀色スライムでは、どちらにしろ撤退するしかあるまい。いくら魔力があるといっても、俺の力は水に特化していて、水のないところでは魔力を期待できない。試しに、どどめ色のスライムになってしまった陛下イチオシの部隊長に魔力を使わせようとしたが、普段なら中庭のコケも一瞬で真っ黒にする炎はマッチ一本分というとんでもない弱火になってしまっている。
 泣く泣く、俺は戦略的撤退を決めた。

 いぶし銀色と、どどめ色のスライムを両脇に従えて――というより抱えて、その他多くのカラフルなスライム――じゃない、配下たちに「撤収―!」と告げる。ああ、この後城に帰還したら間違いなくコケむしりの刑だ。あれ、もしかして部隊長に焼き払ってもらえばいいのか? 今回は誰にも落ち度がないので、レギオンたちのことは許して上げて欲しいと思うが、かといって一人で地獄を味わいたくはない。スライムとなった部下たちは陛下の逆鱗に触れる未来にぶるぶると震えながら、地底の国に続く穴に戻っていく。

「積年の突貫工事で開通したこの穴を埋められたら困るし……取り敢えず、草か何かで隠しておくしかあるまい」
 いぶし銀スライムとなった参謀のレギオンから『アルバサマモ、オハヤク』と呼ばれたが、先に戻るよう指示をする。この大事な穴を、どう死守すべきか。小高い丘を下りたところにある穴の周囲には、背の低い草しか生えていない。人間どもがわざわざ足を踏み入れるような場所には思えないが、それでもここが人間の国侵略への大事な第一歩、最重要拠点である。

「カモフラージュだけでもすべき、だろうな」
 自分もスライム化しないかは心配だが、近くに見える木まで枝を取りに歩いて行ったところで――何かが近づいてくる気配がした。足音。それも、速い。

(まさかもう、我々魔族の登場を人間どもが感知したというのか!)
 なんという早さだ。とにかく、もたついていた配下たちが全員穴の中に入ったのを確認して、俺は腰に下げていた剣を確かめる。正直言って、自分が戦うことになるとは想定していなかった。陛下からは地底の国でも一番と称される、陛下直属の精鋭部隊を貸して頂いたというのに。そんな彼らでオールスライム祭りが開催されることになるとは……地上の世界、恐るべし。
(とにかく、穴からは離れるべきか。この穴は、我々魔族、みんなの悲願……地上の国ドキドキ侵略大作戦のための、礎となる……ッ!)
 そこら辺に落ちていた木の枝で適当に隠し、穴から急いで離れる。馬蹄の音――それも、複数。俺が覚悟して剣を抜きながら撤退をしようとしたところで――思いっきり、俺は転んだ。

『アルバサマー! シッカリーーー!! イマッ、オタスケシマスゾーーー!!』
「……ああ、レギオン。一昨日、お前の大好物を俺は食べてしまったのに、陛下が食べたんだなんて嘘をついて申しわけない。……さすが、お前は俺の、一番の部下だ!」
 危険を承知で、駆け付けてくれるなんて。涙が滲む。うっすらと目を開けると、他のスライムたちと共に、いぶし銀スライムもそそくさと穴の中へと消えていくのが見えた。しまった、こんなことを今、素直に告白すべきじゃなかった。
(食べ物の恨みってやつか。こわ……)
 地を揺るがす馬蹄の音が間近で止み、人の足音へと変わる。もうダメだ。諦めて死んだふりをすることに決めた俺の腕を、誰かが思いっきり引っ張り上げた。
「……見つけた。我が神子を――」
 神子ねえ。そんなものが真実いるのなら、とっくに俺たちが略取して、魔族は地上に返り咲いているもんね。それでも必死に死んだふりをしていると、温かいものが俺の口を塞いできた。それはねっとりと俺の口の中を蹂躙してきて……苦しくてふがふがとすると、「良かった、生きている」とそいつ――若い男だ――が口走った。
「神子は無事、私の手の中に。皆のもの、帰還するぞ!」
 はい! と複数の男たちが呼応した。俺の身体は馬に乗せられ、それから誰かの手に支えられる。ちょっと待って。頼むから待って。これって、人ならぬ魔族さらいじゃ――?

 そうして、地底の国ではそこそこの地位にあったはずの俺は、あっという間に地上の国――人間のところに拉致されてしまったのだった。
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