祀君の嫁入り

iroha

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「紫麟殿は、お前のいる赤麒殿と似た造りの建物で、別段見るところもない。一周したら赤麒殿へ戻れ」
 王が住まう黒鳳殿を挟んで、赤麒殿とは反対――西側にある紫麟殿は驪竜が言う通り、赤麒殿と似た造りをしている。王の客人を泊める目的で建てられた赤麒殿は、内装も美しく造られている。紫麟殿は実用的といえばいいのか、無駄な飾りはことごとく廃されている印象を受けた。そんな紫麟殿の様子を見ながら視線を動かしていたセンの前で、男がぴたりと立ち止まった。

「……人の話を聞いているのか?」
「一周したら、ですよね? だって一周どころか、まだ入り口ですよ」
 驪竜から鳥扱いされるので翼はしっかりと畳んで、しかし好奇心は隠せず、そう言い返す間もきょろきょろとしてしまう。そんなセンを、後ろから衝撃が襲った。思わず前につんのめりそうになったのを、難なく驪竜が腕を掴んでくれたので転倒は免れた。驪竜はそのまま助けてくれるつもりはないのか、早々に手を離してきたので、ぺたりと床に座り込む格好となってしまう。呆然と座り込んだセンの顔を、大きな獣が近づいて舐めてきた。中庭で出会ったあのオオカミだ。

伯皓はくごう! 久しぶり、ずっと会えなかったから、心配していたんだよ」
 センが名前を呼ぶと、オオカミ――伯皓は伏せの姿勢を取る。伏せたまま側に伏せている伯皓に、センは嬉しくて声をかけた。伯皓は体勢は変えないけれど、笑っているのかと思うくらいに口を大きく開きながら、ゆっくりと尻尾を振ってみせる。それは「自分も会えて嬉しい」とセンに言っているように思えた。

「紫麟殿には伯皓がいるんだよね。いいなあ……あっ、腕……痛かったですか? ごめんなさい」
 センは笑顔で伯皓に視線を向けてから、無言でセンと伯皓の様子を見ている男が腕をだらりと下げているのを見て慌てた。身体のあちこちに傷を負っているようだったので、もしかしたら腕も怪我をしていたのかもしれない。「鳥ほどの軽さしかないのを引っ張ったところで、問題ない」と驪竜は返してから、怪訝そうな眼差しでセンを見てきた。

「伯皓は怪我をしていたのを世話していたら、居着いたオオカミだ。俺以外には慣れようともしていなかったのだが……お前には態度が違うのだな」
「翼飛の里の周辺は、鳥や羚羊かもしか以外は住まうことができないので、おれもオオカミに会ったのは初めてです。伯皓は最初から仲良くなろうって言ってくれていた気がします。嬉しいなあ」
 ね、と満面の笑みを浮かべながらセンが伯皓に話しかけると、オオカミは琥珀色の目を細めて大きく尾を振る。センの耳に、驪竜の咳払いが聞こえた。

「俺の世話は不要だが、今まで伯皓の飯を用意していた従者が臥せっている。……気難しいそいつの世話を、手伝ってくれると助かるのだが」
「良いのですか?!」
 驪竜からの思わぬ提案がとても嬉しくて、センは自分の翼がふわりと広がりかけるのを慌てて畳む。それを見ていた驪竜は、呆れた表情になった。

「お前は翼飛なのだろう。翼をいちいち畳むのは、オオカミに尻尾を丸めておけと言っているようなものではないのか。陛下の御前はともかく、俺の前では自由にして良い」
 ぶっきらぼうな言い方だが、翼を気にしなくていいと言われるのは嬉しい。「では、遠慮なく……」と前置きしてから一度大きく翼を広げると体がほぐれるような心持ちになった。

「黒一色なのかと思ったが、内側には青が混じった羽もあるのだな。美しいものだ。……翼の色は、子どもの頃と変わるものなのか」
「自分は『応』なので、こういう色なのだそうです。他の翼飛のみんなは、もっと色とりどりで綺麗です。色が変わるのは、『応』だけらしくて」
 まさか驪竜から翼を褒められるとは思わず、照れたのを笑ってごまかす。子どもの頃のことを驪竜が口にしてくるとは思っていなかったので、期待に満ちた眼差しでセンが見上げたことに気づいたのか、驪竜は視線を逸らすと黙りこんでしまった。そこから驪竜の感情を読むことはできない。センは翼を動かして浮力を使いながら立ち上がると、伯皓もすくっと立ち上がった。それから、センの上衣の裾を軽くくわえて、遊ぼうよと言わんばかりに引っ張ってくる。

「伯皓……ハク、でもいいでしょうか。ハクは、どこで生活をしているのですか?」
 腕を組んだまま一人と一頭のやり取りを見ていた驪竜は、無言のまま建物の奥を指さす。

「俺の部屋だ」
 やがて一言、簡潔に言ってまた歩き始めるのだった。
 
***

(紫麟殿に、このままいてもいいってことかな?)

 廊下をしばらく歩き、俺の部屋、という室まで連れてこられた。子犬のようにじゃれてくる伯皓のたてがみを、何度か撫でながらセンは一番奥の部屋に入った。
 センが使っている赤麒殿の部屋よりもずっと広いここが、驪竜の私室らしい。衝立があり、その向こうには寝台があるのだろう。季節によって住まう里を変えることもある翼飛の民と違い、禮国の人々はそれぞれ決められた屋敷で寝起きする。王に仕える官たちは朝早くから出廷し、それぞれが属する部署で仕事をこなす。概ね日が暮れるまでそれらは続き、やがて各々の屋敷へ帰る――という繰り返しだ。もちろん、王宮に暮らす者も多数いるが、地位の高い者であればあるほど、王宮の外に屋敷を持っていることが多い。

(驪竜さまって、陛下の護衛みたいなもんだって言っていたから、陛下の近くにお住まいなのかな)
 翼飛との違いが多すぎて、まだセンには分からないことが多い。好奇心がうずき始めるのを感じてしまい、センは気を逸らそうと部屋の外に出てみることにした。部屋にいろと言われたものの、肝心の驪竜は途中で紫麟殿で働く使用人の一人に声かけられ、いなくなってしまった。これからどうすれば良いのかがさっぱり分からない。

 驪竜の私室から出ると、すぐ近くで複数の人の声がした。センと一緒に部屋から出ようとした伯皓には、部屋で待っていて欲しいとお願いすると、すんなりと言うことを聞いてくれた。会話が聞こえる方へ向かう途中で「何者だ」と声をかけられた。
 センが視線をめぐらせると、少し離れたところにまん丸いかたちをした男が立っていた。翼飛は空を飛ぶことを前提とした生き物であるので、食事も人より少ないし体重も軽い。自然と、痩せている者が多い。驪竜のように背が高くしっかりとした体躯の者も少ないし、目の前にいる男のようにふくよかな体つきの者はいない。じっと見つめていたら、相手は気分を悪くしたようだった。

「そこで何をしている。ここは紫麟殿、驪竜様のご寝所だぞ!」
 相手は声の調子からして、もしかしたらセンとそれ程年の頃は変わりないのかもしれない。そして、この紫麟殿で働いている者なのだろう。確かに突然見慣れない生き物がいたら驚くだろうな、と慌ててセンは相手に挨拶をしてから名乗ろうとした。しかし、男は近づきながらセンの腕を掴み――それから、嫌悪をあらわにした。
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