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第三章 創作! 物語の世界!
第31話 乾いた街に真心を
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「『まごころ』を無くしただって!?」
この世界の住人は、よりにもよってそんなものを無くしたのだそうだ。
突拍子もないことをサラが言うので驚いてしまった。
「そうよ」
「どうしてそんな事に? 何があったんだ?」
僕が聞くと、サラは眉を顰める。
「……別に、何も無いと思うわ」
などと言うが、明らかに何か含みのある言い方だった。
しかし実際目に映る校舎や、そこにいる生徒たちから感じるのは、乾き切ってささくれ立ったものである。
以前この世界にいたときは、もっと色鮮やかで、もっと感情に溢れていて、……それが少し怖かったのを覚えている。
校庭にあった噴水の周りには、種類のわからない白い鳥が舞っていたと思う。
今は明らかに、カラスが巣を作っており、それすらも誰も興味を示さない。学生も、教師も。
「ハハハハ! お前がモテていた時代は終わったって事だぜ!」
突然後ろから、話しかけられたような気がして振り向いたら、二人組のうちの一人が僕に指を差していた。
「お前のモテっぷりが鼻について鬱陶しかったんだ!
ざまあないぜ! これがざまあ展開って奴だな! なあ! キヨよ!!」
「……あのね、デウの兄貴……あいつは、残念ながら四天王じゃないんすよ……」
「……え? 違うの? ……モテない?」
「モテない……すね。あいつは。残念ながら四天王じゃないので」
「あ……そう……」
すると、こちらを差していた指をおろして……
「ごめん……なんか、ごめんな? 四天王じゃないのに、ごめん」
何やら謝罪されているが、不快指数が高まっていく一方だった。二人組は「ごめん」と言いながら去っていった。代わって別の人間が近づいてくる。
見覚えのある顔である。
背が低いが、中性的で非常に端正な顔立ちだ。
確か、前見た時は……大勢の女子に囲まれて少し鬱陶しそうにしていたはずだ……。
「舎人くん」
これまた中性的な声でサラを呼ぶ声には暖かみを感じた。
「もう下校時刻だよ。学校に何か用事かい」
「柊子。いいえ違うの。校門で彼らに会ったから」
サラが言うと、柊子と呼ばれた女性は明らかに敵意のある顔をして、僕とサラの間に割って入ってきた。
「君たち……舎人くんに何かしてないだろうね」
「違うのよ柊子。彼らはただの知り合いよ」
サラが言っても、柊子……さんは相変わらず僕を睨み続けている。
「ふうん? まあいいさ。もう暗くなるよ舎人くん。危ないからボクが送っていってあげる。さ、手を繋いで帰ろう?」
「え、あ……」
すごく慣れた手つきで、柊子さんがサラの手を取り去って行った。
僕とリードは校門の前で取り残された。
「これは、良くないことが起きてますね」
カラスの鳴き声がする中でリードが言う。
制服を着ていない僕たちが校庭に入るわけにはいかない。
すっかり枯れてしまった桜並木をなんとなく、リードと歩く事にした。
桜並木には、桃色の代わりにカラスがここにも居着いていた。
「ライトさんは、ラブ・コメディと言うジャンルがいつから存在するか、ご存じですか?」
「さあ……知らないな」
「ラブ・コメディの世界の原型は、遡れば五百年前から存在していました。ウィリアム・シェイクスピアの描いた喜劇こそが、ラブコメディの元祖と言う説があるそうです。『すれ違い』『行き違い』『勘違い』。男女の間で起きるこれらのアクシデント。そして、アクシデントから本当の恋に発展していく様に、人々は心を奪われたのだと言います。その結末は往々にして、『結婚』と言う形で幕となります」
すると、カラスの群れが集まってきて僕たちは立ち止まる。
殺風景な桜並木の向こう側から、見覚えのある仮面の男が歩いてきた。
カラスを従える仮面の男は、僕らとすれ違う刹那……
「フン」
と言って通り過ぎていく。
リードは話を続けた。
「……では、アニメ・ラブコメ大国ジャパンにおけるラブ・コメディという文化は最近の事でしょうか?
