祀君の嫁入り

iroha

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 とある日。黒鳳殿から呼び出され、センは久しぶりに禮王・瑞鸞に会った。瑞鸞が驪竜の異母弟だという話を聞いてからは、はじめてだ。
 驪竜とはつくる表情が違うので一見は分かりにくいが、瞳の色が薄いところや鼻の形など、確かに驪竜と似ているところも幾つかあり、弟であると言われればそう見える気がする。
 それにしても、いつもであれば驪竜を通して呼び出されることが多かったので、直接の呼び出しにセンはそわそわとしていた。

「どうしたの? 私の顔をじっと見て」
「あっ、失礼しました!」
 無意識にじっと見ていたらしい。慌てて謝ると、瑞鸞は「あまりにもじっと見るから、穴が開くかと思った」と冗談めかしながら続ける。

「ところで。紫麟殿に行けと私が言ったのだけれど、驪竜はちゃんと相手にしてくれている?」
「あ、相手……あの……はい」
 瑞鸞の私室からは人払いされているせいで、今は瑞鸞とセンとの二人きりだ。話しかけながら近づいてきた瑞鸞が、とうとうセンが正座している長椅子のところまで行くと、隣に座ってきた。畏れ多いと慌てて椅子から降りようとしたセンを、見た目よりもずっと力強い瑞鸞の腕が引き止めた。

「そういえば、センも人が悪い。子を孕むことができると最初から知っていれば、驪竜のところに出したりはしなかったものを」
「あ、あの……申し訳ありません、『応』と名乗れば分かってもらえると思っていたので……」
 いつもと瑞鸞の雰囲気が違う。センは離れようとしたが、腕を中々放してもらえない。それどころか、掴まれていた手首のあたりを瑞鸞が口づけてきて、センは無意識に大きく翼を広げていた。それ見て、瑞鸞が笑う。

「センは、禮王(わたし)のところに輿入れしてきたのだろう? 私もセンのことは気に入っていたんだ。遅くなってしまったが、後宮に迎え入れよう。……これこそが、正しい形なのだから」
「あの……陛下?」
 固まったまま、長椅子にゆっくりと押し倒されても、センは目を丸くしていた。 

「さて、翼飛はどうやって可愛がったら悦ぶのだろうね」
「……申し訳、ありません……お許しください!」
 センの上に圧し掛かった瑞鸞の重みから、必死に逃げ出そうともがくと、羽根が抜けていく感触がした。翼飛の好きな禮の王族――しかも、相手は王なのに。驪竜と同じ血が流れていても、驪竜ではないことにどうしても拒絶が出る。

「どうして謝る? ……ああ、兄上のことなら気にしなくて良い。私が無理やり奪ったと言えば、逆らえないさ。最初から後宮に迎え入れなかったのは、謝ろう。だが、もう我慢することはないんだ。ちゃんと仕切りなおすから」
 センの腰帯に手をかけてきた瑞鸞が、薄く笑んだ。
 何も話さなくなったセンの耳を甘噛みしてから、腰帯を解き、ふつうの人のものよりと構造が異なる上衣へと瑞鸞が手をかけたところで、センは翼を思いっきり瑞鸞に叩きつけた。自分よりも大きな体から抜け出すと、瑞鸞の私室にある窓から外に出るために、一足飛びに窓側へと向かう。しかし、思いっきり体当たりしてもセンの軽い身体では破ることが出来ず、部屋の隅へ逃げ込んだ。

「セン?!」
 瑞鸞が駆け付けてくる音がしても、センは緊張と恐怖で震える身体を小さくして、大きな翼でしっかりと包み込む。もう、それしか隠れる方法が思いつかなかった。

「セン――怪我はないか?! ごめんね、怖がらせてしまった。もう、勝手に触れたりはしないから」
 いつもの調子で呼びかけられても、分かりましたと顔を出すことは出来ない。しばらくそのままでいたセンだったが、瑞鸞も動く気配をしばらく見せないことから、ほんの少しだけ顔を覗かせた。


