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第四章 三種の神器争奪編
第72話 白霧の女①
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助手席の榊原さんは、ずっと無言で前を見据えている。多分、今は考えてるんやろな。
敵がどう動くか――いや、それ以上に、味方である俺らがどう動くかってことを。
「隼人、停めろ。ここから先は車歩きだ」
俺は頷き、車を路肩に寄せて停車させた。
三人とも、無言のまま車を降りた。いつのまにか濃くなってきた霧が、靴の先から絡みついてくる。
空はまだ明るいのに、やけに薄暗く感じる。まるで、何かが“潜んでる”って空気だ。
「ここからは徒歩。距離はおよそ三キロ。緩やかだが、遮蔽物が少ない」
榊原さんが手元のライブラを確認しながら言う。
「ってことは……隠れる場所がないってことか」
「そういうことだ」
「了解。んじゃ、さっそく行きますか」
「雨宮。警戒を頼む」
「近くには誰もいないようです」
雨宮は辺りを見渡しながらゆっくりと進んでいく。
「なら進もう。だが、気を緩めるな」
榊原さんの号令に従い、俺たちは歩き出す。
そのときだった。装備が展開された。
ミッションが開始されたようだ。
「……何かみえます」
翼が立ち止まり、小さく手を上げる。
「北東、百五十メートル。移動速度は遅い八体……いや、十体以上」
「来たか……」
俺はトンファーを構えた。胸の奥が、ドクンドクンと音を立てて跳ねる。
「隼人、前へ出ろ。俺は横から援護に入る」
「了解」
「雨宮は距離を保て。探知を継続しつつ、状況が変わったらすぐ報告」
「任せてください」
風がざわめいた。霧の中から、不自然なシルエットが浮かび上がる。
歪な形の影が、地を這うようにして近づいてくる――
「……あれ、ゴブリンか?」
「ゾンビだね、甲冑を身に着けてる……まるで落ち武者だ」
「死体系か……匂いが嫌やねん」
霧の奥から、不意に赤く光る複数の目がこちらを睨んできた。
「来るで!!」
俺は地面を蹴り、前へと踏み出した。
♦
――数分後。
トンファーが、最後のゾンビの頭蓋を砕いた。
ごしゃっ、と鈍い音がして、黒ずんだ液体が飛び散る。
「……終りやな」
俺が低く呟くと、後ろから「問題なし」と榊原さんの声が返ってくる。振り返れば、傷一つない姿で斜面に立っていた。
「もう……周囲に敵は見えないよ」
「ゾンビの割にええ動きしとったな。どれも腐りかけやのに、まるで生きとるみたいやった」
「同じモンスターでも、レベルがあるのかもしれないね」
倒れたゾンビのひとつを見下ろしながら、俺はわずかに肩をすくめた。こいつらはただの前座や――そう直感でわかる。
そして、空気が変わり始めたのはその直後だった。
「……霧が濃くなってませんか?」
翼の声が、ほんのわずか震えていた。
確かに、さっきまで見えていた登山道の先が、いまはもう霞んで見えん。
「自然現象か?」
「いや、これは……」
榊原さんが口を噤<つぐ>む。
俺も一歩前に出て、霧の向こうを睨みつける。
湿気が肌にまとわりつき、空気そのものが重たく変わっていくのを感じた。
「……おい、翼?」
沈黙の中、翼がじっと一点を見つめていることに気づいた。
「おい、どうした」
「……見えます」
「は?」
「人がいます。あそこ。……いや、“人のような何か”です」
俺と榊原さんは、同時に視線を霧の奥へ向けた。
だが、何も見えん。ただの白い靄がゆらゆらと漂っているだけや。
「お前……何が見えとるんや?」
「……白い着物、長い髪。ぼやけてますが……女性です。動いてません。ただ、じっと、こっちを――」
「おい、冗談やないやろな?」
「間違いないよ。……女性にしか見えないけど……」
空気が凍った気がした。
「隼人」
「……分かってます。何が出てくるかわからん」
――あの霧の奥に、何かが“待ってる”。
テミスでも、穢れ人でもない。もっと“異質な何か”が。
「翼。まだ見えてるか?」
「……うん。ただ、少しずつ、近づいてきてるような……」
「距離は?」
