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「あ、あの……驪竜さま、おれ、歩けますよ?」
「知っている」
帰る途中もずっと降ろしてもらえず、とうとう紫麟殿までそのままだった。入口で彼らの帰りを待っていた朱たちが、驪竜に抱え上げられたままのセンを見て驚いた表情をする。そのまま奥の驪竜の私室まで行くと、広い寝台の上にぽいっと降ろされた。
「あの、驪竜さまの今日のお仕事は……」
「今日は公休日だ。だから瑞鸞――陛下にも、午前のうちから呼び出されたのだろうが」
そうだ、そうでした、とセンは納得して頷く。翼飛の『応』であったセンには、『休日』というものはなかった。あえて言うなら、飛んでいくことが出来ないほどに天候の荒れる日が休日だったが、禮の人間たちのように決められた間隔で休む、ということはなかった。
「用があって出て、戻って来てみればセンがいない。今更、陛下がお前を呼び出したという。センに用事があるのなら先に俺に言ってきていたというのに、直接だ。さすがにおかしいと考えて、心配して行ってみれば……お前は、『禮王』の許にいたかったのか?」
「ちがっ! 違います!!」
寝台の上で飛び上がりかけながら必死になるセンだったが、いつになく冷たい驪竜の眼差しに、驚いたまま大きな碧眼を丸くすることしかできなくなる。驪竜の寝室は一番日当たりの良い位置にあるはずなのだが、衝立やらに遮られて寝台の上は薄暗い。驪竜の眼差しに射すくめられてしまい、センは寝台の上で固まっていた。どうやら驪竜が勘違いをしているらしいと遅まきながら気づき、震える声を出した。
「お、おれは……驪竜さまの、お側がいいと、ずっと申してきました! ……瑞鸞さまに触られた時はびっくりしましたが、気持ち悪くなってしまって。り、驪竜さまに触れられると……嬉しくて、それだけで舞い上がりそうになります」
「――やはり、瑞鸞に?」
眉根を寄せた驪竜に、センは自分がまた何か間違えたのだと思った。嫌われてしまう――また、再会した頃のように驪竜が心を閉ざしてしまうのでは、と考えていくうちに泣きそうになるのを、唇を噛み締めて堪える。供物を運んでいた時、どんなに辛くても泣かないように頑張ってきたのだ。ここで泣いてしまってはいけない、と堪える。
「ごっ、ごめんなさい……でも」
「謝らなくていい。恐らく、灰羅からセンの身体のことを聞いて、ろくでもないことを思いついたのだろう。瑞鸞は昔から、俺が気に入ったものを構いたくなる悪癖がある。すまない、それが分かっていて、もっと注意をすれば良かったのだが。瑞鸞に、センを取られるのではと気持ちが逸ってしまった……俺の方が、間違っていた」
嘆息してから驪竜がセンの頬にそっと触れて、センから身を離す。自分から離れて行こうとしていた驪竜の上衣の裾を、センは必死に掴んだ。
「あの、瑞鸞さまが……! 驪竜さまを、王族に戻したいと。おれも、驪竜さまが失ったものを取り戻したいです」
「……センを呼び出したのは、それが目的か」
今日は休日なのもあってか、冠をつけていない驪竜の髪は、後ろで緩く結わえられているだけだ。零れ落ちてきた髪をかき上げると、ようやく驪竜は得心がいった、という表情になる。それからセンが座る己の寝台に腰かけると、足を組み、頬杖をついた。
「俺とて、無為に年月を過ごしてきたわけではない。だが、俺は差し違えれば、どうなるかも分からない立場だ。……センを巻き込むことはしたくない。危険だ」
「確かに、おれは翼飛で、役に立てることはほとんどないと思います。ですが、たとえ驪竜さまが王族に戻れなくても、亡くなられた叔父上の無実を晴らすお手伝いをさせてください! 叔父上の無念を晴らすとは、口だけですか? そして、おれとの約束を果たしてください。必ずとあの時、驪竜さまは仰いました! あの約束は、戯れだったのでしょうか……?」
「戯れのはずがあるか!」
薄鳶色の瞳がセンを見る。その強い眼差しに、センも泣くことを堪えながら頑張って見返した。
動いたのは、驪竜の方が先だった。抱きしめられて、驚いたはずみでセンの翼が音を立てる。それから噛みつくように口づけられて、センは怖くて目をとじた。目蓋をとじた拍子に、涙がとうとう流れ落ちたが、それを気にかける余裕はもう、ない。何度も口づけられた後、ようやく驪竜が顔を離した時には、センは息も絶え絶えといった状態だった。くたりとなって、翼をだらしなく広げたまま寝台に転がってしまった。
「センの言葉は怖い。頼むから、勝手に突っ走る真似だけはしてくれるなよ」
関わるな、とは言われなかった。そのことに自信を持ったセンはようやく驪竜に笑顔を返すと、驪竜は観念したのか肩を竦めて見せる。それから、ふと、驪竜がセンの翼に触れてきた。翼に触れられることは、あまりない。敏感な羽根を撫でるように触れられて、センは思わず固まった。くすぐったくて、全身にぞわぞわとしたものが走る。だが、仲間の翼飛たちにふざけて触れられた時でも、嫌な気持ちにはなっても、こんな風にはならなかった。
「……り、りょさまっ、そこは……っ!」
驪竜は手慰みのつもりなのだろうが、堪えられなくてセンは上体を起こすと、慌てて翼をかたく畳みこんだ。ぴったりと閉じられてしまった翼に、触れる先を失くした驪竜の腕が宙に浮いた。