「本当に、もう乱暴なことはしないから。すまなかった、センを少し試すつもりだったのだが……こんなにも怖がらせてしまうとは思わなかったんだ」
「……おれを試す、とは何ですか?」
 声が震えそうになるのを、必死で堪えながらセンが尋ねると、瑞鸞は距離を保ったまま自ら床に膝をついて、センと同じ視線の高さになった。ここに彼の臣下たちがいたら、大変な騒ぎになっていただろう。 

「私が受け入れると言ったら――センは私と兄上、どちらを選ぶのかを知りたかったんだ。兄上を裏切る可能性があるなら、早めに離した方が良いと考えて」
「お、おれは……」
 声が震える。瑞鸞はセンに頭を下げると、再び口を開いた。

「みなの前では知らぬふりをしたが、私は『応』のことを知っていたんだ。『応』が翼飛の中で一番格が高いことも。『禮王』に輿入れしてきたのが、『応』だと名乗ったセンで間違いないだろうことも、分かっていた。だが、兄上がそなたのことをずっと想っていたこともまた、知っていた。風花が舞ったと報せが入った時、兄上が絶望的な表情を一瞬したから。そうして、霞雲山から降りてきたそなたが、真っ先に飛びついたというのも兄上だったし、これは天命なのだと思った。そも本来、正しくこの国の王であるべきなのは兄上なのだ」
 瑞鸞の表情からは、いつもの穏やかさは消え、真剣な面差しになっている。瑞鸞はセンの立場を正しく理解していたことにも驚きだった。

「センにとって、兄上――驪竜はどういう存在なのだろうか」
 ふと瑞鸞が話を変えた。その目は、笑っていない。センは、これは間違えられない問いなのだと気づいた。一度息を細く吐き出し、じっと心の中を落ち着かせてから、もう一度呼吸を整える。瑞鸞はそんなセンの様子をじっと見ていた。

「自分にとって、驪竜さまは『幸せ』の象徴でした。あの方にもう一度お会いできたら、お側に行くことができたら――自分は、幸せになれるのだろうと。けれど、あの方のために自分は何ができるのだろうと考えることが多いです。驪竜さまには、昔出会った時のように笑っていてほしいと思うのですが……難しいです、説明するのは」
 なるほどね、と瑞鸞は安堵の息をついてみせた。

「実は、センを今日呼び出したのは、私の謀(はかりごと)にセンを巻き込めるかも見極めたかったのだ。私はこの冬が終わるまでに、兄上を王族に戻して差し上げたいと考えている。兄上を王族に復位させるには、兄上の母方一族の名誉を回復させる必要がある――センは間違いなく兄上の味方だと、私は信じることにした」
「……驪竜さまも、亡くなられた叔父上の名誉を回復させたいと仰っていました」
 そうかと呟き、瑞鸞は少し遠くを見る。その視線の先には、二羽の鳥が描かれた小さな額縁が飾られていた。

「兄上が王太子の地位を追われることになったのは、今の宰相の陰謀と私は考えている。宰相の娘は、前王――我々の父だが――の側室として遅く輿入れし、男子が生まれた。今度の春を迎えたら、その子も十二歳となり、禮の王族として王位継承権を持つことができる。そうなれば、宰相は私も殺しにくるだろう。兄上を王族に復位させられる機会は、私が王で在る今だけかもしれないのに、肝心の兄上が諦めていては……そこで、センの出番だ」
「……自分、ですか?」
 真面目な瑞鸞の話の中に、唐突に登場した自分の名前を聞いてセンが碧眼を大きくする。瑞鸞の、薄い茶色の瞳と視線が交わった。

「センの言葉なら、兄上は動くのではないかと、私は考えている。センも、『禮王』に嫁ぐためにこの地上まで来たのであろう。なら、もう一度正しい形に戻せばいいのだ」
「でも、陛下は……?」
 瑞鸞でいいよ、と瑞鸞が年相応の顔で笑い返した。軽い口調で話しているけれど、いま禮国の行く末に関わる重い話をされているのだ。センの、もともと鼓動の速い心臓がもっと動きを速くしたような感覚に呼吸がおかしくなりそうだった。
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