「……約四十メートル」
「来るぞ」
俺たちは息を殺し、霧の中の“気配”に、静かに刃を向けた。
――それが、阿蘇山の“本当の始まり”だった。
「距離、三十五……三十……二十八……」
雨宮の声が、徐々に緊迫感を帯びていく。
「歩いてきてるのか?」
「いえ、滑るように……地面を踏んでる感じじゃないです」
榊原が短く息を吐いた。
「浮遊か……」榊原が眉をひそめる。「物理干渉の有無は?」」
「不明です。ただ……見られているだけで、動悸が早くなります」
「こっちを見てるだけでプレッシャーか。やっかいなタイプだな」
俺は喉の奥に溜まった息をゆっくりと吐き出す。
――視えてへんけど、感じる。確かに、“いる”。
「榊原さん。なんか感じます?」
「いや、だが油断はするな」
そのとき。
――しゃらん。
微かに、耳の奥をくすぐるような澄んだ音。
だが、どこか“異物”のような違和感を伴っていた。
「今の……聞こえました?」
「……ああ」
俺と榊原さんが同時に言う。雨宮も、小さく頷いた。
「音……いや、音というより……直接、頭の中に響いたような……」
再び――しゃらん。
霧の奥で、“それ”が、ゆっくりと右へ動いた気配がする。
まだ姿は見えない。だが、確実に“場”が動いてる。
「……仕掛けるしか、ないか」
俺はトンファーを腰のホルダーから抜いた。
「翼、追えるか?」
「うん……距離二十五メートル、右へ移動。速度は一定だよ」
「なら、こちらから行く」
「隼人、踏み込み過ぎるなよ」
榊原が、背中から二本のブレードを抜いた。
「雨宮、シールドでサポート。俺は中衛から援護。囲んで叩くぞ、こいつは大物だ」
「了解」
「……わかりました」
霧の中。三人の足音が、静かに草を踏む。
距離二十メートル。
その瞬間――
風が、止んだ。
「来るぞ!」
霧の奥。
ぼんやりと、白いシルエットが現れた。
――女の姿。
ただ立っている。こちらを、じっと見ている。
目が合った――気がした、瞬間だった。
ぞくりと背筋に冷たいものが走る。全身の毛穴が開いたような感覚。
戦場で何度も命のやり取りをしてきたが、これは違う。“本能”が鳴ってる。こいつは――普通じゃない。
榊原さんの言う通り、"大物"だ
敵がどう動くか――いや、それ以上に、味方である俺らがどう動くかってことを。
「隼人、停めろ。ここから先は車歩きだ」
俺は頷き、車を路肩に寄せて停車させた。
三人とも、無言のまま車を降りた。いつのまにか濃くなってきた霧が、靴の先から絡みついてくる。
空はまだ明るいのに、やけに薄暗く感じる。まるで、何かが“潜んでる”って空気だ。
「ここからは徒歩。距離はおよそ三キロ。緩やかだが、遮蔽物が少ない」
榊原さんが手元のライブラを確認しながら言う。
「ってことは……隠れる場所がないってことか」
「そういうことだ」
「了解。んじゃ、さっそく行きますか」
「雨宮。警戒を頼む」
「近くには誰もいないようです」
雨宮は辺りを見渡しながらゆっくりと進んでいく。
「なら進もう。だが、気を緩めるな」
榊原さんの号令に従い、俺たちは歩き出す。
そのときだった。装備が展開された。
ミッションが開始されたようだ。
「……何かみえます」
翼が立ち止まり、小さく手を上げる。
「北東、百五十メートル。移動速度は遅い八体……いや、十体以上」
「来たか……」
俺はトンファーを構えた。胸の奥が、ドクンドクンと音を立てて跳ねる。
「隼人、前へ出ろ。俺は横から援護に入る」
「了解」
「雨宮は距離を保て。探知を継続しつつ、状況が変わったらすぐ報告」
「任せてください」
風がざわめいた。霧の中から、不自然なシルエットが浮かび上がる。
歪な形の影が、地を這うようにして近づいてくる――
「……あれ、ゴブリンか?」
「ゾンビだね、甲冑を身に着けてる……まるで落ち武者だ」
「死体系か……匂いが嫌やねん」
霧の奥から、不意に赤く光る複数の目がこちらを睨んできた。
「来るで!!」
俺は地面を蹴り、前へと踏み出した。
♦
――数分後。
トンファーが、最後のゾンビの頭蓋を砕いた。
ごしゃっ、と鈍い音がして、黒ずんだ液体が飛び散る。
「……終りやな」
