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「なんだ、その黒い翼は。妖の類か!」
「え? 違います、おれは翼飛です」
腕は男に掴まれたまま、もう片方の手がセンの翼を掴み上げてくる。今まで他者からそんな扱いを受けたことがなかったセンは驚いてしまい、動けなくなった。誤解だと説明したいのだが、翼飛は確かに有翼で他の人々とも野の獣とも違う――言い方を変えれば、異形の生き物だ。しかも、自分は他の翼飛たちとも翼の色が異なる。
自分は妖ではないと言っても、人々の思う妖と自分との違いを、うまく説明できる自信がない。口ごもっているうちに、センの翼を掴んだまま、男は入り口へと向かって歩き始めた。
「いっ、いたい……です」
「妖が騒ぐな! この混乱に紛れて、入り込むとは小賢しい。……貴色と同じ黒色などと、身の程知らずな」
センたち、翼飛が持つ翼は体温を整えたりする意味もあり、鳥とは違って神経が通っているため敏感だ。強く掴まれれば当然痛い。何とか離れたくても、がっしりと掴まれてしまっては、抵抗した時に羽根が抜けそうで怖い。翼飛の持つ翼と鳥との違いは、失われた羽根は簡単には生え変わったりしないところだ。先ほど、折角驪竜がセンの翼を褒めてくれたのに。男の一声はあっさりと、先ほどの驪竜の言葉を黒く塗りつぶしてしまった。
「柳(りゅう)。そこで何をしている?」
驪竜の声だ。センは無意識に、助けを求めようと、驪竜を見て口を開きかけた。しかし、ただでさえ己は『間違いでやって来た』厄介者だ。ここで騒いだら驪竜たちの迷惑になると考えて、センはずるずると、柳と呼ばれた男に引きずられていく。痛くて、さすがに声を出してしまいそうだ、と思ったところでふっと身体が軽くなった。
足元から伯皓が現れ、センの翼を掴んでいた柳の腕に噛みついたのだ。柳は大きな悲鳴を上げたが、伯皓は力を加減したのか、すぐに離れていった。柳の手から解放され、床に座り込みそうになったセンを、誰かが抱き上げてくれた。
「顔が青い。大丈夫か?」
抱え上げられ、驪竜がセンの顔を覗き込んでくる。まさかそんな気遣いを驪竜にされると思っていなかったセンは、ぼうっとしながら頷き返した。その様子を見て小さく息をつくと、驪竜の視線が動く。
「柳。この紫麟殿の主は誰だ。貴様か?」
「とっ、とんでもございません……驪竜様です」
驪竜の怒りに触れたことに気づいた柳は、毬のように勢いよく身体を屈めて、床に頭をこすりつけた。柳の頭の上の方から、「違う」と冷たい声音が下りてくる。
「この紫麟殿を含め、この来凰宮のすべてが陛下のものだ。そして、この者は翼飛より陛下が預かった大事な客人。この者に手を上げることは、陛下に手を上げるのと同義だ。次はないぞ」
淡々と、怒鳴る訳でもない。だからこそ余計に驪竜の怒りが伝わってくる。
「あの……おれは、気にしないので。確かに、この翼の色では、翼飛だと分かってもらえないかもしれないし……」
何とか驪竜の怒りを解こうと、センは驪竜に抱え上げられたまま、あわあわと驪竜の肩に己の手を添える。驚いてこちらを見上げてきた薄い鳶色の瞳は、センが思い込んでいたものよりも今は怖くない。だが、すぐに驪竜は眉根を寄せた。
「従者を許すのは簡単なことだが、それではいつまでもその従者は過ちを繰り返すだろう。また翼を摑まれても良いのか? 痛かったのだろう」
「う、うん」
確かに、先ほど翼を摑まれたのはとても怖かった。翼を動かすと、驪竜は床の上にセンを立たせた。センの感情を如実に表してやや垂れ下がった翼から、羽根が抜けていく感覚がした。
(うわ、何だろう、この感覚……)