もちろん違います。それははるか過去、平安時代にも描かれる『恋愛物語』にも『滑稽味』が混ざっていました。
『源氏物語』や、『好色一代男』などが代表例ですね。
恋という感情がなくても、人間は生きていけると言う人はいます。
実際そうなのかもしれません。
しかし物語の歴史を紐解けば、いつの時代にもラブ・コメディは存在しており、それは人々を魅了し続けていました。
人々は、ラブコメを読んで恋をシミュレートし、理想の関係を想像し、他者との距離感を学習していったのです。
行き違い、すれ違い、勘違いから生まれた、滑稽で乾いた『青春の叫び』それこそが……」
リードが言うと、本当に叫び声が聞こえた。野太い男性の声だ。僕は思わず声のする方を見ると、これまた見覚えのある金髪で背の高いイタリア系の少年がいた。
桜並木の真ん中から、校舎に向けて叫んでいる……
「why!? どうして君たちの瞳はそんなに乾いているんだ!?
今の君たちはまるで、心を失くした人形じゃないか!
passionを! emotionalを! どこに失くしてしまったんだ!?
Laugh more!(もっと笑って)Cry more!(もっと泣いて)
Howl more!(もっと叫んで)」
その様はなんだか、滑稽に見えるが悲痛な叫びに聞こえた。
「ラブコメの流行。それは、文化の幸福度を測る指標とも言えるし、時代のストレスメーターの逆針とも言えるかもしれません。
日本で最もラブコメが描かれた時代、時代背景にあったものはバブルの崩壊でした。崩れた安定、先が見えない不安、
その中で、天才作家の高橋留美子、あだち充とった偉人たちが築き上げたのが、平成のラブコメなのかもしれません。
男の子が水を被ったら女の子になってしまうと言う設定。なんだかシェイクスピアが平成に生まれ変わって書いた作品と言われても、信じてしまいそうです。
そして二〇〇〇年が訪れて、やってきたのは多様化の時代。……アメリカの貿易ビルに、ハイジャックされた飛行機が衝突しました……。その時の光景は『現実が、映画を超えた』と言われたそうです。混乱を迎える世界情勢。乱れる性のあり方、価値観。その中で描かれる『ヒロイン像』にも変化が生じていきます。『ツンデレ』なんて言葉が流行したのはこの辺りでした。
そして、インターネットとSNSが開いた扉で、さらに価値観は広がりますが……結局根本は、『他人に愛されたい』『本当は優しくされたい』といった、個人の乾いた叫びなのです。
変わっていく世の中で、人々が変わらず求めるもの、それを……まごころと言えるのではないでしょうか」
リードの言葉ですら、虚しく桜並木にこだました。
すると……桜並木の向こうから、ついさっき会っていた人物がこちらに歩いてくる。
柊子さんだ。なぜだか、敵意を解いて親しげに歩いてきた。
「やあ。まだいたのかい」
その表情から優しさまで感じてしまったので、僕は違和感を覚えた。
違和感の正体にはすぐに気がついた。
柊子さんは、僕に話しているのではなく、リードに話しかけているのだった。
「この辺りはカラスも多いから危ないよ。さ、ボクと手を繋いで帰ろう」
柊子さんがリードに手を差し伸べる。リードはすでに、ポー……っとしていた。
そして自然にリードの手をとって、僕を置いて去って行ってしまった……
「え! ちょっと!」
僕が追いかけようとすると、後ろから別の人物に肩を掴まれた。
振り向くと……これまた見覚えのある、『やんちゃ』な見た目の男子だ。
確か……四天王の『健吾』
僕の肩をがっしりと掴んで、耳元でこう、囁いた。
「ちょっとツラ貸せや……」
* * * * *
僕はなすすべなく健吾に、いやな思い出しかない体育倉庫に連れて行かれた。
なんてついてない日だろう……。