俺が低く呟くと、後ろから「問題なし」と榊原さんの声が返ってくる。振り返れば、傷一つない姿で斜面に立っていた。
「もう……周囲に敵は見えないよ」
「ゾンビの割にええ動きしとったな。どれも腐りかけやのに、まるで生きとるみたいやった」
「同じモンスターでも、レベルがあるのかもしれないね」
倒れたゾンビのひとつを見下ろしながら、俺はわずかに肩をすくめた。こいつらはただの前座や――そう直感でわかる。
そして、空気が変わり始めたのはその直後だった。
「……霧が濃くなってませんか?」
翼の声が、ほんのわずか震えていた。
確かに、さっきまで見えていた登山道の先が、いまはもう霞んで見えん。
「自然現象か?」
「いや、これは……」
榊原さんが口を噤<つぐ>む。
俺も一歩前に出て、霧の向こうを睨みつける。
湿気が肌にまとわりつき、空気そのものが重たく変わっていくのを感じた。
「……おい、翼?」
沈黙の中、翼がじっと一点を見つめていることに気づいた。
「おい、どうした」
「……見えます」
「は?」
「人がいます。あそこ。……いや、“人のような何か”です」
俺と榊原さんは、同時に視線を霧の奥へ向けた。
だが、何も見えん。ただの白い靄がゆらゆらと漂っているだけや。
「お前……何が見えとるんや?」
「……白い着物、長い髪。ぼやけてますが……女性です。動いてません。ただ、じっと、こっちを――」
「おい、冗談やないやろな?」
「間違いないよ。……女性にしか見えないけど……」
空気が凍った気がした。
「隼人」
「……分かってます。何が出てくるかわからん」
――あの霧の奥に、何かが“待ってる”。
テミスでも、穢れ人でもない。もっと“異質な何か”が。
「翼。まだ見えてるか?」
「……うん。ただ、少しずつ、近づいてきてるような……」
「距離は?」
「……約四十メートル」
「来るぞ」
俺たちは息を殺し、霧の中の“気配”に、静かに刃を向けた。
――それが、阿蘇山の“本当の始まり”だった。
「距離、三十五……三十……二十八……」
雨宮の声が、徐々に緊迫感を帯びていく。
「歩いてきてるのか?」
「いえ、滑るように……地面を踏んでる感じじゃないです」
榊原が短く息を吐いた。
「浮遊か……」榊原が眉をひそめる。「物理干渉の有無は?」」
「不明です。ただ……見られているだけで、動悸が早くなります」
「こっちを見てるだけでプレッシャーか。やっかいなタイプだな」
俺は喉の奥に溜まった息をゆっくりと吐き出す。
――視えてへんけど、感じる。確かに、“いる”。
「榊原さん。なんか感じます?」
「いや、だが油断はするな」
そのとき。
――しゃらん。
微かに、耳の奥をくすぐるような澄んだ音。
だが、どこか“異物”のような違和感を伴っていた。
「今の……聞こえました?」
「……ああ」
俺と榊原さんが同時に言う。雨宮も、小さく頷いた。
「音……いや、音というより……直接、頭の中に響いたような……」
再び――しゃらん。
霧の奥で、“それ”が、ゆっくりと右へ動いた気配がする。
まだ姿は見えない。だが、確実に“場”が動いてる。
「……仕掛けるしか、ないか」
俺はトンファーを腰のホルダーから抜いた。
「翼、追えるか?」
「うん……距離二十五メートル、右へ移動。速度は一定だよ」
「なら、こちらから行く」
「隼人、踏み込み過ぎるなよ」
榊原が、背中から二本のブレードを抜いた。
「雨宮、シールドでサポート。俺は中衛から援護。囲んで叩くぞ、こいつは大物だ」
「了解」
「……わかりました」
霧の中。三人の足音が、静かに草を踏む。
距離二十メートル。
その瞬間――
風が、止んだ。
「来るぞ!」
霧の奥。
ぼんやりと、白いシルエットが現れた。
――女の姿。
ただ立っている。こちらを、じっと見ている。
目が合った――気がした、瞬間だった。
ぞくりと背筋に冷たいものが走る。全身の毛穴が開いたような感覚。
戦場で何度も命のやり取りをしてきたが、これは違う。“本能”が鳴ってる。こいつは――普通じゃない。
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