白陽の残骸

iroha

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後日談:侍従と飼い猫 *

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「鷹狩り?」
 目を丸くした己の主に、翡翠は「はい」と微笑み返した。

「実際に獣を狩るのではなく、どれほどうまく鷹が獣を追い立てるかを競うのですけどね。低く飛んで行く鷹の姿を間近で見られますよ」
 面白そう、と主――要の目が輝いた。

 季節が移り、少し汗ばむ日も出てきたが、白の神子――王の伴侶である要を、内庭よりも外にそうそう連れ出すわけにもいかない。当然遊びに行く機会というのも限られていて、離宮で行われる鷹狩は格好の気晴らしになるだろうと翡翠は意気込んでいた。鷹狩は王も臨席するが、参加する者は限られているので身内のお遊びと同様だ。鷹狩に興じるのは王と王護部隊の者たち、それから内廷にいる若手の高官が数人といった程度。それならば神子も臨席してよいだろうと王からお許しをもらえて、翡翠はうきうきしながら準備を進めていた。

「……翡翠。もしかしてそれ、鷹狩の日に僕が着るの?」
 要が後ろから覗き込んできた。翡翠が用意しているのは神子のためにと誂えられた衣装の一つで、裾が長く、刺繍も派手派手しくはないが綺麗に色が入っている。素材も、季節に合わせて薄いものにしてある。 

「もちろん。要のためにつくられた衣装ですから」
「ほら、鷹狩りっていうくらいだから。僕もなにかできるのかな、なんて思っているんだけど」
 照れながらそう言ってきた主に、翡翠は頷き返した。

「鷹狩りそのものは、訓練を受けた者しか出られませんので、要は見物するだけになってしまいます。けれど、離宮には舟遊びができる大きな池がありますよ。大小様々な魚がおりますが、どれも色彩が美しいので見るだけでも楽しいかと」
 楽しみだね、と喜ぶ要と一緒に、翡翠は笑いあった。


***

「か、格好いい……!!」

 身を乗り出した要の動きに合わせて、彼が身に着けている耳飾りが涼やかな音を立てる。風が時折強く吹くものの、天気の良い日で、問題なく鷹狩りが始まった。
 翡翠自身もほとんど来たことがない離宮は諸国からの来賓を迎えるために使われることが多い。小さな建物が回廊で繋がっており、広大な中庭には舟が浮かぶ池もある。建物群を抜けると森が広がっていて、そこが今日の狩場となっていた。

「本当に近くを飛んで行くんだね。結構、ドキドキする」
「自分も、今回が二度目なので……やっぱり迫力が違います」
 要と同じか、それ以上に身を乗り出しながら翡翠も空を舞う鳥たちの競演を見守っていた。王の鷹は、飼い主に似て黙々と獲物を追い立てていく。よほど訓練されているのだろう、獲物に触れる直前で笛を吹かれるとすぐに切り替えて己の主の許へと戻っていくのだ。普段は王を警護する王護部隊からも人が出て、鷹狩りに興じている。その中に紅玉の姿はなかった。

「そういえば、紅玉さんは……」
「紅玉はいつも、鷹狩には参加しないのです。鳥に嫌われているから、なんて前に言ってましたけど。……たぶん、どこかでさぼっているんです」
 手厳しいなあ、と要が笑う。そのまま何順か勝負が続いたが、途中で王付きの女官たちから「舟遊びの準備が整いましたよ」と誘われた。

「陛下も後からいらっしゃると思います。折角ですから、まずは神子殿がひとりじめなさりませ」
 そう女官に声をかけられ、要と翡翠は鷹狩りに興じる王へと視線を向ける。王はいつもの宮廷服ではなく、武官と同じ動きやすそうな服を着ている。髪もいつもよりも高く結い上げており、己の伴侶の視線に気づいて微笑を返してきた。

 翡翠の知る記憶の中の王よりもずっと、今の王は楽しそうだ。同じく笑顔で王に手を振った要と共に、女官たちに連れられて池へと移動する。そこには、幻想的な風景が広がっていた。飾り付けられた舟。水辺には、銘々に着飾った女官たちが要の到着を待っていた。