健吾は、感情の読めない威圧的な声で、僕を体育倉庫の壁に追い詰めてこう訊ねてきた。
「お前は……舎人のなんだ?」
「……誰?」
「だから! 舎人! 他に誰が居るんだよ! 舎人サラだ、舎人サラ!!」
健吾は僕越しの壁を殴った。
「よく出てくる奴の名前なんていらねえだろ? なあ」
健吾の顔が近づく。威圧感がすごい。
ああ、誰か助けてくれないかなあ……
と、僕が祈っていると、その願いは届けられて体育倉庫の扉が開いた。
入ってきたのは……さっき桜並木で叫んでいたイタリア系男子だった。
「健吾! 暴力は振るわないって約束だろう!」
「チ……うっせえな。今から本題を話すところだったんだよ……」
イタリア系の男子……確か名前は、ルカだったと思う。
彼が僕と健吾の間に入ってくれた。
そして懇願するような目で僕を見てきた。
「僕たち、サラのことで君にお願いがあるんだ……」
「お願い……ですか?」
「彼女、両親が離婚するんだよ。君も見たと思うけれど、街がこんな状態だろう?
人は愛し合い、支え合わないと生きていけないのに、サラの両親はそのことを忘れてしまったんだ」
「は……はあ」
「赤間のせいだ」
健吾が、不機嫌そうにつぶやいた。
「あの野郎……実家の教会にいる白い鳥を、全部黒く染めて、
結婚式でそれを放ったんだ。それ以来だよ。街がおかしくなったのは」
「詳しいな?」
僕が素朴な疑問を口にすると……
「ケンゴと赤間は幼馴染なんだよ。こいつも、こう見えて仮面の変人のことを気にかけてるんだ」
「ルセー、余計なことを言うんじゃねえよ!」
「なぜ、赤間……はそんなことを」
僕が聞くと、二人ともバツの悪そうな顔になった。
「……知らねえ」
健吾が答える。明らかに、何かを知っていそうだった。
「ともかく、赤間が鳥の色を白く戻さない限りこの街は元に戻らない。そして……サラはこの街を去ってしまう。僕たちは、それを食い止めたいんだ。人々の心は戻らないかもしれない。だけど、サラの心だけなら変えられるかもしれない。
彼女を、引き止めることはできるかもしれない」
ますます話が見えなくなってきた。
「それで……僕にどうしろと?」
すると、再び体育倉庫の扉が開く。
背の低いシルエット。柊子さんだ……。
「やれやれ。だいぶ待ったのにようやく本題に入ったのかい?」
どうやらこの三人はグルで、僕をここに連れてこようと画策していたのだろう。
「ライト君って言うんだろう? 舎人君から聞いたよ。
……さっきルカが言った通り、ボクたちは赤間の気持ちを変えて、舎人君をこの街に引き留めたいと思ってる。
そのためにね、バンドを結成しようとしてるんだ」
「はあ。バンド……を結成して、どうするつもりなんだ?」
「赤間ん家、教会で、ゲリラライブをやろうっつってんだよ」
「へ?!」
「つまり、音楽の力をもってして、赤間の心を動かすのさ。
ロマンチックだろ?」
急展開が過ぎる! いいや、気にするべきところはもっと別にある!
「演奏するってことだろう? 楽器なんてできるのか……?」
僕が聞くと、まずは柊子さんが……
「ボクはなんでもいいよ。余ったもので」
「オイ! 余ったモンってお前、音楽ナメてやがんのか?!」
「そのままの意味だよお猿さん。……英才教育の賜物でね。楽器の名前がつくものなら一通りできてしまうのさ。
ギタードラムベース……ピアノからヴァイオリン、三線から二胡。どれもプロレベルで通用すると思うよ」
「ケ! ……鼻につく野郎だぜ……」
続いてルカが……
「実は僕の両親がプロのバンドマンで、僕も軽音楽部なんだ。
楽器は、家と部室から用意できると思う。僕も、ドラムならプレイできるよ」
そして、一番楽器に縁のなさそうな健吾が……
「作曲は俺がやる。俺の異名知ってるか?