「知っている」
帰る途中もずっと降ろしてもらえず、とうとう紫麟殿までそのままだった。入口で彼らの帰りを待っていた朱たちが、驪竜に抱え上げられたままのセンを見て驚いた表情をする。そのまま奥の驪竜の私室まで行くと、広い寝台の上にぽいっと降ろされた。
「あの、驪竜さまの今日のお仕事は……」
「今日は公休日だ。だから瑞鸞――陛下にも、午前のうちから呼び出されたのだろうが」
そうだ、そうでした、とセンは納得して頷く。翼飛の『応』であったセンには、『休日』というものはなかった。あえて言うなら、飛んでいくことが出来ないほどに天候の荒れる日が休日だったが、禮の人間たちのように決められた間隔で休む、ということはなかった。
「用があって出て、戻って来てみればセンがいない。今更、陛下がお前を呼び出したという。センに用事があるのなら先に俺に言ってきていたというのに、直接だ。さすがにおかしいと考えて、心配して行ってみれば……お前は、『禮王』の許にいたかったのか?」
「ちがっ! 違います!!」
寝台の上で飛び上がりかけながら必死になるセンだったが、いつになく冷たい驪竜の眼差しに、驚いたまま大きな碧眼を丸くすることしかできなくなる。驪竜の寝室は一番日当たりの良い位置にあるはずなのだが、衝立やらに遮られて寝台の上は薄暗い。驪竜の眼差しに射すくめられてしまい、センは寝台の上で固まっていた。どうやら驪竜が勘違いをしているらしいと遅まきながら気づき、震える声を出した。
「お、おれは……驪竜さまの、お側がいいと、ずっと申してきました! ……瑞鸞さまに触られた時はびっくりしましたが、気持ち悪くなってしまって。り、驪竜さまに触れられると……嬉しくて、それだけで舞い上がりそうになります」
「――やはり、瑞鸞に?」
眉根を寄せた驪竜に、センは自分がまた何か間違えたのだと思った。嫌われてしまう――また、再会した頃のように驪竜が心を閉ざしてしまうのでは、と考えていくうちに泣きそうになるのを、唇を噛み締めて堪える。供物を運んでいた時、どんなに辛くても泣かないように頑張ってきたのだ。ここで泣いてしまってはいけない、と堪える。
「ごっ、ごめんなさい……でも」
「謝らなくていい。恐らく、灰羅からセンの身体のことを聞いて、ろくでもないことを思いついたのだろう。瑞鸞は昔から、俺が気に入ったものを構いたくなる悪癖がある。すまない、それが分かっていて、もっと注意をすれば良かったのだが。瑞鸞に、センを取られるのではと気持ちが逸ってしまった……俺の方が、間違っていた」
嘆息してから驪竜がセンの頬にそっと触れて、センから身を離す。自分から離れて行こうとしていた驪竜の上衣の裾を、センは必死に掴んだ。
「あの、瑞鸞さまが……! 驪竜さまを、王族に戻したいと。おれも、驪竜さまが失ったものを取り戻したいです」
「……センを呼び出したのは、それが目的か」
今日は休日なのもあってか、冠をつけていない驪竜の髪は、後ろで緩く結わえられているだけだ。零れ落ちてきた髪をかき上げると、ようやく驪竜は得心がいった、という表情になる。それからセンが座る己の寝台に腰かけると、足を組み、頬杖をついた。
「俺とて、無為に年月を過ごしてきたわけではない。だが、俺は差し違えれば、どうなるかも分からない立場だ。……センを巻き込むことはしたくない。危険だ」
「確かに、おれは翼飛で、役に立てることはほとんどないと思います。ですが、たとえ驪竜さまが王族に戻れなくても、亡くなられた叔父上の無実を晴らすお手伝いをさせてください! 叔父上の無念を晴らすとは、口だけですか? そして、おれとの約束を果たしてください。必ずとあの時、驪竜さまは仰いました! あの約束は、戯れだったのでしょうか……?」
「戯れのはずがあるか!」
薄鳶色の瞳がセンを見る。その強い眼差しに、センも泣くことを堪えながら頑張って見返した。
動いたのは、驪竜の方が先だった。抱きしめられて、驚いたはずみでセンの翼が音を立てる。それから噛みつくように口づけられて、センは怖くて目をとじた。目蓋をとじた拍子に、涙がとうとう流れ落ちたが、それを気にかける余裕はもう、ない。何度も口づけられた後、ようやく驪竜が顔を離した時には、センは息も絶え絶えといった状態だった。くたりとなって、翼をだらしなく広げたまま寝台に転がってしまった。
「センの言葉は怖い。頼むから、勝手に突っ走る真似だけはしてくれるなよ」
関わるな、とは言われなかった。そのことに自信を持ったセンはようやく驪竜に笑顔を返すと、驪竜は観念したのか肩を竦めて見せる。それから、ふと、驪竜がセンの翼に触れてきた。翼に触れられることは、あまりない。敏感な羽根を撫でるように触れられて、センは思わず固まった。くすぐったくて、全身にぞわぞわとしたものが走る。だが、仲間の翼飛たちにふざけて触れられた時でも、嫌な気持ちにはなっても、こんな風にはならなかった。
「……り、りょさまっ、そこは……っ!」
驪竜は手慰みのつもりなのだろうが、堪えられなくてセンは上体を起こすと、慌てて翼をかたく畳みこんだ。ぴったりと閉じられてしまった翼に、触れる先を失くした驪竜の腕が宙に浮いた。
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