幸せ探しの青い鳥

iroha

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美味しいお酒もほどほどに

「ランスしゃまっ! おいしいれす、これっ!」
「美味いだろう? ほれほれ、もっと飲んで食べろ。こっちも美味いぞ」
 豪快に笑うランス様が、見たことのないお酒を俺の杯に注いでいく。あの後。準備をし終えると、すぐにランス様の馬で城下の中でも外れにある酒場へと連れて来られた。旅人向けに、一階は酒屋、二階と三階は宿泊もできるようになっているという。ランス様の行きつけだといい、ランス様の顔を見た店主がさっと二階の一室へ俺たちを案内してくれた。
 寝台が二つある、こざっぱりとした部屋。自分まで旅人になった気持ちになって、ついつい寝台に座ったりシーツを触ったりしていると、ランス様に笑われてしまった。そのまま杯を渡されて――今に至る。

「意外と、小鳥も飲めるクチだな」
「こぉんなにおいしいおさけ、はじめれれす!」
 ユージーン様に仕えていた時は、万が一何かがあった時に、すぐ駆けつけられるようにと飲酒したことはなかった。食事で振る舞われることがあっても、飲む真似だけをしていたので口をつけたことはない。果実から作られたというランス様オススメのお酒は、どれも美味しくて甘い。飲み進めていくうちに、体がふわふわとして、とても楽しい気持ちになって来た。次々に運ばれてくる酒肴も、異国風のものから伝統的な料理まで様々だ。
「ランス様。ティトさんをこんな時期に連れ出しちゃって、怒られませんか」
「こんな時期だからこそ、だろう? 第一、説明不足過ぎる愚弟が悪い。ティトのやつ、隣国に嫁に行く気満々だぞ。今ごろユージーンも、ティトの兄からその話を聞かされている頃かな」
 ランス様と、後から追いかけてきて合流したランス様の侍従さんとの会話。
(ユージーン様……)
 お酒が入った杯を両手で持ちながら、その杯の中で揺れる綺麗な青色の液体を、俺は見つめた。
「……おれ、どうひて……ジーンさまに、きらわれたのでしょうか……」
「ジーンに?」
 ランス様が問い返してくる。さっきまでとても楽しい気持ちだったのに、ユージーン様のことを考えると、悲しい気持ちに一気に襲われる。
「おれ、ジーンさまにお仕えできるのなら、それだけでしあわせでした。結婚なんかしなくたって、ずっとおそばにいられたら、それだけで……おれ、ジーンさまが……ほんとうに、だいすきで……」
 自分で言っているうちに、どんどんと涙が溢れてきて。自分でも笑えるくらい、大粒の涙が零れた。
「お前、子どもの頃からジーンとぴったりくっついていたもんなあ」
「はなれたく、なかったれす……さみしい。ジーンさまに、くっつきたい」
 呂律は回らないし、涙も止まらない。酒瓶を抱きしめながら泣いていると、「おいで」とランス様に呼ばれた。ランス様と同じソファに座っているのに、と首を傾げていると、腕ごと体を引っ張られて、ソファに座ったままのランス様の上に、向き合うように跨ることになってしまった。それからぎゅう、と抱きしめられる。幼い頃、母にしてもらったように優しく背中を叩かれて――「あつい」と俺はひとりごちる。

 どうしました、とランス様の侍従さんが俺の肩に触れてきた途端に、ビクリと身体が勝手に震えた。全身に、ゾクゾクとしたものが走っていって――身体が熱を帯びる。ここ数日で一気に暑くなったし、お酒を飲んでいるうちに身体が火照ってきた上に、今はランス様にくっついている。「あついれす!」と宣言してから上着を脱ぐと、ランス様の侍従が「ぬおお?!」と太い声を出した。

「すごっ、すごいですよ!? これが、『蒼鳥一族』の特徴……美しい”青の翼”が、くっきりと! 翼が出るというのは、背中に翼を思わせる紋様が出るということだったのですね」
「へえ? じゃあ、そろそろかな。俺もお前もベータだから、オメガが発情期に入っても、よく分からんが……それにしても、ジーンの奴もなあ。もう少し、ティトに分かりやすく接してやればいいのに。あいつは昔っから、何を考えているか分からん」
 その瞬間、俺のセンサーが働いた。ユージーン様への、悪口や良くない言葉に俺はひどく敏感だ。それは、酔っていても分かる。俺はランス様の上着をぎゅう、と不敬にも掴んでいた。