「あら、翡翠。白の神子の侍従が、そんな地味な衣装では良くないわ」
「……自分が着飾っても、意味がないと思われ……」
 数人の女官たちに囲まれ、すぐに要は池を見下ろせる場所へと連れて行かれてしまった。最初に軽食をとってから、ということらしい。唯一の助けだった己の主と引き離されて、翡翠は思わず後退ったが女官たちは許してくれない。王付きの女官たちはみな性格もさばけていて有能なのだが、こういった時はここぞとばかりに翡翠を着飾ろうとするから苦手だ。

「己の主に恥をかかせない程度に、身なりを整えなさいと申しています」
 要のことを持ち出されると、翡翠は弱い。女官たちのために張り出された天幕に連れ込まれたが最後。翡翠は女官たちの心行くまで着飾られ、あげく化粧まで施されてしまった。いつもは柔らかいためにあちこち跳ねている髪も、香油を使って丁寧に整えられ、涼やかな音を立てる簪でまとめられる。普段仕事の邪魔になるからと外している腕輪の類なども、女官たちの趣向に合わせて嵌めることになり、己の身体が普段よりも重く感じられる。

 満足げな顔をした女官たちに連れられ、一旦要が軽食を取っている場所へと寄ると、要が目を丸くして、口をあんぐりと開いた。

「え……翡翠、だよね?」
「おかしければ笑ってください……」
 ようやく誰何してきた己の主に、翡翠は項垂れた。ちゃんと鏡も見ることができていないので想像なのだが、以前神子の部屋にいた小間使いの男たちのように、ほっぺたが赤くて白塗りの化粧をされているのではと考えると恐怖だ。それでこの色彩の美しい、薄い緑を基調とした衣装ではお笑いにしかならない。

「神子殿。この翡翠は、舞の名手なのですよ。神子殿も見たいですよね」
「そうなの? 見たいなあ」
 女官と要とで、無邪気な会話が続いていくのを聞いて、現実に立ち返った翡翠はぎょっとなった。しかし、既に己の主は期待に満ちた眼差しで翡翠を見てくる。やがて、少年は渋々と舟に乗るのだった。


***

「あの踊り手は、翡翠か」
 鷹狩りの途中で抜け出してきた琥珀を、要は興奮しながら迎え入れた。

「すごいんです、翡翠!」
 そう言って要が視線を向けた先には、舟の上で優雅に舞う踊り手の姿があった。長い裾を見事に捌きながら、同じく舟に乗る女官たちが奏でる軽妙な音楽に合わせている。きりっとして見える緑色の眼差しの美しさもさることながら、普段は仕事優先といった風で、自分のことは二の次な少年が生来持つ美しさが、化粧や衣装によって更に際立っている。要は思わず、ため息をついてしまったほどだ。

「そういえば、翡翠は舞も楽器も得手だったな」
「翡翠が僕の従者で本当にいいのかなって、心配になります。もっと相応しい場所があるんじゃないのかなって……」
 興奮で顔を赤らめている要に、琥珀は苦笑しながら手を伸ばし、少年の頭を優しく叩いた。

「要の侍従となることは、ずっと前から翡翠と約束していたことなのだ。翡翠も自らそれを望んでいる。そんなことを翡翠の前で言ったら、翡翠が哀しむぞ」
 ええと、と要があたふたとする様子を見て琥珀が微笑んだ時。

 今まで凪いでいた水面が激しく波立つ程に、強い風が吹き渡った。咄嗟に琥珀は要を抱き寄せたが、風のせいで大きく揺れた舟の上で、翡翠が均衡を崩したのが見えた。
 女官たちが悲鳴を上げながらも翡翠を助けようとする中、自分が助けに出ようと一歩足を踏み出した琥珀の視界に、白いものが映った。
 更に女官たちの悲鳴が大きくなる中、真っ白な獣はその大きな双翼を羽ばたかせ、器用に舟の上の踊り手を口に銜えると、神域として誰も近づかない森の奥へと消え去っていった。