『和製ジョン・フルシアンテ』だ。……ギターのテクなら誰にも負けたことはねえよ」
「じゃあ、ボクは自動的にベースだね。やっぱりリズム隊は欲しいからね」
などと、次々と役職が決まっていってしまう。
問題は僕だ。楽器なんてできないぞ……
「僕はー……スタッフかな?! 当日楽器を運んだり設置したりすればいいのかな!?」
すると柊子さんは鼻で笑った。
「馬鹿を言うなよ。君がボーカルだ」
……
……
ボーカル。
ああ。確かにそんな楽器を聞いたことがある。
それは吹奏楽器の一種で円錐管の楽器だ。
よく似た楽器にオーボエがあり、それとは音域が若干下で……
「何と勘違いしているのか知らないけど、君が歌うんだ」
「なぜ!?」
僕は、今日一番の疑問を三人の美男子(と美少女)にぶつけた。
「なぜって、ボクが歌ったら女の子がみんな気絶しちゃって、救急車を沢山呼んじゃうだろ?」
「俺の歌は、レベルが高過ぎて誰も理解出来ねぇ……」
「日本語……って、発音難しいんだよね。ハハハ……」
などと各々身勝手なことを言う。さらに健吾がおおよそ信じられないことを付け加えてきた。
「それから作詞もな。いいか、お前の言葉で赤間と、この街の人間に、『大事なメッセージ』を届けるんだ」
そこまで言われて、僕は頭が沸騰し防衛本能が働いた。
「無理です!!」
そして逃げようとしたが、あっさり健吾に捕まって壁に追い込まれる。
「無理じゃねえ。やるんだよ。なあ」
そして暴力によって僕の意見はかき消され、なし崩し的に僕が作詞と歌という、
なんだか一番責任の重そうな役職になってしまった……。
「そうと決まれば曲作りからだな。俺はリリックがないと曲が書けねえんだ。オラ、三十分で作詞しろ。フルシアンテさんが曲をつけてやる」
「無理を言うな!!」
僕が拒絶反応を示すたびに、健吾が僕を壁に押し付ける。
まるで強制労働だ。地獄みたいな時間だ。
「無理って、次言ったらシメんぞ? ……サラのためだ。お前がやるんだよ」
「なんで僕なんだ!!」
やっぱりこの疑問を解消しないと、何もできたもんじゃない。
なのに僕が何かを聞くたびに三人の表情が意味ありげに曇って黙ってしまうのだ。
一体何があったんだ!?
「ライト君もいい加減受け入れるんだ。運命をね。
さ、まずは曲のタイトルから決めよう。
シンプルな言葉がいいよね」
「その点については賛成だ。『重要なテーマ』を、ビシッと一言でタイトルにしろ。そうだなあ。フルシアンテ的には……英語がいいな。シンプルな単語一つでタイトルをつけろ。……アンソニー」
「アンソニーって呼ぶな!! レッチリのボーカルの名前で僕を呼ぶな!!」
「否定ばかりしてないで、少しは考えたらどうだい? じゃないと先に進めないよ?」
ルカまでも呆れ顔でこちらを見てくる!
しかし、どうしたらいいんだ!?『重要なテーマ』をビシッと一単語で!?
どうしたらいいんだ!!
