3 / 59
麻由とマユ
しおりを挟む
雀の鳴き声が聞こえる。朝だ。
後から追いかけるように、カラスの鳴き声も聞こえる。「カー」ではない。「コー コー コー」であったり、
「ギョワンギャー」であったり、「グア」であったり。不思議な鳴き声だが、カラスであることには間違いはない。 東京の朝だ。
今日も一雨来そうな曇り空だが、夏の終わりで残暑がきついこの時期では、曇ってるぐらいが過ごしやすかったりする。東京の朝だ。
宏明は新居の自室で起き上がり、庭で朝の空気を吸い込んで深呼吸がしたいと思った。
蛇口を捻り、冷たい水で顔を洗う。
そして、コップに注いで一口のむ。蛇口を閉める。
この辺りは幼稚園もたくさんあり、この時間から子供の声が聞こえる。それが大きな泣き声であっても、宏明はそれがやかましいと感じたことはなかった。
実に朝然とした、東京の朝だ。
両腕を上に伸ばし、「伸び」をしてから、庭に通ずる勝手口の扉を開けた。芝生の香りと共に朝日が差し込んでくる。
昨日の怪異の背中が、「ででん!」と、宏明の目に映った。
ぎゃあああ
「グア」
怪異の背中には、幾億年昔からここにあったという神々しさと、
数億年先も「テコ」でも動かないという図々しさを兼ね備えていた。
「まあまあ朝から賑やかですこと。どうしましたの宏明さん?」
先に起きてた妻の靖子が腰を抜かした宏明の元にやってきた。
「あ……あ……あれ…… ……あれ……まだいる」
「グア」
「あれ?ああ。カエルちゃんですか? 東京ではそんなに珍しいですか?」
「長野にはあんなのが沢山いるのかい!?」
「ええ。雨の日はよく見かけたものですよ。鳴き声が賑やかで、大合唱みたいでした」
「…… ……あー……ちがう! カエルじゃない! あの怪物のことだ!」
「怪物? まあ可哀想ですよカエルちゃんに」
「靖子さん……あれを見てなんとも思わないの…… ……?」
「まあ……多少『でぶっちょ』なカエルちゃんだとは思いますけど。可愛らしいじゃないですか。あんなにお行儀よく座って」
「違う違う。恰幅の良さじゃない。まあ恰幅も見事なもんだが…… ……全体的なサイズの話をしてるんだ!」
「おはよーー…… ……」
少し大きい声を出しすぎたのだろうか。麻由にしては早く起きてきた。
麻由の血圧は低い。ほとんど閉じた目を擦って、声のする方向にやってきたのだろう。
「あ!! マユちゃん!! おはよう!!」
突然、麻由の覚醒スイッチが起動したのか、走り出して怪異に抱きつこうとしたので、宏明は慌てて抑えた。
「まち……待ちなさい!」
「なんで! 離して!」
「グア」
「あんな汚いものに触ってはいけません!」
「マユちゃんは汚くないもん! 体が冷たくて、抱っこするとひんやりして気持ちいいの!」
「抱きついたのか!!!! アレに!!!」
「グア」
庭の前を、幼稚園生と親御さんが通り過ぎていく。
「ママ見てマユちゃんいた!! マユちゃーーん!!」
幼稚園児が怪異に向かって手を振る。
「グア」
その光景を宏明は唖然と見ていた。
「有名なのか……このカエルは」
「有名なんじゃないですか? 可愛らしいカエルさんですもの」
「だからってなんで我が家に……」
すると宏明は、祖父の遺書に『くれぐれもマユちゃんのことを頼む』と書いてあったのを思い出した。
……この化物のことじゃないよな……?