「陛下、侍従の翡翠が……!」
 女官たちが顔を青くして琥珀のところへと駆け寄ってくる。まだ波を受けて揺れる舟の上で、楽を奏でていた女官たちが青い顔で震えているのが見て取れた。

「騒がなくて良い。……あれは、翡翠の飼い猫だ」
「……飼い猫、でございますか? あの大きな……獣が?」
 琥珀が頷き返すと、女官たちはまだ納得がいかないと言った表情をしていたが、王の言葉に反論はない。己の伴侶から向けられる心配だという眼差しに、王は肩を竦めるしかなかった。


***

「……紅玉、ありがとう」
 突風で、池に落ちかけたところを強い力で助け出された翡翠は、目の前で行儀よく座っている大きな白虎に笑いかけた。それに返事をしたつもりなのか、白虎の姿になった紅玉は大きく翼をはばたかせ、それからいつもの人の姿へと戻った。

「何をやっているんだ、お前は」
 人に戻って開口一番、呆れた口調で言われて、翡翠は盛大に顔を赤くした。

「にっ、似合わないって俺にも分かっているよ! でも、要が喜ぶって言われて、だから……」
 はいはい、とため息が返ってくる。紅玉の手が近づいてきて、翡翠の髪をまとめていた髪飾りを取り上げてしまうと、翡翠の白銀の髪が広がった。そのまま髪飾りを近くに落とすと、翡翠の髪に紅玉が顔を近づけてきた。

「良い香りがする――香油か? 普段、自分からつけるなんて考えもしないくせに」
「だから、好きでこうなったわけじゃ……!」
 顔が赤いまま言い返してきた翡翠をじっと見ていた紅玉だったが、やがて大きなため息をついた。

「あの女官ども、いい仕事をする。このままどこかに、閉じ込めてしまいたいくらいだな」
「こ、紅玉……?」
 じろりと紅玉の赤い瞳が翡翠へと向けられた――そう思った時には、緩やかに風を起こして再び翡翠の前に純白の獣が現れた。しかし、獣の顔は憤懣やるかたないと言わんばかりのものである。

 そのまま、強引に翡翠を己の背に乗せてしまうと、翡翠と落ち着ける場所へと向かって疾走を始めた。

「紅玉、どこへ行くんだよ?」
 先ほどから強くなり始めた風を上手く掴みながら、大きな白虎は上空へと向かった。あまりの速さと高さに、ぎゅっと白虎にしがみついていた翡翠だったが、高いところから一望する景色の美しさに感嘆の声を上げる。その声を聞いて満足したのか、紅玉はゆっくりと旋回して離宮から王城へと向かって飛んだ。


 そうして何となく見覚えのある庭の中に舞い降りると、紅玉は人の姿へと戻った。何事もなかったかのような顔で翡翠の手を繋ぐと、茂みをかき分けて寝殿に入っていく。連れて行かれたのは、紅玉の部屋だ。翡翠がほっとしていると、「知らない場所は苦手だろう?」と紅玉が囁いた。紅玉から声をかけられて、翡翠はようやくはっとなった。

「要たちに、城に戻ったって伝えなきゃ!」
 部屋に入った途端に翡翠が慌てたが、男は「ここでそれを言うか……」と更に呆れ顔になった。

「要は、俺の本性を知っている。目の前でダンナが連れ出したんだ、察するだろう。それで察せないのは鈍い翡翠くらいだ」
「ダンナってなんだよ。誰が誰のダンナなんだよ。言っておくけど、俺は鈍くないぞ!」
 翡翠が抗議しても、紅玉は笑うばかりだ。

「もう、お話はいい。そろそろ……限界だ」
 ひとしきり笑ってから、紅玉が口づけてきた。何が限界だ、と続けようとした翡翠の口腔をじっくりと侵すと、翡翠の身体の緊張が解けていく。寝台に押し倒されてしまえば、翡翠が逃げ出すことはもうできない。