* * * * *
苦悩する僕を前に、ルカが言った。
「ライト、一話戻って女子高生の会話に耳を澄ませるんだ。空き缶が蹴られた後の彼女の疑問の先に、答えがあるはずだよ」
すると今度は、健吾が割って入ってきた。
「ああ!? ちげえよ!! ……二十話で、オメーが水に触れた直後の言葉を思い出せ」
最後に柊子さんが、呆れながら言った。
「やれやれ。……どっちも正解だよ。出てきたものを並べたら、何かに気がつくはずさ」
この世界の住人は、よりにもよってそんなものを無くしたのだそうだ。
突拍子もないことをサラが言うので驚いてしまった。
「そうよ」
「どうしてそんな事に? 何があったんだ?」
僕が聞くと、サラは眉を顰める。
「……別に、何も無いと思うわ」
などと言うが、明らかに何か含みのある言い方だった。
しかし実際目に映る校舎や、そこにいる生徒たちから感じるのは、乾き切ってささくれ立ったものである。
以前この世界にいたときは、もっと色鮮やかで、もっと感情に溢れていて、……それが少し怖かったのを覚えている。
校庭にあった噴水の周りには、種類のわからない白い鳥が舞っていたと思う。
今は明らかに、カラスが巣を作っており、それすらも誰も興味を示さない。学生も、教師も。
「ハハハハ! お前がモテていた時代は終わったって事だぜ!」
突然後ろから、話しかけられたような気がして振り向いたら、二人組のうちの一人が僕に指を差していた。
「お前のモテっぷりが鼻について鬱陶しかったんだ!
ざまあないぜ! これがざまあ展開って奴だな! なあ! キヨよ!!」
「……あのね、デウの兄貴……あいつは、残念ながら四天王じゃないんすよ……」
「……え? 違うの? ……モテない?」
「モテない……すね。あいつは。残念ながら四天王じゃないので」
「あ……そう……」
すると、こちらを差していた指をおろして……
「ごめん……なんか、ごめんな? 四天王じゃないのに、ごめん」
何やら謝罪されているが、不快指数が高まっていく一方だった。二人組は「ごめん」と言いながら去っていった。代わって別の人間が近づいてくる。
見覚えのある顔である。
背が低いが、中性的で非常に端正な顔立ちだ。
確か、前見た時は……大勢の女子に囲まれて少し鬱陶しそうにしていたはずだ……。
「舎人くん」
これまた中性的な声でサラを呼ぶ声には暖かみを感じた。
「もう下校時刻だよ。学校に何か用事かい」
「柊子。いいえ違うの。校門で彼らに会ったから」
サラが言うと、柊子と呼ばれた女性は明らかに敵意のある顔をして、僕とサラの間に割って入ってきた。
「君たち……舎人くんに何かしてないだろうね」
「違うのよ柊子。彼らはただの知り合いよ」
サラが言っても、柊子……さんは相変わらず僕を睨み続けている。
「ふうん? まあいいさ。もう暗くなるよ舎人くん。危ないからボクが送っていってあげる。さ、手を繋いで帰ろう?」
「え、あ……」
すごく慣れた手つきで、柊子さんがサラの手を取り去って行った。
僕とリードは校門の前で取り残された。
「これは、良くないことが起きてますね」
カラスの鳴き声がする中でリードが言う。
制服を着ていない僕たちが校庭に入るわけにはいかない。
すっかり枯れてしまった桜並木をなんとなく、リードと歩く事にした。
桜並木には、桃色の代わりにカラスがここにも居着いていた。
「ライトさんは、ラブ・コメディと言うジャンルがいつから存在するか、ご存じですか?」
「さあ……知らないな」
「ラブ・コメディの世界の原型は、遡れば五百年前から存在していました。ウィリアム・シェイクスピアの描いた喜劇こそが、ラブコメディの元祖と言う説があるそうです。『すれ違い』『行き違い』『勘違い』。男女の間で起きるこれらのアクシデント。そして、アクシデントから本当の恋に発展していく様に、人々は心を奪われたのだと言います。その結末は往々にして、『結婚』と言う形で幕となります」
すると、カラスの群れが集まってきて僕たちは立ち止まる。
殺風景な桜並木の向こう側から、見覚えのある仮面の男が歩いてきた。
カラスを従える仮面の男は、僕らとすれ違う刹那……
「フン」
と言って通り過ぎていく。
リードは話を続けた。
「……では、アニメ・ラブコメ大国ジャパンにおけるラブ・コメディという文化は最近の事でしょうか?
もちろん違います。それははるか過去、平安時代にも描かれる『恋愛物語』にも『滑稽味』が混ざっていました。
『源氏物語』や、『好色一代男』などが代表例ですね。
恋という感情がなくても、人間は生きていけると言う人はいます。
実際そうなのかもしれません。
しかし物語の歴史を紐解けば、いつの時代にもラブ・コメディは存在しており、それは人々を魅了し続けていました。
人々は、ラブコメを読んで恋をシミュレートし、理想の関係を想像し、他者との距離感を学習していったのです。
行き違い、すれ違い、勘違いから生まれた、滑稽で乾いた『青春の叫び』それこそが……」
リードが言うと、本当に叫び声が聞こえた。野太い男性の声だ。僕は思わず声のする方を見ると、これまた見覚えのある金髪で背の高いイタリア系の少年がいた。
桜並木の真ん中から、校舎に向けて叫んでいる……
「why!? どうして君たちの瞳はそんなに乾いているんだ!?
今の君たちはまるで、心を失くした人形じゃないか!
passionを! emotionalを! どこに失くしてしまったんだ!?
Laugh more!(もっと笑って)Cry more!(もっと泣いて)
Howl more!(もっと叫んで)」
その様はなんだか、滑稽に見えるが悲痛な叫びに聞こえた。
「ラブコメの流行。それは、文化の幸福度を測る指標とも言えるし、時代のストレスメーターの逆針とも言えるかもしれません。
日本で最もラブコメが描かれた時代、時代背景にあったものはバブルの崩壊でした。崩れた安定、先が見えない不安、
その中で、天才作家の高橋留美子、あだち充とった偉人たちが築き上げたのが、平成のラブコメなのかもしれません。
男の子が水を被ったら女の子になってしまうと言う設定。なんだかシェイクスピアが平成に生まれ変わって書いた作品と言われても、信じてしまいそうです。
そして二〇〇〇年が訪れて、やってきたのは多様化の時代。……アメリカの貿易ビルに、ハイジャックされた飛行機が衝突しました……。その時の光景は『現実が、映画を超えた』と言われたそうです。混乱を迎える世界情勢。乱れる性のあり方、価値観。その中で描かれる『ヒロイン像』にも変化が生じていきます。『ツンデレ』なんて言葉が流行したのはこの辺りでした。
そして、インターネットとSNSが開いた扉で、さらに価値観は広がりますが……結局根本は、『他人に愛されたい』『本当は優しくされたい』といった、個人の乾いた叫びなのです。
変わっていく世の中で、人々が変わらず求めるもの、それを……まごころと言えるのではないでしょうか」
リードの言葉ですら、虚しく桜並木にこだました。
すると……桜並木の向こうから、ついさっき会っていた人物がこちらに歩いてくる。
柊子さんだ。なぜだか、敵意を解いて親しげに歩いてきた。
「やあ。まだいたのかい」
その表情から優しさまで感じてしまったので、僕は違和感を覚えた。
違和感の正体にはすぐに気がついた。
柊子さんは、僕に話しているのではなく、リードに話しかけているのだった。
「この辺りはカラスも多いから危ないよ。さ、ボクと手を繋いで帰ろう」
柊子さんがリードに手を差し伸べる。リードはすでに、ポー……っとしていた。
そして自然にリードの手をとって、僕を置いて去って行ってしまった……
「え! ちょっと!」
僕が追いかけようとすると、後ろから別の人物に肩を掴まれた。
振り向くと……これまた見覚えのある、『やんちゃ』な見た目の男子だ。
確か……四天王の『健吾』
僕の肩をがっしりと掴んで、耳元でこう、囁いた。
「ちょっとツラ貸せや……」
* * * * *
僕はなすすべなく健吾に、いやな思い出しかない体育倉庫に連れて行かれた。
なんてついてない日だろう……。
健吾は、感情の読めない威圧的な声で、僕を体育倉庫の壁に追い詰めてこう訊ねてきた。
「お前は……舎人のなんだ?」
「……誰?」
「だから! 舎人! 他に誰が居るんだよ! 舎人サラだ、舎人サラ!!」
健吾は僕越しの壁を殴った。
「よく出てくる奴の名前なんていらねえだろ? なあ」
健吾の顔が近づく。威圧感がすごい。
ああ、誰か助けてくれないかなあ……
と、僕が祈っていると、その願いは届けられて体育倉庫の扉が開いた。
入ってきたのは……さっき桜並木で叫んでいたイタリア系男子だった。
「健吾! 暴力は振るわないって約束だろう!」
「チ……うっせえな。今から本題を話すところだったんだよ……」
イタリア系の男子……確か名前は、ルカだったと思う。
彼が僕と健吾の間に入ってくれた。
そして懇願するような目で僕を見てきた。
「僕たち、サラのことで君にお願いがあるんだ……」
「お願い……ですか?」
「彼女、両親が離婚するんだよ。君も見たと思うけれど、街がこんな状態だろう?