そんなはずがない。娘のことに決まっている。
「あなたそんなに悩むことですか? 家の庭にカエルさんがいることぐらい」
「パパ、カエル怖いの?」
「怖くない。…… ……あーいや……なんか怖くなってきた。カエルというかこの状況が」
「何をおっしゃってるの? そんなことをいっったってこれが現実なんですから。駄々こねてないで受け入れてください。さあ朝ご飯にしましょう。麻由もカエルさんに触ったらちゃんと手を洗いなさいね」
「はーい。じゃあね! あとでねマユちゃん!!」
「グア」
宏明は微動だにしない堂々とした身の丈4尺半ほどのカエルの背中を見た。
少なくとも今すぐ家族に危害を加えるようなことはないようだ。
だが、明らかに異形な怪物としか言えない生物を前に、現実を受け入れろと妻に言われても飲み込みきれない自分がいた。
望む望まぬに関わらず、このようにして鈴木家の新生活は始まった。
後から追いかけるように、カラスの鳴き声も聞こえる。「カー」ではない。「コー コー コー」であったり、
「ギョワンギャー」であったり、「グア」であったり。不思議な鳴き声だが、カラスであることには間違いはない。 東京の朝だ。
今日も一雨来そうな曇り空だが、夏の終わりで残暑がきついこの時期では、曇ってるぐらいが過ごしやすかったりする。東京の朝だ。
宏明は新居の自室で起き上がり、庭で朝の空気を吸い込んで深呼吸がしたいと思った。
蛇口を捻り、冷たい水で顔を洗う。
そして、コップに注いで一口のむ。蛇口を閉める。
この辺りは幼稚園もたくさんあり、この時間から子供の声が聞こえる。それが大きな泣き声であっても、宏明はそれがやかましいと感じたことはなかった。
実に朝然とした、東京の朝だ。
両腕を上に伸ばし、「伸び」をしてから、庭に通ずる勝手口の扉を開けた。芝生の香りと共に朝日が差し込んでくる。
昨日の怪異の背中が、「ででん!」と、宏明の目に映った。
ぎゃあああ
「グア」
怪異の背中には、幾億年昔からここにあったという神々しさと、
数億年先も「テコ」でも動かないという図々しさを兼ね備えていた。
「まあまあ朝から賑やかですこと。どうしましたの宏明さん?」
先に起きてた妻の靖子が腰を抜かした宏明の元にやってきた。
「あ……あ……あれ…… ……あれ……まだいる」
「グア」
「あれ?ああ。カエルちゃんですか? 東京ではそんなに珍しいですか?」
「長野にはあんなのが沢山いるのかい!?」
「ええ。雨の日はよく見かけたものですよ。鳴き声が賑やかで、大合唱みたいでした」
「…… ……あー……ちがう! カエルじゃない! あの怪物のことだ!」
「怪物? まあ可哀想ですよカエルちゃんに」
「靖子さん……あれを見てなんとも思わないの…… ……?」
「まあ……多少『でぶっちょ』なカエルちゃんだとは思いますけど。可愛らしいじゃないですか。あんなにお行儀よく座って」
「違う違う。恰幅の良さじゃない。まあ恰幅も見事なもんだが…… ……全体的なサイズの話をしてるんだ!」
「おはよーー…… ……」
少し大きい声を出しすぎたのだろうか。麻由にしては早く起きてきた。
麻由の血圧は低い。ほとんど閉じた目を擦って、声のする方向にやってきたのだろう。
「あ!! マユちゃん!! おはよう!!」
突然、麻由の覚醒スイッチが起動したのか、走り出して怪異に抱きつこうとしたので、宏明は慌てて抑えた。
「まち……待ちなさい!」
「なんで! 離して!」
「グア」
「あんな汚いものに触ってはいけません!」
「マユちゃんは汚くないもん! 体が冷たくて、抱っこするとひんやりして気持ちいいの!」
「抱きついたのか!!!! アレに!!!」
「グア」
庭の前を、幼稚園生と親御さんが通り過ぎていく。
「ママ見てマユちゃんいた!! マユちゃーーん!!」
幼稚園児が怪異に向かって手を振る。
「グア」
その光景を宏明は唖然と見ていた。
「有名なのか……このカエルは」
「有名なんじゃないですか? 可愛らしいカエルさんですもの」
「だからってなんで我が家に……」
すると宏明は、祖父の遺書に『くれぐれもマユちゃんのことを頼む』と書いてあったのを思い出した。
……この化物のことじゃないよな……?
そんなはずがない。娘のことに決まっている。
「あなたそんなに悩むことですか? 家の庭にカエルさんがいることぐらい」
「パパ、カエル怖いの?」
「怖くない。…… ……あーいや……なんか怖くなってきた。カエルというかこの状況が」
「何をおっしゃってるの? そんなことをいっったってこれが現実なんですから。駄々こねてないで受け入れてください。さあ朝ご飯にしましょう。麻由もカエルさんに触ったらちゃんと手を洗いなさいね」
「はーい。じゃあね! あとでねマユちゃん!!」
「グア」
宏明は微動だにしない堂々とした身の丈4尺半ほどのカエルの背中を見た。
少なくとも今すぐ家族に危害を加えるようなことはないようだ。
だが、明らかに異形な怪物としか言えない生物を前に、現実を受け入れろと妻に言われても飲み込みきれない自分がいた。
望む望まぬに関わらず、このようにして鈴木家の新生活は始まった。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる