幸せ探しの青い鳥

iroha

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第二王子からのご招待

「ティトさん、目を覚ましたのね! ああ、神さま……!」
 聞きなれた叔母の声。ゆっくりと目を覚ましたら、俺は実家の自分の部屋で寝ていた。まだ咬まれた部分は痛むし全身が気怠いものの、自分が生きていたことにほっとする。
「叔母上、俺は……」
「目が覚めれば大丈夫と、お医者様も仰ってたわ。食欲はある? 貴方、ずっと高いお熱が出て、目が覚めなかったのよ」
 本当に心配したのよ、と叔母が目許を拭いながら、俺が上体を起こすのを手伝ってくれた。実家の小さな、しかし叔母があれこれ指示をして綺麗に保っている美しい中庭が窓越しに見える。ユージーン様の邸のものとも、王城の中庭ともまったく違う光景。
「……ユージーン様に、ご挨拶をしないと……」
 そう呟くと、叔母は分かりやすく眉をつり上げた。

「まったく、酷い話よね。貴方がせっかく命を張ってお守りしたというのに、侍従を解任ですって?! 納得いかなくて私、ヴェルテ家としても申し入れをしたのよ。それでも後で改めて挨拶するなんてあしらわれて……あの方、本当に何を考えていらっしゃるのかしら!」
 だから、もうあちらに顔を出す必要なんてないのよ。そう言って、叔母は鼻息を荒げる。
「あんなにお側に置いていたのに、いざあの蛇の化け物の毒で回復の見込みがあるか微妙となったら解任!? それならさっさと自由にしてくだされば良かったのに。見舞いにいらしても、いつもと表情も変わらないし、寝ているティトさんをただ見ているだけなのよ?!」
「叔母上、俺が殿下のお役に立てていなかったのです。解任のことは前から決まっていたことみたいですし、それをどうにか覆したくて身を張ったわけではないので……どうか、ユージーン様に対して不敬なことは、仰らないでください。すみません、ちょっとまだ、頭が痛いかも」
 あら、無理しちゃだめよ! と叔母が慌てる。叔母が怒っているのを見ていたら、俺が泣いたりするわけにはいかないと思えてきた。俺が寝ている間にも、わざわざこんな郊外まで何度か訪ねて下さっていたというだけで十分。ユージーン様は、隣国の王女様との婚約だとか、あれこれでお忙しいはずだ。なるべく、お手を煩わせたくはなかったのに。
 
「でも、侍従のお仕事がなくなったのは良い機会でもあるわ! 喜んでちょうだい、ティトさん。隣国の伯爵家の若君が、貴方のことをずっと気になっていたって先方から申し入れがあったの。ユージーン殿下が青い鳥を手放されるのであれば、ぜひ自分にって。四男だから、お世継ぎが生まれなくても、気にしないとまで仰っていただいているのよ!」
 隣国――ユージーン様が婚約される王女様の国。いっそ、ユージーン様やこの国から離れるのも良いかもしれないと思う程に、俺の心は弱っていた。
「ティトさんが倒れたのをとーーーっても心配されていて、できればすぐにでも見舞いに行きたいとおっしゃってくださって。そちらからも素敵なお見舞いを頂いたのよ。ぜひ、お礼のお手紙を書いてくださいね。ヴェルテ家とも交流のある裕福な良家ですし、これ程までに素敵なご縁はないわ。今度こそきっと大丈夫ね!」
「……お話をいただいたこと、考えてみます」
 ぜひそうしてちょうだい! と叔母は明るく笑い、「ゆっくり休んでね」と締めくくって部屋から去っていった。そのお相手が寄こしたという見舞いは、見たことのない鮮やかな花々で彩られている。その見舞いの品よりも、より寝台に近い場所に置かれた青い花が誰からなのか。教えられなくても、俺にはすぐに分かった。俺の好きな花を知るのはユージーン様、ただお一人だけだ。

(変な寝顔、していなかったかな)
 夢も見ないほどに深く眠っていたせいで、ユージーン様が近くにいらっしゃったそうなのに、気配すら分からなかった。ふと、子どもの頃に俺が風邪を引いたときにも、他の侍従たちに止められていたのにユージーン様が、こっそりと見舞いに来てくれたのを思い出す。俺の大好きな青い花を、一輪持って。


「ずっと……お慕いしていました」
 俺の感情は、誰にも必要ない。そう分かっているのに、最後にもう一度、噛み締めるように俺は上掛けで顔を覆いながら、ユージーン様への想いを呟いた。