「ランスしゃま!! ジーンさまは、いつもたくさん、おかんがえで! いーっぱい、おしごともこなされていてっ! とっても、おやさしいれす! ことばにしなくても、いつもたくさん……たくさん!!」
「おお? お前、酔っても自分じゃなくてジーン第一なのね……こーんなに真っすぐな感情をぶつけられたら、さぞ気持ち良いだろう。なあ、ジーン?」
 ティトさん、帰るご準備を、とランス様の侍従さんが慌て始める。あついのに、と文句を言っていると、「入って来いよ、ジーン」とランス様が顔を上げて言った。

「ティトに、何を飲ませたのです」
「ジーンさま?」
 低い、声――それは、俺の元主の声だ。振り返った先にいたのは、ユージーン様で……とても会いたかったその方の姿に、俺の涙腺が壊れる。ぼたぼたとまた勝手に流れていく涙で、ランス様の衣服を濡らしてしまった。
「ティト。私のところに来い。……服はどうしたんだ」
「あついのでぬぎましたっ! ジーンさまのところには、いきません……だって、ジーンさま、おれのこと……おきらいになったのでしょう?」
 何を言っている、とユージーン様は眉根を寄せてから、無理やり俺をランス様の膝から抱え上げた。
「小鳥のやつ、お前が隣国の王女と婚約したのだと思い込んでいたぞ。酒を飲ませたら、このありさまだ」
「……それはティトの兄からも先ほど聞きました。ヴェルテ伯爵夫人が、ティトと隣国の貴族との婚約話を進めようとしていたのも」
 ユージーン様は俺のことなんてもうどうでも良いはずなのに、自分の外套で俺を包んできた。なんでだろうと不思議に思いながらも、ユージーン様が付けている香料の、仄かな匂いに包まれるのは――とてつもなく幸せで。これは、夢だと俺は思うことにした。もう、夢の中でしか、ユージーン様に触れることも叶わない。嬉しくてユージーン様の胸元に顔を寄せると、「ティト」とユージーン様に優しく名前を呼ばれた。

「それよりお前、ジーンよ。小鳥にずっと、花茶だと言って発情抑止の薬を飲ませていたな?」
「ティトを迎える段取りが整い終える前に、他のアルファに手を出されるわけにはいきませんでしたので」
 まあ、確かに小鳥は無防備だがな、とランス様が苦笑する気配がする。むぼうびってなんの話だろう。
「慌てふためくジーンが見られただけでも楽しかったぞ。ティトは、俺とシドリル兄の大事な幼馴染でもある。とにかく大切にしろ。この間みたいな失態は許さない」
「言われるまでもありません」
 可愛くないヤツと言って立ち上がったランス様が、俺の頭に触れようとする――そんな気配があったのに、パシンという音だけがした。
「ティトもな。口下手な弟で申し訳ないが、これからもジーンを信じて、傍にいてやってくれ。お前がいないと、こいつは人間としての良心がまったくなくなってしまいそうだ」
 二人のやり取りは聞こえているけれど、俺の頭の中でまったく整理が追いつかない。俺はユージーン様の侍従をクビになったし、発情期も来ない……臣下としてもオメガとしても、ダメダメなのに。

「……おれは……、ジーンさまのおそばに、ずっといたかったれす……」
 夢だから、ぎゅうとユージーン様にしがみついたって良いんだ。そう思ってしがみつくと、「誰も、手放すとは一言も言ってない」と少し怒った風にユージーン様がぼやいた。
「私が婚約を申し入れたら、嬉しいと言っていただろう。なのに何故、隣国の知らぬ男と婚約する話になっていたり、私の言いつけを破って……ランスの前で発情期になりかかっているんだ。他の男の前で裸になるなどと」
 むに、とユージーン様が俺の頬をつねってくる。痛い。……夢でも痛みが……あるわけが、ない。
「も……もしかして、これって……夢では、ないのでしょうか」
 一気に酔いが醒めてきて――俺の身体から、一気に熱が引いていく。いや、火照りは残っているものの、さっきまであったふわふわとした心地よさが一気に消えて、俺の顔はきっと、分かりやすく青くなった。

「我が婚約者殿、迎えに来た」
 それから、仄かに笑いながら告げてきたユージーン様の言葉に、頭が一気に混乱する。
「だ、だって……ユージーン様の婚約者様は、隣国の王女様で」
 俺が口を開くと、ほらほら、とランス様が囃した。「兄上はもう退出していただいて構いません」と、ランス様を冷たくあしらうユージーン様の指が、俺の頬に優しく触れた。
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