祀君の嫁入り

iroha

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「柳殿は、南方伯のご子息でしたよね」

 そうそう、と朱が返してくれた。
 よそよそしかった紫麟殿にいる使用人たちの態度は、驪竜のものが風で飛ばされた事件の後、だいぶ軟化した。事件の後も、最初は申し訳なさそうにしていたが、段々と空を飛ぶ翼飛への好奇心となり、やがてセン自身への興味へと変化していったらしい。人嫌いの驪竜のもとで働いているだけあって、使用人たちもそれぞれ個性は強めであるものの、一度打ち解ければなかなか楽しい人間が多い。みな、センよりも大分年長なのもあり、可愛がってくれる。そうやって今日も他愛もない話をしていたところで、柳の話に至ったのだ。

「そうさあ。柳は、十三番目の子って言ったけねえ。王軍に入れてくれないかと南方伯が陛下に頼まれたこともあるそうだよ。だがねえ、あのお体じゃ……陛下の盾にはなれようが、敵を倒す前に自分が標的になって終わりさ。結局、この間の汳での戦に思い切って参加したものの、驪竜様に命からがらのところを助けられたのよ。それから、もう自分の命は驪竜様のものだって言い張って。だから、柳はセンが来るちょーっとだけ前に、ここに来たんだよ」
 へえ、とセンが首を傾げながら相槌を打つと、話し終えた朱の周囲で老婆が一人、嘆息する。

「柳殿も、もっと思慮深ければねえ。センちゃんも、ここに来てすぐに、その御大層な翼を引っ張られていたっけ。いくら南方伯が麗と汳との国境を守る要で、そのお子だと言っても。優秀じゃなけりゃ……ねえ?」
「うーん、おれの耳には痛い話かなあ。おれは、里の中でも大きな家に生まれたけれど、同じくらいの年頃のみんなが、一族から期待されて勉学やら家業やらに励んでいる中、おれは同じことの繰り返ししか、していませんでした。それは優秀じゃないことと、そんなに大差ないんじゃないかと思えていて」
 考えながらセンが返すと、老婆はセンと同じく考える仕草をした。

「それにしても、セン。翼飛の国から、陛下のお付きになるためにわざわざ来たって聞いたよ。あんたこそ、驪竜様のところで良いのかい? 確かに、驪竜様は私らを使ってくれる面白いお方だけれど」
「……おれも、実は驪竜さまのところに押しかけるつもりだったので……。すぐ翼飛に送り返されてもおかしくなかったのですが、陛下が冬の間はいても良いと。それに、驪竜様もおれがいたいのなら、国に聞いても良いと仰って下さいました。伯皓やみんながいるので、紫麟殿はとても楽しいです。今まで、みんなとこんな風にお話ししながら暮らすなんて、経験したことなかったので」
「そうかいそうかい」と、センに優しく笑いかけながら、朱が相槌を打った。

「本当にずっと、驪竜さまや伯皓や、みんなのそばにいたいなあ……」 
 洗い物を手伝っていたセンの手が止まる。朱は「そろそろ休もうね」と言って、センの手を取ると、水滴を拭って椅子に腰かけさせた。まだ朝餉が終わったばかりで、のんびりとした雰囲気である。

「前から気になっていたけど、センの指。翼飛のいいところの出な割に、随分と荒れているじゃないか。あんた、翼飛でいじめられていたのとは違うの?」
 手についた水滴を拭う時に、センの指を見ていた朱が、眉根を寄せながらセンに聞いてきた。センも自分の手を見返してみると、確かに爪は綺麗ではないし、ところどころ手の甲には傷跡も残っている。まさかそういうことを言われるとは思っていなかったセンは、慌てて首を横に振った。

「いじめられたことはないですよ! おれの役目は、翼飛を生んだという神さまに供物を運ぶことでした。神さまの宮があるのは、翼飛の里よりもずっと高いところにある山の上で、道のないところです。天候が突然悪くなることも多かったから、翼をうまく使えなくて里に帰る途中に失敗して崖から落ちたりとか……、気づいたら、こんな風になっていました。だから、いじめられたのではなく、自分の失敗によるもので……」
「ええっ? それって、ここからじゃあてっぺんが見えない霞雲山の更に上ってことなのかい? それ、センの他にも翼飛みんなでやっていたのかい?」
 朱をはじめとして、センの話を聞いた使用人たちは一斉に驚きの声を上げた。そもそも、翼飛の里がある霞雲山は人が足を踏み入れるには難しく、訓練された者が道案内人をつけてようやく踏破できるかどうか、といったところだ。そこよりも更に急峻な山頂などと、いくら翼を持つ翼飛といっても、難しいのではないだろうか。