人は愛し合い、支え合わないと生きていけないのに、サラの両親はそのことを忘れてしまったんだ」
「は……はあ」
「赤間のせいだ」
健吾が、不機嫌そうにつぶやいた。
「あの野郎……実家の教会にいる白い鳥を、全部黒く染めて、
結婚式でそれを放ったんだ。それ以来だよ。街がおかしくなったのは」
「詳しいな?」
僕が素朴な疑問を口にすると……
「ケンゴと赤間は幼馴染なんだよ。こいつも、こう見えて仮面の変人のことを気にかけてるんだ」
「ルセー、余計なことを言うんじゃねえよ!」
「なぜ、赤間……はそんなことを」
僕が聞くと、二人ともバツの悪そうな顔になった。
「……知らねえ」
健吾が答える。明らかに、何かを知っていそうだった。
「ともかく、赤間が鳥の色を白く戻さない限りこの街は元に戻らない。そして……サラはこの街を去ってしまう。僕たちは、それを食い止めたいんだ。人々の心は戻らないかもしれない。だけど、サラの心だけなら変えられるかもしれない。
彼女を、引き止めることはできるかもしれない」
ますます話が見えなくなってきた。
「それで……僕にどうしろと?」
すると、再び体育倉庫の扉が開く。
背の低いシルエット。柊子さんだ……。
「やれやれ。だいぶ待ったのにようやく本題に入ったのかい?」
どうやらこの三人はグルで、僕をここに連れてこようと画策していたのだろう。
「ライト君って言うんだろう? 舎人君から聞いたよ。
……さっきルカが言った通り、ボクたちは赤間の気持ちを変えて、舎人君をこの街に引き留めたいと思ってる。
そのためにね、バンドを結成しようとしてるんだ」
「はあ。バンド……を結成して、どうするつもりなんだ?」
「赤間ん家、教会で、ゲリラライブをやろうっつってんだよ」
「へ?!」
「つまり、音楽の力をもってして、赤間の心を動かすのさ。
ロマンチックだろ?」
急展開が過ぎる! いいや、気にするべきところはもっと別にある!
「演奏するってことだろう? 楽器なんてできるのか……?」
僕が聞くと、まずは柊子さんが……
「ボクはなんでもいいよ。余ったもので」
「オイ! 余ったモンってお前、音楽ナメてやがんのか?!」
「そのままの意味だよお猿さん。……英才教育の賜物でね。楽器の名前がつくものなら一通りできてしまうのさ。
ギタードラムベース……ピアノからヴァイオリン、三線から二胡。どれもプロレベルで通用すると思うよ」
「ケ! ……鼻につく野郎だぜ……」
続いてルカが……
「実は僕の両親がプロのバンドマンで、僕も軽音楽部なんだ。
楽器は、家と部室から用意できると思う。僕も、ドラムならプレイできるよ」
そして、一番楽器に縁のなさそうな健吾が……
「作曲は俺がやる。俺の異名知ってるか?