驪竜に自分が叱責されたように感じて、項垂れてしまったセンを励ますつもりなのか、センの足元に戻ってきた伯皓が頭を摺り寄せてくる。
「やはり、顔色が悪い。横になった方が良さそうだな」
またひょいと驪竜に抱えられ、奥の私室へと連れて行かれる。衝立の向こう側――寝台まで運ばれ、ころんと転がされてしまった。てっきり赤麒殿へ戻れと、言われるとばかり思っていたのに。
「……すまなかった。最初に、センを皆に紹介すれば良かったのだが」
「え、いや……大丈夫、です」
まさか驪竜が謝って来るとは。センは慌てて上体を起こそうとした。それを、驪竜が「寝ていろ」と押しとどめる。
「俺も、この中の者たちも翼飛の民のことについては勉強不足だ。嫌なことや辛いことがあれば、すぐ言うように」
ぽん、と頭を軽く叩いて驪竜が衝立の向こうに消えていく。寝台までついてきた伯皓はといえば、寝台の下に寝そべった。遠くから驪竜が呼んでも、動くつもりはないらしい。今はそれが心強く感じられた。
「陛下の大事な客人って……自分も意地悪なこと言ってたのにね」
こそっと伯皓に愚痴を聞いてもらいながら、その柔らかな体に触れているうちに、うとうとし始めた。赤麒殿でセンが寝泊まりしている部屋の寝台も充分立派なのだが、驪竜の部屋の寝台は広々としていて、翼を広げても安定感がある。
(さっきは痛かったし、おれがいたせいで柳さんが怒られたのは怖かったけど……驪竜さまが嫌な顔しないで話してくれたのは、嬉しかったかも)
驪竜は、センのことなどお荷物くらいにしか考えてないだろうと思っていたのに。翼飛では腫れ物のように扱われてきたので、実直そうな驪竜の言葉や感情は、センにも分かりやすい。
「ハクが大好きなご主人さまだものね。本当はお優しいのかも。おれのこと、覚えていてくれていたらいいのになあ……」
センの最後の呟きが聞こえたのだろう。くう、と伯皓が甘えるように鳴くのだった。
「え? 違います、おれは翼飛です」
腕は男に掴まれたまま、もう片方の手がセンの翼を掴み上げてくる。今まで他者からそんな扱いを受けたことがなかったセンは驚いてしまい、動けなくなった。誤解だと説明したいのだが、翼飛は確かに有翼で他の人々とも野の獣とも違う――言い方を変えれば、異形の生き物だ。しかも、自分は他の翼飛たちとも翼の色が異なる。
自分は妖ではないと言っても、人々の思う妖と自分との違いを、うまく説明できる自信がない。口ごもっているうちに、センの翼を掴んだまま、男は入り口へと向かって歩き始めた。
「いっ、いたい……です」
「妖が騒ぐな! この混乱に紛れて、入り込むとは小賢しい。……貴色と同じ黒色などと、身の程知らずな」
センたち、翼飛が持つ翼は体温を整えたりする意味もあり、鳥とは違って神経が通っているため敏感だ。強く掴まれれば当然痛い。何とか離れたくても、がっしりと掴まれてしまっては、抵抗した時に羽根が抜けそうで怖い。翼飛の持つ翼と鳥との違いは、失われた羽根は簡単には生え変わったりしないところだ。先ほど、折角驪竜がセンの翼を褒めてくれたのに。男の一声はあっさりと、先ほどの驪竜の言葉を黒く塗りつぶしてしまった。
「柳(りゅう)。そこで何をしている?」
驪竜の声だ。センは無意識に、助けを求めようと、驪竜を見て口を開きかけた。しかし、ただでさえ己は『間違いでやって来た』厄介者だ。ここで騒いだら驪竜たちの迷惑になると考えて、センはずるずると、柳と呼ばれた男に引きずられていく。痛くて、さすがに声を出してしまいそうだ、と思ったところでふっと身体が軽くなった。
足元から伯皓が現れ、センの翼を掴んでいた柳の腕に噛みついたのだ。柳は大きな悲鳴を上げたが、伯皓は力を加減したのか、すぐに離れていった。柳の手から解放され、床に座り込みそうになったセンを、誰かが抱き上げてくれた。