 
***

 実家にいると、面白いくらい何の情報も入っては来ない。当たり前か。実家の邸は貴族たちが住まう一画でも外れにあるし、もはや郊外といっていいくらいにのどかな場所にある。おしゃべり好きな叔母がやってこない限りは、ただただ静かな家だ。起き上がって動き回っても問題ないくらいまで回復したある日、「お客さまだぞ」と長兄がのんびりと声をかけてきた。
 
「おー小鳥! 元気そうだな」
「……ランス様?!」
 賑やかな声。兄たちと楽し気に笑いながらやってきた、長身の男性。シドリル様やユージーン様にも顔は似ている彼こそが、王家三兄弟二番目のランス様。王子だけれど、誰よりも庶民にとっても馴染みやすい存在でもある。気さくに笑いかけてきたランス様は、俺が挨拶し終えると「もともと痩せているのに、また痩せたな」と眉根を寄せた。
「見苦しい姿を、申し訳ありません。ランス様、まだお戻りではなかったのですね」
「ああ、ユージーンの婚約の話で大騒ぎだからな」
 そう言ってランス様がニヤリとしてみせる。そうか。もうそこまで話しが進んでいるのかと、諦めがついてくる。――諦めるとはなんだ。自分を慌てて戒めていると、持っていた袋をひょいと取り上げられた。
「この袋、ユージーンの識紋が入っているな。中身はなんだ?」
「あ……花茶です。いつもユージーン様が手ずから淹れて下さっていて」
 ランス様が袋を開いて、そこから小さく包装された花茶を取り出される。匂いを嗅ぐ動作をしたランス様から、「これ、毎日飲んでいるのか?」と質問された。
「ランス殿下。申し訳ありませんが自分は城から呼ばれておりますので、ここで失礼しますね。たくさんのお土産を、ありがとうございます」
 おー、とランス様が俺の兄に手を上げ、兄もいつになく急ぎ足で邸を後にする。兄が城から呼ばれているなんて、聞いていなかった。知っていればユージーン様にお礼を出せたのにな、なんて思う。二人きりになったところで、「小鳥。お前、発情期なんて来たことないだろう」と唐突にランス様が言い出した。

「……ぐふぁああ!? あの、……実はそうなんです」
 突然の問いかけに、変な声が出てしまった。それを言われたら、俺は固まるしかない。こんな俺でも良いと言ってくれる人がいるのだから、俺は幸せなのだろう。
「お前がユージーンから飲ませられていた、その花茶。効能を調べたことはあるか?」
「いいえ。ユージーン様がくださるものは、たとえ毒でも疑いません」
 まあ、小鳥はそうだろうなとめずらしくランス様が嘆息した。 
「我が弟ながら、恐ろしいヤツだな、あれは」
「……あの。ユージーン様のご婚約の準備は、順調でしょうか? 隣国の姫君は、いつこちらにお住まいに」
 ん? とランス様が目を瞬かせた。
「あ、申し訳ありません! もう侍従ではないのに、出過ぎた真似をしました」 
 そうだ。もう、俺は末端貴族の次男で、後継ぎでもない、無職の男なのだ。王族のことを尋ねるのもおこがましいことなのに。

「……隣国といえば、ランス様は留学されていたことがありましたよね。こちらとは、気候はあまり変わりないでしょうか? もしかしたら、住まうことになるかもしれないので」
「まあ、我が国よりも南側に王都があるから、王都周辺なら温暖で過ごしやすいかな。……なんでティトが、隣国に住まうことになるんだ?」
 まだ叔母と長兄にしか分からない話だけれど、ランス様とは幼い頃からよく他愛もない話をしてきた親しさが先に立って、ついあれこれ話したくなってしまう。叔母が持ってきた隣国からの縁談の話をすると、ランス様は――腹を抱えて笑い始めた。

「あの、ランス様?」
「賢いくせにまだるっこしい真似をしているから……面白くなってきたぞ。小鳥の争奪戦が始まりそうだな。よーしよし、こんな不味い花茶なぞではなく、美味い酒を飲みに行こう!」
 ユージーン様から頂いた花茶を、ランス様がぽいと放り投げた。それを急いで受け止めたところで、ランス様は俺の髪をわしゃわしゃとかき回してくる。
「ランス様?」
「ほれ、行くぞ。待っているから、できるだけ地味な服装をしておいで」
 分かりました、と慌てて体を清潔にして、服を着替える。いつもなら、ユージーン様に頂いた花茶を飲む時間だけれど――俺は花茶が入った袋に刺繍された、ユージーン様の識紋にそっと触れるだけにして自室の机にしまい込むと、邸の外に出た。
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