 紅玉は少し乱暴な手つきで、女官たちが着つけた服の袷をかき開いてくる。

「あっ、……こ、ぎょく」
 いつもよりも性急に、紅玉の手が裾まで割り開いてきた。女性ものの衣装につくりが近いせいで、翡翠の雄が男の手に簡単におちてしまう。翡翠の気持ち良いところもすべて把握している男の手によって、たちまち昂った翡翠の雄芯を緩やかに刺激しながら乳首を舐られて、「う……ぁ」と喘ぐ声が漏れた。

「こんな綺麗な服を着ておいて、あっさりと勃ったな」
 耳元で揶揄されても、翡翠にできるのは涙目で睨むことだけだが、それすらも刺激してくる手の強弱に翻弄されてしまう。何とか我慢しようと目を瞑っても、過ぎる快感はそのまま先走りとして、翡翠が感じていることを男に教えてしまう。

「……っ」
 あともう少し、というところまで追い上げられてから、直接の刺激が消えて、翡翠は涙の滲んだ目を薄っすらと開いた。

「も、もうすこし……」
 続きを無意識にねだった翡翠に返されたのは口づけだった。男の悪戯な手は、先ほどよりもやんわりとした動きで翡翠の雄をいじめてくる。物足りない刺激にもっと、と翡翠から口づけてきたところで、男は笑った。

「ん……あっ、それ……や、っ!」
 香油の匂いがして、男のものを受け入れる場所に温かな液体が塗りつけられるのを感じた。液体の滑りを利用して、濡らされた後孔に男の指が侵入してくる。

「あっ! あ、ぁ、……ん」
 なかなか与えてもらえない雄芯への刺激と違って、じっくりと、しかし的確に紅玉の指が翡翠の内にある悦ぶ場所を擦って来た。自分でも抑えられなくなってきた喘ぎは、紅玉の口づけで封じられてしまう。両足を抱え上げられ、挿入されてきた熱く硬いものを無意識に強く締め付けてしまい、また男が耳元で笑う声がした。

「本当、身体だけは素直」
「う、うるさ……あぁああっ」
 ぐちゅ、と濡れた音を立てながら、男の昂ったもので中を擦られ、己が上げる声をもはや翡翠がどうにかすることはできなくなっていった。足を抑えられたまま翻弄され、直接的な刺激を与えてもらえないままの翡翠自身すら、何度目かに紅玉が深く貫いてきた刺激によって達してしまい白濁としたもので自身の腹部を汚した。

「……ぁっ、ん……あ、ああ……も、い」
 達したのに、後孔から押し寄せてくる快楽の波に、翡翠が首を左右に振ったがそれで終わらせてもらえることはなく。何度も翡翠の中で紅玉が吐精したところで、下肢を震わせながら「も、むり」と翡翠は泣いた。男に身体を揺さぶられている間に、翡翠自身も再び硬さを取り戻し、過ぎた快楽の波にまた飲み込まれていく。

 ようやく翡翠も己自身を硬くしたまま二度目の絶頂を迎えた。男の激しい律動が止むと強い力で抱きしめられ、己の中に迸った熱を感じてから、ゆるゆると翡翠が目を開く。

「……こ、こんなこと、しても……」
「意味がないって?」
 翡翠は睨んでいるつもりなのに、紅玉は楽し気に笑いながら翡翠の身体を抱きしめたまま、額や頬に口づけを繰り返してくる。

「正しい意味で抱いているつもりだが……翡翠は鈍いからな」
「だから! 鈍いって、俺のどこが鈍いんだよ! 第一、正しい意味って……」
 激しく抱き合ったことで、せっかく綺麗に整えられていた翡翠の髪が、いつもどおりふわふわと乱れている。まだ香油の良い香りが残っている翡翠の髪を、ひと房すくって口づけてきた紅玉が、ニヤリと笑んで見せた。

「――虎は、子を成すまで交わるものだ」
 声を一段と低くして、翡翠の耳元でそう嘯いた紅玉が、言葉の意味を問おうと口を開きかけた少年に、深く口づけてくる。また覆いかぶさってきた男に翡翠が慌て始めた頃には、既に手遅れだった。


Fin.
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