「顔が青い。大丈夫か?」
抱え上げられ、驪竜がセンの顔を覗き込んでくる。まさかそんな気遣いを驪竜にされると思っていなかったセンは、ぼうっとしながら頷き返した。その様子を見て小さく息をつくと、驪竜の視線が動く。
「柳。この紫麟殿の主は誰だ。貴様か?」
「とっ、とんでもございません……驪竜様です」
驪竜の怒りに触れたことに気づいた柳は、毬のように勢いよく身体を屈めて、床に頭をこすりつけた。柳の頭の上の方から、「違う」と冷たい声音が下りてくる。
「この紫麟殿を含め、この来凰宮のすべてが陛下のものだ。そして、この者は翼飛より陛下が預かった大事な客人。この者に手を上げることは、陛下に手を上げるのと同義だ。次はないぞ」
淡々と、怒鳴る訳でもない。だからこそ余計に驪竜の怒りが伝わってくる。
「あの……おれは、気にしないので。確かに、この翼の色では、翼飛だと分かってもらえないかもしれないし……」
何とか驪竜の怒りを解こうと、センは驪竜に抱え上げられたまま、あわあわと驪竜の肩に己の手を添える。驚いてこちらを見上げてきた薄い鳶色の瞳は、センが思い込んでいたものよりも今は怖くない。だが、すぐに驪竜は眉根を寄せた。
「従者を許すのは簡単なことだが、それではいつまでもその従者は過ちを繰り返すだろう。また翼を摑まれても良いのか? 痛かったのだろう」
「う、うん」
確かに、先ほど翼を摑まれたのはとても怖かった。翼を動かすと、驪竜は床の上にセンを立たせた。センの感情を如実に表してやや垂れ下がった翼から、羽根が抜けていく感覚がした。
(うわ、何だろう、この感覚……)
驪竜に自分が叱責されたように感じて、項垂れてしまったセンを励ますつもりなのか、センの足元に戻ってきた伯皓が頭を摺り寄せてくる。
「やはり、顔色が悪い。横になった方が良さそうだな」
またひょいと驪竜に抱えられ、奥の私室へと連れて行かれる。衝立の向こう側――寝台まで運ばれ、ころんと転がされてしまった。てっきり赤麒殿へ戻れと、言われるとばかり思っていたのに。
「……すまなかった。最初に、センを皆に紹介すれば良かったのだが」
「え、いや……大丈夫、です」
まさか驪竜が謝って来るとは。センは慌てて上体を起こそうとした。それを、驪竜が「寝ていろ」と押しとどめる。
「俺も、この中の者たちも翼飛の民のことについては勉強不足だ。嫌なことや辛いことがあれば、すぐ言うように」
ぽん、と頭を軽く叩いて驪竜が衝立の向こうに消えていく。寝台までついてきた伯皓はといえば、寝台の下に寝そべった。遠くから驪竜が呼んでも、動くつもりはないらしい。今はそれが心強く感じられた。
「陛下の大事な客人って……自分も意地悪なこと言ってたのにね」
こそっと伯皓に愚痴を聞いてもらいながら、その柔らかな体に触れているうちに、うとうとし始めた。赤麒殿でセンが寝泊まりしている部屋の寝台も充分立派なのだが、驪竜の部屋の寝台は広々としていて、翼を広げても安定感がある。
(さっきは痛かったし、おれがいたせいで柳さんが怒られたのは怖かったけど……驪竜さまが嫌な顔しないで話してくれたのは、嬉しかったかも)
驪竜は、センのことなどお荷物くらいにしか考えてないだろうと思っていたのに。翼飛では腫れ物のように扱われてきたので、実直そうな驪竜の言葉や感情は、センにも分かりやすい。
「ハクが大好きなご主人さまだものね。本当はお優しいのかも。おれのこと、覚えていてくれていたらいいのになあ……」
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