「ええと。それは、『応』に生まれた者のお役目だったので。『応』がいない間は、年に一度程度、飛ぶのが得意な者が数名で神さまのところにお邪魔するものと聞いています」
 センの話を聞いていた朱が、悲しそうな顔になったのでセンは大いに慌てた。

「すみません、つまらない話をしてしまって。でも、だからおれは、翼飛の中でも飛ぶのが一番上手だったのですよ。今は、翼飛でも飛べない者の方がずっと多いので」
 ここは台所なので、さすがに双翼はしっかりと畳んでいるけれど、センはそう言って誇らしげな表情をして見せる。朱は目に涙を浮かべながら「そうだね、センはさぞ飛ぶのが上手だろうさあ」と褒めてくれた。
「……お役目は確かに辛かったです。けれど、いつか驪竜さまのお側に行けるのだと信じていたので。風花が冬の前に舞うのを、ずっとずっと待っていました。何か色々と間違いがあったみたいで、驪竜さまにはただのご迷惑となってしまいましたが……ずっと、驪竜さまのことをお慕いしていたのです」
 涙目で頷いている朱たちに引きずられるように、センも涙目になりかけている己に気づき、困ってしまった。まさかこんなところで泣きたくなるとは思ってもいなかったのだ。話しているうちに、自分が思っていたよりもお役目のことを辛いと思っていたこと。禮王となった驪竜の許に輿入れする日が来ることを夢見ていたこと。――そして、それは叶わぬただの夢だったことなどが、頭の中を駆け巡っていく。

 ここまで言うつもりはなかったのにな、と急いで笑顔を作ると、勢いよく立ち上がって洗い場へと向かう。そんなセンの耳に、きゅう、と伯皓が甘える時の声が聞こえた。

「おや、伯皓だよ。セン、お迎えじゃないのかい? ここはもういいから、伯皓と遊んでおいで」
 朱からそう教えられて、やはり伯皓だったのかとセンが振り向く。伯皓は台所の入口に大人しく座っていた。それを使用人たちはおっかなびっくりに見ていたが、センが近づくと伏せの姿勢を取り、「早く早く」と言っているように尻尾を振って見せる。

「ハク、迎えの時間にはちょっと早かったかも……あれ?」
 センが台所から出るまで、大人しく伏せていた伯皓のたてがみをすいてやると、驪竜がすぐ傍に立っていたことに気づく。いつからそこに立ってたのだろう、と思い、さあっとセンの顔が青くなった。決して悪口などは言っていないが、随分と恥ずかしいことを言っていた自覚はある。目を合わせるのも怖くて、ぎこちなく驪竜に頭を下げると、驪竜が嘆息したのが聞こえた。

(あ、呆れられたのかも……)
 禮王の言葉があったからにせよ、ここにいるのはもっぱら伯皓がセンのことを気に入ったからだ。それなのに、驪竜のことを慕っているなどと、きっと驪竜には余計な感情であるに違いない。怖くて、伯皓の綺麗なたてがみだけを見つめていたセンの肩に、ふわりと柔らかく暖かなものがかけられた。

「……伯皓が、たまには城外に出たいと騒いでいる」
「ハクが、ですか?」
 伯皓はこの広い王宮の中なら出入り自由のようで、あちこちを散歩しているのはセンも知っている。驪竜は伯皓の話す言葉が分かるのだろうか、とセンが首を傾げていると、驪竜が咳ばらいをした。

「……禮に来てから、まだ一度も城外に出たことがないだろう。今日は俺も城外に用事がある……伯皓の、ついでだ」
「ついで、ですか」
 驪竜が言いにくそうにしているが、どうやらずっと紫麟殿の中にいるセンを外に連れ出そうと口実を考えてきてくれたらしい。そのあまりにも分かりにくい、遠回しな誘いにようやく気付き、センは思わず笑ってしまった。

「嫌なら、俺と伯皓だけで行くが」
「ええ? 行きます、もちろんです。だって、そのためにこのお召し物を、貸して下さるのですよね?」
 センの双翼を隠すくらいに長く、軽いのに暖かいその外套は、高級なものなのだろうとすぐに知れる。外出するのに、わざわざセンの防寒着まで準備してくれたことが嬉しい。センがふわりと微笑みながら立ち上がると、驪竜は眉根を寄せてから、ずり落ちかけたセンの外套をしっかりと羽織らせてくれた。

「その外套は、セン以外には役に立たん。翼飛の翼の大きさを考えて作らせている。……貸すわけではない。取っておけ」
「え? あの……あ、ありがとうございます!」
 やはり、分かりにくい言い方だ。ようやく、センにこの外套をやると言っていることが分かって、踵を返した驪竜の背にセンは慌てて礼を告げるのだった。
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