『和製ジョン・フルシアンテ』だ。……ギターのテクなら誰にも負けたことはねえよ」
「じゃあ、ボクは自動的にベースだね。やっぱりリズム隊は欲しいからね」
などと、次々と役職が決まっていってしまう。
問題は僕だ。楽器なんてできないぞ……
「僕はー……スタッフかな?! 当日楽器を運んだり設置したりすればいいのかな!?」
すると柊子さんは鼻で笑った。
「馬鹿を言うなよ。君がボーカルだ」
……
……
ボーカル。
ああ。確かにそんな楽器を聞いたことがある。
それは吹奏楽器の一種で円錐管の楽器だ。
よく似た楽器にオーボエがあり、それとは音域が若干下で……
「何と勘違いしているのか知らないけど、君が歌うんだ」
「なぜ!?」
僕は、今日一番の疑問を三人の美男子(と美少女)にぶつけた。
「なぜって、ボクが歌ったら女の子がみんな気絶しちゃって、救急車を沢山呼んじゃうだろ?」
「俺の歌は、レベルが高過ぎて誰も理解出来ねぇ……」
「日本語……って、発音難しいんだよね。ハハハ……」
などと各々身勝手なことを言う。さらに健吾がおおよそ信じられないことを付け加えてきた。
「それから作詞もな。いいか、お前の言葉で赤間と、この街の人間に、『大事なメッセージ』を届けるんだ」
そこまで言われて、僕は頭が沸騰し防衛本能が働いた。
「無理です!!」
そして逃げようとしたが、あっさり健吾に捕まって壁に追い込まれる。
「無理じゃねえ。やるんだよ。なあ」
そして暴力によって僕の意見はかき消され、なし崩し的に僕が作詞と歌という、
なんだか一番責任の重そうな役職になってしまった……。
「そうと決まれば曲作りからだな。俺はリリックがないと曲が書けねえんだ。オラ、三十分で作詞しろ。フルシアンテさんが曲をつけてやる」
「無理を言うな!!」
僕が拒絶反応を示すたびに、健吾が僕を壁に押し付ける。
まるで強制労働だ。地獄みたいな時間だ。
「無理って、次言ったらシメんぞ? ……サラのためだ。お前がやるんだよ」
「なんで僕なんだ!!」
やっぱりこの疑問を解消しないと、何もできたもんじゃない。
なのに僕が何かを聞くたびに三人の表情が意味ありげに曇って黙ってしまうのだ。
一体何があったんだ!?
「ライト君もいい加減受け入れるんだ。運命をね。
さ、まずは曲のタイトルから決めよう。
シンプルな言葉がいいよね」
「その点については賛成だ。『重要なテーマ』を、ビシッと一言でタイトルにしろ。そうだなあ。フルシアンテ的には……英語がいいな。シンプルな単語一つでタイトルをつけろ。……アンソニー」
「アンソニーって呼ぶな!! レッチリのボーカルの名前で僕を呼ぶな!!」
「否定ばかりしてないで、少しは考えたらどうだい? じゃないと先に進めないよ?」
ルカまでも呆れ顔でこちらを見てくる!
しかし、どうしたらいいんだ!?『重要なテーマ』をビシッと一単語で!?
どうしたらいいんだ!!
* * * * *
苦悩する僕を前に、ルカが言った。
「ライト、一話戻って女子高生の会話に耳を澄ませるんだ。空き缶が蹴られた後の彼女の疑問の先に、答えがあるはずだよ」
すると今度は、健吾が割って入ってきた。
「ああ!? ちげえよ!! ……二十話で、オメーが水に触れた直後の言葉を思い出せ」
最後に柊子さんが、呆れながら言った。
「やれやれ。……どっちも正解だよ。出てきたものを並べたら、何かに気がつくはずさ」
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